第8話「三本の本塁打――昔の仲間との決着、そして四回戦へ」
第8話では、県立星陵高校との三回戦、その後半戦から決着までを描きました。
五回を終えて一対一。
二年生バッテリー・久我直哉と橘優成をはじめ、安西航、大野蒼真、西川陸斗、森川駿たちがつないだ試合を、六回から肇たち固定メンバーが引き継ぎます。
そして、ついに実現した――
高橋肇。
水瀬拓真。
榊原航平。
小学生時代、同じ少年野球チームで白球を追いかけていた三人による、高校最後の夏の真剣勝負。
しかし、この日の肇は投手としてだけではありませんでした。
四番打者として放った本塁打は、なんと一試合三本。
高校通算五十五本だった本塁打数は、一気に五十八本へ。
それでも、この三回戦で何より大切だったのは個人記録だけではありません。
試合をつないでくれた仲間たち。
昔から野球を続けてきた拓真と航平。
そしてスタンドで再会した真悠、眞衣、美琴、莉奈。
それぞれの想いが交差した特別な三回戦は、八対一で決着を迎えました。
試合が終われば、敵から再び昔の仲間へ。
そして肇たちは、次なる四回戦――県立北辰高校との戦いへ進みます。
一対一。
六回表。
県立星陵高校との三回戦は、完全な振り出しに戻っていた。
五回までは二年生投手・久我直哉と二年生捕手・橘優成を中心に、安西航、大野蒼真、西川陸斗、森川駿らが試合を作った。
森川のタイムリーで追いつき、六回から固定メンバーへ交代。
そして今――。
背番号一、高橋肇がマウンドに立っている。
「プレイ!」
球審の声。
正捕手・前薗晃大がホームベース後方へ腰を落とした。
肇はボールを握る。
三塁側を見る必要はなかった。
水瀬拓真。
センターを見る必要もない。
榊原航平。
二人が同じグラウンドにいることは十分分かっている。
小学生の頃は同じチーム。
しかし今日は敵だ。
晃大がサインを出した。
ストレート。
肇が頷く。
大きく振りかぶった。
「ふっ!」
バシィィン!
「ストライク!」
スタンドから大歓声が上がった。
「高橋ー!」
「ナイスボール!」
吹奏楽部の演奏も響き始める。
真悠も懸命に楽器を奏でる。
眞衣たちチアリーディング部も声を合わせる。
そして千鶴も吹奏楽部顧問としてマウンドの肇を見つめていた。
「いよいよね……」
ここからが肇の勝負だった。
◇◇◇
六回表。
肇は先頭打者を三球三振。
続く打者をショートゴロ。
あっという間に二死。
そして打席へ向かったのは――。
『二番、サード、水瀬君』
球場がざわつく。
肇と拓真。
小学生時代のチームメイト同士による直接対決だった。
拓真が打席へ入る。
肇を見る。
「やっと投げるのかよ」
マウンドまで聞こえるほどの声ではない。
しかし、その表情だけで肇には分かった。
肇も笑った。
晃大がその様子を見ている。
「……楽しそうだな」
肇がボールを握る。
サインはストレート。
初球。
バシィン!
「ストライク!」
拓真は見送った。
「速くなったな……」
二球目。
スライダー。
拓真が振る。
カキンッ!
ファウル。
追い込んだ。
晃大が三球目のサインを出す。
肇が首を振った。
もう一度。
首を振る。
そして三つ目。
肇が頷いた。
拓真はバットを構える。
肇が投げる。
外角低め。
拓真が振った。
「っ!」
バシィン!
「ストライク! バッターアウト!」
空振り三振。
肇が拳を握る。
「よし!」
拓真は悔しそうに肇を見る。
だが、その口元は笑っていた。
「やるじゃん、肇」
三者凡退。
肇の最初のイニングが終わった。
◇◇◇
六回裏。
神谷悠斗が四球で出塁。
藤堂拓海が送りバントを決める。
一死二塁。
三番・鈴木和誠。
和誠がセンター前へ運んだ。
神谷は三塁で止まる。
一死一、三塁。
そして――。
『四番、ピッチャー、高橋君』
大歓声。
「お兄ちゃん!」
真悠が叫ぶ。
「肇ー!」
眞衣も声を張る。
吹奏楽部が応援曲を奏でる。
肇が打席へ入った。
星陵高校の投手が警戒している。
初球。
外角。
ボール。
二球目。
内角高め。
ファウル。
三球目。
変化球。
見送る。
二ボール一ストライク。
四球目。
甘く入ったストレート。
その瞬間――。
肇の身体が反応した。
カキィィィィン!
乾いた打球音。
誰もが空を見上げた。
「行った!」
打球は高々と舞い上がり――。
左翼スタンドへ。
そのまま飛び込んだ。
「ホームラン!」
球場が揺れた。
「うおおおおおお!」
「高橋ー!」
「四番!」
肇は一塁を回る。
三塁を守る拓真の前を通過する。
拓真が呆れたように笑った。
「相変わらず飛ばすな」
肇も一瞬だけ拓真を見る。
三塁を回る。
ホームイン。
三点本塁打。
四対一。
高校通算――五十六号。
ホームで和誠たちが待っていた。
「肇!」
「やったな!」
「ナイスバッティング!」
肇が仲間たちとハイタッチする。
「まず一本!」
「まずって何だよ!」
晃大が笑った。
この時はまだ誰も知らなかった。
今日の肇が――あと二本打つことを。
◇◇◇
七回表。
一死。
打席には九番・榊原航平。
ついに肇と航平も直接対決する。
航平が打席へ入る。
「肇」
小さく名前を呼んだ。
肇もマウンドから航平を見る。
昔から俊足だった。
塁に出せば厄介。
晃大も分かっている。
初球。
ストレート。
航平がいきなり振った。
カキンッ!
「センター!」
和誠が前進する。
しかし――。
その前に落ちた。
「ヒット!」
航平が一塁を回る。
「よっしゃ!」
肇は悔しそうに笑った。
「打ったか……」
晃大がマウンドへ来る。
「知り合い?」
「航平」
「足速いって言ってた奴?」
「そう」
その瞬間。
航平が大きくリードする。
「走るぞ」
「分かってる」
肇が一塁を見る。
航平が戻る。
もう一度。
そして次の投球。
航平がスタート。
「走った!」
晃大が二塁へ送球。
神谷が入る。
「セーフ!」
盗塁成功。
航平が二塁上で笑う。
肇も思わず笑ってしまった。
「本当に昔と変わってないな」
それでも後続を抑え、無失点。
四対一のまま。
◇◇◇
七回裏。
二死走者なし。
再び肇へ打順が回った。
『四番、ピッチャー、高橋君』
星陵側の応援席からも警戒する声が飛ぶ。
第一打席で三ラン。
当然、簡単には勝負してこない。
初球。
ボール。
二球目。
ボール。
三球目。
ストライク。
四球目。
外角。
肇が見送る。
三ボール一ストライク。
「歩かせてもいいぞ!」
星陵ベンチから声が飛ぶ。
五球目。
投手が投げた。
外角へ逃げるはずだった球。
しかし少しだけ内側へ入った。
肇のバットが出る。
カキィィィィン!
「えっ?」
真悠が打球を見る。
眞衣も立ち上がった。
センター後方。
航平が追う。
「くっ!」
フェンス際。
ジャンプ。
しかし――。
届かない。
打球はバックスクリーン横へ飛び込んだ。
「入ったぁぁぁ!」
二打席連続本塁打。
高校通算五十七号。
「嘘だろ!」
「また打った!」
「高橋、二本目!」
五対一。
肇はゆっくりとダイヤモンドを回る。
センターの航平は腰に手を当てて笑った。
「俺の頭越すかよ……」
三塁。
拓真が待っている。
「二本目か」
肇が走りながら答える。
「まだ試合終わってないぞ」
「分かってるよ」
一瞬だけ言葉を交わす。
肇がホームイン。
ベンチが再び沸いた。
一条監督は腕を組んだまま言った。
「高橋」
「はい!」
「浮かれるな」
「はい!」
「まだ二回ある」
「分かってます!」
だが和誠が横から笑う。
「監督、ちょっとくらい褒めてもいいんじゃないですか?」
「試合後だ」
「厳しいなぁ」
肇も笑った。
◇◇◇
八回表。
星陵高校も意地を見せる。
一死一塁。
そして二番・拓真。
二度目の直接対決。
拓真が初球を打った。
カキィン!
ライト前。
「よし!」
一、二塁。
肇は悔しそうに舌を出した。
「拓真……」
晃大がマウンドへ。
「やっぱりお前のこと知ってるな」
「うん」
「配球変えるぞ」
「任せる」
「昔の高橋肇じゃないって見せよう」
肇が笑った。
「いいね」
続く三番。
三振。
四番。
レフトフライ。
二死。
五番。
ショートゴロ。
神谷が処理。
無失点。
拓真を塁には出した。
しかしホームには返さなかった。
◇◇◇
八回裏。
試合は五対一。
二死一、二塁。
そしてまた――。
『四番、ピッチャー、高橋君』
球場中がざわついた。
「まさか……」
「三本目ある?」
「さすがにないだろ」
真悠も信じられない顔をしている。
「お兄ちゃん……」
眞衣が隣で言う。
「まさか三本打たないよね?」
「普通、一試合三本なんて……」
千鶴も静かに打席の肇を見る。
星陵バッテリーは慎重だった。
初球。
ボール。
二球目。
ファウル。
三球目。
ボール。
四球目。
変化球。
空振り。
二ボール二ストライク。
五球目。
ファウル。
六球目。
またファウル。
粘る。
七球目。
外角。
「ボール!」
フルカウント。
球場全体が息を呑む。
投手がセットポジション。
肇もバットを構える。
八球目。
投げた。
ストレート。
少し高い。
肇が振り抜いた。
カキィィィィィィン!
誰もが立ち上がった。
「行った!」
「嘘だろ!」
打球はライト方向へ。
高く。
遠く。
右翼手が下がる。
フェンス。
その向こうへ――。
消えた。
一瞬の静寂。
そして。
「ホームラーーーン!」
大歓声。
「うわあああああ!」
真悠が立ち上がった。
「三本目!」
眞衣も信じられない。
「お兄ちゃん、本当に打った!」
千鶴も思わず両手で口元を覆った。
「……すごい」
三本目。
この試合だけで三本塁打。
高校通算――五十八本。
三ラン。
八対一。
肇が一塁を回る。
二塁。
そして三塁。
拓真が待っていた。
二人の目が合う。
拓真が苦笑する。
「三本は聞いてないぞ」
肇も笑った。
「俺も打つと思ってなかった」
「化け物かよ」
「失礼だな」
「褒めてる」
肇は三塁を蹴った。
ホームイン。
ベンチでは仲間たちが大騒ぎだった。
久我も。
橘も。
安西も。
大野も。
西川も。
森川も。
松岡も。
全員が立ち上がっていた。
「高橋先輩!」
「三本!」
「五十八号!」
肇がホームへ戻る。
一条監督も今度ばかりは小さく笑った。
「高橋」
「はい」
「今のは見事だった」
「ありがとうございます!」
「ただし」
「まだ言うんですか?」
「試合は終わってない」
「はい!」
全員が笑った。
◇◇◇
九回表。
八対一。
あと三つ。
先頭打者を三振。
一死。
次の打者をサードゴロ。
桐生翔が処理。
二死。
そして――。
九番・航平。
最後になるかもしれない対決。
航平が打席へ入る。
肇がマウンドから見る。
小学生時代。
一緒に走った。
一緒に練習した。
同じチームで勝利を目指した。
そして高校三年生。
最後の夏。
今は敵。
晃大がサインを出す。
初球。
ストレート。
「ストライク!」
二球目。
変化球。
「ボール!」
三球目。
航平が振る。
ファウル。
追い込んだ。
肇は大きく息を吐く。
四球目。
投げた。
航平が振り抜く。
カキンッ!
打球はセンターへ。
和誠が前進。
「オーライ!」
パシッ!
捕った。
「アウト!」
試合終了。
八対一。
三回戦突破。
「よっしゃああああ!」
肇がマウンドで拳を握る。
晃大が走ってくる。
「三回戦突破!」
和誠たちも集まる。
そして今日先発した久我と橘。
安西。
大野。
西川。
森川。
ベンチメンバーも飛び出した。
全員で掴んだ勝利だった。
◇◇◇
試合後。
整列を終えた後、肇は星陵高校側へ向かった。
「拓真」
「肇」
「航平」
三人が向き合う。
少しの沈黙。
そして拓真が肇の肩を軽く叩いた。
「三本は反則だろ」
「反則じゃない」
「高校通算五十八本?」
「今日で」
航平が笑う。
「俺の頭越された時、普通に悔しかった」
「でもヒット打っただろ」
「盗塁もした」
「昔から足だけは速いからな」
「だけって何だよ!」
三人が笑った。
さっきまで敵だった。
だが試合が終われば――。
小学生時代の仲間へ戻る。
拓真が手を出した。
「甲子園行けよ」
肇がその手を握る。
「行く」
航平も拳を出す。
「俺たちに勝ったんだから、途中で負けるなよ」
肇も拳を合わせる。
「任せろ」
「全国制覇まで?」
「もちろん」
拓真が笑った。
「昔から変わってないな」
「何が?」
「言うことがでかい」
三人は最後に笑い合った。
高校最後の夏。
同じグラウンドで再び野球ができた。
それだけでも、三人にとって忘れられない一日になった。
◇◇◇
球場の外。
「真悠!」
「美琴!」
四人の少女たちも再び集まった。
真悠。
眞衣。
美琴。
莉奈。
試合前は別々のチームを応援した四人。
美琴が少し寂しそうに笑う。
「負けちゃった」
真悠は何と答えるべきか迷った。
すると美琴の方から言った。
「でも、いい試合だった」
莉奈も頷く。
「肇君、三本もホームラン打つんだもん」
眞衣が苦笑する。
「私たちもびっくりした」
「高校通算五十八本?」
「うん」
「すごすぎ」
四人は顔を見合わせる。
「真悠、眞衣」
美琴が言う。
「ん?」
「お疲れ様」
真悠も笑った。
「美琴も」
眞衣が莉奈を見る。
「莉奈もお疲れ様」
「みんなお疲れ様」
そして自然に――。
四人で抱き合った。
「久しぶりに会えて良かった」
「私も」
「また連絡するね」
「連絡先はみんな知ってるんだから、いつでもできるでしょ」
「確かに」
四人が笑う。
高校は別々。
応援するチームも今日は違った。
それでも中学校時代の関係まで消えるわけではない。
「次も勝ってね」
美琴が真悠へ言った。
「うん」
莉奈も眞衣へ。
「甲子園まで行って」
「絶対行く」
「今度は私たちも応援するから」
「ありがとう」
四人はもう一度笑い合った。
◇◇◇
その後。
球場内の大会本部から、次戦の組み合わせが正式発表された。
野球部員たちが集まる。
一条監督が資料を持ってきた。
「四回戦の相手が決まった」
全員が静かになる。
「県立北辰高校」
和誠が反応する。
「北辰……」
晃大も表情を変える。
「今年、かなり打つって聞きました」
「その通りだ」
一条監督が頷く。
「ここまでの三試合、すべて五点以上取っている」
肇も資料を見る。
「打撃のチームですか」
「そう考えていい」
一条監督は肇を見る。
「高橋」
「はい」
「今日三本打ったからって、次も打てると思うなよ」
「分かってます」
「今日の五十八号は今日までだ」
「はい」
「次はゼロから」
肇は大きく頷いた。
「はい!」
四回戦。
県立北辰高校。
甲子園への道は、さらに険しくなる。
◇◇◇
夜。
肇が家へ戻った。
「ただいま」
返事がない。
「あれ?」
玄関には千鶴の靴がある。
「千鶴?」
リビングの扉を開ける。
その瞬間――。
「おかえり」
千鶴がキッチンから顔を出した。
「ただいま……って、何これ?」
テーブルを見た肇が驚く。
料理が並んでいた。
ハンバーグ。
サラダ。
スープ。
グラタン。
さらに肇の好きな料理が何品も用意されている。
「千鶴……これ全部?」
「作った」
「今日?」
「今日」
「何で?」
千鶴が少し呆れたように笑う。
「三回戦突破したからに決まってるでしょう?」
肇は料理を見る。
「サプライズ?」
「そう」
「全然知らなかった」
「サプライズなんだから当然です」
肇は笑った。
二回戦では自分が千鶴を驚かせた。
今度は逆だった。
「ありがとう」
「それと」
「何?」
千鶴が肇を見る。
「高校通算五十八号、おめでとう」
「見てた?」
「三本とも」
「どうだった?」
「三本目は本当に驚いた」
「俺も」
「自分で驚くの?」
「一試合三本は初めてだから」
千鶴は笑った。
「でも」
「ん?」
「一番良かったのは、試合が終わった後」
「拓真と航平?」
「うん」
千鶴は優しく言った。
「いい仲間ね」
肇も頷く。
「小学生の時からだから」
「負けた二人から甲子園へ行けって言われたんでしょう?」
「うん」
「だったら行かないとね」
肇は迷わなかった。
「行くよ」
そして二人で食卓へ。
「いただきます」
「いただきます」
肇がハンバーグを一口食べる。
「美味い」
「本当?」
「めちゃくちゃ美味い」
「良かった」
試合の話。
三本のホームラン。
拓真との対決。
航平との対決。
久我と橘のバッテリー。
森川の同点タイムリー。
四回戦の相手。
話したいことはいくらでもあった。
◇◇◇
夕食後。
二人は一日の疲れを落とすため、ゆっくり入浴した。
「肩、大丈夫?」
千鶴が尋ねる。
「大丈夫」
「今日も投げたでしょう?」
「六回からだから」
「それでも無理はしないでね」
「分かってる」
湯船で身体を温めながら、肇は大きく息を吐いた。
「今日、楽しかった」
「試合?」
「うん」
「昔の仲間と戦えたから?」
「それもある」
少し考える。
「でも、直哉たちも試合に出られたから」
千鶴は微笑む。
「みんなで勝ったものね」
「うん」
「だったら最高の三回戦だったんじゃない?」
肇は頷いた。
「最高だった」
そして次は四回戦。
もう気持ちは少しずつ次へ向かっていた。
◇◇◇
夜。
同じ寝室。
布団に入った肇は、今日一日の疲れから大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「三本もホームラン打って、その後投げたんだから当然でしょう」
千鶴も隣へ横になる。
肇は千鶴をそっと抱きしめた。
千鶴も肇の背中へ腕を回す。
「千鶴」
「何?」
「今日ありがとう」
「料理?」
「それも」
少しだけ間を置く。
「応援も」
千鶴は微笑んだ。
「私は吹奏楽部の顧問として行ってるんです」
「はいはい」
「何、その返事」
二人が小さく笑う。
そして肇は目を閉じる。
今日。
三本の本塁打を放った。
高校通算五十五本から――五十八本。
昔の仲間、水瀬拓真と榊原航平とも本気で戦った。
そして三回戦を突破した。
しかし夏は終わっていない。
次の相手は――県立北辰高校。
練習ノートの、
『三回戦突破』
そこには、ようやく大きな丸がつく。
そして次に書かれる言葉は一つ。
『四回戦突破』
千鶴と寄り添いながら、肇は静かに眠りについた。
甲子園まで――また一歩。
高橋肇、高校三年生。
最後の夏は、まだ続いていく。
第8話「三本の本塁打――昔の仲間との決着、そして四回戦へ」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
三回戦の結果は――八対一。
肇たちは県立星陵高校を破り、四回戦進出を決めました。
今回、何といっても大きな記録となったのが、肇の一試合三本塁打です。
第一号は六回、試合の流れを大きく変える三点本塁打。
続く七回には二打席連続となる本塁打。
そして八回には、この日三本目となる一発。
高校通算本塁打数は、
五十五本から五十八本へ。
エースでありながら四番打者でもある肇が、その力を存分に発揮する試合となりました。
一方で、拓真と航平も簡単には終わりません。
拓真は肇からヒットを放ち、航平もセンター前ヒットから持ち前の俊足で盗塁を成功。
小学生時代から互いを知っているからこその、意地と意地がぶつかる勝負となりました。
そして試合終了後。
拓真と航平から肇へ託された、
「甲子園行けよ」
「俺たちに勝ったんだから、途中で負けるなよ」
という言葉。
今日までは敵。
しかし試合終了の瞬間から、再び昔の仲間です。
肇にとって、二人の言葉はこれから勝ち進むための新たな力になっていくことでしょう。
また、球場の外では妹たちにも大切な時間がありました。
真悠と眞衣。
拓真の妹・美琴。
航平の妹・莉奈。
中学校時代の同級生でもある四人は、試合中こそそれぞれの兄を応援しましたが、試合が終われば再び友人同士。
「お疲れ様」
そう声を掛け合い、四人で抱き合いました。
もちろん互いの連絡先も知っています。
高校が別々になった今でも、これで関係が終わるわけではありません。
そして三回戦突破後、発表された次なる相手は――県立北辰高校。
ここまでの試合で高い得点力を見せている、打撃力のあるチームです。
一条昴監督が肇へ伝えた通り、
「今日の五十八号は今日まで。次はゼロから」
三本塁打を放った結果も、四回戦が始まれば過去のもの。
また新しい九イニングが始まります。
そして夜には、もう一つのサプライズ。
今度は千鶴が肇の三回戦突破と高校通算五十八号を祝うため、たくさんの手料理を準備して待っていました。
二回戦では肇が周囲を驚かせましたが、今回は千鶴から肇へのサプライズ。
夕食を囲みながら三回戦について語り合い、一緒に一日の疲れを癒やし、最後は同じ寝室で抱き合って就寝。
野球部のエースとして過ごす時間とは違う、肇にとって大切な日常です。
そして練習ノートには、
『初戦突破 ○』
『二回戦突破 ○』
『三回戦突破 ○』
三つ目の丸が加わりました。
その下へ新たに刻まれる目標は――
『四回戦突破』
相手は県立北辰高校。
高校通算五十八本塁打となった四番・高橋肇。
しかし、目指している場所は個人記録の先にあります。
地区大会優勝。
そして――甲子園。
最後の夏は、さらに熱くなっていきます。




