第11話「準々決勝――強豪・東央学園との激突、甲子園へ続くベスト4を懸けて」
第11話では、いよいよ地区大会準々決勝。
ベスト4進出を懸けて、肇たちは県内屈指の強豪・私立東央学園と対戦しました。
四回戦に続き、今回もエース・高橋肇が初回からマウンドへ。
しかし東央学園は、これまで戦ってきた相手とはまた違う強さを持つチームです。
序盤から簡単には得点できず、試合は〇対〇の投手戦。
四回には東央学園に先制を許しますが、肇と前薗晃大の連携によってすぐさま同点へ追いつきます。
そして七回まで一失点で粘った肇から、八回以降のマウンドを託されたのは――二年生投手・久我直哉。
三回戦でも肇から序盤を任された久我が、今度は一点差の準々決勝、その最終盤という大きな役割を担います。
さらに応援席には、真悠と眞衣。
そして【いつもの4人】の美琴と莉奈も再び集合。
三回戦で戦った拓真と航平からの「次も勝て」という想いも届く中、肇たちは甲子園へ続く大切な一戦へ挑みました。
甲子園まで、あと二勝。
その数字を現実のものへ近づけるための準々決勝です。
準々決勝当日の朝。
まだ空に薄い雲が残る時間、高橋肇は静かに目を覚ました。
目を開けて最初に思い浮かんだのは、今日の対戦相手だった。
私立東央学園。
県内屈指の強豪。
甲子園出場経験もあり、毎年のように上位まで勝ち進んでくる学校だ。
そして今日、勝てばベスト4。
負ければ――高校最後の夏が終わる。
「……今日か」
肇が小さく呟く。
隣では千鶴も目を覚ましていた。
「おはよう」
「おはよう、千鶴」
千鶴は肇の顔を見て、すぐに気づいた。
「緊張してる?」
「かなり」
「そう」
「東央だからな」
「でも、昨日までやることはやったんでしょう?」
「うん」
「だったら、あとは仲間を信じること」
肇は少し笑う。
「最近、千鶴も監督みたいになってきた」
「誰のせいだと思ってるの?」
「俺?」
「そうです」
二人は笑った。
先日、校長、教頭、一条昴監督へ二人の関係を伝えた。
まだ学校側との話し合いがすべて終わったわけではない。
けれど、今は野球に集中する。
それも一条監督と交わした約束だった。
千鶴が言う。
「肇」
「ん?」
「今日も一試合ずつ」
「分かってる」
「甲子園もプロも、その先」
「うん」
「まずは東央学園」
肇は力強く頷いた。
「勝ってくる」
◇◇◇
朝食を終えた肇は、ユニフォーム姿で玄関へ向かった。
帽子。
グラブ。
スパイク。
必要なものをもう一度確認する。
千鶴も吹奏楽部顧問として、後から学校へ向かう予定だった。
「忘れ物ない?」
「大丈夫」
「本当に?」
「子供じゃないんだから」
「十八歳は私から見ればまだまだです」
「それ言う?」
千鶴は笑った。
しかし次の瞬間には真剣な表情になる。
「肇」
「うん」
「怪我だけはしないで」
「分かってる」
「肩や肘がおかしかったら、一条先生にちゃんと言うこと」
「はい」
「前薗君にも」
「はい」
「それから――」
「まだある?」
「勝ってきて」
肇は笑った。
「それが一番大事じゃん」
「そうね」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
玄関を出た肇。
今日も一日は始まった。
高校最後の夏。
準々決勝。
◇◇◇
学校へ集合した野球部員たちは、バスへ乗り込んだ。
肇の隣には正捕手・前薗晃大。
前方には主将・鈴木和誠。
久我直哉。
橘優成。
黒崎蓮。
早川慶介。
安西航。
大野蒼真。
西川陸斗。
森川駿。
松岡亮平。
そしてベンチ入りした仲間たち。
今日は全員の表情が違った。
「静かだな」
晃大が言った。
「みんな緊張してるんだろ」
肇が答える。
すると前方から和誠が振り返った。
「お前が一番緊張してそうだけどな」
「何で分かる?」
「顔」
「そんなに?」
晃大が横から言う。
「分かりやすい」
「マジか」
少しだけ車内に笑いが起きた。
それで緊張がほぐれる。
久我が後ろから尋ねた。
「高橋先輩」
「何?」
「今日、先発ですか?」
「俺に聞くなよ」
「でも先発したいですよね?」
肇は少し考える。
「投げたい」
「ですよね」
「でも監督が決めることだから」
二回戦、三回戦。
肇は仲間へ序盤を託した。
四回戦では初回から六回まで投げ、黒崎が残り三回を無失点で締めた。
一人で投げ切ることだけがエースではない。
それを肇自身が学び始めている。
「直哉」
「はい」
「今日も準備頼む」
「もちろんです」
「蓮も」
「はい」
「慶介も」
「任せてください」
晃大が笑う。
「やっとエースらしくなったな」
「前からエースだよ」
「そういう意味じゃない」
肇は窓の外を見る。
仲間へ託す。
仲間を信じる。
それも勝つために必要なことだった。
◇◇◇
球場へ到着すると、空気が一変した。
すでに多くの観客が入っている。
「すご……」
一年生部員が呟く。
準々決勝。
注目度はこれまでとは明らかに違った。
さらに東央学園は県内屈指の人気校。
応援席もかなり埋まっている。
一条監督が全員を集める。
「相手の名前を見るな」
選手たちが監督を見る。
「東央学園だから何だ?」
誰も答えない。
「甲子園経験があるから何だ?」
一条監督は続ける。
「今日グラウンドに立つのは、お前たちと同じ高校生だ」
「はい!」
「名前だけで勝手に負けるな」
「はい!」
「ただし、相手が強いことは認めろ」
肇が頷く。
「強い相手だからこそ、雑な野球をした方が負ける」
一条監督はホワイトボードを見る。
「スターティングメンバーを発表する」
選手たちの表情が変わる。
名前が一人ずつ呼ばれていく。
そして――。
「四番、投手、高橋肇」
「はい!」
肇が力強く返事をした。
晃大が横から小さく言う。
「来たな」
「うん」
「最初から飛ばすぞ」
「おう」
一条監督は続ける。
「捕手、前薗晃大」
「はい!」
主将・鈴木和誠。
宮坂大智。
そして固定メンバーの名前が続く。
発表を終える。
一条監督はブルペン陣を見る。
「久我、黒崎、早川」
「はい!」
「全員、いつでも行ける準備をしておけ」
「はい!」
最後に肇を見る。
「高橋」
「はい」
「今日は球数だけで交代を決めない」
肇が監督を見る。
「内容を見る」
「はい」
「お前が抑えていても、次へ進むために代える可能性はある」
「分かっています」
「本当に?」
「四回戦で学びました」
一条監督が少し笑った。
「ならいい」
◇◇◇
その頃。
応援席には吹奏楽部が到着していた。
千鶴が部員たちへ指示を出す。
「楽器をぶつけないように気をつけてください」
「はい!」
真悠もトロンボーンを準備する。
少し離れたところでは、眞衣たちチアリーディング部も準備中。
そこへ真悠のスマートフォンが震えた。
【いつもの4人】
美琴。
『着いたよ!』
莉奈。
『私もいる!』
真悠が周囲を見る。
一般観客席。
少し離れた場所で、美琴と莉奈が手を振っている。
「あっ!」
真悠も小さく手を振り返した。
眞衣も気づく。
「来たんだ!」
試合前なので四人で集まることはできない。
それでも、今日も【いつもの4人】が球場に揃った。
美琴はスマートフォンを見る。
兄・拓真からメッセージ。
『東央は強いぞ』
続いて、
『でも肇ならやれる。ちゃんと応援してこい』
美琴が微笑む。
莉奈にも航平から届いていた。
『ここまで来たら甲子園まで行けって伝えといて』
二人は顔を見合わせた。
「兄たちも気にしてるね」
「そりゃそうでしょ」
「自分たちに勝った学校だから?」
「それもあると思う」
莉奈はグラウンドを見る。
「でも昔の仲間だからじゃない?」
美琴も頷いた。
「うん」
◇◇◇
試合開始前。
ブルペン。
肇が最後の投球練習を行う。
晃大が受ける。
バシィィン!
「いい」
返球。
次。
ストレート。
バシッ!
スライダー。
フォーク。
カーブ。
一通り確認する。
晃大が立ち上がった。
「肇」
「何?」
「今日、たぶん簡単には終わらない」
「分かってる」
「東央は追い込まれてからも粘る」
「うん」
「三振狙いすぎるな」
「打たせて取る?」
「それも使う」
晃大は肇の胸をミットで軽く叩いた。
「俺たちだけで野球してるんじゃない」
肇は内野を見る。
和誠。
宮坂。
仲間たちがいる。
外野にもいる。
「分かった」
「じゃあ行こう」
「おう」
◇◇◇
試合開始。
先攻――私立東央学園。
後攻――肇たち。
『一回表、私立東央学園の攻撃です』
大歓声。
肇がマウンドへ。
一度、周囲を見渡した。
準々決勝。
勝てばベスト4。
深呼吸。
晃大のサイン。
初球。
ストレート。
肇が投げる。
バシィィン!
「ストライク!」
歓声。
二球目。
東央の一番打者が振る。
カキンッ!
セカンドゴロ。
一死。
「ナイス!」
二番。
初球を見送る。
ボール。
二球目。
ファウル。
三球目。
スライダー。
見送られる。
四球目。
ストレート。
カキィン!
ライト前ヒット。
一死一塁。
肇は走者を見る。
晃大がサインを出す。
三番打者。
東央の中でも長打力がある。
初球。
外角ストレート。
ストライク。
二球目。
変化球。
ボール。
三球目。
走者がスタート。
「走った!」
晃大が捕球。
二塁送球。
「アウト!」
盗塁阻止。
二死。
「ナイス晃大!」
肇が叫ぶ。
晃大は立ち上がり、ミットを叩いた。
「打者に集中!」
「おう!」
三番への次の一球。
フォーク。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
初回無失点。
肇は静かにマウンドを降りた。
◇◇◇
一回裏。
東央学園の先発投手も評判通りだった。
球速がある。
制球もいい。
先頭打者。
三振。
二番。
ショートゴロ。
二死。
三番・和誠。
ファウルで粘る。
七球目。
カキンッ!
センター前ヒット。
「ナイス和誠!」
二死一塁。
そして――。
『四番、ピッチャー、高橋君』
球場のざわめきが大きくなる。
高校通算五十八本塁打。
三回戦では一試合三本塁打。
東央学園側も当然研究している。
肇が打席へ入る。
初球。
外角低め。
ボール。
二球目。
外角。
ストライク。
「外中心か……」
肇が小さく呟く。
三球目。
また外。
ボール。
四球目。
初めて内角。
肇が振る。
カキィン!
三塁線。
「ファウル!」
二ボール二ストライク。
五球目。
外角への変化球。
肇は見送った。
「ボール!」
フルカウント。
和誠が一塁から肇を見る。
六球目。
投手が投げる。
ストレート。
外角。
肇が逆らわずに振る。
カキィィン!
打球は右中間へ。
「抜けろ!」
センターとライトが追う。
落ちた。
和誠が二塁を回る。
肇も一塁を蹴る。
「回れ!」
和誠が三塁へ。
肇は二塁へ。
二死二、三塁。
「ナイスバッティング!」
二塁打。
肇がベース上で拳を握る。
しかし続く晃大。
東央の投手が踏ん張る。
最後は内角ストレート。
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
得点ならず。
〇対〇。
東央学園は簡単には点をくれない。
◇◇◇
二回。
三回。
試合は完全な投手戦となった。
肇は三回まで被安打二。
無失点。
東央の先発も三回まで無失点。
〇対〇。
三回終了。
一条監督が選手たちへ言う。
「焦るな」
「はい!」
「こういう試合は先に焦った方が負ける」
肇はスポーツドリンクを飲む。
晃大が隣へ座る。
「相手、やっぱり強いな」
「うん」
「楽しい?」
肇が少し笑う。
「楽しい」
「やっぱりな」
「晃大は?」
「俺も」
二人は拳を合わせた。
◇◇◇
四回表。
試合が動いた。
東央の三番から。
初球。
ストレート。
ファウル。
二球目。
スライダー。
ボール。
三球目。
カキィン!
左中間を破る二塁打。
無死二塁。
四番。
送りバントはない。
真っ向勝負。
肇が投げる。
カキンッ!
センター前ヒット。
二塁走者が三塁で止まる。
無死一、三塁。
球場の空気が変わる。
東央学園の応援席が一気に盛り上がる。
晃大がマウンドへ。
「肇」
「うん」
「ここ」
「分かってる」
「一点は仕方ない」
「でも大量点は駄目」
「そう」
五番。
初球。
ボール。
二球目。
カキンッ!
ショートゴロ。
二塁へ。
アウト。
一塁へ――。
「セーフ!」
その間に三塁走者が生還。
〇対一。
東央学園が先制。
一死一塁。
肇はスコアボードを見る。
一点。
「高橋!」
和誠が声を飛ばす。
「切り替えろ!」
「おう!」
続く六番。
肇は内角ストレートで詰まらせる。
セカンドゴロ。
二死二塁。
七番。
最後はスライダー。
空振り三振。
「バッターアウト!」
一点で止めた。
ベンチへ戻る肇。
一条監督が言う。
「よく一点で切った」
「はい」
「取り返してこい」
「はい!」
◇◇◇
四回裏。
先頭は和誠。
三振。
一死。
四番・肇。
東央の投手が投げる。
初球。
ボール。
二球目。
ストライク。
三球目。
低め。
肇が振る。
カキィン!
センター前ヒット。
一死一塁。
「ナイス!」
晃大が打席へ。
初球。
肇がスタート。
「走った!」
晃大はバントの構えからバットを引く。
捕手が二塁へ。
肇が滑り込む。
「セーフ!」
盗塁成功。
一死二塁。
晃大が肇を見る。
「やるじゃん」
肇が笑う。
晃大は次の球。
カキンッ!
ライト前。
肇が三塁を回る。
「回れ!」
ホームへ。
送球。
肇が滑る。
「セーフ!」
一対一。
同点。
肇は立ち上がり、晃大へ拳を突き上げた。
晃大も一塁上で拳を握る。
「よっしゃ!」
試合は振り出しへ戻った。
◇◇◇
五回。
両校無得点。
六回表。
東央が再びチャンスを作る。
二死一、二塁。
肇の投球数も増えていた。
一条監督がベンチから見つめる。
久我。
黒崎。
早川。
三人はすでにブルペンで準備している。
打者は東央の四番。
肇が投げる。
初球。
ファウル。
二球目。
ボール。
三球目。
ファウル。
追い込む。
晃大がサインを出す。
フォーク。
肇が頷く。
投げる。
打者が振る。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
肇が拳を握る。
一対一。
均衡は崩れない。
◇◇◇
六回裏。
二死走者なし。
四番・肇。
この日三安打目を狙う。
初球。
外角。
ボール。
二球目。
内角。
ファウル。
三球目。
外角低め。
ボール。
四球目。
ストレート。
肇が振る。
カキィィン!
大きい。
センター方向。
球場全体が立ち上がる。
「行った!?」
真悠も打球を追う。
眞衣が叫ぶ。
「入って!」
美琴と莉奈も立ち上がる。
センターがフェンス際まで下がる。
ジャンプ。
そして――。
パシッ。
「アウト!」
大歓声とため息が混ざった。
肇は一塁手前で立ち止まる。
「マジか……」
あと少し。
高校通算五十九号には届かなかった。
東央のセンターが素晴らしい守備を見せた。
肇はベンチへ戻る。
和誠が言う。
「完全に行ったと思った」
「俺も」
「次だ」
「うん」
一対一。
◇◇◇
七回表。
一条監督が肇を呼んだ。
「高橋」
「はい」
「どうだ?」
肇は正直に答えた。
「まだ行けます」
一条監督は少し考える。
「七回までだ」
「はい」
「ここを抑えろ」
「はい!」
肇がマウンドへ。
先頭。
ショートゴロ。
一死。
次打者。
センターフライ。
二死。
九番。
粘られる。
八球目。
カキンッ!
ライト前ヒット。
二死一塁。
一番打者。
肇は一塁走者を確認する。
晃大のサイン。
ストレート。
ファウル。
スライダー。
ボール。
フォーク。
空振り。
最後。
内角ストレート。
カキンッ!
詰まった打球。
セカンドへ。
捕球。
一塁送球。
「アウト!」
チェンジ。
七回一失点。
肇はマウンドを降りる。
一条監督が待っていた。
「よく投げた」
「ありがとうございます」
「八回から久我」
肇が驚く。
「直哉?」
「そうだ」
久我が立ち上がる。
「はい!」
肇はボールを久我へ渡した。
「直哉」
「はい」
「準々決勝だぞ」
「分かってます」
「緊張してる?」
「死ぬほど」
肇が笑う。
「俺も最初そうだった」
久我も笑った。
「任せてください」
「頼む」
二人が拳を合わせた。
肇は一塁守備へ。
◇◇◇
七回裏。
一対一。
先頭打者が四球。
送りバント。
一死二塁。
和誠。
カキンッ!
ショートゴロ。
二死三塁。
そして四番・肇。
東央学園ベンチが動く。
捕手が立ち上がる。
「……敬遠か」
肇は一塁へ。
二死一、三塁。
またしても晃大へ勝負が回る。
晃大が打席へ向かう。
肇が声を掛ける。
「晃大!」
振り返る。
「四回戦と同じだ!」
晃大が笑った。
「分かってる!」
初球。
ボール。
二球目。
ファウル。
三球目。
ストライク。
追い込まれる。
四球目。
晃大が振る。
ファウル。
五球目。
またファウル。
六球目。
ボール。
七球目。
投手が投げる。
外角。
晃大がバットを合わせた。
カキンッ!
打球は一、二塁間。
「抜けろ!」
一塁手が飛びつく。
届かない。
ライト前へ。
三塁走者がホームイン。
二対一。
「よっしゃあああ!」
晃大が一塁上で叫ぶ。
肇も二塁へ進みながら拳を握る。
勝ち越し。
◇◇◇
八回表。
二対一。
マウンドは二年生・久我直哉。
相手は東央学園。
強豪。
準々決勝。
そして一点差。
久我は大きく息を吐く。
橘優成がベンチから声を飛ばす。
「直哉! いつも通り!」
久我が頷く。
晃大もミットを構える。
「来い!」
初球。
ストライク。
二球目。
ファウル。
三球目。
カーブ。
空振り。
「バッターアウト!」
一死。
肇が一塁から叫ぶ。
「ナイス直哉!」
二人目。
センターフライ。
二死。
三人目。
四球。
二死一塁。
東央の四番。
球場がざわめく。
久我が肇を見る。
肇は何も言わず、拳を握って見せた。
久我も小さく頷く。
初球。
ストレート。
ボール。
二球目。
ストライク。
三球目。
ファウル。
四球目。
晃大のサイン。
カーブ。
投げる。
打者が振る。
カキンッ!
高く上がる。
ファースト方向。
肇が追う。
「俺!」
落下地点。
パシッ!
「アウト!」
チェンジ。
肇が捕った。
久我がマウンドで大きく息を吐く。
「よっしゃ!」
八回無失点。
◇◇◇
九回表。
二対一。
あと三つ。
一条監督は久我を続投させた。
黒崎と早川もブルペンで準備している。
「直哉!」
肇が声を掛ける。
「はい!」
「あと三つ!」
「はい!」
先頭打者。
センター前ヒット。
無死一塁。
東央応援席が一気に盛り上がる。
次打者。
送りバント。
一死二塁。
同点の走者が二塁。
一条監督がマウンドへ。
久我。
晃大。
和誠。
肇も一塁から近づく。
「久我」
「はい」
「どうだ?」
「行けます」
一条監督は久我の目を見る。
「分かった」
そして野手全員へ。
「一点を怖がるな」
「はい!」
「アウトを一つずつ取れ」
「はい!」
監督が戻る。
次打者。
初球。
カキンッ!
三塁ゴロ。
二死二塁。
あと一つ。
東央学園最後の打者。
九番。
しかし、今日ヒットを一本打っている。
球場全体が立ち上がる。
真悠は祈るようにグラウンドを見る。
眞衣も。
美琴も。
莉奈も。
千鶴も――吹奏楽部顧問として立ちながら、肇たちを見守る。
久我が投げる。
一球目。
ストライク。
二球目。
ボール。
三球目。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
あと一球。
晃大がサインを出す。
久我が頷く。
投げる。
打者が振る。
カキィン!
打球はセンター方向。
和誠が走る。
「和誠!」
肇が叫ぶ。
和誠が追う。
前へ。
さらに前へ。
そして――。
滑り込む。
パシッ!
捕った。
一瞬の静寂。
「アウト!」
試合終了。
二対一。
「よっしゃあああああ!」
久我がマウンドで両腕を突き上げた。
晃大が駆け寄る。
肇も一塁から走る。
和誠もボールを握ったまま笑っている。
「勝った!」
「ベスト4!」
「準決勝だ!」
久我は泣いていた。
「高橋先輩……!」
「直哉!」
肇が久我を抱きしめる。
「ナイスピッチ!」
「怖かったです!」
「俺も見てて怖かった!」
「何ですかそれ!」
仲間たちが笑う。
そして全員が集まった。
私立東央学園。
強豪。
二対一。
準々決勝突破。
ベスト4進出。
◇◇◇
応援席。
真悠が眞衣を見る。
「勝った……!」
「準決勝!」
二人が抱き合う。
少し離れた一般席。
美琴と莉奈も喜んでいた。
美琴はすぐ拓真へ。
『勝った! 2対1!』
返信。
『見てた。次も勝て』
莉奈も航平へ送る。
『準決勝進出!』
すぐに返ってくる。
『あと二つだな』
莉奈がその文章を見つめる。
地区大会優勝まで――あと二勝。
美琴が言う。
「本当に甲子園見えてきたね」
莉奈が頷く。
「でも」
「うん」
「まだ二つ」
「そうだね」
◇◇◇
試合後。
一条監督は選手たちを集めた。
「よく勝った」
「ありがとうございます!」
「高橋」
「はい」
「七回一失点」
「はい」
「よく粘った」
「ありがとうございます」
「久我」
「はい!」
「二回無失点」
「はい!」
「最後、怖かったか?」
久我は正直に答える。
「めちゃくちゃ怖かったです」
笑いが起こる。
一条監督も笑った。
「それでいい」
「え?」
「怖くても投げられた。それが今日の収穫だ」
「はい!」
「前薗」
「はい」
「勝ち越し打、よく打った」
「ありがとうございます!」
「鈴木」
「はい!」
「最後の守備、よく捕った」
「ありがとうございます!」
一条監督は全員を見る。
「今日も一人で勝ったんじゃない」
全員が静かになる。
「高橋が七回まで投げた」
「久我が残りを守った」
「前薗が勝ち越し打を打った」
「鈴木が最後の打球を捕った」
「それ以外の全員も守って、走って、声を出した」
そして――。
「これでベスト4だ」
「はい!」
「だが」
監督は表情を引き締める。
「甲子園はまだ決まっていない」
「はい!」
「あと二つ」
肇が拳を握る。
「準決勝」
一条監督が次の対戦表を見る。
「相手は――明日の試合結果で正式に決まる」
「はい!」
「今日は喜べ」
「はい!」
「明日から、また次の一勝だ」
「はい!」
◇◇◇
その夜。
肇は家へ帰ると、真っ先に練習ノートを開いた。
千鶴が隣に座る。
『初戦突破 ○』
『二回戦突破 ○』
『三回戦突破 ○』
『四回戦突破 ○』
そして――。
『準々決勝突破』
肇はゆっくり丸をつける。
『準々決勝突破 ○』
五つ目。
千鶴が微笑む。
「増えたね」
「うん」
「あと二つ?」
「地区大会は」
「そうね」
肇は新しい行へ書く。
『準決勝突破』
その下。
『決勝突破――甲子園』
千鶴はその文字を静かに見つめた。
「肇」
「何?」
「今日、ホームランはなかったね」
「五十八本のまま」
「残念?」
「少し」
肇は笑った。
「でも勝ったからいい」
千鶴も笑う。
「それならいいと思う」
「今日、直哉すごかった」
「最後まで見てた」
「怖かったけど」
「本人も怖かったって言ってたね」
「聞こえてた?」
「スタンドまでは聞こえません」
「そりゃそうか」
二人が笑う。
肇はノートを見る。
準決勝。
そして決勝。
甲子園。
以前なら、自分が全部投げて、自分が打って勝ちたいと思っていたかもしれない。
けれど今は違う。
晃大がいる。
和誠がいる。
久我がいる。
黒崎がいる。
早川がいる。
そして、たくさんの仲間がいる。
「千鶴」
「うん?」
「俺、本当に甲子園行くよ」
千鶴は肇を見る。
「知ってる」
「まだ決まってないよ?」
「それでも」
千鶴は微笑んだ。
「肇が本気で目指してることは知ってる」
肇は頷く。
準々決勝。
私立東央学園。
二対一。
勝利。
高校通算本塁打数――五十八本。
そして地区大会ベスト4。
甲子園まで――あと二勝。
練習ノートには、五つの丸。
その下には、まだ丸のない二つの目標。
『準決勝突破』
『決勝突破――甲子園』
高校三年生、高橋肇。
最後の夏。
そして千鶴と交わした未来への約束。
そのすべてを胸に――。
肇たちは、ついに準決勝へ進んだ。
第11話「準々決勝――強豪・東央学園との激突、甲子園へ続くベスト4を懸けて」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
準々決勝の結果は――
二対一。
肇たちは私立東央学園との接戦を制し、ついに地区大会ベスト4、準決勝進出を決めました。
今回の試合は、これまでのような大量得点の試合ではありません。
一球。
一つのアウト。
一本のヒット。
そのすべてが勝敗へ直結する、準々決勝らしい緊張感のある試合となりました。
先発した肇は七回一失点。
東央学園の強力打線を相手に粘り強く投げ、四回に先制こそ許したものの、それ以上の失点を防ぎました。
打者としても二塁打やヒットを放ち、盗塁から同点のホームを踏むなど、四番としてチャンスを作りました。
一方、高校通算本塁打数は今回も五十八本のまま。
六回にはセンター後方へ大きな打球を飛ばしましたが、相手中堅手の好守によって五十九号とはなりませんでした。
しかし今の肇にとって、それ以上に大切なのはチームの勝利です。
そして今回、最大の重圧を背負った一人が二年生投手・久我直哉でした。
八回から登板。
しかもスコアは二対一。
相手は強豪・東央学園。
準々決勝という大舞台。
久我自身も「死ぬほど緊張している」と認める状況でした。
それでも八回を無失点。
九回には先頭打者を出し、送りバントで一死二塁。
一打同点という場面まで追い込まれます。
それでも最後まで逃げなかった久我。
そして最後の打球を滑り込みながら捕球した主将・鈴木和誠。
その瞬間――二対一で試合終了。
肇一人ではなく、
久我が投げ、
晃大がリードし、
和誠が守り、
野手たちがアウトを積み重ねたからこそ掴めた勝利です。
まさにこれまで肇が学んできた、
『全員で勝つ。』
という野球が、強豪との準々決勝でも形になりました。
またスタンドには、真悠と眞衣、美琴と莉奈の【いつもの4人】も集合。
拓真からは、
「次も勝て」
航平からは、
「あと二つだな」
という言葉も届きました。
三回戦では敵だった仲間たちの想いまで受け取り、肇たちはさらに先へ進みます。
そして夜。
練習ノートには新たな丸が加わりました。
『初戦突破 ○』
『二回戦突破 ○』
『三回戦突破 ○』
『四回戦突破 ○』
『準々決勝突破 ○』
ついに五つ目。
そして残された地区大会の目標は――
『準決勝突破』
『決勝突破――甲子園』
あと二勝。
準決勝に勝てば決勝。
決勝に勝てば、千鶴と約束してきた甲子園です。
そのさらに先には、
甲子園優勝。
千鶴へのプロポーズ。
高校卒業。
そしてドラフトを経て挑戦したいプロ野球の世界。
しかし、未来ばかりを見るのではなく、今は一試合ずつ。
まず次に勝つこと。
それだけです。
高校三年生・高橋肇。
エース。
四番打者。
高校通算五十八本塁打。
最後の夏は、ついに地区大会ベスト4。
甲子園まで――あと二勝です。




