第19話「甲子園まであと少し――最後の強化練習と、全国を見据える七十人」
第19話では、地区大会優勝の喜びから気持ちを切り替え、甲子園へ向けた最後の強化練習に入った野球部七十人の姿を描きました。
地区大会では、エースで四番の高橋肇が高校通算六十本塁打を記録。
決勝では九対八となるサヨナラヒットを放ち、甲子園への切符を掴みました。
しかし――全国では、肇一人の力だけで勝ち抜くことはできません。
黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
そして肇。
甲子園を見据え、投手陣の競争もさらに本格化していきます。
捕手の前薗晃大を中心としたバッテリー陣。
鈴木和誠をはじめとする三年生。
安西航、西川陸斗、大野蒼真、森川駿ら野手陣。
さらにベンチ入りを目指す部員たち。
一条昴監督が求めるのは、
「高橋が活躍して勝つチーム」
ではありません。
「七十人全員で勝てるチーム」
です。
そして学校の別の場所では、東雲千鶴が率いる吹奏楽部三十人と、眞衣たちチアリーディング部も甲子園へ向けて最後の準備を続けています。
さらに、昨年の三年生十五人。
森崎修司。
肇たちを昔から知る人々からも、次々と届き始める応援。
高校最後の夏。
甲子園まで――あと少しです。
甲子園出場を決めてから数日。
早朝のグラウンドには、まだ夏の日差しが本格的に照りつける前から、硬球の音が響いていた。
「よし、もう一本!」
「はい!」
カァン――!
打球が三遊間を抜ける。
「次!」
一条昴監督の声が飛ぶ。
野球部七十人。
地区大会を制したからといって、練習が楽になることはなかった。
むしろ逆だった。
甲子園で勝つ。
そのため、地区大会中よりもさらに細かな部分まで確認する強化練習が始まっていた。
マウンド付近では高橋肇が軽く肩を作っている。
その近くには捕手の前薗晃大。
そして黒崎蓮、早川慶介、久我直哉ら投手陣も集まっていた。
一条監督が歩いてくる。
「高橋」
「はい」
「今日は最初から投げない」
「はい?」
肇が振り返った。
「黒崎、早川、久我を先に投げさせる」
「分かりました」
以前なら、少し不満そうな表情を見せていたかもしれない。
しかし今の肇は違った。
「じゃあ俺、打席に立っていいですか?」
「そのつもりだ」
「本気で打っていいですか?」
黒崎が横から口を挟む。
「当たり前だろ」
肇が笑う。
「ホームラン打っても怒るなよ」
「打てるなら打ってみろ」
「言ったな?」
早川も笑った。
「俺からも打ってみろよ」
久我も負けていない。
「先輩、俺もお願いします」
「いいね」
肇がバットを手に取る。
「全員、本気で来いよ」
一条監督が腕を組む。
「それが今日の目的だ」
全国。
甲子園。
そこで戦うためには、肇一人が優れているだけでは足りない。
エースが崩れる試合もある。
四番が打てない試合もある。
だからこそ――。
七十人全員の力を底上げする。
それが甲子園までの最大の課題だった。
◇◇◇
最初にマウンドへ上がったのは黒崎蓮。
捕手は前薗晃大。
そして打席には肇。
「黒崎!」
前薗がミットを構える。
「地区大会の高橋だと思うなよ!」
「分かってる!」
肇がバットを構える。
「来い!」
一球目。
黒崎が振りかぶる。
ストレート。
ズバン!
「ストライク!」
肇は振らなかった。
「いい球」
黒崎が笑う。
「余裕そうだな」
「一球見ただけ」
二球目。
外角。
肇が振る。
カァン!
ファウル。
「おお!」
周囲の部員たちから声。
三球目。
黒崎は変化球。
肇のバットが止まる。
前薗のミットへ。
「ボール!」
「今の見逃すか」
黒崎が呟く。
肇は何も言わず、もう一度構える。
四球目。
ストレート。
肇が振り抜く。
カキィィン――!
大きな打球。
センター方向。
全員が見上げる。
しかし。
「入らない!」
中堅手がフェンス手前で捕球。
「アウト!」
「くそっ!」
肇が悔しそうな顔。
黒崎が拳を握る。
「よし!」
「喜びすぎだろ」
「高橋を抑えたんだから喜ぶだろ!」
一条監督が声を上げる。
「黒崎!」
「はい!」
「今の配球、忘れるな!」
「はい!」
「前薗も!」
「はい!」
そして肇へ。
「高橋!」
「はい!」
「今の球、甲子園ならどうする?」
肇は少し考える。
「無理に引っ張らないです」
「そうだ」
一条監督は全員へ聞こえるように言う。
「地区大会でホームランを打てた球が、甲子園でもホームランになるとは限らない!」
「はい!」
「全国から来る投手は甘くない!」
「はい!」
「一球の判断で試合が決まるぞ!」
「はい!」
◇◇◇
続いて早川慶介。
さらに久我直哉。
投手陣が次々と肇へ挑んだ。
肇も容赦しない。
安打。
ファウル。
空振り。
二塁打。
凡打。
そして――。
カァァン!
「行った!」
久我の球を捉えた打球が左翼フェンスを越えた。
「うわ……」
久我が空を見上げる。
肇は笑う。
「今のは甘かった」
「分かってます」
「甲子園でそこ投げたら持っていかれるぞ」
「次は抑えます」
「いいね」
一条監督が二人を見る。
「その会話を忘れるな」
久我が頷く。
「はい」
「高橋」
「はい」
「お前も後輩だからって遠慮するな」
「最初からしてません」
周囲から笑い声。
久我も笑う。
「知ってます」
一条監督は小さく頷いた。
地区大会を通して、投手陣は確実に成長している。
以前は、
『高橋が投げれば勝てる』
どこかにそんな空気があった。
しかし今は違う。
黒崎がいる。
早川がいる。
久我がいる。
他にも投手はいる。
肇自身も、それを望んでいた。
◇◇◇
投手練習が終わると、今度は守備練習。
「甲子園を想定するぞ!」
一条監督が叫ぶ。
「観客の声で声掛けが聞こえない状況を考えろ!」
「はい!」
内野手。
外野手。
全員が配置につく。
安西航。
西川陸斗。
大野蒼真。
森川駿。
そしてレギュラー陣。
ノック開始。
カァン!
三塁方向。
「任せろ!」
捕球。
一塁へ。
「アウト!」
すぐ次。
カァン!
今度は二遊間。
「俺!」
捕球。
二塁。
一塁。
ダブルプレー。
「いいぞ!」
さらに外野。
右中間。
左中間。
フェンス際。
前進守備。
中継プレー。
一条監督は何度も止める。
「今の声じゃ聞こえない!」
「はい!」
「甲子園のスタンドを想像しろ!」
「はい!」
「何万人もいるんだぞ!」
選手たちの声がさらに大きくなる。
「オーライ!」
「任せろ!」
「カット!」
「ホーム!」
グラウンド全体に声が響いた。
肇は一塁付近から守備陣を見る。
地区大会二回戦。
自分が最初から投手として出場しなかった試合。
三回戦。
若い選手たちへ序盤を任せた試合。
それらを経験したからこそ分かった。
自分が全部やる必要はない。
むしろ全部やろうとすることの方が危険なのだ。
「高橋!」
「はい!」
一条監督から声。
「ぼーっとするな!」
「してません!」
「次お前だ!」
「はい!」
強烈なノック。
肇が反応。
捕球。
一塁ベースを踏む。
「アウト!」
「いいぞ!」
◇◇◇
休憩時間。
七十人の部員がそれぞれ水分補給をする。
肇は木陰へ座った。
隣へ前薗晃大。
さらに鈴木和誠がやってくる。
「疲れた」
和誠が言う。
「まだ午前だぞ」
肇が笑う。
「分かってる」
前薗もタオルで汗を拭く。
「甲子園までこれ毎日?」
「多分」
「きついな」
「でも最後だろ」
肇が言った。
二人が肇を見る。
「高校野球」
一瞬、静かになる。
和誠がペットボトルを見つめる。
「そうなんだよな」
「甲子園で負けた瞬間、終わり」
前薗が言う。
肇はグラウンドを見る。
三年間。
長いようで短かった。
高校一年生。
千鶴へ気持ちを伝えた年。
野球部へ入り、先輩たちの背中を追い続けた。
高校二年生。
夏は地区大会準決勝で敗退。
秋は地区大会を制し、甲子園へ。
しかし全国では三回戦敗退。
そして高校三年生。
最後の夏。
地区大会優勝。
甲子園出場。
「俺さ」
肇が口を開く。
「去年、甲子園で負けた時」
「うん」
「絶対戻ってくるって決めた」
前薗が頷く。
「俺も」
和誠も。
「俺もだよ」
肇は笑う。
「戻れるな」
「ああ」
「今度は三回戦で帰らない」
「当然」
和誠が拳を差し出す。
「全国制覇」
前薗も拳。
「全国制覇」
最後に肇。
「全国制覇」
三人の拳が重なった。
◇◇◇
午後。
打撃練習。
肇だけではない。
スターティングメンバー。
ベンチメンバー。
二年生。
一年生。
一条監督は次々と打席へ立たせた。
「速球設定を上げろ!」
「はい!」
甲子園には150キロを超える投手もいる。
地区大会決勝で対戦した崇道君彦も最速152キロを誇るドラフト候補だった。
その経験を無駄にはできない。
「振り遅れるな!」
カァン!
「次!」
カァン!
「腰が開いてる!」
「はい!」
肇は後方から打者たちを見る。
そして自分の番。
打席へ。
マシンの設定は速球。
一球目。
空振り。
「高橋!」
「はい!」
「振り遅れてるぞ!」
「分かってます!」
二球目。
ファウル。
三球目。
カァン!
右方向へ。
「いいぞ!」
四球目。
カキィィン!
センター方向。
フェンス直撃。
肇は首を振る。
「今の入れたかった」
前薗が後ろから言う。
「贅沢言うな」
「四番なら入れたいだろ」
「全部ホームランにする気か?」
「できるなら」
「高校通算七十本狙ってる?」
肇が笑う。
「まず六十一号」
「相変わらずだな」
「一本ずつ」
肇はもう一度バットを構えた。
◇◇◇
その頃。
音楽室でも甲子園へ向けた練習が続いていた。
「もう一度、最初から!」
東雲千鶴が指揮を取る。
「はい!」
吹奏楽部三十人。
真悠も楽器を構える。
野球部の選手たちには、まだ詳しく知らせていない新しい応援曲。
準決勝前、一条監督が千鶴と吹奏楽部へ相談したものだ。
選手ごとに特徴を持たせる。
打席へ入る選手の背中を押す。
マウンドへ上がる投手を勇気づける。
甲子園の大観衆の中でも届く音を作る。
「真悠さん」
「はい!」
「そこ、もう少し強く」
「はい!」
「甲子園では今より音が埋もれます」
「分かりました!」
千鶴は三十人を見る。
「皆さん」
演奏が止まる。
「野球部は今、グラウンドで全国を想定した練習をしています」
全員が聞く。
「私たちも同じです」
「はい」
「ただ演奏するだけではありません」
千鶴は真剣な表情。
「選手たちへ届けるために演奏します」
「はい!」
「甲子園まで連れて行ってくれた野球部へ」
少し微笑む。
「今度は私たちが応援で返しましょう」
「はい!」
真悠は千鶴を見る。
兄が好きな人。
自分たち家族にとっても大切な人。
しかし今ここでは――吹奏楽部顧問。
真悠も部員。
「先生」
「何ですか?」
「絶対、届かせましょう」
千鶴が微笑む。
「もちろんです」
◇◇◇
体育館では眞衣たちチアリーディング部。
「もっと大きく!」
「はい!」
「甲子園は地区大会より広いですよ!」
「はい!」
眞衣は何度も動きを確認する。
汗が流れる。
足も重い。
それでも止まらない。
「もう一回お願いします!」
「眞衣、大丈夫?」
「大丈夫です!」
兄たちも今頃グラウンドで練習している。
なら自分たちも。
「絶対届けるから」
眞衣が小さく呟く。
「兄貴」
◇◇◇
野球部の練習は夕方まで続いた。
最後は全員集合。
七十人の部員。
十一人のマネージャー。
一条監督が全員の前へ立つ。
「今日の練習で分かったと思う」
静かになる。
「まだ足りない」
誰も反論しない。
「地区大会では許されたミスが、甲子園では許されないこともある」
「はい」
「一つの送球」
「はい」
「一つの走塁」
「はい」
「一つのバント」
「はい」
「一球の失投」
「はい!」
一条監督の声が強くなる。
「その一つで高校野球が終わる!」
「はい!」
「だが怖がるな!」
全員が監督を見る。
「お前たちは地区大会を勝ち抜いた!」
「はい!」
「七十人全員で勝った!」
「はい!」
「なら全国でも七十人で戦え!」
「はい!」
そして。
「高橋!」
「はい!」
肇が一歩前へ。
「何か言え」
「俺ですか?」
「四番でエースだろ」
「主将じゃないですけど」
和誠が後ろから言う。
「今日はお前が言え」
「和誠まで……」
笑いが起こる。
肇は少し考えた。
そして七十人を見る。
一年生。
二年生。
三年生。
ベンチ入りできる者ばかりではない。
甲子園でグラウンドへ立てない者もいる。
それでも。
「地区大会の前」
肇が話し始める。
「俺は、自分が投げて、自分が打てば勝てるって、どこかで思ってた」
静かになる。
「でも違った」
黒崎を見る。
早川を見る。
久我を見る。
前薗。
和誠。
他の仲間たち。
「俺が投げなくても勝った」
「俺が打てない時に誰かが打った」
「俺が苦しい時、晃大が受けてくれた」
前薗が少し笑う。
「和誠がチームをまとめた」
和誠が頷く。
「ベンチから声が聞こえた」
さらに後ろを見る。
「スタンドからも聞こえた」
七十人全員を見る。
「だから甲子園も同じ」
少し間を置く。
「俺一人で全国制覇なんて絶対できない」
「……」
「七十人で行こう」
肇は拳を握る。
「全員で甲子園に行って」
そして。
「全員で全国制覇しよう」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「おおおおおおっ!」
七十人の声がグラウンドに響いた。
「全国制覇するぞ!」
和誠が叫ぶ。
「おおおおおっ!」
「甲子園で勝つぞ!」
「おおおおおっ!」
マネージャー十一人も拍手を送る。
一条監督は何も言わず、その光景を見ていた。
少しだけ笑っていた。
◇◇◇
集合が終わった直後。
マネージャーの一人が走ってきた。
「監督!」
「どうした?」
「これ……」
スマートフォンを一条監督へ。
「去年の三年生の先輩たちからです」
「何?」
昨年の三年生。
地区大会優勝を成し遂げられなかった十五人。
先日、決勝前に母校を訪れ、現役部員たちとキャッチボールをした先輩たちだった。
そこには十五人からのメッセージ。
『甲子園出場おめでとう』
『去年できなかったことをやってくれてありがとう』
『ここからは全国だ』
『俺たちの分まで、思い切り楽しんでこい』
『絶対応援に行く』
『全国制覇して帰ってこい』
部員たちが画面を覗き込む。
肇はしばらく黙って読んでいた。
去年。
自分が二年生だった頃。
先輩たちの最後の夏は地区大会で終わった。
その悔しさを知っている。
「先輩たち……」
和誠が呟く。
「甲子園来るって」
前薗が言う。
肇は笑った。
「だったら余計に負けられないな」
その時。
「高橋」
一条監督が呼ぶ。
「はい?」
「もう一件ある」
「誰ですか?」
一条監督がスマートフォンを見せる。
そこにあった名前。
森崎修司。
「森崎のおじちゃん?」
「俺にも連絡が来た」
肇が読む。
『昴。肇を頼んだぞ。甲子園は必ず見に行く』
短い文章。
だが肇は笑った。
「本当に来るんだ」
一条監督も笑う。
「来るだろうな」
「監督と森崎のおじちゃんが親友だったなんて、今でも変な感じです」
「俺も、お前があいつの知り合いだとは思わなかった」
「世間狭いですね」
「本当にな」
肇はもう一度メッセージを見る。
父。
母。
真悠。
眞衣。
千鶴。
同級生。
後輩。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
マネージャー。
卒業した十五人の先輩。
そして森崎修司。
応援してくれる人が増えていく。
その分だけ。
絶対に勝ちたいという気持ちも大きくなった。
◇◇◇
その夜。
家へ戻った肇は、ソファへ身体を預けた。
「疲れた……」
「お疲れさま」
千鶴が飲み物を持ってくる。
「ありがとう」
「今日はかなり長かったですね」
「うん」
「真悠さんも遅くまで練習していましたよ」
「吹奏楽?」
「はい」
「どう?」
「秘密です」
「え?」
肇が顔を上げる。
千鶴が少し笑っている。
「何で?」
「甲子園でのお楽しみです」
「俺の応援曲?」
「それも秘密です」
「気になる」
「駄目です」
肇は笑った。
「一条監督も何か企んでるんだよな」
「さあ?」
「その顔、知ってるだろ」
「顧問には守秘義務があります」
「そんな大げさな」
二人が笑う。
そして千鶴が肇の隣へ座った。
「今日はどうでした?」
「監督にボロボロ言われた」
「珍しくありませんね」
「千鶴、監督側?」
「もちろん」
「ひどい」
「甲子園で勝ってほしいので」
その言葉で、肇の表情が変わる。
「今日さ」
「はい」
「みんなに言った」
「何を?」
「七十人で全国制覇しようって」
千鶴は黙って聞く。
「前は、自分で何とかしないとって思ってた」
「はい」
「でも無理だな」
肇は笑った。
「七十人いるんだから、七十人で勝った方がいい」
千鶴も微笑む。
「それでいいと思います」
「うん」
「肇君一人の甲子園ではありませんから」
「分かってる」
「私たち吹奏楽部もいます」
「うん」
「眞衣さんたちもいます」
「うん」
「ご両親も」
「うん」
千鶴は少し間を置いた。
「私もいます」
肇が千鶴を見る。
「それが一番大きいかも」
「またそういうことを」
千鶴が少し照れる。
肇は笑った。
「でも本当」
そして窓の外を見る。
甲子園。
高校最後の夏。
去年は三回戦で終わった。
今年は違う。
「千鶴」
「はい?」
「絶対、去年より先に行く」
「はい」
「三回戦を越えて」
「はい」
「もっと先」
「はい」
「最後まで」
千鶴は静かに頷いた。
「応援しています」
肇も頷く。
「ありがとう」
甲子園まで――あと少し。
野球部七十人。
マネージャー十一人。
吹奏楽部三十人。
チアリーディング部。
家族。
同級生。
卒業した先輩。
そして、二人の秘密を知る大切な人たち。
それぞれの思いを背負いながら、高橋肇たちは全国の舞台へ向けて最後の準備を進めていた。
地区大会優勝は、もう過去。
次に目指すものは一つ。
甲子園――全国制覇。
高校最後の夏は、いよいよその舞台へ近づいていた。
第19話「甲子園まであと少し――最後の強化練習と、全国を見据える七十人」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回の大きなテーマは、
「高橋肇のチーム」から、
「七十人全員のチーム」へ。
地区大会を勝ち抜く中で、肇自身の考え方も大きく変化しました。
以前の肇には、
「自分が投げなければ」
「自分が打たなければ」
という思いがありました。
エース。
四番。
高校通算六十本塁打。
ドラフト候補。
それだけの実力を持っているからこそ、自分がチームを背負わなければならないという気持ちも強かったのでしょう。
しかし地区大会では、肇が最初からマウンドへ上がらない試合もありました。
黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
仲間たちへ試合を託し、それでもチームは勝った。
肇が打てなければ、別の選手が打つ。
苦しい時には捕手・前薗晃大が支える。
そして主将・鈴木和誠が七十人をまとめる。
その経験があったからこそ、今回、肇は部員全員の前で言うことができました。
「俺一人で全国制覇なんて絶対できない」
そして――。
「七十人で行こう」
「全員で甲子園に行って、全員で全国制覇しよう」
甲子園のベンチへ入れる人数には限りがあります。
実際に試合へ出場できる選手は、その中のさらに一部です。
それでも甲子園出場は、レギュラーだけで掴んだものではありません。
練習を支えた部員。
打撃投手を務めた部員。
相手校を分析した部員。
ベンチから声を出した部員。
スタンドから応援した部員。
そして十一人のマネージャー。
七十人全員がいたからこそ掴むことのできた全国への切符です。
さらに今回は、昨年の三年生十五人からも激励のメッセージが届きました。
肇たちが高校二年生だった昨夏。
当時の三年生たちは地区大会優勝へ届かず、高校野球を終えました。
その悔しさを知っている肇たちだからこそ、
「俺たちの分まで、思い切り楽しんでこい」
「全国制覇して帰ってこい」
という先輩たちの言葉には、特別な重みがあります。
そして、もう一人。
森崎修司。
肇が幼い頃から「森崎のおじちゃん」と呼んできた人物であり、一条昴監督の昔からの親友。
『昴。肇を頼んだぞ。甲子園は必ず見に行く』
これまで別々だった人間関係も、地区大会優勝をきっかけに少しずつつながってきました。
一方、学校では応援する側も本格始動。
東雲千鶴が顧問を務める吹奏楽部三十人。
そして真悠。
チアリーディング部の眞衣。
一条監督から相談された新しい応援曲については、まだ野球部員たちには秘密です。
地区大会前、肇たちは吹奏楽部三十人へ、
「必ず甲子園へ連れて行く」
と約束しました。
その約束は果たされました。
だから今度は――吹奏楽部が音で野球部を支える番です。
そして夜。
家へ帰れば、肇は学校で見せる「エースで四番」ではなく、一人の肇へ戻ります。
そこで千鶴から伝えられた、
「私もいます」
という言葉。
父親。
母親。
真悠。
眞衣。
前薗晃大。
鈴木和誠。
一条監督。
七十人の野球部員。
十一人のマネージャー。
吹奏楽部三十人。
チアリーディング部。
卒業した十五人の先輩。
森崎修司。
そして――千鶴。
たくさんの人に支えられながら、肇たちは甲子園へ向かいます。
昨年の甲子園は三回戦敗退。
しかし今年は、高校三年生として迎える最後の夏。
同じ場所へ戻るためではありません。
去年を越えるために。
そして全国の頂点へ立つために。
地区大会優勝後から描いてきた甲子園への準備期間も、いよいよ残りわずか。
次の第20話では――甲子園出発前最後の日。
学校で行われる壮行会。
野球部七十人を送り出す生徒や教師たち。
吹奏楽部とチアリーディング部。
家族。
そして、肇と千鶴が二人だけで確認する「甲子園優勝」の約束。
すべての準備を終えた先に待っているのは――。
高校野球最大の舞台、甲子園です。




