第10話「四回戦――強打の北辰高校、エース高橋肇が初回から挑む」
第10話では、いよいよ地区大会四回戦。
肇たちは、ここまで三試合で合計二十二得点を記録している強打の県立北辰高校と対戦しました。
これまでの二回戦、三回戦とは違い、今回はエース・高橋肇が初回からマウンドへ。
しかし、一回表から北辰高校の強力打線に先制点を奪われる展開となります。
それでも慌てず、一回裏には肇の犠牲フライですぐさま同点。
その後は前薗晃大とのバッテリーで北辰打線と真っ向から勝負し、打者としても三塁打を放つなど、投打でチームを引っ張りました。
そして六回を投げ終えたところで、一条昴監督が交代を決断。
そこからマウンドを託されたのは――黒崎蓮。
「一人で背負う」のではなく「全員で勝つ」。
前日に練習ノートへ書いたその言葉が、本当の意味を持つ四回戦となりました。
そして応援席には、真悠と眞衣だけではなく、美琴と莉奈の姿も。
拓真と航平の想いも受け取った【いつもの4人】が見守る中、肇たちはベスト8進出を懸けた戦いへ挑みます。
四回戦当日の朝。
球場へ向かうバスの中で、高橋肇は窓の外を静かに眺めていた。
対戦相手は県立北辰高校。
初戦七得点。
二回戦九得点。
三回戦六得点。
三試合合計二十二得点を記録している強打のチームだ。
そして今日は、これまでとは違う。
二回戦では四番・一塁手として先発し、六回からマウンドへ。
三回戦では久我直哉たちへ五回までを託し、同じく六回から登板した。
しかし今日は――。
一回表からエース・高橋肇が投げる。
「肇」
隣に座っていた前薗晃大が声を掛ける。
「何?」
「緊張してる?」
「してる」
「即答かよ」
「四回戦なんだから緊張するだろ」
晃大は少し笑った。
「それなら大丈夫だな」
「何が?」
「緊張してないって言われる方が怖い」
前の座席から主将の鈴木和誠が振り返る。
「お前ら、朝から元気だな」
「主将は緊張してないんですか?」
「してるよ」
和誠は笑う。
「負けたら最後だからな」
その言葉に、一瞬だけ空気が変わった。
高校三年生。
最後の夏。
一度でも負ければ、その瞬間に高校野球は終わる。
すると後方から声が飛んできた。
「高橋先輩!」
久我直哉だった。
「何?」
「今日もいつでも行けますから!」
黒崎蓮も続く。
「俺も準備します」
早川慶介も。
「一人で九回投げようとしないでくださいね」
肇は三人を見る。
「分かってるよ」
晃大が小声で言う。
「昨日、監督にも同じこと言われたもんな」
「うるさい」
車内に笑いが起きる。
肇も笑った。
そうだ。
今日は一人で戦うわけではない。
野球部全員で四回戦を突破する。
◇◇◇
球場へ到着すると、すでに応援席周辺には多くの生徒が集まり始めていた。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
一般生徒。
保護者。
真悠も楽器を抱えて球場へ入る。
その隣には眞衣。
「真悠」
「何?」
「今日、お兄ちゃん最初から投げるんだよね?」
「昨日そう言ってた」
「じゃあ最初から忙しいね」
「応援が?」
「そう」
真悠は笑う。
「望むところ」
そこへ――。
「真悠ー!」
聞き覚えのある声。
二人が振り返る。
「美琴!」
水瀬美琴。
その隣には榊原莉奈。
「莉奈も!」
「来たよ」
【いつもの4人】が再び揃った。
三回戦では、それぞれ違う兄を応援していた四人。
しかし今日は違う。
美琴が言う。
「拓真兄ちゃんから伝言」
「何?」
「絶対勝てって」
莉奈も続ける。
「航平兄ちゃんも同じ」
眞衣が笑う。
「二人とも自分で連絡すればいいのに」
「それは私も言った」
四人が笑った。
真悠が尋ねる。
「二人はどこで見る?」
「一般席」
「試合終わったら集合ね」
美琴が言う。
「もちろん」
莉奈も頷く。
「グループで連絡する」
「じゃあ後で!」
四人は一度別れ、それぞれの応援場所へ向かった。
◇◇◇
グラウンド。
一条昴監督が選手たちを集める。
「スターティングメンバーを発表する」
選手たちの表情が引き締まった。
今回は基本となる固定メンバー。
そして――。
「四番、投手、高橋肇」
「はい!」
肇が力強く返事をする。
「捕手、前薗晃大」
「はい!」
「鈴木和誠」
「はい!」
宮坂大智をはじめ、固定メンバーの名前が続いていく。
発表を終えると、一条監督は全員を見る。
「昨日も言ったが、北辰は打つ」
「はい!」
「だからといって守りに入るな」
肇を見る。
「高橋」
「はい」
「最初から攻めろ」
「はい!」
「前薗」
「はい!」
「高橋が力み始めたら、お前が止めろ」
「分かりました」
「高橋」
「はい」
「交代を命じたら?」
肇は少し苦笑する。
「素直に代わります」
「よし」
仲間たちから笑いが起こった。
一条監督は最後に言った。
「今日勝っても甲子園ではない」
静かになる。
「だが今日勝たなければ、甲子園はない」
全員が監督を見る。
「一球ずつ。一打席ずつ。一つずつアウトを取れ」
「はい!」
和誠が中央へ出る。
「行くぞ!」
全員が肩を組む。
「絶対勝つぞ!」
「おおおおおおお!」
◇◇◇
試合開始。
『一回表、県立北辰高校の攻撃です』
場内アナウンス。
肇がマウンドへ向かう。
大きな歓声が起きた。
「高橋ー!」
「頑張れー!」
吹奏楽部の演奏が始まる。
真悠も楽器を構える。
千鶴は顧問として部員たちの演奏を見ながら、時折グラウンドへ視線を送っていた。
マウンドには肇。
千鶴は心の中で呟く。
――頑張って。
肇はロジンバッグを触る。
そして晃大を見る。
サイン。
ストレート。
肇が頷いた。
「プレイ!」
初球。
振りかぶる。
投げる。
バシィィィン!
「ストライク!」
球場が沸いた。
「ナイスボール!」
晃大が返球する。
肇は受け取った。
二球目。
またストレート。
ファウル。
三球目。
スライダー。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
一死。
肇が小さく拳を握る。
「よし」
二番打者。
初球から振ってきた。
カキンッ!
ショートゴロ。
二死。
「あと一人!」
だが――。
北辰高校の強さはここからだった。
三番打者。
初球。
カキィン!
左中間を破る二塁打。
「来たな」
晃大が呟く。
続く四番。
北辰高校でも特に警戒されている強打者。
肇が投げる。
初球。
ボール。
二球目。
ファウル。
三球目。
ボール。
四球目。
カキィィン!
ライト前。
二塁走者が三塁を回る。
「バックホーム!」
送球。
しかし――。
「セーフ!」
北辰高校が一点を先制した。
〇対一。
スタンドがざわつく。
肇はホームを見つめた。
一回表から失点。
晃大がすぐマウンドへ来る。
「肇」
「ごめん」
「何で謝る?」
その言葉。
三回戦で肇自身が久我へ言った言葉と同じだった。
肇が少し笑う。
「それ、俺が直哉に言ったやつ」
「じゃあ意味分かるだろ」
「うん」
晃大がミットで肇の胸を軽く叩く。
「一点取られたくらいで終わりじゃない」
「分かってる」
「切るぞ」
「おう」
続く五番。
肇は三球目のフォークで空振り三振。
「バッターアウト!」
チェンジ。
最少失点。
一対〇。
肇はベンチへ戻る。
一条監督は何も責めなかった。
「高橋」
「はい」
「打ってこい」
肇は笑った。
「はい!」
◇◇◇
一回裏。
先頭打者がセンター前ヒット。
二番が送りバント。
一死二塁。
三番・和誠。
カキンッ!
ライト前。
二塁走者は三塁で止まる。
一死一、三塁。
そして――。
『四番、ピッチャー、高橋君』
大歓声。
美琴が一般席からグラウンドを見る。
「来た」
莉奈も言う。
「三回戦で三本打ったんだよね」
「うん」
「今日も打ったらすごいけど」
真悠たち吹奏楽部の演奏が大きくなる。
眞衣たちチアリーディング部も声を合わせる。
「かっとばせー! 高橋!」
肇が打席へ。
初球。
外角。
ボール。
二球目。
ストレート。
見送る。
ストライク。
三球目。
内角。
肇が振る。
カキィィン!
「行った!?」
大歓声。
しかし打球はフェンス手前。
センターが捕球。
「アウト!」
犠牲フライ。
三塁走者がホームイン。
一対一。
肇は一塁手前で止まり、ベンチへ戻る。
和誠が迎える。
「惜しかったな」
「あと少し」
「でも一点」
「うん」
肇はスコアボードを見る。
一対一。
まず追いついた。
◇◇◇
二回。
三回。
試合は激しい投手戦となった。
北辰高校は積極的に振ってくる。
しかし肇も負けない。
ストレート。
スライダー。
フォーク。
カーブ。
晃大との呼吸も合っていく。
三回表。
二死一、二塁。
北辰の四番。
この試合最大のピンチ。
晃大がタイムを取る。
「どうする?」
肇が尋ねる。
「逃げる?」
「嫌だ」
「だと思った」
晃大が笑う。
「じゃあ内角」
「分かった」
初球。
内角ストレート。
「ストライク!」
二球目。
外角スライダー。
ファウル。
追い込む。
三球目。
晃大のサイン。
肇が頷く。
渾身のストレート。
バシィィィン!
「ストライク! バッターアウト!」
「よっしゃあ!」
肇が吠えた。
北辰の強打者を三振。
無失点。
◇◇◇
四回裏。
一対一。
先頭は和誠。
センター前ヒット。
そして四番・肇。
一回の第一打席は犠牲フライ。
北辰バッテリーも明らかに警戒している。
初球。
大きく外れる。
ボール。
二球目。
外角。
ボール。
三球目。
ストライク。
四球目。
低め。
肇は見送る。
ボール。
三ボール一ストライク。
「無理に勝負するな!」
北辰ベンチから声。
五球目。
外角。
肇は手を出さない。
「ボール、フォアボール!」
四球。
肇は一塁へ。
「やっぱり警戒されてるな」
一塁手が笑う。
肇も笑った。
「三回戦で打ちすぎました」
その後。
晃大が送りバント。
一死二、三塁。
六番打者。
カキンッ!
センター前へ。
和誠が生還。
肇も三塁を回る。
「回れ!」
ホームへ。
「セーフ!」
三対一。
逆転。
ベンチが沸いた。
「よっしゃ!」
肇が仲間たちとハイタッチする。
一条監督は腕を組みながらも小さく頷いた。
◇◇◇
五回表。
北辰高校が再び反撃する。
先頭打者が四球。
次打者がヒット。
無死一、二塁。
晃大がマウンドへ。
「力んでる」
「分かる?」
「分かる」
肇が深呼吸する。
「悪い」
「まだ五回だぞ」
「うん」
「一個ずつ」
「分かった」
次打者。
送りバント。
一死二、三塁。
北辰の二番。
カキンッ!
セカンドゴロ。
三塁走者が生還。
三対二。
二死三塁。
一点差。
そして三番。
肇が投げる。
カキィン!
鋭い打球。
三遊間。
「抜ける!」
誰もが思った。
しかし――。
三塁手が横っ飛び。
パシッ!
捕った。
すぐ一塁へ。
「アウト!」
「よっしゃああ!」
追加点を許さない。
三対二。
◇◇◇
五回裏。
二死走者なし。
肇へ第三打席が回ってきた。
『四番、高橋君』
北辰の投手が慎重に投げる。
初球。
ボール。
二球目。
ファウル。
三球目。
変化球。
空振り。
一ボール二ストライク。
追い込まれた。
四球目。
外角低め。
肇がバットを止める。
ボール。
五球目。
ファウル。
六球目。
またファウル。
七球目。
投手が投げた。
変化球。
少し甘い。
肇のバットが出る。
カキィィィン!
「行った!」
真悠が思わず立ち上がりそうになる。
打球は左中間へ。
高く伸びる。
だが――。
フェンス直撃。
「入らない!」
肇は一塁を蹴る。
二塁。
さらに三塁へ。
「回れ!」
肇が三塁へ滑り込む。
「セーフ!」
三塁打。
大歓声。
「惜しい!」
眞衣が叫ぶ。
美琴も驚く。
「あと少しで五十九号だった……」
莉奈は笑う。
「でも三塁打でも十分すごいでしょ」
しかし後続が倒れ、得点にはならない。
三対二のまま。
◇◇◇
六回表。
肇がマウンドへ。
だが、投球数は増えていた。
北辰打線は簡単には三振しない。
ファウルで粘る。
ボール球を見極める。
一条監督が投球数を確認する。
久我。
黒崎。
早川。
三人もブルペンで準備を始めていた。
六回。
肇は二死からヒットを許す。
続く打者にも四球。
二死一、二塁。
一条監督がベンチを出ようとする。
しかし晃大が先にマウンドへ。
「肇」
「まだ行ける」
「それを決めるのはお前じゃない」
「……分かってる」
晃大は肇の目を見る。
「でも、この打者までは俺もお前で行きたい」
「じゃあ抑える」
「当然」
次打者。
初球。
ストライク。
二球目。
ボール。
三球目。
ファウル。
四球目。
肇が投げる。
カキンッ!
センターフライ。
和誠が落下地点へ。
パシッ!
「アウト!」
チェンジ。
肇は大きく息を吐いた。
◇◇◇
ベンチへ戻る。
一条監督が待っていた。
「高橋」
「はい」
「ここまでだ」
肇は一瞬だけ黙った。
「……はい」
「不満か?」
「少し」
「正直でよろしい」
肇が笑う。
一条監督も笑った。
「六回二失点。十分だ」
「ありがとうございます」
「ここからは仲間を信じろ」
肇がブルペンを見る。
久我。
黒崎。
早川。
三人が準備している。
「はい」
一条監督が告げる。
「七回から黒崎」
「はい!」
黒崎蓮が立ち上がった。
肇は黒崎へボールを渡す。
「蓮」
「はい」
「頼む」
黒崎はしっかり受け取る。
「任せてください」
肇は拳を出す。
黒崎も合わせた。
「絶対勝とう」
「はい!」
◇◇◇
七回表。
黒崎がマウンドへ。
肇は一塁守備へ回った。
四番打者として試合には残る。
北辰高校も必死だった。
だが黒崎は落ち着いている。
先頭打者。
ショートゴロ。
一死。
二番。
センターフライ。
二死。
三番。
ヒット。
そして四番。
一発出れば逆転。
球場が緊張する。
肇が一塁から黒崎へ声を掛ける。
「蓮!」
黒崎が見る。
「思い切っていけ!」
黒崎が頷く。
晃大のサイン。
投げる。
空振り。
最後は外角への変化球。
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
「よっしゃ!」
黒崎が拳を握った。
肇も一塁で拳を握る。
仲間に託しても戦える。
それが今のチームだった。
◇◇◇
七回裏。
三対二。
一死二塁。
三番・和誠。
カキンッ!
ライト前ヒット。
一死一、三塁。
そして四番・肇。
球場が大きく沸く。
「高橋ー!」
「一本頼むぞ!」
高校通算五十八本塁打。
北辰側はタイムを取った。
監督が投手へ指示する。
そして――。
「敬遠?」
眞衣が気づく。
明らかに勝負を避ける投球。
一球。
二球。
三球。
四球。
申告ではなく、完全に外した四球。
「フォアボール!」
肇は少し悔しそうに一塁へ。
満塁。
だが晃大が打席へ向かう途中、肇を見る。
「肇」
「何?」
「ありがとな」
「は?」
「俺に回してくれて」
晃大が笑う。
「打ってくる」
肇も笑った。
「頼んだ」
初球。
ストライク。
二球目。
ファウル。
追い込まれる。
三球目。
ボール。
四球目。
晃大が振り抜いた。
カキィィン!
ライト方向。
「落ちろ!」
打球が外野手の前へ落ちる。
「ヒット!」
三塁走者が生還。
四対二。
さらに二塁走者もホームへ。
「セーフ!」
五対二。
二点タイムリー。
「よっしゃああ!」
晃大が一塁上で拳を突き上げる。
肇も二塁まで進む。
「ナイス晃大!」
「任せろって言っただろ!」
五対二。
大きな追加点だった。
◇◇◇
八回。
黒崎が無失点。
九回表。
スコアは五対二。
あと三つ。
一条監督は黒崎を続投させた。
先頭打者。
レフトフライ。
一死。
次打者。
ショートへの内野安打。
一死一塁。
続く打者。
四球。
一死一、二塁。
北辰高校は諦めない。
一条監督がマウンドへ。
「黒崎」
「はい」
「行けるか?」
「行きます」
「分かった」
一条監督は戻る。
肇は一塁から声を出す。
「蓮!」
「はい!」
「あと二つ!」
「はい!」
次打者。
カキンッ!
セカンド正面。
二塁へ。
アウト。
一塁へ。
送球。
肇が捕る。
「アウト!」
ダブルプレー。
試合終了。
一瞬。
肇は一塁ベースを踏んだまま止まった。
そして――。
「よっしゃああああ!」
黒崎がマウンドで両手を上げる。
晃大が走る。
和誠も。
肇も一塁から駆け寄った。
「蓮!」
「高橋先輩!」
「ナイスピッチ!」
「ありがとうございます!」
仲間たちが集まる。
五対二。
四回戦突破。
「勝った!」
「次だ!」
「まだ夏が続くぞ!」
三年生たちも笑っている。
西川。
森川。
松岡。
全員の高校野球が、また一試合先へ続いた。
◇◇◇
応援席。
真悠が大きく息を吐く。
「勝った……」
眞衣も笑顔だった。
「四回戦突破!」
美琴と莉奈も拍手している。
美琴がスマートフォンを取り出す。
『拓真兄ちゃん、勝ったよ』
すぐ返信。
『知ってる。速報見てる』
美琴が笑った。
「兄ちゃんも見てた」
莉奈も航平へ連絡する。
こちらもすぐに、
『次も勝てって伝えといて』
と返ってきた。
「航平兄ちゃんからも」
真悠が笑う。
「ありがとう」
そして四人は顔を見合わせる。
「お疲れ様!」
「お疲れ!」
四人で笑った。
【いつもの4人】。
次の試合でも、また予定が合えば応援する。
◇◇◇
試合後。
一条監督が選手たちを集めた。
「四回戦突破、おめでとう」
「ありがとうございます!」
「高橋」
「はい」
「六回二失点」
「はい」
「よく投げた」
「ありがとうございます」
「黒崎」
「はい!」
「三回無失点」
「はい!」
「よくつないだ」
「ありがとうございます!」
一条監督は全員を見る。
「今日の勝利は高橋一人のものでも、黒崎一人のものでもない」
静かになる。
「打った選手」
「守った選手」
「ベンチから声を出した選手」
「ブルペンで準備した投手」
「マネージャー」
「応援してくれた生徒たち」
「全員で掴んだ一勝だ」
肇はその言葉を聞きながら、昨日ノートへ書いた一文を思い出した。
『全員で勝つ。』
本当に、その通りになった。
そして一条監督が一枚の紙を手にする。
「それから――次の相手が決まった」
全員の表情が変わる。
「次戦、準々決勝」
肇が顔を上げる。
いよいよベスト8。
「対戦相手は――私立東央学園」
ざわめきが起きた。
「東央……」
和誠が呟く。
県内でも知られた強豪校。
甲子園出場経験もある。
一条監督は言った。
「ここから先、楽な相手など一校もない」
「はい!」
「今日は喜べ」
「はい!」
「だが明日からは東央だけを見ろ」
「はい!」
肇は拳を握った。
甲子園へ。
また一歩近づいた。
◇◇◇
その夜。
帰宅した肇は、机へ向かった。
練習ノートを開く。
『初戦突破 ○』
『二回戦突破 ○』
『三回戦突破 ○』
そして――。
『四回戦突破』
肇はペンを持つ。
ゆっくり。
大きな丸を書いた。
『四回戦突破 ○』
四つ目。
その下へ新しく書く。
『準々決勝突破』
対戦相手。
『私立東央学園』
そして最後に、
『全員で勝つ。』
その言葉をもう一度書いた。
「肇」
千鶴が寝室から声を掛ける。
「もう寝る?」
「うん」
肇はノートを閉じた。
寝室へ向かう。
「今日はお疲れ様」
「ありがとう」
「六回までだったね」
「監督に止められた」
「それでいいの」
「やっぱり?」
「当たり前です」
千鶴は少し笑う。
「でも、黒崎君がちゃんと抑えてくれたでしょう?」
「三回無失点」
「なら、任せて正解だったね」
「うん」
肇も素直に頷いた。
「前だったら最後まで投げたいって思ってた」
「今は?」
「今も少し思う」
「少し?」
「かなり」
千鶴が呆れたように笑う。
「もう」
肇も笑った。
「でも」
「うん?」
「仲間に任せても勝てるって分かった」
千鶴は穏やかに頷いた。
「それが一番じゃない?」
「そうかも」
二人は横になる。
肇は千鶴をそっと抱きしめた。
「次、準々決勝」
「東央学園でしょう?」
「知ってた?」
「吹奏楽部も応援の準備がありますから」
「そっか」
「強いんでしょう?」
「強い」
「怖い?」
肇は少し考える。
「怖いよ」
「うん」
「でも楽しみ」
千鶴は微笑んだ。
「肇らしいね」
「絶対勝つ」
「うん」
「準決勝へ行く」
「うん」
「決勝も勝つ」
「その前に」
千鶴が肇の言葉を止める。
「一試合ずつ」
肇が笑う。
「またそれ?」
「大事でしょう?」
「分かりました」
四回戦。
五対二。
勝利。
高校通算本塁打数は五十八本のまま。
それでも肇にとって、今日一番大切だった数字は本塁打数ではない。
チームについた――四つ目の白星。
次は準々決勝。
私立東央学園。
地区大会優勝まで。
甲子園まで。
また一つ、勝たなければならない相手が待っている。
高橋肇、高校三年生。
最後の夏は――いよいよベスト8へ進んだ。
第10話「四回戦――強打の北辰高校、エース高橋肇が初回から挑む」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
四回戦の結果は――
五対二。
肇たちは県立北辰高校を破り、ついに地区大会ベスト8、準々決勝進出を決めました。
今回の肇は、初回からエースとしてマウンドへ。
北辰高校に先制点を許したものの、その後は前薗晃大とともに強力打線へ立ち向かい、六回二失点。
そして打者としても、一回には同点となる犠牲フライ。
五回には本塁打まであとわずかというフェンス直撃の三塁打を記録しました。
三回戦では一試合三本塁打を放ち、高校通算五十八本まで数字を伸ばした肇。
しかし今回は本塁打を記録していません。
高校通算本塁打数は――五十八本のまま。
それでも、チームが勝った。
今の肇にとって、それこそが何より重要な結果です。
そして今回の大きなポイントとなったのが、六回終了後の投手交代でした。
一条監督から、
「ここまでだ」
と告げられた肇。
最後まで投げたい気持ちは当然あります。
しかし、そこでボールを託された黒崎蓮が七回から九回までを無失点。
最後は併殺で試合を締めました。
六回二失点の高橋肇。
三回無失点の黒崎蓮。
さらに七回には、北辰側が肇との勝負を避けて満塁となったところで、正捕手・前薗晃大が二点タイムリー。
投手だけでもない。
四番だけでもない。
誰か一人の力でもない。
まさに肇が前日にノートへ書いた、
『全員で勝つ。』
その言葉を形にした一勝となりました。
そしてスタンドには――
高橋真悠。
高橋眞衣。
水瀬美琴。
榊原莉奈。
【いつもの4人】も再び集合。
三回戦で敗れた拓真と航平からも、それぞれの妹を通じて、
「絶対勝て」
「次も勝て」
という想いが肇たちへ託されました。
敵として戦った相手の想いまで背負いながら、肇たちの最後の夏はまだ続きます。
練習ノートにはついに、
『初戦突破 ○』
『二回戦突破 ○』
『三回戦突破 ○』
『四回戦突破 ○』
四つ目の丸が並びました。
しかし、喜んでばかりはいられません。
次はいよいよ――準々決勝。
ベスト4進出を懸けた相手は、
私立東央学園。
甲子園出場経験もある、県内屈指の強豪校です。
ここから先は、一つのミスが勝敗を左右する戦いになっていくでしょう。
地区大会優勝。
千鶴を甲子園へ連れていくという約束。
そして――甲子園優勝。
その大きな夢を叶えるためにも、千鶴が何度も伝えている通り、
「一試合ずつ」
まずは目の前の東央学園を倒さなければなりません。
高校通算五十八本塁打の四番・高橋肇。
エースを支える前薗晃大。
チームをまとめる主将・鈴木和誠。
そして一条昴監督率いる野球部の仲間たち。
高校最後の夏は、ついにベスト8。
次なる舞台――準々決勝へ進みます。




