番外編⑹❸終「つながった三人の縁――森崎修司が知った一条監督、そして三人だけの休日」
番外編⑹❸終では、これまで別々につながっていた人たちの意外な縁と、甲子園出場後の高橋家を取り巻く少し穏やかな一日を描きました。
最初に登場するのは――森崎修司。
肇が幼い頃から「森崎のおじちゃん」と呼んできた、高橋家と長年付き合いのある人物です。
地区大会決勝。
九回裏、八対八。
二死一、二塁。
高橋肇が放ったサヨナラヒットによって地区大会優勝と甲子園出場が決定。
その映像をニュースで偶然目にした森崎は、肇が高校通算六十本塁打を記録するほどの選手へ成長していたことを知ります。
しかし、森崎がさらに驚いたのは――野球部監督の名前でした。
一条昴。
実は森崎修司と一条監督は、昔からの親友。
さらに森崎は肇の父親とも長年の友人です。
肇の父親と一条監督自身は直接親しいわけではなかったものの、森崎という一人の友人を通じて互いの存在を以前から聞いていました。
それなのに三年間、誰もそのつながりに気づかなかった――。
地区大会優勝をきっかけに、ようやく一つの縁がつながります。
そして物語は、真悠・眞衣・千鶴の三人だけの休日へ。
映画館。
買い物。
本屋。
喫茶店。
学校では教師と生徒ですが、この日だけは少し家族に近い距離で一日を過ごします。
しかし喫茶店では、同じ高校に通う姉妹――高校一年生の桜庭結菜と高校三年生の桜庭美桜に偶然遭遇。
「東雲先生と三人で何してるの?」
さらに話題は、肇との関係にまで――。
もちろん、
「東雲千鶴は高橋肇の恋人」
とは絶対に言えません。
果たして三人は、秘密を守ったまま乗り切れるのでしょうか。
そして夜。
高橋家の実家では、肇、真悠、眞衣、父親たちが再び集まり、森崎修司と一条昴監督の意外な関係について肇自身も初めて知ることになります。
番外編⑹の締めくくり。
甲子園を前に、肇を取り巻く家族、教師、監督、昔からの知人たちの縁がつながっていく一話です。
地区大会優勝。
甲子園出場決定。
九対八。
九回裏、二死一、二塁。
最後にセンター前へサヨナラヒットを放ったのは、高橋肇だった。
高校通算六十本塁打。
野球部のエース。
四番打者。
高校三年生。
その名前は地区大会が進むにつれて少しずつ知られるようになり、準決勝で二本塁打を放って高校通算六十号に到達した時には、地域のスポーツニュースでも大きく紹介されるようになっていた。
そして地区大会決勝。
九回裏のサヨナラヒットで甲子園出場を決めたことで、高橋肇という名前はさらに大きく報じられた。
そのニュースを、自宅のリビングで何気なく見ていた一人の男性がいた。
森崎修司。
高橋家とは肇が幼い頃から付き合いがあり、肇からは昔から、
「森崎のおじちゃん」
と呼ばれている。
その日の夜。
森崎は夕食後、ソファに座りながらテレビをつけていた。
「続いて、高校野球地区大会決勝です」
アナウンサーの声。
森崎は何気なく画面を見る。
「九回裏、八対八。二死一、二塁――」
そして映し出された一人の高校生。
背番号。
構え。
その顔。
森崎の手が止まった。
「……ん?」
画面下に名前が表示される。
【高橋 肇】
森崎は一瞬目を細めた。
「高橋……肇?」
次の瞬間。
打球がセンター前へ抜ける。
二塁走者がホームへ。
判定はセーフ。
ベンチから選手たちが飛び出し、肇を中心に大きな輪ができる。
実況。
「高橋肇選手のサヨナラタイムリー! 地区大会優勝! 甲子園出場決定です!」
森崎は立ち上がった。
「肇!?」
何度見ても間違いない。
小さい頃から知っている、あの肇だ。
「おいおい……」
森崎はテレビへ近づく。
ニュースは続く。
「高橋選手は今大会、投手としてもチームをけん引。準決勝では二本塁打を放ち、高校通算六十本塁打に到達しています」
映像が切り替わる。
準決勝の三ラン本塁打。
そして満塁本塁打。
マウンドで力強く投げ込む姿。
「高校通算六十本……?」
森崎は思わず笑ってしまった。
「いつの間にそんなことになってたんだよ」
もちろん肇が野球を続けていることは知っていた。
高校でも野球部。
投手。
打撃もかなり良い。
そこまでは肇の父親から時折聞いていた。
しかし、ここまで全国的に注目されるような選手になっているとは思っていなかった。
そして。
ニュースの最後。
「一条昴監督率いる――」
森崎の表情が止まった。
「……一条?」
画面に監督が映る。
選手たちを見守る男性。
一条昴。
森崎は今度こそ完全に固まった。
数秒。
「嘘だろ」
画面を指差す。
「昴じゃねえか!」
森崎修司。
そして一条昴。
二人は昔からの親友だった。
仕事の都合や生活環境の変化で頻繁に会うことはなくなっていたものの、今でも時折連絡を取り合っている。
一条が高校野球の監督をしていることも知っている。
しかし学校名までは細かく意識していなかった。
そして高橋家。
肇の父親も森崎にとって長年付き合いのある友人。
だが――。
その二人がつながっているとは、今までまったく気づかなかった。
「ちょっと待てよ……」
森崎はスマートフォンを手に取る。
連絡先を開く。
最初に掛けた相手は――肇の父親。
数回の呼び出し音。
『もしもし?』
「おい」
『何だよ、いきなり』
「ニュース見た」
『何の?』
「肇だよ!」
少し間。
『ああ』
「ああじゃない!」
森崎が声を上げる。
「甲子園決めてるじゃねえか!」
電話の向こうで父親が笑う。
『今さら知ったのか?』
「今さらって、お前!」
『地区大会優勝したよ』
「見た!」
『最後、肇のサヨナラ』
「それも見た!」
森崎は少し興奮したまま続ける。
「高校通算六十本って何だよ!」
『俺に聞くな』
「親だろ!」
『俺が打ったわけじゃない』
「そりゃそうだけど!」
父親が笑う。
森崎も笑った。
そして、すぐに本題。
「それより」
『何?』
「監督」
『一条監督?』
森崎が止まる。
「……お前、知ってるの?」
『今日知った』
「今日?」
『学校行った時、本人に会った』
「待て待て」
森崎は頭を抱えた。
「一条昴、俺の親友なんだけど」
『知った』
「何で俺だけ知らないんだよ!」
『俺も今日まで知らなかった』
「昴も?」
『今日初めて分かったらしい』
森崎はしばらく黙る。
そして。
「世間狭すぎない?」
『俺もそう思った』
「俺、お前に昴の話したことあるよな?」
『ある』
「昴にも、お前の話したことある」
『らしいな』
「なのに三年間気づかなかった?」
『気づかなかった』
二人とも笑ってしまった。
◇◇◇
その日の夜。
森崎はもう一本電話を掛けた。
今度は一条昴。
『もしもし』
「昴」
『修司?』
「ニュース見たぞ」
一条が少し黙る。
『高橋の?』
「やっぱりお前も分かるんだな」
『何が?』
「俺が何で電話したか」
『まあな』
森崎は笑う。
「お前が監督だったのかよ」
電話の向こうから一条の笑い声。
『俺も今日知った』
「高橋の親父と会ったって?」
『学校で』
「びっくりしただろ」
『かなり』
「俺もびっくりした」
一条が尋ねる。
『高橋とは昔から?』
「肇?」
『そう』
「小さい頃から知ってる」
『そうなのか』
「小学生の頃なんて、よく父親に連れられて来てたぞ」
『へえ……』
「野球始めた頃も知ってる」
一条の声が少し変わる。
『昔からあんな感じだった?』
「どんな?」
『負けず嫌い』
森崎は即答した。
「そのまま」
二人が笑う。
『やっぱりか』
「あと無茶する」
『それも今と同じだな』
「何かあるとすぐ大丈夫って言う」
一条が大きくため息をつく。
『完全に同じだ』
「監督として苦労してる?」
『かなり』
「でも甲子園だろ」
『ああ』
一条の声が少しだけ誇らしげになる。
『あいつらが自分たちで掴んだ』
森崎はその言葉を聞いて静かになる。
「昴」
『何だ?』
「肇、プロ行くつもりらしいな」
一条も少し間を置く。
『聞いてる』
「本当に行けると思う?」
『可能性は十分ある』
「そうか」
『ただ、指名されるかどうかと、プロで成功するかは別だ』
「分かってる」
『でも』
一条は続ける。
『本人が挑戦したいなら、俺は監督としてできる限り支える』
森崎が笑う。
「昔からそういうところ変わらないな」
『何が?』
「面倒見いいところ」
『お前に言われたくない』
「俺は面倒見いいだろ」
『自分で言うな』
二人が笑う。
そして森崎は最後に言った。
「甲子園、見に行くわ」
『本当に?』
「当たり前だろ」
『高橋に言っとく?』
「いや」
森崎は少し笑う。
「驚かせようかな」
『好きにしろ』
「昴」
『ん?』
「肇、頼むな」
一条は少しだけ黙った。
そして。
『任せろ』
短い答え。
それだけで十分だった。
◇◇◇
その翌日。
野球部の練習が休みとなった午後。
真悠と眞衣は、珍しく二人だけで駅前へ来ていた。
そこへ――。
「ごめんなさい、待った?」
聞き慣れた声。
二人が振り向く。
東雲千鶴。
今日は教師らしい服装ではない。
休日らしい落ち着いた私服。
真悠が笑顔になる。
「全然!」
眞衣も。
「今来たところ」
千鶴が二人を見る。
「今日は二人とも部活ないの?」
真悠が答える。
「吹奏楽部は午前で終わりました」
眞衣も。
「チアも今日は休み」
「それで私を誘ったの?」
「うん」
真悠が笑う。
「たまには三人で出かけたいなって」
千鶴は少し嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ今日は三人ね」
肇はいない。
父親も母・由紀子もいない。
高橋家の双子姉妹と、千鶴。
三人だけの休日。
◇◇◇
最初に向かったのは映画館。
「何見る?」
千鶴が上映一覧を見る。
真悠は恋愛映画。
眞衣はアクション。
「全然違うじゃない」
千鶴が笑う。
真悠が聞く。
「千鶴先生は?」
「私?」
少し考える。
「ミステリーかな」
「三人とも違う!」
眞衣が笑った。
結局。
話し合いの末、三人とも比較的興味を持てそうなヒューマンドラマを観ることになった。
ポップコーン。
飲み物。
三人並んで座る。
上映中。
真悠は途中で泣きそうになり。
眞衣は、
「そこまで泣く?」
と小声で言いながら、自分も終盤では目を潤ませていた。
そして千鶴も、静かにハンカチを取り出す。
映画が終わる。
劇場を出た瞬間。
真悠が言った。
「結局三人とも泣いてたじゃん」
眞衣が反論。
「私は泣いてない」
「目赤い」
「映画館暗かったから!」
千鶴が笑う。
「それ理由になってないと思う」
「千鶴先生も泣いてましたよね?」
「……少しだけ」
「ほら!」
三人で笑った。
◇◇◇
映画館を出た後。
駅前を歩く。
服を見る。
雑貨を見る。
本屋へ入る。
真悠は音楽関連の雑誌。
眞衣はスポーツやダンス関係のコーナー。
千鶴は小説と教育関係の本を手に取る。
「千鶴先生、本読むんですね」
眞衣が言う。
「読むわよ」
「どんなの?」
「推理小説とか、恋愛小説も」
真悠がニヤッとする。
「恋愛小説?」
千鶴が嫌な予感。
「何?」
「参考にしてる?」
「何の?」
「お兄ちゃんとの」
「真悠さん」
「はい」
「本、一冊減らしますよ」
「私のお金で買うんですけど!」
三人が笑う。
本屋を出る。
昼食。
ショッピング。
映画。
本屋。
気づけば午後三時を過ぎていた。
「結構歩いたね」
千鶴が言う。
眞衣も、
「ちょっと休みたい」
と答える。
そこで三人は駅から少し離れた喫茶店へ入ることにした。
◇◇◇
木目調の落ち着いた店内。
三人は奥の四人掛けテーブルへ。
千鶴はブレンドコーヒー。
真悠はアイスティー。
眞衣はクリームソーダ。
さらに三人でケーキを注文した。
「楽しかった」
真悠が言う。
「まだ終わってないでしょう?」
千鶴が笑う。
「でも一日三人で出かけたの久しぶりじゃない?」
眞衣が考える。
「確かに」
「家で会うことはあるけど」
真悠も続ける。
「外で三人は珍しい」
千鶴はカップを持ちながら二人を見る。
肇の双子の妹。
自分にとっても、もう知らない家の子ではない。
何度も家へ遊びに来る。
学校では生徒。
家では肇の妹。
そしていつか――。
千鶴はそこまで考えて、自分で少し恥ずかしくなった。
眞衣が気づく。
「千鶴先生?」
「何?」
「何か顔赤い」
「気のせい」
真悠が笑う。
「絶対お兄ちゃんのこと考えてた」
「考えてません」
「怪しい」
「二人とも、学校ではこんなこと言わないでね」
「言わないって」
三人が笑う。
しかし。
その時だった。
少し離れた席。
二人の女子高校生が、何度かこちらを見ている。
真悠は最初気づかなかった。
だが眞衣が小声で言う。
「真悠」
「何?」
「あそこ」
「?」
視線を向ける。
「あ」
知っている顔。
同じ高校。
しかも姉妹。
高校一年生の妹――桜庭結菜。
高校三年生の姉――桜庭美桜。
結菜は真悠と眞衣と同学年。
美桜は肇と同じ三年生。
二人とも学校では何度も見かける生徒だった。
「あれ、真悠ちゃんと眞衣ちゃんじゃない?」
結菜が声を掛けてきた。
逃げるわけにもいかない。
真悠が笑う。
「結菜!」
眞衣も、
「美桜先輩も」
と頭を下げる。
美桜が笑った。
「こんにちは」
そして――。
二人の視線が千鶴へ。
一瞬。
驚いた顔。
「え?」
結菜が目を丸くする。
「東雲先生?」
千鶴も教師の表情へ切り替える。
「桜庭さん」
美桜も驚く。
「本当に東雲先生だ」
四人どころか五人。
妙な空気。
結菜が真悠と眞衣を見る。
「三人で何してるの?」
その質問。
真悠と眞衣は一瞬だけ顔を見合わせた。
当然。
本当のことは言えない。
千鶴は肇の恋人。
二人の兄の恋人。
そして肇と同居している。
そんなことを学校の同級生へ話せるわけがない。
真悠が即座に笑う。
「今日はたまたま」
「たまたま?」
「うん。吹奏楽部で千鶴……」
一瞬。
危ない。
真悠が言い直す。
「東雲先生に本のこと聞きたくて」
千鶴は内心ヒヤリとする。
結菜は首を傾げる。
「本?」
「そう!」
眞衣も助け舟。
「真悠、吹奏楽部でしょう?」
「うん」
「東雲先生、顧問だし」
美桜が千鶴を見る。
「でも眞衣ちゃんはチアですよね?」
眞衣が止まる。
「……」
真悠も止まる。
千鶴が自然に答えた。
「今日は真悠さんから相談があったんです。それで眞衣さんも一緒に」
「ああ」
美桜は納得したようだった。
しかし結菜は少し気になった様子。
「でも三人で映画も見てた?」
三人が固まる。
「見たの?」
真悠が聞く。
「映画館で見かけた」
眞衣が小声。
「詰んだ」
「聞こえてる」
真悠が小声で返す。
千鶴は冷静に笑う。
「相談だけではなく、せっかく休日なので少し一緒に出かけていたんです」
美桜が笑う。
「先生と生徒で休日に出かけることもあるんですね」
「部活動の顧問と部員ですから」
千鶴は落ち着いて答える。
結菜が今度は少し意外なことを聞いた。
「東雲先生って、高橋先輩とも仲いいですよね?」
真悠の手が止まる。
眞衣も。
千鶴だけは表情を変えなかった。
「高橋君?」
「はい」
結菜が続ける。
「野球部の高橋肇先輩」
「学校では普通の生徒ですよ」
「でも真悠ちゃんと眞衣ちゃんのお兄さんだから、家族とも知ってるのかなって」
鋭い。
真悠は心の中で思った。
――そこまで聞かないで。
眞衣も同じ顔。
千鶴は少し考えて答える。
「由紀子さんとは昔から知り合いなんです」
これは事実。
「え?」
美桜も興味を示す。
「高橋先輩のお母さん?」
「はい」
「高校時代の先輩なんです」
「そうなんですか!?」
結菜が驚く。
千鶴は頷いた。
「だから高橋家とは以前から多少ご縁があります」
真悠が心の中で拍手。
――完璧。
眞衣も安心する。
美桜は納得した。
「それなら三人で出かけてても不思議じゃないですね」
「そういうことです」
千鶴が笑う。
もちろん。
肇の恋人だという最も大きな部分だけは、きれいに伏せた。
結菜が笑う。
「じゃあ邪魔してごめんね」
「大丈夫」
真悠も笑う。
美桜が千鶴へ頭を下げる。
「失礼しました」
「休日だからそんなに堅くしなくて大丈夫ですよ」
二人は自分たちの席へ戻っていった。
◇◇◇
数秒。
三人とも黙る。
そして。
眞衣がテーブルへ突っ伏した。
「危なかった……」
真悠も。
「本当に」
千鶴が二人を見る。
「真悠さん」
「はい?」
「さっき」
「……」
「『千鶴』って言いかけたでしょう?」
「すみません」
即答。
「本当に気をつけて」
「はい」
眞衣が顔を上げる。
「でも千鶴先生すごい」
「何が?」
「全然顔変わらなかった」
「教師ですから」
「私たち完全に固まってた」
真悠も頷く。
「『高橋先輩とも仲いいですよね?』って言われた時、心臓止まりそうだった」
千鶴もコーヒーを一口。
「私も内心は驚きました」
「本当に?」
「もちろん」
「全然見えなかった」
「だから教師です」
三人が笑う。
少しして。
真悠が言った。
「でも」
「何?」
「いつかは言える日来るのかな」
千鶴が静かになる。
眞衣も聞く。
「お兄ちゃんと千鶴先生のこと」
千鶴はすぐには答えなかった。
高校卒業。
その先。
プロ。
結婚。
いつか公表するのか。
家族だけで知るのか。
まだ決めていないことは多い。
「今は」
千鶴はゆっくり言った。
「まだ言わなくていいと思う」
真悠と眞衣が頷く。
「肇君は今、高校野球に集中しないといけない」
「うん」
「甲子園もある」
「うん」
「それに学校では私は先生。肇君は生徒」
「うん」
「だから今は、それでいいの」
真悠は少し笑った。
「でも家では?」
千鶴が少し赤くなる。
「……それは別です」
眞衣がすぐ笑う。
「やっぱりラブラブ」
「またそれ?」
「だって決勝前の電話聞いたし」
千鶴の顔が一気に赤くなる。
「眞衣さん!」
真悠まで。
「『愛してるよ』」
「再現しない!」
「『大好きです』」
「二人とも!」
喫茶店の奥で、三人の小さな笑い声が続いた。
◇◇◇
夕方。
三人は喫茶店を出た。
その後も少し買い物をし。
駅前の雑貨店。
スポーツ用品店。
音楽用品店。
そして最後にスーパーへ。
「何買うの?」
眞衣が聞く。
「夕飯」
千鶴が答える。
「今日は家で作るんですか?」
「そのつもり」
真悠がニヤッとする。
「お兄ちゃんに?」
「自分も食べます」
「でもお兄ちゃんにも?」
「……そうです」
「ラブラブ」
「もう!」
千鶴は呆れながらも笑っていた。
そして夕方。
「今日はありがとう」
千鶴が二人へ言う。
真悠も。
「こっちこそ」
眞衣も。
「楽しかった」
「また三人で行こう」
「うん!」
その言葉。
三人とも自然に笑った。
学校では教師と生徒。
しかし休日の今日は――少しだけ家族に近い三人だった。
◇◇◇
その日の夜。
高橋家の実家。
珍しく肇も泊まりに来ていた。
甲子園へ向けた練習が続くため、家族全員でゆっくり夕食を取れる日も少なくなっている。
父親。
母・由紀子。
肇。
真悠。
眞衣。
久しぶりに家族五人で食卓を囲んだ。
「今日どうだった?」
由紀子が双子へ尋ねる。
眞衣が答える。
「楽しかった」
真悠も。
「映画見た」
肇が反応する。
「誰と?」
双子が顔を見合わせる。
そして――。
「千鶴先生」
肇が止まる。
「三人で?」
「うん」
「何で俺呼ばれてないの?」
真悠が即答。
「女子会」
「千鶴も?」
「女子でしょう?」
「それはそうだけど」
眞衣が笑う。
「お兄ちゃんいたらデートになるじゃん」
肇が固まる。
由紀子が吹き出す。
父親も笑う。
「確かに」
「父さんまで!」
真悠が続ける。
「しかも喫茶店で結菜と美桜先輩に会った」
「誰?」
「桜庭結菜。同じ一年」
眞衣が続ける。
「そのお姉さんの桜庭美桜先輩。三年生」
肇の表情が変わる。
「何か聞かれた?」
「聞かれた」
「何を?」
「千鶴先生とどういう関係か」
肇が箸を止めた。
「……え?」
由紀子も父親も見る。
真悠が笑う。
「大丈夫。誤魔化した」
「どうやって?」
「千鶴先生と母さんが高校時代の先輩後輩って」
由紀子が頷く。
「それなら本当ね」
「うん」
「兄貴の恋人なんて言えないから」
肇が小声。
「絶対言わないでよ」
眞衣が呆れる。
「言うわけないじゃん」
「学校中大騒ぎになる」
真悠も。
「男子生徒、たぶん全員倒れる」
肇が少し笑う。
「それは大袈裟」
眞衣が真顔。
「東雲先生だよ?」
「学校一の高嶺の花」
「美人教師」
「男子ほぼ全員憧れてる」
肇が少し困ったように笑う。
「……知ってる」
由紀子が肇を見る。
「嫉妬?」
「してない」
真悠と眞衣。
「してる」
「してない!」
家族全員が笑った。
◇◇◇
食事後。
リビング。
父親がコーヒーを飲んでいる。
肇はスポーツドリンク。
真悠と眞衣はアイスを食べていた。
ふと父親が言った。
「そういえば肇」
「何?」
「森崎修司おじちゃん」
肇が顔を上げる。
「森崎のおじちゃん?」
「ニュース見たらしい」
「俺の?」
「そう」
「今日?」
「地区大会決勝の映像」
肇が少し照れる。
「またサヨナラ流れてた?」
「流れてた」
「恥ずかしいな」
父親が笑う。
「それだけじゃない」
「何?」
「一条監督」
「?」
「森崎と昔からの親友」
数秒。
「……え?」
真悠と眞衣も父親を見る。
「本当に?」
「うん」
肇が驚く。
「待って。森崎のおじちゃんと一条監督が?」
「親友」
「いつから?」
「昔から」
「全然知らなかった」
「俺も知らなかった」
真悠が笑う。
「お父さん、森崎のおじちゃんと友達だよね?」
「そう」
眞衣が指で整理する。
「お父さんと森崎のおじちゃんが友達」
「うん」
「森崎のおじちゃんと一条監督が親友」
「うん」
「でもお父さんと一条監督は直接仲良くなかった」
「そう」
肇が笑い始める。
「何それ」
父親も。
「今日学校で会って初めて分かった」
「三年間?」
「三年間」
「誰も気づかなかった?」
「誰も」
真悠と眞衣も笑う。
「世間狭い」
父親が言う。
「森崎もニュースでお前を見て、監督の名前聞いて初めて知ったらしい」
「森崎のおじちゃんも知らなかったの?」
「そう」
肇は頭を抱えた。
「全員知らなかったじゃん」
「そういうこと」
◇◇◇
すると父親が少し悪そうな顔。
「一条監督」
「何?」
「森崎から、お前の小さい頃の話を聞けるって喜んでたぞ」
肇の表情が変わる。
「……待って」
真悠がニヤニヤする。
「何かあるの?」
「いっぱいある」
父親が即答。
「父さん!」
眞衣が身を乗り出す。
「聞きたい!」
「やめろ!」
真悠も。
「お兄ちゃん小学生の時、どんなだった?」
「普通!」
父親が笑う。
「野球で負けたら家帰ってもずっと悔しがってた」
「父さん!」
「今と同じ」
眞衣が笑う。
「変わってない」
父親はさらに。
「小学校低学年の頃、三振して泣いた」
「それ言う!?」
真悠が大笑い。
「お兄ちゃん泣いたの!?」
「小学生だぞ!」
「今も負けたら泣くじゃん」
「高校野球は別!」
家族に笑い声。
父親が言う。
「森崎はもっと知ってるぞ」
肇が絶望した顔。
「監督に絶対話さないように言って」
「もう電話したらしい」
「遅い!」
◇◇◇
少しして。
真悠が思い出した。
「そういえば」
「何?」
「森崎のおじちゃん、甲子園来る?」
父親が頷く。
「行くって」
肇が驚く。
「本当に?」
「ニュース見て決めたらしい」
「連絡してくれればいいのに」
「驚かせたいんじゃない?」
肇は少し笑った。
「森崎のおじちゃんらしい」
小さい頃。
父親と一緒に何度も会った。
キャッチボールを見てもらったこともある。
野球の話をした。
「プロ野球選手になりたい」
と小学生の頃に話したこともある。
その森崎が。
今度は甲子園で自分を見る。
何とも不思議な気持ちだった。
「父さん」
「何?」
「森崎のおじちゃんに伝えて」
「何を?」
肇は笑う。
「甲子園でちゃんと勝つって」
「自分で言え」
「サプライズで来るなら知らないふりしたい」
「何だそれ」
「でも」
少し真剣になる。
「来てくれるなら嬉しい」
父親も頷いた。
「伝えとく」
◇◇◇
夜が深くなる。
真悠と眞衣は先に自分たちの部屋へ。
「おやすみ」
「おやすみ」
「お兄ちゃん、甲子園頑張って」
「まだ先だよ」
「今から言っとく」
「ありがとう」
二人が二階へ上がる。
リビングには父親と肇。
由紀子はキッチン。
肇が父親に尋ねる。
「今日、学校行ったんだろ?」
「うん」
「千鶴とも話した?」
父親が少し笑う。
「話した」
肇が父親を見る。
「何を?」
「いろいろ」
「また秘密?」
「男には秘密くらいある」
「千鶴の話なのに?」
「お前が全部知る必要ない」
肇は少し不満そう。
「俺の恋人だぞ」
「まだ学校では先生だろ」
「分かってる」
由紀子がキッチンから言う。
「肇」
「何?」
「お父さんと千鶴が話したことまで全部聞かなくていいの」
「でも気になる」
「そのうち千鶴本人から聞きなさい」
肇は少し考え。
「分かった」
素直に引いた。
◇◇◇
父親は息子を見る。
地区大会優勝。
甲子園。
プロ野球。
千鶴との将来。
まだ十八歳。
それでも一年前とは明らかに違う。
父親が言う。
「肇」
「何?」
「甲子園」
「うん」
「森崎も来る」
「うん」
「先輩十五人も来るんだろ?」
「来るって」
「学校も応援に行く」
「うん」
「千鶴先生も」
肇が少し笑う。
「吹奏楽部顧問としてね」
「真悠も」
「吹奏楽部」
「眞衣も」
「チア」
父親は続ける。
「本当にたくさんの人が行くな」
肇は少し黙った。
「うん」
「プレッシャー?」
「……少し」
父親が意外そうに見る。
肇は続ける。
「でも」
「何?」
「嬉しい」
「そうか」
「前は応援されると、絶対俺が何とかしないとって思ってた」
「今は?」
「みんなで何とかする」
父親が少し笑う。
「一条監督に教えてもらった?」
「監督にも」
「晃大にも」
「和誠にも」
「マネージャーにも」
「千鶴にも」
「みんな同じこと言う」
「一人で背負うなって」
父親は頷く。
「なら大丈夫だな」
「何が?」
「甲子園」
肇は少し笑う。
「まだ分からないよ」
「そういう意味じゃない」
父親は言う。
「勝つか負けるかじゃなく」
「ちゃんと野球できそうだってこと」
肇は父親を見た。
そして。
「うん」
静かに答えた。
◇◇◇
その日の最後。
肇は実家の自分の部屋へ戻った。
昔から使っていた机。
棚。
少年野球時代の写真。
中学校野球部の写真。
そして高校一年生の頃の写真。
壁には昔の野球選手のポスターも残っていた。
肇は一枚の写真を手に取る。
小学生の頃。
父親。
森崎修司。
そして自分。
グラブを持って笑っている。
「森崎のおじちゃんと監督が親友……」
今でも少し信じられない。
父親と一条監督。
校長。
千鶴。
由紀子。
森崎修司。
知らないところで、いろいろな縁がつながっている。
そして昼間。
真悠と眞衣は千鶴と三人で一日を過ごした。
映画。
買い物。
本屋。
喫茶店。
学校の生徒に見つかりそうになりながらも、二人の関係は秘密のまま守った。
家族は知っている。
一条監督も。
校長も。
教頭も。
しかし学校の大半は知らない。
学校一の高嶺の花と呼ばれる東雲千鶴。
その千鶴と肇が将来まで考える恋人同士だということを。
今はまだ、それでいい。
肇はベッドへ横になる。
スマートフォンを見る。
千鶴から一件のメッセージ。
『今日は真悠さんと眞衣さんと一日出かけてきました。二人とも元気でしたよ』
肇は笑う。
返信。
『俺抜きで?』
すぐ返ってくる。
『女子三人です』
『俺も行きたかった』
『また今度』
少しして。
『甲子園の練習頑張ってね』
肇は画面を見る。
そして。
『うん。絶対勝つ』
と送った。
その日は、それ以上長く話さなかった。
明日からまた練習。
甲子園へ向けた準備が始まる。
地区大会優勝によって、大きく変わり始めた日常。
森崎修司と一条昴監督。
森崎修司と肇の父親。
父親と校長。
由紀子と千鶴。
真悠と眞衣と千鶴。
一つずつ。
知らなかった人間関係がつながっていく。
そして、その中心には――。
高校三年生。
高橋肇。
野球部エース。
四番打者。
高校通算六十本塁打。
地区大会優勝。
甲子園出場。
まだ高校生でありながら、その周囲には多くの人が集まり、それぞれの形で肇の未来を見守り始めていた。
番外編⑹で描かれた家族と大人たちの時間は、これで一区切り。
次に高橋肇を待つ場所は――。
高校野球の聖地。
甲子園。
高校最後の夏。
全国の頂点を目指す本当の戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
番外編⑹❸終「つながった三人の縁――森崎修司が知った一条監督、そして三人だけの休日」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回で、全三編にわたって描いてきた番外編⑹は完結となります。
❶では地区大会優勝祝いとして、肇と千鶴が高橋家へ。
肇から両親へ、
高校卒業後は大学へ進学せず、ドラフトで指名されればプロ野球へ挑戦すること。
そして甲子園で優勝した後には千鶴へプロポーズし、高校卒業後に正式な結婚を申し込みたいこと。
二つの大きな未来を伝えました。
❷では肇の父親、一条昴監督、校長先生、そして千鶴。
肇を支える大人たちがそれぞれの立場から、プロ野球と二人の将来について向き合いました。
そして❸となる今回は、その大人たちの人間関係をさらに一歩広げています。
まず明らかになったのが――森崎修司と一条昴監督。
肇が幼い頃から知っている「森崎のおじちゃん」。
その森崎と、一条監督は昔からの親友でした。
一方で森崎は肇の父親とも友人。
つまり、
肇の父親――森崎修司――一条昴監督。
この三人は森崎を中心につながっていたことになります。
しかも森崎自身がそれを知ったのは、地区大会優勝後のニュース。
テレビに映る肇を見て、
「肇!?」
と驚き。
さらに、
「一条昴監督率いる――」
という言葉と画面に映った一条監督を見て、
「昴じゃねえか!」
と二重に驚くことになりました。
三年間。
一条監督は肇を指導し。
肇の父親は息子を見守り。
森崎は二人それぞれと友人だった。
それなのに誰も気づかなかったという、少し不思議な縁です。
そして森崎は、甲子園へ応援に行くことも決意。
肇が小学生だった頃から知る人物が、今度は高校最後の夏、その全国舞台を見届けることになります。
また今回のもう一つの中心は――真悠、眞衣、千鶴。
肇抜きの三人だけで過ごした休日でした。
映画を観て。
買い物をして。
本屋を巡り。
最後は喫茶店へ。
学校では、
「東雲先生」
「高橋さん」
という教師と生徒。
しかし高橋家では、千鶴は兄・肇が大切に思っている人物でもあります。
だからこそ三人だけで過ごす時間も、少しずつ自然なものになっています。
そんな楽しい休日の中で起きた、小さな危機。
高校一年生・桜庭結菜。
高校三年生・桜庭美桜。
同じ高校へ通う姉妹と、喫茶店で偶然遭遇してしまいました。
しかも、
「東雲先生と三人で何してるの?」
だけでは終わらず、
「東雲先生って、高橋先輩とも仲いいですよね?」
という質問まで。
真悠と眞衣にとって、一番触れられたくない部分です。
当然、
「兄の恋人です」
などとは言えません。
そこで千鶴が説明したのは、本当でもある別のつながり。
肇の母・由紀子と千鶴が高校時代の先輩・後輩であり、高橋家とは以前から縁がある。
嘘をつかず、それでも一番大切な秘密は守る。
千鶴の冷静な対応によって、何とかその場を乗り切りました。
ただし途中で真悠が、
「千鶴――」
と言いかけた場面は、かなり危険でした。
学校では知られていない二人の関係。
今はまだ、それを公表する時ではありません。
肇は甲子園を控える高校三年生。
千鶴は現役教師。
だからこそ、今は秘密を守りながら、それぞれの立場を大切にすることになります。
そして夜。
高橋家で肇自身も初めて知った、
「森崎のおじちゃんと一条監督が親友」
という事実。
さらに父親から、
「森崎はお前の小さい頃をたくさん知っている」
と聞かされ、今度は別の意味で肇が慌てることになりました。
小学生時代。
野球で負ければ悔しがる。
三振すれば泣く。
昔から負けず嫌い。
実は今の肇と、それほど変わっていません。
高校通算六十本塁打。
エース。
四番。
地区大会優勝。
今では大きな実績を残す選手となりましたが、その原点には、小さな頃からただ野球が大好きだった一人の少年がいました。
そして今回、父親との最後の会話で肇自身が語ったこと。
以前なら、
「応援されているから、自分が全部何とかしなければ」
と思っていた。
しかし今は違う。
前薗晃大。
鈴木和誠。
久我直哉。
黒崎蓮。
早川慶介。
一条監督。
マネージャー。
七十人の野球部員。
真悠と眞衣。
千鶴。
家族。
卒業した先輩。
そして森崎修司。
たくさんの人が応援してくれるからこそ――
「みんなで何とかする」
そう考えられるようになりました。
地区大会を通して肇が得た最大の成長は、本塁打数や投手としての成績だけではなく、仲間に頼り、仲間と勝つことを覚えたことなのかもしれません。
番外編⑹は、これで完結。
地区大会優勝後の家族との時間。
父親と千鶴。
父親と校長。
父親と一条監督。
森崎修司と一条監督。
そして真悠・眞衣・千鶴。
これまで別々だった人たちの縁が少しずつつながりました。
次に待っているのは――甲子園。
以前は三回戦で敗退した全国の舞台。
しかし今回は、高校三年生として迎える最後の夏です。
高橋肇。
高校通算六十本塁打。
エース。
四番。
地区大会優勝。
そして甲子園出場。
家族、仲間、教師、監督、先輩、そして昔から自分を知る人たちに見守られながら――。
いよいよ高校野球最後の全国大会へ向かいます。




