第7話「三回戦――かつての仲間との再会と、六人に託す五回まで」
第7話では、地区大会三回戦――県立星陵高校との特別な一戦が始まりました。
星陵高校には、肇が小学生時代に同じ少年野球チームでプレーしていた二人の仲間がいます。
二番・三塁手、水瀬拓真。
九番・中堅手、榊原航平。
しかし、今回の肇は昔の仲間との対決だけを考えているわけではありません。
肇が一条昴監督へ願い出たのは、これまでベンチからチームを支えてきた仲間たちにも、高校最後の夏のグラウンドを託すこと。
二年・投手、久我直哉。
二年・捕手、橘優成。
二年・内野手、安西航。
二年・外野手、大野蒼真。
三年・内野手、西川陸斗。
三年・外野手、森川駿。
六人を五回まで起用し、そこから肇たち固定メンバーへつなぐ作戦です。
「甲子園へ行くのは、スタメン九人だけじゃない」
初戦、二回戦を経験する中で、肇が少しずつ理解してきた「全員で勝つ」という意味。
そして試合前、球場の外では兄たちとは別の懐かしい再会もありました。
肇の双子の妹・真悠と眞衣。
拓真の妹・水瀬美琴。
航平の妹・榊原莉奈。
中学校時代の同級生だった四人もまた、今度は別々のスタンドからそれぞれの兄を応援します。
昔は同じチームを応援していた家族たち。
しかし今日は敵同士。
高校三年生最後の夏だからこそ実現した、特別な三回戦です。
地区大会三回戦当日。
県立星陵高校との一戦を数時間後に控え、肇たち野球部は球場へ到着していた。
初戦、県立青葉高校。
二回戦、私立明成学院。
二つの試合を勝ち抜き、いよいよ三回戦。
しかし今日の相手には、肇にとって特別な二人がいる。
二番・三塁手、水瀬拓真。
九番・中堅手、榊原航平。
小学生時代、同じ少年野球チームで白球を追いかけた仲間たち。
だが、試合が始まれば敵になる。
そして肇は、この試合を前に一つの考えを持っていた。
「監督」
試合前のミーティング。
一条昴監督が振り返る。
「どうした、高橋」
「今日もお願いがあります」
「……またか」
一条監督が苦笑した。
周囲からも笑いが漏れる。
前薗晃大が言った。
「監督、高橋が『お願いがあります』って言った時は警戒した方がいいですよ」
「お前は黙ってろ」
「二回戦もそれで始まっただろ」
「今回は違う」
主将の鈴木和誠も笑う。
「で、何するつもり?」
肇はベンチメンバーたちへ目を向けた。
「今日は――五回まで、いつものスタメンとは違うメンバーで戦いたいです」
空気が変わった。
「五回まで?」
一条監督が聞き返す。
「はい」
肇は六人の名前を挙げた。
「二年の久我直哉」
「はい!」
「橘優成」
「はい!」
「安西航」
「はい!」
「大野蒼真」
「はい!」
そして三年生。
「西川陸斗」
「おう」
「森川駿」
「はい!」
六人が肇を見る。
「この六人を、全員試合に出してください」
一条監督が腕を組む。
「理由は?」
肇は少し考えてから答えた。
「俺たちは甲子園を目指しています」
「それは全員同じだ」
「でも、甲子園へ行くのはスタメン九人だけじゃありません」
静かになった。
「ベンチにいる選手も、マネージャーも、全員で甲子園へ行くんです」
久我たちが肇を見る。
「だったら、試合に出られる選手には、最後の夏のグラウンドを経験してほしい」
「高橋……」
西川が小さく呟いた。
肇は続ける。
「もちろん勝つことが最優先です。でも、この六人なら戦えると思っています」
一条監督は何も言わない。
「五回までお願いします」
「六回からは?」
「固定のメンバーへ戻します」
「お前もか?」
「はい」
「星陵には水瀬と榊原がいるんだろう?」
「います」
「昔の仲間との対戦を最初からしたいとは思わないのか?」
肇は少しだけ笑った。
「思います」
「なら――」
「でも、俺だけの試合じゃありません」
その言葉に、一条監督の表情が変わった。
「俺が拓真や航平と戦いたいからって、チームのことを後回しにはしたくありません」
晃大が小さく笑った。
「また変わったな、お前」
「何が?」
「初戦前のお前なら『最初から俺が投げます』って言ってただろ」
「……そうかも」
「そうだったよ」
和誠も頷く。
一条監督は六人を見る。
「久我」
「はい!」
「投げられるか?」
「もちろんです!」
「橘」
「はい!」
「久我をリードできるか?」
「任せてください!」
「安西、大野、西川、森川」
「はい!」
「いきなり言われて怖くないか?」
西川が笑った。
「怖いです」
「正直だな」
「でも出たいです」
森川も続く。
「俺もです。三年最後の夏ですから」
一条監督はしばらく六人を見た。
そして――。
「分かった」
肇が顔を上げる。
「監督」
「ただし条件がある」
「はい」
「試合展開次第では五回を待たず交代する」
「もちろんです」
「勝つことが最優先だ」
「はい!」
「よし」
一条監督が手を叩いた。
「今日も全員で勝つぞ!」
「はい!」
◇◇◇
ミーティング終了後。
肇は久我を呼び止めた。
「直哉」
「何?」
「ちょっと来て」
その隣に橘優成も呼ぶ。
「優成も」
二人がやってきた。
肇は久我の肩を軽く叩く。
「三回まで」
「え?」
「まず、お前たち二人だけで頼む」
久我が肇を見る。
「俺と優成で?」
「そう」
肇は真剣な表情だった。
「三回まで、お前が投げて、優成が受ける」
橘が尋ねる。
「前薗先輩じゃなくて俺でいいの?」
「お前だから頼んでる」
「……」
「優成」
「はい」
「直哉のこと、普段からブルペンで受けてるだろ?」
「うん」
「だったら分かるはずだ」
橘は久我を見る。
「まあ……球の調子は分かる」
「だから任せたい」
久我が深呼吸した。
「三回まで絶対抑えろって?」
肇は首を横に振る。
「違う」
「え?」
「点を取られてもいい」
「高橋先輩?」
「もちろんゼロが一番だけど」
肇は二人を見る。
「打たれても、四球出しても、失点しても、そこで崩れるな」
久我は黙って聞く。
「俺たちが後ろにいる」
「……はい」
「三回まで、お前たちのバッテリーで試合を作ってくれ」
橘が拳を握る。
「分かりました」
久我も頷く。
「やります」
肇は二人へ拳を出した。
「頼んだぞ」
三人の拳が重なった。
◇◇◇
その後。
肇は別の場所へ向かった。
そこにいたのは、三年生捕手・松岡亮平。
「亮平」
「何?」
「キャッチボール付き合って」
「俺?」
「うん」
松岡は笑った。
「珍しいな。いつも前薗だろ」
「たまにはいいだろ」
「いいけど」
二人はグラブを持って外へ出た。
距離を取る。
肇が投げる。
パシッ。
松岡が受ける。
「いい球」
返球。
パシッ。
肇が捕る。
何度か繰り返す。
「亮平」
「ん?」
「今日、準備しておいて」
松岡の表情が変わった。
「俺も?」
「うん」
「出るかもしれない?」
「可能性はある」
松岡はボールを握る。
「分かった」
「いつ呼ばれてもいけるように」
「おう」
肇が投げる。
松岡が受ける。
「高橋」
「何?」
「ありがとう」
肇が少し驚く。
「まだ何もしてないぞ」
「それでも」
松岡は笑った。
「最後の夏だからな」
肇も笑った。
「だからだよ」
◇◇◇
そこへ肇が声を掛けた。
「陸斗!」
西川陸斗が振り返る。
「何だ?」
「駿も!」
森川駿もやってくる。
「どうした?」
「二人とも一緒にやろう」
「キャッチボール?」
「うん」
松岡。
西川。
森川。
そして肇。
三年生四人がグラウンド脇でボールを回し始めた。
肇から西川。
西川から森川。
森川から松岡。
松岡から肇。
パシッ。
パシッ。
パシッ。
高校三年生。
この夏が終われば、高校野球も終わる。
「なあ」
森川がボールを投げながら言った。
「俺、今日スタメンなんだよな」
「そうだよ」
肇が答える。
「まだ実感ない」
西川も笑う。
「俺も」
松岡が言った。
「二人とも緊張してる?」
「めちゃくちゃ」
「俺も出るって言われたら緊張する」
肇が笑った。
「全員緊張すればいい」
「エースが言うなよ」
「俺だって初戦緊張したから」
四人が笑う。
そして肇が真剣な顔になる。
「でもさ」
三人が見る。
「今日、絶対勝とう」
西川が頷く。
「当たり前だ」
森川も。
「まだ終わりたくない」
松岡も笑った。
「甲子園行くんだろ?」
「行く」
肇は即答した。
「全員で」
◇◇◇
その頃。
球場の外では、別の再会が起きていた。
吹奏楽部のバスが到着する。
真悠が楽器を持って降りる。
その少し後ろから、チアリーディング部の眞衣もやってきた。
「真悠!」
「眞衣!」
双子が合流する。
「今日いよいよだね」
「うん」
「拓真君と航平君いるんでしょう?」
「いるよ」
「お兄ちゃん、楽しみにしてた」
二人が話していると――。
「……真悠?」
聞き覚えのある声。
真悠が振り返った。
「え?」
そこに二人の女子生徒が立っていた。
一人は水瀬拓真の妹。
水瀬美琴。
もう一人は榊原航平の妹。
榊原莉奈。
二人とも高校一年生だった。
そして――。
「美琴!?」
真悠が驚く。
眞衣も目を丸くする。
「莉奈!?」
四人がしばらく見つめ合う。
そして。
「久しぶり!」
美琴が笑った。
「本当に久しぶり!」
真悠も笑う。
中学生時代。
真悠、眞衣、美琴、莉奈は同じ中学校に通っていた。
学年も同じ。
兄たちが少年野球で一緒だったこともあり、以前から互いを知っていた。
高校進学で別々になって以来、顔を合わせる機会は減っていた。
「二人ともこっちの高校だったんだ」
莉奈が言う。
「そうだよ」
眞衣が答える。
美琴が真悠の楽器を見る。
「吹奏楽部?」
「うん」
「眞衣は?」
「チアリーディング」
「やっぱり!」
「何がやっぱりなの?」
「眞衣、昔から運動好きだったじゃん」
四人が笑った。
だが――。
今日だけは少し複雑だった。
美琴が球場を見る。
「今日……兄ちゃんたち、戦うね」
真悠も頷く。
「うん」
「肇君、すごいんでしょ?」
「高校通算五十五本」
眞衣が少し得意げに答える。
莉奈が笑う。
「妹が自慢してる」
「だってお兄ちゃんだもん」
「でも航平兄ちゃんも負けないよ」
「拓真兄ちゃんも」
美琴も笑う。
真悠が二人を見る。
「私たちも負けないよ」
「応援?」
「うん」
「こっちも」
四人が顔を見合わせる。
昔なら全員で同じチームを応援していた。
少年野球時代。
肇。
拓真。
航平。
三人が同じユニフォームで戦っていた頃は、家族たちも同じ方向を向いて応援していた。
しかし今日は違う。
兄たちは敵同士。
妹たちも別々のスタンドへ向かう。
「試合終わったらまた話そう」
美琴が言った。
「うん」
「どっちが勝っても」
莉奈も続ける。
「絶対ね」
真悠が頷く。
「約束」
四人は笑顔で別れた。
◇◇◇
球場内。
県立星陵高校の選手たちも練習を始めていた。
三塁付近。
水瀬拓真がノックを受けている。
「拓真!」
榊原航平が外野から声を掛ける。
「何?」
「肇、見つけた」
拓真が相手ベンチを見る。
そこには――。
松岡、西川、森川と一緒に身体を動かす肇がいた。
「本当にいるな」
「当たり前だろ」
「何年ぶりだ?」
「ちゃんと野球するのは小学生以来」
拓真は少し笑った。
「変わったな」
「身体?」
「それもある」
肇は高校通算五十五本塁打。
投手としてもエース。
小学生だった頃とは比べものにならない。
だが。
「負けたくないな」
拓真が言う。
航平も頷く。
「もちろん」
「俺、絶対打つ」
「俺も」
「肇の球」
拓真は三塁手用グラブを強く握った。
「打ってやる」
◇◇◇
試合開始三十分前。
一条監督が選手たちを集めた。
「スターティングメンバーを発表する」
全員が静かになる。
今回は二回戦以上に大きくメンバーが変わる。
「一番――」
名前が一人ずつ呼ばれていく。
その中には、
二年・投手、久我直哉。
二年・捕手、橘優成。
二年・内野手、安西航。
二年・外野手、大野蒼真。
三年・内野手、西川陸斗。
三年・外野手、森川駿。
六人全員の名前が入っていた。
そして肇たち固定メンバーの多くは、試合開始時点ではベンチ。
一条監督が言う。
「五回までを基本に考える」
「はい!」
「だが、試合展開次第では早めに動く」
「はい!」
「久我」
「はい!」
「お前が先発だ」
「はい!」
「橘」
「はい!」
「お前が久我を引っ張れ」
「はい!」
肇が二人を見る。
久我も橘も頷いた。
「西川、森川」
「はい!」
「三年として声を出せ」
「はい!」
「安西、大野」
「はい!」
「遠慮するな」
「はい!」
そして一条監督は、ベンチスタートとなる肇たちを見る。
「高橋」
「はい」
「お前たちはいつでも行けるようにしておけ」
「はい!」
「前薗」
「はい!」
「久我と橘の様子を見ておけ」
「分かりました」
「鈴木」
「はい!」
「ベンチからでも主将だ」
「はい!」
最後に一条監督は全員を見渡した。
「誰が先発だろうと、誰が途中から出ようと関係ない」
静かな声だった。
「このチーム全員で戦う」
「はい!」
「三回戦、絶対勝つぞ!」
「おおおおお!」
◇◇◇
応援席。
場内アナウンスが始まる。
真悠たち吹奏楽部三十人。
眞衣たちチアリーディング部。
クラスメイト。
他学年の生徒。
そして千鶴。
誰もが耳を傾けた。
スターティングメンバーが次々と発表される。
「え?」
「高橋いない?」
「また!?」
ざわめきが起こった。
真悠も驚く。
「またお兄ちゃん何かした……?」
眞衣も苦笑する。
「絶対お兄ちゃんだよ」
千鶴もベンチを見る。
そこには肇がいる。
故障ではない。
普通に笑っている。
「今度は何を考えてるの……」
千鶴も小さく笑った。
二回戦では四番・ファーストで先発。
そして今日は――ベンチ。
しかし肇は落ち着いていた。
今日の主役は、まず久我たちだ。
◇◇◇
一回表。
県立星陵高校の攻撃。
マウンドへ向かう久我直哉。
捕手は橘優成。
「直哉!」
ベンチから肇が叫ぶ。
久我が振り返る。
肇は拳を突き出した。
「頼んだぞ!」
久我も拳を握る。
「はい!」
橘がホームベース後方へ。
「直哉」
「うん」
「最初から飛ばす?」
「いや」
久我が首を横に振る。
「高橋先輩に言われた」
「三回まで」
「そう」
「じゃあ一人ずつ」
「おう」
プレイボール。
一番打者。
初球。
バシンッ!
「ストライク!」
歓声が上がった。
肇はベンチから見つめる。
「いい球」
晃大も隣で頷く。
「久我、緊張してるけど腕振れてる」
一番打者をショートゴロ。
一死。
そして――。
『二番、サード、水瀬君』
肇の表情が変わった。
「拓真……」
水瀬拓真が打席へ向かう。
その途中。
ベンチにいる肇を見る。
目が合った。
拓真が一瞬だけ笑う。
肇も笑った。
言葉はない。
だが互いに分かっていた。
――久しぶり。
そして。
――今日は負けない。
拓真が打席へ入る。
久我が投げる。
初球。
ファウル。
二球目。
ボール。
三球目。
カキンッ!
打球は三塁方向。
西川陸斗が前へ出る。
捕球。
一塁へ。
「アウト!」
「よっしゃ!」
西川が拳を握る。
肇がベンチから叫ぶ。
「ナイス陸斗!」
「おう!」
拓真はアウトになりながら、守備位置へ戻る西川を見る。
そしてベンチの肇を見る。
「なるほど」
小さく呟いた。
「今日はそういう試合か」
◇◇◇
三回表。
二死。
打席へ向かうのは九番。
『九番、センター、榊原君』
肇が立ち上がった。
「航平」
榊原航平。
小学生時代の仲間。
航平も肇を見た。
今度は少しだけバットを上げる。
まるで挨拶するように。
肇も小さく手を上げた。
久我が投げる。
航平は粘った。
ファウル。
ボール。
ファウル。
五球目。
カキンッ!
センター前へ落ちそうな打球。
「蒼真!」
大野蒼真が前へ走る。
飛び込んだ。
パシッ!
捕った。
「アウト!」
「うおおおお!」
ベンチが沸く。
久我が拳を握る。
橘も立ち上がる。
「ナイス蒼真!」
大野がグラブを掲げる。
「捕りました!」
肇も思い切り拍手する。
航平は悔しそうにしながらも、少し笑っていた。
三回終了。
久我と橘の二年生バッテリー。
三回無失点。
久我がベンチへ戻ってくる。
「高橋先輩!」
「直哉!」
肇が迎える。
「三回、ゼロだぞ」
「はい!」
「最高じゃん」
橘も戻ってくる。
「優成もナイスリード」
「ありがとうございます!」
二人は嬉しそうだった。
だが一条監督が言う。
「まだ終わってないぞ」
「はい!」
「予定では五回までだ」
肇も頷く。
「ここから二回」
久我が深呼吸する。
「行きます」
◇◇◇
四回。
星陵高校も簡単には終わらない。
先頭打者がヒット。
続く水瀬拓真。
二回目の対戦。
今度は初球から振った。
カキィン!
三塁線を破る。
「フェア!」
一、三塁。
拓真が一塁ベース上で拳を握る。
「よし!」
肇はベンチからその姿を見る。
「やっぱり打つか」
晃大が横で言う。
「知り合いだから分かる?」
「拓真は同じ失敗をあんまりしない」
「厄介だな」
「だから言っただろ」
一死後。
犠牲フライ。
一点。
星陵高校が先制。
〇対一。
久我が悔しそうにする。
橘がすぐマウンドへ。
「直哉」
「ごめん」
「何で謝る?」
「点取られた」
「高橋先輩、何て言った?」
久我が顔を上げる。
――失点しても、そこで崩れるな。
「……そうだった」
「まだ一点」
「うん」
「切ろう」
「おう」
次の打者を内野ゴロ。
チェンジ。
一点で止めた。
ベンチへ戻った久我に、肇が声を掛ける。
「ナイスピッチ」
「でも一点……」
「だから何?」
「え?」
「一点取られたら終わりなのか?」
「違います」
「じゃあ顔上げろ」
久我は頷く。
「はい!」
◇◇◇
五回裏。
肇たちの高校は一死二塁のチャンスを作った。
打席には森川駿。
三年生。
ここまで高校最後の夏で出場機会が多かったわけではない。
肇がベンチから声を上げる。
「駿!」
森川が振り返る。
「思い切っていけ!」
森川が頷く。
初球。
ボール。
二球目。
ストライク。
三球目。
甘く入った。
カキィィン!
打球はライト前へ。
「回れ!」
二塁走者が三塁を回る。
ホームへ。
「セーフ!」
一対一。
同点。
森川が一塁上で拳を握った。
「よっしゃああ!」
西川もベンチで立ち上がる。
「駿!」
肇も叫ぶ。
「ナイスバッティング!」
森川が大きく頷いた。
三年生の意地。
高校最後の夏。
その一打が、試合を振り出しへ戻した。
◇◇◇
五回終了。
一対一。
一条監督が立ち上がった。
「よし」
選手たちが集まる。
「予定通り、ここから動く」
肇。
晃大。
和誠。
宮坂。
藤堂。
桐生。
神谷。
長谷川。
相馬。
固定のメンバーたちが立ち上がる。
久我は五回一失点。
橘とともに、しっかり試合を作った。
安西。
大野。
西川。
森川。
六人もそれぞれ役割を果たした。
肇が六人を見る。
「ありがとう」
久我が笑った。
「後はお願いします」
橘も言う。
「絶対勝ってください」
安西が続く。
「俺たちもまだベンチから声出します」
大野も。
「勝ちましょう!」
西川が肇の肩を叩く。
「俺たちの夏、まだ終わらせるなよ」
森川も笑う。
「せっかく同点打ったんだからな」
肇は全員を見る。
「終わらせない」
そして――。
「全員で次に行こう」
一条監督が告げる。
「六回から高橋、マウンド」
「はい!」
「前薗、捕手」
「はい!」
「固定メンバーへ戻す」
「はい!」
肇がグラブを持った。
いよいよ。
小学校時代の仲間。
水瀬拓真。
榊原航平。
二人と、高校野球の公式戦で本格的に対戦する。
マウンドへ向かう肇。
その姿を見て、星陵高校の三塁手・拓真が笑った。
「やっと来た」
中堅の航平も呟く。
「待ってたぞ、肇」
応援席では真悠が立ち上がる。
眞衣もグラウンドを見る。
反対側のスタンドには美琴と莉奈。
四人の妹たちが、それぞれの兄を応援する。
そして千鶴も。
背番号一がマウンドへ向かう姿を見つめていた。
一対一。
六回。
ここからが本当の勝負。
かつて同じ少年野球チームで笑い合った三人。
しかし今は――敵。
肇がマウンドの土を踏む。
晃大からボールを受け取る。
そして三塁を見る。
拓真。
センターを見る。
航平。
肇は小さく笑った。
「さあ……やろうぜ」
甲子園への三つ目の関門。
高橋肇にとって忘れられない三回戦は、ここからさらに熱くなっていく。
第7話「三回戦――かつての仲間との再会と、六人に託す五回まで」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回の試合で最初にマウンドを託されたのは、エース・高橋肇ではありませんでした。
二年生投手・久我直哉。
そして、その球を受ける二年生捕手・橘優成。
肇が二人へ託したのは、まず三回まで。
「打たれても、四球を出しても、失点しても、そこで崩れるな」
その言葉通り、久我と橘は三回を無失点。
四回には拓真の一打をきっかけに一点を失いましたが、そこから崩れることなく五回まで投げ抜きました。
そして守備では安西航、大野蒼真、西川陸斗、森川駿もグラウンドへ。
特に三年生の森川は、五回裏に貴重な同点タイムリー。
高校最後の夏で巡ってきた出場機会の中、大きな一打を残しました。
肇が試合前に一条監督へ願った、
「この六人を全員試合に出してください」
という言葉。
それは単なる選手交代ではありません。
甲子園を目指すのは固定された九人だけではなく、ベンチにいる仲間たちも含めた野球部全員だからこその提案でした。
さらに試合前には、肇が三年生捕手・松岡亮平とキャッチボール。
そこへ西川陸斗と森川駿も加わり、三年生四人でボールをつなぎました。
三年生にとって、負ければ高校野球が終わる最後の夏。
だからこそ、一球、一打席、一つの守備機会にも特別な意味があります。
そして球場の外では、もう一つの再会がありました。
真悠と眞衣。
水瀬美琴と榊原莉奈。
中学校時代の同級生だった四人が久しぶりに顔を合わせました。
兄たちが同じ少年野球チームだった頃は、一緒に同じチームを応援できた四人。
しかし今回は、真悠と眞衣は肇を。
美琴は拓真を。
莉奈は航平を。
それぞれ違うスタンドから応援することになります。
そして試合は五回を終えて一対一。
六回から、いよいよ固定メンバーがグラウンドへ戻ります。
マウンドには――背番号一、高橋肇。
ホームベースの後ろには正捕手・前薗晃大。
そして肇を待っているのは、
二番・三塁手、水瀬拓真。
九番・中堅手、榊原航平。
小学生時代は仲間だった三人。
「やっと来た」
「待ってたぞ、肇」
かつて同じユニフォームを着ていた仲間たちが、高校最後の夏では別々のユニフォームを着て本気でぶつかります。
一対一。
六回。
三回戦は、まだ終わっていません。
『三回戦突破』
肇の練習ノートに書かれたその目標へ、まだ丸はついていない。
かつての仲間との真剣勝負。
そして甲子園への三つ目の関門。
本当の勝負は――ここからです。




