ハッピースローライフに終わりを告げる
───「魔術」とは。
これは、ルディリアが親の書庫で見つけた本のタイトルであった。
普段なら物語の本以外全く目に入らないのに、これだけは読まなければならない気がして、ルディリアは本を手に取る。
そこには魔術の基本、魔術師を目指す者への基礎問題などが書いてあった。
ルディリアは次々と文字を読み進めていく。
魔術とは、杖に想像を流し込み、魔術式を編むことで魔力を行使することを指す。
人間は基本的に、「杖を使わずして魔術を使えない」
ところが、その不可能を可能にしてしまった一人の少女がいた。そう、街外れの小屋に若干引きこもり気味で、ぬいぐるみと共にハッピースローライフを送っているルディリア・フェアチャイルド。彼女こそが、無動作魔術と創作魔術を開発した張本人。天紡者が一人〈創造の天使〉である。
ルディリアは「杖を使わず魔術を使う」これを無動作魔術と呼んでおり、現存する魔術式の全てを無動作にできる訳ではないが、凡そ7割程度の術を無動作で行使することができる。
上級魔術師には、一つの魔術式を常に編まれた状態にしてある杖を常備し、杖に想像を流し込む時間を短縮する者もいるが、その杖もそう長く制御できる訳ではない。
それに対しルディリアは杖に想像を流し込む動作を必要としない、無動作魔術を使える。
それに加え、創作魔術まで開発してしまう。
だからこそ、ルディリア・フェアチャイルドは今から半年前、弱冠十五歳にして、国内魔術師の最高峰である天紡者の一人に選ばれたのだ。
ここまで聞くと、ルディリアには無動作魔術と創作魔術を開発しなければならない、大きな理由があると思うだろう。しかし、ルディリアがこの二つの魔術を開発したのに大きな理由も何もない。
物忘れが酷く、人の目を気にし顔色を伺いすぎる性格のルディリアは、杖をことある事に失くし、視線を気にしすぎるあまり、考えすぎて魔術式を編む事が出来なかったのだ。
ルディリアの物忘れと気にしすぎな性格が、どのくらい酷いのか教えよう。クラスメイトなどの名前はもちろん、自分の興味のない魔術であれば、魔術式さえ覚えることはできない。
それに加え、面識のない相手や苦手なタイプを前にすると、顔色を伺い、相手のことを考えすぎるあまり吐くか気絶する。
こんな人間が、杖を常に持っておくことも、人がいる場所で魔術を使うことなどできるわけがない。
当時、魔術師教育科に通っていたルディリアは実技試験で杖を持ってくるのを忘れ不合格になり、落胆どころか退学寸前であった。
そこでルディリアは考えた。
杖を持ってくることも忘れ、挙句には試験官の目を気にしすぎて杖に想像を流し込むことができない。ならば、その動作を全てせずに魔術を使えばいいのだと。
どう考えても物忘れの酷さをどうにかした後、気にしすぎな性格を治す方がよっぽど簡単だと普通は考えるだろう。しかし、ルディリアは物忘れや性格を治す練習が毎日続くとは思わなかったので、無動作魔術と創作魔術を開発することとなったのである。
そして、退学寸前の実技試験でルディリアは見事に無動作で創作魔術を使い、退学を阻止した。
その後、試験を見ていた国の偉い人から、なんかすごい褒められて、トントン拍子で国内魔術師の最高峰である、天紡者になったのであった。
* * *
ルディリアはなれない手つきで紅茶を入れると、客人の前にそっと置く。
「ど、どうぞっ⋯入れ方合ってるかわかんないんですけど⋯⋯」
「あぁ、あなた水しか飲みませんでしたね。お気遣い頂き感謝します」
煌びやかな髪を耳にかけ紅茶を飲むすると、その客人は横に座っている少女にも紅茶を飲むよう催促する。
紅茶を飲んだは少女は表情を変えずに、夜空の星のように輝いた瞳でルディリアを見つめる。
「美味しい、」
「⋯よ、喜んでもらえたみたいで、良かったです⋯⋯」
「えぇ、私が話し終わった途端気絶したあなたをここまで運んだ私にピッタリの紅茶でとても美味しいです」
「ひゃゃゃ⋯⋯それは、ほんとに、ありがとうございました⋯⋯」
天紡者であるルディリアの同僚。ということは彼もまた天紡者なのである。
その名も〈博識の天使〉アルマロス・シャドウミア。
見た目通りの紳士な態度と言動は天紡者の二番目の良心である。なぜ二番目なのかは先程の発言で察して頂こう。
「そ、そそ、それでっ、今日は、ど、どのようなご要件で⋯⋯」
アルマロスは一口紅茶を飲むと隣の少女に視線を向ける。
「サリガリア、アレを」
「承りました」
サリガリアと呼ばれたのは、アルマロスの横に座っている少女の事である。黒色のベレー帽から主張するように灰色の髪がぴょんぴょんと跳ねていて、元気そうな少女ではあるが、執事の服を来ていることでしっかりとした印象でもある。
そんな少女が胸ポケットから取り出したのは一通の手紙であった。
「こ、これは⋯⋯?」
よくわかってないルディリアにアルマロスは微笑んだかと思うと手を組んでそこに顎を乗せた。
「読んでみてください」
ルディリアが不思議に思いながら手紙を開くと1行目にこう書いてあった。
──拝啓、博識の天使様
⋯⋯ん?
「アルマロスさん、これ、は⋯⋯?」
「あぁ、私宛の依頼の手紙です」
にこりと微笑む表情は変えずにアルマロスはそう言った。
「とりあえず最後まで読んでください」
「あっ、はい⋯⋯」
───拝啓、博識の天使様
突然のご連絡お許しください。
今回、博識の天使様には依頼があってこのような手紙を送っています。
依頼内容は、〈弟の護衛〉です。
「⋯⋯よ、読み終わりました、よ?」
簡潔過ぎる手紙にルディリアは首を傾げる。
「はい、本日私が貴方に頼みたいこととは、その手紙の内容です。」
「⋯⋯?」
「私、先週からその弟さんを監視しておりまして」
「⋯⋯??」
アルマロスが話した内容はこう、
依頼をしてきたのはかの有名なローズベル家の長男イグニスで、イグニス殿下の弟であるノア殿下は今、全寮制の名門校、ハルモニア学園に通っている。
そこで、ルディリアには学校に潜入してノア殿下を秘密裏に護衛して欲しい。
なぜ長男であるイグニス殿下でなく、弟のノア殿下が狙われるのか、それはノア殿下自体に価値があるから。言い換えれば、ノア殿下の眼球・皮膚・魔力・髪の毛・血液など、ノア殿下の全てが宝なのだそう。
「ね、狙われる理由とかは、わかったんですけど⋯⋯な、なぜ私に依頼を回すんですかぁぁ⋯⋯」
ルディリアは若干半泣きで机に突っ伏す。そんなルディリアにアルマロス話を続ける。
「どうやらノア殿下は少々警戒心が強いようでして、私が少し監視しただけですぐにバレたんですよ」
超遠距離で監視してたのに⋯⋯えんえん、と、誰が見ても分かる嘘泣きをしたと思えば急に椅子を立ち、ルディリアに近づいてきた。
「そこでです、貴方は社交界はほぼ毎回忘れていて出ていませんし、式典に無理やり連れていけばフードを深く被っているので顔を知られていない。そして何より⋯⋯」
アルマロスはルディリアのほっぺを伸ばし、笑みを浮かべながら、言う。
「こんな小動物のようにビビりで地味な少女が天紡者だなんて誰も思わないでしょう。」
暴言である。
「ひ、酷い⋯⋯」
ルディリアはもう半泣きからべそべそと完全に泣いていた。
「酷くなどありませんよ」
アルマロスはニコリと笑うとルディリアからパッと手を離した。
「まだ天紡者になって半年のあなたに、護衛をしろと言うのは少々鬼畜かもしれませんが、護衛対象はあなたと年がさほど変わらないのに加え、舞台は学園。あなたに馴染みのある場所での護衛ですので、ベソかかないでください」
「は、はひぃ⋯⋯」
アルマロスの圧に耐えられなくなったルディリアはコクンと頷いた。
「良かったです」
ニコニコのアルマロスとは真逆の表情でメソメソと泣いているルディリアにサリガリアが近づき、そっと耳打ちをする。
「ルディリア様の依頼には協力人がいますのでどうぞご心配なく」
サリガリアは、ルディリアにとって嬉しいことだと思い今ここで教えてくれたんだろうが、人の顔色を伺い過ぎるルディリアにとってそれは悲報の連続でしか無かった。




