9.
「え、えあの…アランソン伯爵夫人が?」
「ええ。私が。元々私は商家の娘でね。貴方も確か商家出身よね?ネゴツィーオ商会と言えばご存知かしら。」
「ええ、父が小規模ながら良い商いをしていると申しておりました。」
なんだ、あの小さい商会の娘だったのね。じゃあ私の方がよっぽど!
「…貴方、また自分の方が上か下かを考えたでしょう?本当に、品のない方ねえ。」
浅はかだと指摘されたようで顔がカッと熱くなる。
「私の母はね、跡取り娘だったから商会を大きくするためにそれはそれは勉学に勤しんでいたの。そうしたら、王都の学園で成績上位に入ってしまってね。伯爵家に嫁入りしないか、という話が出たのよ。」
「そう。彼女はとても優秀な人だったわ。なのに欲がなくてね。」
お義母様の合いの手に頷きながら話が続く。
「お祖父様お祖母様も、跡取りのことは気にしなくて良いから自分の好きな道を選びなさいって仰ったらしいけど。」
"私はこの商会を盛り立てるために必死で勉強したの!そんな私を追い出すの?!"
「って言って、断ったらしいわ。ただ、伯爵家としてはご縁だけは繋げてほしいと仰って業務提携やなんやらでお付き合いは続いていたの。」
まだ話は続くのであろう、アランソン伯爵夫人は少しだけ飲み物に口をつけてから話を続けた。
「そして母は平民の婿を取って跡を継いだの。時を経て私が産まれて、その後に妹も産まれた。そうよ。私も跡継ぎのつもりで必死に勉強していたの。お陰で母の再来とまで言われたわ。」
「けど、私は母と違って学園で恋に落ちてしまったの。それがアランソン伯爵令息だったのよ。」
お義母様が後を繋ぐ。
「本当にお似合いの2人だったわ。それでも、本当なら身分の差やらやっかみやらで結ばれるのは難しかったんだろうけど、当時のアランソン伯爵がね。」
"でかした!息子よ!あの才媛の娘を釣り上げるとは!"
「そう言って諸手を挙げて喜んでくださったから。お義母様は複雑だったんじゃないかしら?と思って恐る恐る聞いてみたら。」
"何を言ってるのかしら。あの学年で貴方のお母様に求婚するのなんてブームみたいなものだったのよ。数撃ちゃ誰か1人くらい嫁に来てもらえるんじゃないか?なんて。そのくらい別格だったの。張り合う気さえ起きなかったわよ。"
「そう言って豪快に笑い飛ばしてくれたわ。けど、同時にね。」
"でもね、貴方にだって足りないものはあるのよ。ビシバシ扱くから覚悟なさい!"
「って宣言通り、貴族の立ち居振る舞いを叩き込まれたわ。その時に貴方のお義母様にも容赦なく詰め込まれてね。今ではこの通り、なのよ。」
にっこり笑われた。
「このご縁があったからこそアランソン伯爵夫人は貴方を受け入れてくれたのよ。なのに貴方は!」
お義母様の怒りは凄まじかった。
「貴方は息子のことを愛していたんじゃないの?愛していたからこそ貴族に馴染む為に努力をしたんじゃ無かったの?」
「え、あ、あ。」
「はっきり!はっきり愛してるって言えないの!こんな時に言えないなんて!やっぱり貴方は自分の欲の為に息子を利用したのね!」
「そ、そんなことは…。そんなこと!旦那様は夜会の参加者の中でも飛び抜けて輝いていらっしゃったもの!みんなの憧れの的だったんです!だからわたしも!」
「周りを押し除けて夫人の座に収まったのよね。」
「そんな言い方!あの程度の低い夜会の中では、わたしが目立ってしまっただけよ!だからこそ旦那様だってわたしの事を選ばれたのよ!」
「…もういいわ。貴方がどんな人間だとしてももうどうでもいいの。貴方は実質子爵夫人としての役割は果たせないのだから。」
「果たせない?そんなこと!」
「だって、社交界に出入りする術がないのだもの。仕方がないことよ。今日のこの騒ぎでアランソン伯爵夫人だけではなく、夜会の開催を検討されるときに我が家の名が上ることはないでしょうから。」
「大丈夫よ。息子は貴方を見捨てるつもりは無いみたいだから。それに。」
貴方と息子が出会ったような規模の夜会なら任せますから、そちらのご縁をしっかり結んで頂戴。
そう言ったお義母様の声にのろのろと頭を上げると夫がこちらに向かってきていた。
「カンティーナ、今日はそろそろ下がらせてもらおう。」
「まあ、そうですのね。ではごきげんよう。子爵夫人。」
誰も引き留めない。感情の読めない微笑みの裏ではさっさと帰れ!とでも思っているのだろう。
「アヤーム、後のことは私に任せて頂戴。貴方はしっかりと家まで連れて帰るのよ。」
「承知しました、母上。」
そのまま連れて帰られそうになって、慌てて夫に抗議する。
「旦那様、そんなの酷いですわっ。わたしの言い分も聞いてください!みなさま酷いんです!」
「……その話は帰ってからする。今は付いてくるんだ。」
今まで見たことのない厳しい顔つきの旦那様に半ば引き摺られるように馬車に乗せられた。
「旦那様っ!ちゃんと聞いてください!皆さま酷いのです!よってたかって私に酷いことばかり!きっと、きっと!わたしが元平民だから!至らない所もそれはあると思いますけれど!」
「……。先日、私たちが出会った夜会の参加者と会ったんだ。君がよく虐められていた、と言っていたご令嬢、いや今はご夫人だな。と、そのご主人と。」
「その時聞いてしまったんだよ。真実を。」
「そんなっ…こんなに遠くにいてもまだ嫌がらせをしようとするなんてなんて浅ましい!旦那様、騙されないでください!」
旦那様は一瞬とても怖い顔をして。
それから笑った。
全てを諦めた笑顔だった。




