10.
「まあ!ミニーモ子爵夫人様!お待ちしておりましたわ。今日は存分にお楽しみ下さいませ。」
わたしの社交は皮肉にも、今までよりも更に思いのままになった。
……アランソン伯爵夫人の夜会に呼ばれなくなっても、もうワンランク上の夜会に行けば良いと思っていたけれど。
お義母様の伝手を期待できなくなった今、招待状なんか届くはずもなかった。
だから今参加しているのは。
「まあ、ミニーモ子爵夫人。ご無沙汰しておりましたわね。こちらにまたお顔を出していただけるようで感激しておりますのよ。」
そう。わたしは今、夫と私が出会った"ほとんどが平民"の夜会に参加している。
……いいえ、今はここにしか顔を出せないというのが本当のところね。
あの華やかで、豪華で、煌びやかで。
あの輝きこそがわたしのためにあったはずなのに、周りの意地悪で失ってしまう羽目になった。
最初は悔しくて悔しくて、こんなワインの底に残った澱のような夜会に出るしかない自分の境遇を憐んでいたわ。
けどね、2回、3回と参加するうちに、悪いものではないと思い始めたの。
だってここにいれば。
カンティーナ様!
ミニーモ子爵夫人!
みんなわたしを眩しい眼差しで見てくれる。
ようこそおいで下さいました!
来てくださるなんて感激です!
わたしがそこにいるだけで持て囃してくれるの!
そうよ!最近はすっかり忘れていたけれど。
わたしはね!わたしは!居心地の良い場所で優雅に生きていきたかっただけ。
※※※※※※
「父上、お呼びでしょうか。……母上もいらしたのですね。」
呼び出された理由は聞いていないが、凡そ予想がつく。引退したはずの元子爵と元子爵夫人から呼び出されたのだ。…とうとう覚悟を決める日が来たのだ、と。
「アヤーム。これからする話については。」
「はい、おおよそ見当はついております。私はどなたに爵位を譲れば良いのでしょうか。」
父も母も目を瞠った。
「流石に私も今の状況が不味いことくらいは承知しています。」
「でもそれは貴方個人の資質ではなく」
母の言葉にふるふると首を振る。
「いいえ。私が盲目的に妻を信じていたのが悪いのです。早い段階で気づいていれば、あそこまで傲慢さを身に付けることはなかったでしょうから」
そうだ。私の盲信は妻を護るどころか崖っぷちに手を引いていったようなものだ。妻ひとりに償わせれば良いというものではない。
「貴方は…。やっと私たちの息子が帰ってきたのね。」
母の目が潤んでいた。私もつられてしまいそうになるが、どうにか堪える。
「欲を言えば、ロージンに家督を譲ってやりたかったですが、それは私の口出しできることではありませんから。ただ!ただ…お願いできるのであれば、あの子はミニーモ家にしばらく籍を置かせてもらえれば。せめて。学園を卒業させてやりたいです。」
貴族籍があれば、特筆すべき点がなくとも学園に通える。その後平民になるとしても知識があるのとないのとでは暮らしぶりも変わってくるだろうから。
必死で頭を下げていたが、どうも父母の反応が悪い。ふと顔を上げると。
「いや、実はお前が思っているよりも問題は複雑でな。」
深刻な表情の父は語り出した。
「実はなあ。子爵としては異例中の異例なんだが、お前に第二夫人を探そうと思っていたんだ。」
驚きで声が出ない。
「お前の能力ならこのまま子爵を続けさせても良いだろうとは思ったんだが、妻が社交に出られないのは困るだろう?かと言って追い出すというのも世間体がな。だからあの女はそのまま、きちんとした夜会や何かでは第二夫人を伴って出席すれば良いのではないかと思ってな。」
「あの女の所業は知れ渡っているし、貴方の反省した後の努力も認められつつあるわ。それならば後は、貴族としての社交に復帰するだけでしょう?この状況なら別の女性を伴っていても特に醜聞にはならないだろうと思いましてね。」
そんな話になっていたのか。それならば、ロージンだけでも正しい道に戻してやれるかもしれない。
私が先行きの希望を見出したのが分かったのだろう。
だが、父から出た言葉でほんの少しだけ見えてきた希望は粉々に砕かれた。
「結論から言おう。お前はあと10年ほど子爵を務める。その後はテンタイオが継ぐことになった。ロージンを後継とする芽は無くなった。」
「えっ、どういうこと…なんでしょうか。」
「血は争えないということかしらね。母親と同じようなことをやらかしたのよ。」
「テンタイオに"お前は三男だから継ぐような爵位もないだろう?俺に忠誠を誓えば従兄弟のよしみで雇ってやってもいいぞ"と言ったそうだ。」
ああ、もう手遅れなんだな。今はっきりと悟ってしまった。
「継がない事はロージンには」
「従兄弟とはいえ侯爵家に喧嘩を売るような愚か者だぞ。まだ学園生活が続くというのに火種を増やしてどうする?」
テンタイオは確かに私の妹の子だから従兄弟だ。そして三男坊で実家を継がない前提である事も間違っていない。
ただし、決定的に間違っている事がある。
テンタイオは侯爵子息であり、ロージンは子爵子息であるという身分差を理解していないのだ。
「お兄様には悪いけど、ロージンが継いだら子爵家はあっという間になくなっちゃうわよ。」
いつからいたのか、妹のフェレーラがドアのそばに立っていた。
「嫁いだとはいえ、実家がなくなるなんて考えたくもないの。だからテンタイオに継がせることにしたのよ。」
「……すまなかった。テンタイオには苦労をかけてしまうが、引き継ぎするまでにできるだけ子爵領を盛り立てるように頑張るよ。」
「そうね。あの子なら婿入りでもっと条件のいい話を受けられたかもしれないのにね。だから。だから!これ以上この家の価値を下げないで頂戴よ。……よろしくお願いいたします。」
フェレーラはそう言った後、少しだけ唇を噛み締めて悔しげに言った。
「だから私、お父様にもお母様にも言ったのよ。早くに引き離すのがあの子の為だよって。」
「あの時。あの、オーラング侯爵夫人への無礼の時!私言ったじゃない!あの女から引き離してお母様が教育してあげてって!」
ああ、そうだ。あの時。せめてあの時カンティーナから引き離しておけば。
子を取り上げるのか!と泣いて喚いているのに情けをかけてしまった。
「ロージンがね、テンタイオになんて言ったか知ってる?」
"お前のいうことなんてどうせ誰も信じない。ほら、この間だって、お前の母親は俺の言う通りに動いただろう?母親でさえお前より俺を優先するんだ。俺が言えばみんな俺の思い通りに動くんだよ。"
「たまたま聞いたのよ。とても言い慣れてたから何回も同じようなこと言ってるんでしょうね。うちの子に言ってたって事だけでも噴飯ものだけど、まだ親族だから身内で収められるわ。けど。」
他の子息にもやらかしているとしたら。子爵を継がせたりしたら。我が子爵家はおしまいだ。
……私は息子さえ救ってやれなかった。
「ロージンには継がせられないって理解できたかしら。もしかしたらこれから反省して再起する目もあるかもしれないわ。なんといっても若いから。けれど、された方は忘れないわよ。」
父からもボヤキの声が上がる。
「それでも飛び抜けて優秀だったらなあ。冷徹やら傲慢やらの二つ名が付いたとしても認めてくれる人もいるだろう。だがなぁ。学園での様子を聞いている限り平々凡々な成績でこれといって飛び抜けたものもない。……バレてないと思っていても案外人は見ているようでな。教師や格上の子息にはウケが良いらしいが下と見たものにはすこぶる傲慢なことが噂になっていたらしい。」
父が渋い顔で容赦なく告げる。同じく妹も容赦がなかった。
「しかも、下と見做す基準がね。間違いだらけなのよ。うちの子を爵位の貰えない三男だってバカにするのも侯爵子息に対してあり得ないし。それにね、あの女と同じ過ちも犯しているわ。」
「えっ、同じって…」
「ブルーノ・エヴルー男爵令息って知ってる?」
ああ、名前を聞いただけで分かってしまった。
あの子もまた従属爵位で…
「ある意味母親より酷い話よ。覚悟して聞きなさい。」
"お前さあ、男爵子息風情が上位貴族のグループに出入りしてんじゃねえよ!子爵の俺でさえ許されないのに、どんな手を使ったんだよ!男爵なんて最下層の分際で!"
「なんでこんなに詳しく知ってると思う?その場にね」
テンタイオもいたの。
続く妹の言葉に真っ青になる。
"お前だって!侯爵子息なんて言いながら爵位も貰えるかわからないような三男坊じゃないか!将来は平民の癖に子爵家を継ぐ俺より上に立ってるつもりか!"
「ですって。」
「す、すまない!本当に申し訳ない!ここ最近はどうにか失った信頼を取り戻そうと必死で…」
「分かっているわ。最近のお兄様が心を入れ替えて頑張っていることも、自分の家族を見捨てきれない事も。」
悲しいわね、そう呟く妹にさらに深く頭を下げた。
「良いわ。お兄様にそこまで任せるのは流石に酷だから。…お父様、お母様。私が悪役になりますわ。」
ロージンとテンタイオの話を書いたら終わらなくなるっ!ので、また別の話として書いてみようと思っています。
そこそこのボリュームになる予感…。




