休日に同僚と会うのがいちばんキツイ
右手には亀のぬいぐるみ、左手には猫のぬいぐるみを握りしめたまま寝ていたルディリア・フェアチャイルドは、頭上に積み上げられた本の山が崩れた音で目を覚ました。
どうやらまた、ぬいぐるみたちが勝手に本を読んでは片付けずに寝てしまったらしい。
本を読むのは良いことだが、読んで片付けないのはぬいぐるみたちの悪いところだ。
体をポキポキと鳴らしながら起き上がると、その振動でもう一度本の雪崩が起きる。これもいつもの事だ。
本を元の位置に戻しているとぬいぐるみたちも徐々に起きてきたようで、その1匹が本を本棚に戻すのを手伝ってくれた。
「おはようルディ、昨日は本戻さずに寝ちゃってごめんね⋯⋯」
ルディリアはまだ眠気と戦っている目を動かして足元に移動させる。カーテンも開けてない薄暗い部屋にキラリと光る目の持ち主は、狐のぬいぐるみだった。
「⋯⋯別に大丈夫だよ、今日は頭に当たらなかったし⋯⋯」
キツネのぬいぐるみを慰めるように撫でながら目線を上げると、クマのぬいぐるみが寝たフリをしていることに気がついた。
「⋯⋯それに、一緒に本を片付けてくれるからむしろ助かってる⋯⋯クマさんは自主すらしないから⋯⋯」
そういうとクマのぬいぐるみは耳をピルピルと動かし、のそっと布団から出てきた。
「⋯⋯だって、俺以外にも読んでたやついたし⋯俺だけ謝るとかヤだし⋯⋯」
と、言い訳をしながらも本を戻すのを渋々手伝ってくれた。
ここにいるぬいぐるみたちはただのぬいぐるみではない。ルディリアの創作魔術により、人格を形成した特別なぬいぐるみである。術師に似るのか、ぬいぐるみたちはルディリアの真似をして本をよく読んでいるようだ。ただ、滅多に片付けてはくれない。
「まだ片付かないの〜?」「お腹空いた〜!」「もっと寝たいよ〜⋯⋯」「遊びに行こうぜ!!」
主の事を気にもとめないこの失礼な子達は、使い魔では無い。
「⋯⋯君たちはいつからそんなわがままになったんだ⋯⋯う〜、パンケーキ作ってあげるから、待ってて、」
* * *
ぬいぐるみたちの居る部屋から1番離れた場所にあるキッチンに移動したルディリアはボサボサの髪を束ね、パンケーキを焼き始める。
最近はキッチンコンロや水道なんかも大都市では当たり前に普及しているようだが、それはあくまで都市での話。街からも離れたこの家は田舎同然なのでもちろん水道なんか引いてないし、キッチンコンロも売っているわけがなく、普通の人間には不便でしかない。
しかし以外にも、彼女はこの環境を不便に思うことはなかった。
理由は至ってシンプル、ルディリアが6歳の頃、両親が家から出て行ったのだ。故に、火を扱うのも水を汲むのも、自分でやらなければいけなかった。
本来ならば、子供1人の技術では到底できっこない。しかし、ルディリアは物心ついた時から本をよく読んでいたからなのか、魔術の基本であるイメージ力、想像力が人一倍豊かに育ったため、そんな環境でも生きていくことができた。
パンケーキが焼きあがったかと思うとぬいぐるみたちの居る部屋からガラスの割れるような音が聞こえ、急いで部屋に戻ると姿見が倒れガラスの破片が散らばっていた。
「わ、⋯⋯派手に割れてるね⋯みんな大丈夫だった、?」
「うん、びっくりしちゃった⋯⋯」
どうやらぬいぐるみたちがやったわけでは無さそうなので、とりあえず撫でてあげると安心したようだった。ぬいぐるみ達を倒れた姿見から離れさせ、魔術で姿見と散らばっていたガラスの破片を浮かせると、徐々に姿見は元の綺麗な状態に戻り、ルディリアを映した。
貝殻をベースとした様々な装飾のしてある豪華な姿見には、水色の髪をするりと伸ばした少女が映っていた。雑に束ねた水色の後ろ髪はボサボサで前髪は伸びきっているし、最近夜中まで本を読んでいるせいで目の下に隈が浮いている。
そういえば今週まともに外に出ていないことを今更思い出した。ひとまず、ぬいぐるみたちと朝ごはんを食べた後、街に散歩にでも行こう。
* * *
朝ごはんを食べ、覚悟を決めて街に向かって歩き始めること数分、香ばしいパンの匂いが漂ってきた。これが街に着いた合図だ。
ルディリアはなるべく人の顔を見ないよう、そそくさとぬいぐるみ達に言われた食べ物を買い、気になっていた本を買おうと本屋さんに向かっていたところ、見慣れた人影を見つけてしまう。
───そう、同僚である。
ルディリアの喉がヒィッと鳴る。
バレたくないバレたくないバレたくない。なんでこんな田舎に天紡者である同僚が居るのだ。そうだ、ここは田舎なんだからきっと見間違いだ。そうに決まってる。ルディリアがチラッと建物から同僚のいた場所を見ると、そこに同僚の姿は見当たらなかった。
「や、やっぱり見間違えだったか⋯⋯」
「見間違えなどではございませんよ」
木々を撫でる風のようなその声はルディリアの背後で響いた。
振り向けば、そこには艶やかでイチョウのような髪色をした美丈夫が顎に手を立てて微笑んでいる。その後方には執事のような服を身につけた灰色の髪の女性、というより、少女が控えていた。
男の方が身につけているのはえらく高そうな純白のコートに手袋、それに眼鏡。美しく煌びやかな金髪がアクセントになり、どこからどう見ても洗礼された上品な男である。何より国でも傾きそうなほど整ったその顔は大抵の女性のみならず男性でさえうっとり見惚れてしまいそうだった。
だが、ルディリアは幽霊と遭遇したかのように身体を震わせながら目をぐるぐると泳がせ、悲鳴を押し込む。
「あ、ああ、アル、アルマっ、ロス⋯さ、ん⋯⋯⋯⋯な、ななな、なぜっ」
「探していたハリネズミがチロチロと逃げていくのが見えたので、わざわざ追いかけて来たのですよ」
「ひいっ、ご、ごめん、なさっ⋯⋯」
「⋯貴方ハリネズミと呼ばれることに抵抗とかなんですか」
「うぅ⋯⋯と、とり、あえず⋯⋯お、お久しぶりです⋯アルマロス、さん」
震える声で挨拶をすればアルマロスさんと執事のような服を着た美女、いや、彼の契約精霊は優雅に一礼をした。
「えぇ、お久しぶりです。天紡者が一人〈創造の天使〉ルディリア・フェアチャイルド殿」




