番外編⑸❷「監督と教師――高橋肇を支える二人の大人」
番外編⑸❷では、準決勝を目前に控えた金曜日。
一条昴監督が、東雲千鶴が顧問を務める吹奏楽部を訪れました。
目的は――準決勝からの新しい応援。
これまで野球部を支えてきた吹奏楽部三十人へ、一条監督からある特別なお願いが持ち込まれます。
「選手一人一人に、新しい応援曲を用意してほしい」
しかも、野球部員たちには秘密。
もちろん、エースで四番の高橋肇にも秘密です。
肇の妹・真悠を含む吹奏楽部三十人も計画へ加わり、選手それぞれの性格やプレースタイルを考えながら、準決勝で初披露する新しい応援を作っていくことになりました。
そして部員たちが帰った後も、一条監督と千鶴は学校に残り、夜遅くまで準備を続けます。
そんな中、一条監督から千鶴へ飛び出した突然の質問。
「高橋の好きなところ、十個言えます?」
野球に本気なところ。
家族を大切にするところ。
仲間を頼れるようになったところ。
約束を忘れないところ。
夢を堂々と言えるところ――。
そして最後に千鶴が挙げた、十個目の「好きなところ」とは。
さらに夜の職員室では、肇から千鶴へ一本の電話が入ります。
学校では決して見せない二人のやり取りを、偶然聞くことになった一条監督。
監督と教師。
そして吹奏楽部三十人。
準決勝を前に、野球部員たちの知らないところでも「甲子園へ行くための準備」が始まっています。
金曜日。
準決勝を目前に控えた学校では、野球部だけでなく、応援する側にも少しずつ緊張感が広がっていた。
放課後。
野球部グラウンドでは、高橋肇たちが準決勝へ向けて練習を続けている。
一方、校舎の音楽室からは吹奏楽部の演奏が響いていた。
東雲千鶴が顧問を務める吹奏楽部。
部員は全部で三十人。
その中には、肇の双子の妹の一人、高校一年生の真悠もいる。
「はい、そこまで」
千鶴が指揮を止めた。
音が一斉に消える。
「今の部分、かなり良くなりました。ただ、トランペットとトロンボーンが少し前へ出すぎています」
「はい!」
「野球応援は音量も大事だけど、ただ大きければいいわけじゃありません。スタンド全体で一つの音になることを意識してください」
「はい!」
真悠もトロンボーンを膝の上へ置き、楽譜へ書き込みをしていた。
その時だった。
音楽室の扉が開く。
コンコン。
「失礼します」
千鶴が振り返った。
「あら?」
立っていたのは――一条昴監督。
「一条先生?」
部員たちも驚く。
「野球部の監督だ」
「珍しい……」
「どうしたんだろう?」
小さな声が飛び交う。
真悠も目を丸くした。
「一条監督?」
一条は部員たちへ軽く頭を下げる。
「練習中にすみません」
千鶴が尋ねた。
「何かありました?」
「実は吹奏楽部の皆さんに相談があって来ました」
「私にではなく?」
「東雲先生にもですが、今日は三十人全員にお願いしたいことがあります」
その一言で部員たちの表情が変わった。
千鶴は一条の様子から、かなり真剣な相談だと察する。
「分かりました。皆さん、一度楽器を置きましょう」
「はい」
三十人の部員が一条監督を見る。
一条は教卓の前へ立った。
「まず最初に」
深く頭を下げる。
「ここまで野球部を応援してくれて、本当にありがとうございます」
突然のことに部員たちは驚いた。
「初戦から四回戦、そして準々決勝。皆さんの演奏はグラウンドまでちゃんと届いています」
真悠が嬉しそうに笑う。
他の部員たちも顔を見合わせた。
「準々決勝は二対一。正直、どちらへ転んでもおかしくない試合でした」
一条は続ける。
「それでも最後まで演奏を続けてもらった。野球部監督として感謝しています」
千鶴は黙って聞いていた。
「そして――」
一条が少し笑う。
「ここからが今日来た本当の理由です」
三十人が注目する。
「準決勝から、応援曲を変えたいと思っています」
「え?」
音楽室がざわついた。
一条はホワイトボードへ向かった。
「全部を変えるわけではありません」
ペンを取る。
「選手一人一人に、今までとは違う新しい応援曲を用意してもらいたいんです」
「一人一人?」
「全員違う曲ですか?」
「そうです」
部員たちの目が輝き始める。
千鶴が尋ねた。
「一条先生、それって……」
「打席に入る選手ごとに、その選手をイメージした曲を演奏してほしいんです」
「なるほど……」
千鶴も興味を示した。
一条はさらに言った。
「ただし」
部員たちを見る。
「野球部員には秘密にしてください」
一瞬の沈黙。
そして――。
「ええっ!?」
三十人から声が上がった。
◇◇◇
「秘密って、高橋先輩たちにもですか?」
二年生部員が尋ねる。
「もちろん」
「準決勝当日に初めて?」
「そのつもりです」
「面白そう!」
「サプライズだ!」
一気に音楽室が盛り上がった。
その中で真悠が手を挙げる。
「一条監督」
「はい、高橋さん」
「兄にも秘密ですよね?」
「当然」
「家でも言っちゃ駄目ですか?」
「絶対に駄目です」
真悠が笑った。
「分かりました」
千鶴が横から言う。
「真悠さん」
「はい?」
「あなた、顔に出やすいから気をつけて」
「先生まで!」
笑いが起きる。
一条も笑った。
「高橋には一番驚いてもらいたいですから」
真悠が少し悪戯っぽく笑う。
「じゃあ絶対秘密にします」
「お願いします」
一条は資料を取り出した。
「俺なりに選手の特徴をまとめてきました」
千鶴が受け取る。
そこには選手の名前。
打順。
性格。
プレースタイル。
これまでの大会での活躍。
細かく記されていた。
「ここまで書いたんですか?」
「選曲するなら必要かなと思いまして」
吹奏楽部員たちも資料を見る。
「主将の鈴木先輩は……」
「やっぱり力強い曲かな」
「前薗先輩は捕手だから落ち着いた入りから盛り上がる曲?」
「宮坂先輩は?」
「久我君たちが打席に入る可能性も考えた方がいいよね」
意見が次々と出てくる。
一条は驚いた。
「すごいですね」
千鶴が少し誇らしそうに言う。
「うちの部員ですから」
「頼もしい」
「でしょう?」
そして当然――。
話題は肇へ移る。
「高橋先輩はどうします?」
一人が言った。
「エースで四番」
別の部員。
「高校通算五十八本塁打」
「投手としても目立つし」
「絶対、一番盛り上がる曲がいい!」
真悠が腕を組む。
「兄ちゃんか……」
千鶴が真悠を見る。
「何か思いつく?」
「うーん……」
真悠は考える。
兄としての肇。
家で見る肇。
そして野球部のエースとしてマウンドへ立つ肇。
「最初は少し静かで」
「うん」
「途中から一気に盛り上がる感じがいいです」
部員たちが頷く。
「分かる!」
「高橋先輩っぽい」
「最後は思い切り盛り上げたい!」
千鶴がホワイトボードへ書く。
「じゃあ、それを軸に候補をいくつか出しましょう」
一条が言う。
「お願いします」
「ただし一条先生」
「はい?」
「準決勝まで時間がありません」
「……ですよね」
「三十人で仕上げるんです」
「はい」
「簡単じゃありませんよ?」
一条が頭を下げる。
「そこを何とか」
千鶴は少し笑った。
「分かりました」
そして三十人へ向き直る。
「皆さん」
「はい!」
「やりますか?」
答えはすぐ返ってきた。
「やります!」
「野球部を驚かせましょう!」
「絶対成功させたい!」
千鶴が頷く。
「では決まりです」
こうして――。
準決勝へ向けた、吹奏楽部三十人と一条監督による秘密の計画が始まった。
◇◇◇
それから一時間。
選曲会議は想像以上に白熱した。
「この選手にはこっち!」
「でもテンポが速すぎない?」
「応援席で合わせられる?」
「トロンボーンはここから入った方がいいと思います」
「打席って長さが毎回違うから、途中で切っても自然な構成にしないと」
「確かに!」
一条監督は感心しながら聞いていた。
野球のことなら分かる。
しかし音楽となると専門外。
それでも選手の特徴について聞かれれば、誰より詳しく答えられる。
「鈴木は?」
「責任感が強いです」
「前薗先輩は?」
「冷静です。でも高橋にはかなり遠慮なく言います」
真悠が笑う。
「それ分かります」
「高橋は?」
質問される。
一条が即答する。
「負けず嫌い」
「それは全員知ってます」
笑いが起きた。
「あと無茶する」
千鶴が言った。
一条が頷く。
「それもあります」
真悠まで、
「家でもそうです」
と言う。
「おい、高橋。兄の情報がどんどん出てくるぞ」
「本当のことなので」
また笑いが起こった。
やがて選手ごとの方向性が固まり始める。
一条は時計を確認した。
「もうこんな時間か」
千鶴も見る。
「今日は一度ここまでにしましょう」
「はい!」
「明日、土曜日も練習します。今日決めた案を実際に合わせてみます」
「はい!」
「それから」
千鶴が少し声を低くする。
「この話は?」
三十人が揃って答えた。
「野球部には秘密!」
「よろしい」
真悠も笑う。
兄へ言いたくなる。
しかし――絶対に言わない。
準決勝。
肇が打席へ入った瞬間。
聞いたことのない新しい応援曲がスタンドから流れる。
その時の兄の顔を想像すると、真悠自身も楽しみだった。
◇◇◇
部員たちが帰宅した後。
音楽室には一条監督と千鶴だけが残った。
「一条先生もまだ残るんですか?」
「言い出した本人が帰るわけにはいかないでしょう」
「でも野球部の仕事は?」
「一通り終わっています」
「なら手伝ってください」
「もちろん」
二人は職員室へ移動した。
机には資料が並ぶ。
選手一覧。
吹奏楽部から出された曲の候補。
演奏時間。
応援のタイミング。
一条が言う。
「応援一つ決めるのも大変なんですね」
「当たり前です」
「もっと簡単かと」
「三十人で一つの音を作るんですよ?」
「すみません」
「野球だって九人いるでしょう?」
「確かに」
「一人だけ好き勝手に演奏したら崩れます」
一条が頷く。
「野球と同じですね」
「そういうところは似ているかもしれません」
一条は少し考える。
「そう考えると、高橋が投手で前薗が捕手なのも……」
「トロンボーンと指揮者?」
「いや、それは違う気がします」
「自分で言っておいて?」
二人が笑う。
◇◇◇
夜もかなり遅くなった頃。
職員室に残っている教師は、ほとんどいなくなっていた。
一条がコーヒーを飲みながら、突然言った。
「東雲先生」
「はい?」
「一つ聞いていいですか?」
「何です?」
「高橋の好きなところ、十個言えます?」
千鶴の手が止まった。
「……何ですか、急に」
「いや」
一条が笑う。
「この前から気になってたんですよ」
「何がです?」
「甲子園で優勝したらプロポーズされるんでしょう?」
「一条先生!」
「声大きいです」
「誰のせいですか」
一条は楽しそうに笑っている。
「でも本当に好きなら十個くらい言えるのかなと」
千鶴は腕を組んだ。
「言えますよ」
「本当に?」
「言えます」
「じゃあ聞きましょう」
「本当に言うんですか?」
「はい」
千鶴は少し恥ずかしそうに周囲を確認した。
誰もいない。
「……一つ目」
「はい」
「野球に本気なところ」
一条が頷く。
「二つ目」
「家族を大事にするところ」
「なるほど」
「三つ目。真悠さんと眞衣さんのことをちゃんと兄として見守っているところ」
「はい」
「四つ目。負けず嫌いだけど、最近は仲間を頼れるようになったところ」
一条の表情が少し変わった。
「それは俺も思います」
「でしょう?」
「はい」
「五つ目。約束を忘れないところ」
千鶴は少し微笑む。
「六つ目。自分の夢を恥ずかしがらずに言えるところ」
甲子園。
全国制覇。
プロ野球。
大きすぎる夢でも、肇は口にする。
「七つ目」
千鶴は続ける。
「意外と料理ができるところ」
一条が笑う。
「それは知らなかった」
「家では作ってくれます」
言った後、千鶴が少し照れる。
「八つ目。私が仕事で疲れている時、ちゃんと気づいてくれるところ」
「へえ」
「九つ目」
少し考える。
「真っ直ぐなところ」
一条が頷く。
「由紀子さんに似てますね」
「私もそう思います」
そして最後。
「十個目」
千鶴は少しだけ黙った。
「……何でしょうね」
「九個しかなかった?」
「違います」
千鶴は窓の外を見る。
夜のグラウンド。
そこで毎日のように白球を追っている肇。
「私のことを、本気で大切にしてくれるところです」
一条は何も言わなかった。
千鶴は恥ずかしそうに笑う。
「これで十個です」
「完璧ですね」
「聞いた一条先生が悪いんですからね」
「はい」
一条は笑った。
「でも安心しました」
「何が?」
「高橋が一方的に突っ走ってるわけじゃないんだなって」
千鶴は少し表情を引き締める。
「もちろん、立場について考えなければいけないことは分かっています」
「はい」
「だから学校とも家族とも、これからきちんと話していきます」
「それでいいと思います」
一条は資料へ視線を戻した。
「それにしても」
「何です?」
「高橋に聞かせてやりたいですね」
「絶対やめてください」
即答だった。
「九個目くらいで倒れるんじゃないですか?」
「一条先生!」
再び静かな職員室に笑い声が響いた。
◇◇◇
午後九時を過ぎた頃。
千鶴のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
『肇』
一条は気にせず資料を確認している。
千鶴は少し離れた場所へ移動して電話に出た。
「もしもし」
『千鶴?』
一条の手が止まった。
学校内。
しかも職員室。
普段なら、
「東雲先生」
と呼ぶ肇。
しかし電話の向こうにいる肇は、ここが職員室だとは知らない。
「どうしたの?」
『まだ学校?』
「うん。まだ少し仕事」
『遅くなる?』
「たぶん、もう少しかな」
『だったら連絡してよ』
千鶴が少し笑う。
「ごめん」
『心配するから』
「分かりました」
『帰る時、絶対連絡して』
「はいはい」
『はいは一回』
「はい」
『あと、夕飯どうする?』
「簡単に食べるから大丈夫」
『何か作って待ってようか?』
「もう遅いから無理しなくていいよ」
『俺、明日休みだし』
千鶴が少し考える。
「じゃあお願いしてもいい?」
『分かった』
「ありがとう」
『千鶴』
「何?」
『気をつけて帰ってきて』
千鶴の表情が柔らかくなる。
「うん」
『じゃあ待ってる』
「分かった。また後でね」
電話が切れる。
静かになった。
千鶴が振り返る。
一条監督と目が合った。
「……何ですか?」
「いや」
「聞いてました?」
「聞こえました」
千鶴の顔が赤くなる。
「忘れてください」
「無理です」
「一条先生!」
「『千鶴?』」
「再現しないでください!」
一条が笑う。
「学校じゃ絶対言わないくせに」
「電話ですから」
「完全に家での高橋でしたね」
千鶴は恥ずかしそうに席へ戻る。
「だから忘れてください」
「でも」
一条の表情が少し柔らかくなった。
「心配してるんですね」
千鶴も小さく笑う。
「そうみたいです」
「夕飯まで作る?」
「本人が作るって言ってるので」
「さっきの好きなところ七つ目」
「そうです」
一条が納得したように頷く。
「なるほど」
「何がです?」
「実証されました」
「もう……」
◇◇◇
午後十時前。
ようやく作業が一区切りついた。
選手一人一人に合わせた新しい応援曲。
まだ最終決定ではない。
明日、土曜日。
吹奏楽部三十人で実際に音を合わせる。
そこで調整する。
「今日はここまでにしましょう」
千鶴が言った。
「そうですね」
一条も資料をまとめる。
「明日も来るんですか?」
「もちろん」
「野球部は?」
「午前練習です」
「だったら」
千鶴が少し考える。
「午後から音楽室へ来てもらえます?」
「分かりました」
「実際の演奏を聞いてください」
「ぜひ」
「ただし」
千鶴が人差し指を立てる。
「野球部員を連れてきたら駄目です」
「分かってます」
「特に高橋君」
「一番連れてきちゃ駄目な奴ですね」
二人が笑う。
職員室を出る。
廊下の電気を確認する。
「東雲先生」
「はい」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「吹奏楽部のみんなにも無理をお願いしてしまって」
「大丈夫ですよ」
千鶴は微笑む。
「あの子たちも甲子園へ行きたいんです」
一条が少し驚く。
「吹奏楽部も?」
「当然でしょう?」
「そうか……」
「野球部だけの甲子園じゃありません」
その言葉を聞いて、一条は少し黙った。
野球部。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
応援する生徒。
保護者。
教師。
たくさんの人が同じ場所を目指している。
「絶対行きたいですね」
「はい」
千鶴は答えた。
「甲子園へ」
◇◇◇
翌日。
土曜日。
午前中。
野球部グラウンドでは、準決勝へ向けた練習が始まっていた。
「高橋!」
「はい!」
「今日は投げ込み少なめ!」
「ええ!?」
「昨日言っただろ!」
「もう大丈夫です!」
「その『大丈夫』を信用するなって東雲先生から言われてる!」
肇が固まった。
「……千鶴が?」
一条監督の眉が動く。
「高橋」
「あ」
周囲の選手たちは練習中で、幸い会話までは聞いていない。
一条監督が低い声で言う。
「学校では?」
「東雲先生です……」
「よろしい」
「でも何で東雲先生とそんな話を?」
一条監督が昨夜の職員室を思い出す。
好きなところ十個。
そして電話。
『千鶴?』
思わず笑いそうになる。
「何でもない」
「怪しい……」
「高橋」
「はい?」
「今日は余計なこと考えず走れ」
「またですか!?」
「準決勝前だからな」
「理由になってません!」
「早く行け!」
「はい!」
肇が走っていく。
一条監督は、その後ろ姿を見ながら小さく笑った。
午後。
このグラウンドで練習している野球部員たちが知らないところで――。
音楽室では千鶴と真悠を含む吹奏楽部三十人が待っている。
準決勝から始まる、新しい応援。
選手一人一人のためだけに用意される曲。
もちろん肇にも。
まだ誰にも知られてはいけない。
準決勝当日。
肇たちが打席へ入った、その瞬間。
スタンドから初めて流れる新しい音。
野球部を甲子園へ送り出すための、吹奏楽部三十人からの秘密の贈り物。
一条監督と東雲千鶴。
そして三十人の吹奏楽部員。
彼らの秘密の準備は――土曜日の午後へ続いていく。
番外編⑸❷「監督と教師――高橋肇を支える二人の大人」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は前回に続いて、一条昴監督と東雲千鶴を中心にした物語。
しかし今回はそこへ、真悠を含む吹奏楽部三十人も加わりました。
一条監督が考えたのは、準決勝から応援そのものをさらに進化させること。
選手一人一人に合わせて、新しい応援曲を作る。
そして何より――
「野球部員には秘密」
というサプライズです。
当然、真悠も兄・肇には話せません。
準決勝当日、打席へ入った肇が初めて自分の新しい応援曲を耳にした時、どんな反応をするのか。
それは吹奏楽部三十人にとっても楽しみの一つになりました。
また今回、一条監督は普段とは違う角度から肇について知ることになります。
千鶴へ尋ねた、
「高橋の好きなところ、十個言えます?」
という質問。
千鶴が答えたのは――
一、野球に本気なところ。
二、家族を大切にするところ。
三、真悠と眞衣を兄として見守っているところ。
四、負けず嫌いながら、仲間を頼れるようになったところ。
五、約束を忘れないところ。
六、自分の夢を恥ずかしがらずに言えるところ。
七、意外と料理ができるところ。
八、千鶴が仕事で疲れている時に気づいてくれるところ。
九、真っ直ぐなところ。
そして十個目――
「私のことを、本気で大切にしてくれるところ」
でした。
そんな十個の答えを聞いた直後。
まるでそれを証明するかのように、夜遅くまで学校に残っている千鶴へ肇から電話が入ります。
「遅くなるなら連絡して」
「心配するから」
「夕飯、何か作って待ってようか?」
学校では「東雲先生」と呼んでいる肇も、電話ではいつものように「千鶴」。
偶然そのやり取りを聞いてしまった一条監督にとっても、野球部のエースや四番打者ではない、普段の肇を知る出来事となりました。
そして翌日の土曜日。
午前中は野球部の練習。
午後からは音楽室で、いよいよ新しい応援曲の本格的な音合わせが始まります。
野球部には秘密。
肇にも秘密。
準決勝当日まで絶対に知られてはいけません。
グラウンドでは野球部。
音楽室では吹奏楽部。
それぞれが別々の場所で準決勝へ向けて準備を続けています。
甲子園まで――あと二勝。
次は土曜日。
一条監督、東雲千鶴、そして吹奏楽部三十人による「秘密の応援曲」が、いよいよ完成へ向かいます。




