7.
その日、今までとはまるで違う絢爛豪華な夜会に出たわたしは興奮していた。
「そうよ、わたしはわたしの力でここまでやってきたの。これこそわたしに相応しい場所だわ。」
ここがわたしの居場所よ!とばかりにあちこちに顔を出し挨拶をしていたらハイバット男爵夫人を見つけた。
「まあ!貴方も来られていたのね!」
ハイバット男爵夫人のそばには沢山の人がいて、仲良さそうに談笑していた。
今なら分かる。あの時、少しでもお義母様の忠告を聞いて、相手に敬意を持って接していれば。
でも、絢爛豪華な夜会に飲み込まれていたわたしは最悪の選択をしてしまったのだ。
アイツのせいで!わたしは子爵夫人にも関わらず2ヶ月もの長い間、社交の場に出られなくなったのだ。多少恨まれても、当てこすられても自業自得というものよ。
わたしが来れば話題の中心はわたしになるわ。
そうよ、嫡男さえ産めない男爵夫人を取り巻くような人達だもの。嫡男を産んだ子爵夫人の私ならすぐ仲良くなれるはずよ。
ーー仲良くなって、あんたを孤立させてあげる。ーー
「どなたかしら?」
「ああ、あの方は…」
ハイバット男爵夫人を遮って自分から挨拶をする。
「カンティーナと申しますの。ミニーモ子爵夫人ですわ。」
「ああ、あの。お噂はかねがね」
「まあ!どんな噂かしら。ドキドキしちゃうわね。」
貴族になってからも、数多の男性から美しいと褒められてきた笑顔でそう答える。
「それよりもハイバット男爵夫人、最近夜会には来られていないとお聞きしたので心配していたのよ。お身体がすぐれないのかと思って。」
これならお義母様にも文句言われないだろう。体調を気遣ってるだけだもの。
もちろん、嫡男が産めなくて気落ちしているんでしょ?なんて言わないであげる。
「あら、それは当然でしょう?もうあの辺りの夜会に出るのは無理でしょう?」
「そうよね、いくらシグノーラが気さくでも、下位貴族の方々だって気後れしちゃうわよね。」
下位貴族と言われてカッとなった。男爵夫人に侍っているような奴らに下位貴族などと呼ばれる筋合いはない。
「下位貴族とばかりって…我が家は子爵だし、伯爵家のご婦人も何人かいらっしゃるでしょう?男爵家だけではないもの、そういう言い方はお止めになった方がよろしいんじゃなくて。」
私の抗議など聞こえなかったかのように、ハイバット男爵夫人が喋り出した。
「ミニーモ子爵夫人、みなさまをご紹介するわ。皆子供達が同い年なの。貴方もこれから先何かとご縁があると思うわよ。」
「まあ、同い年なのね。王都の学園に入学されるのかしら。それなら同級生になるわね」
少し間が空いた。あら、みなさま田舎の領地の方なのかしら?王都の学園に入れる程の財力がないとか?
我が領は王都から近いし、王都にも小さいながら一軒構えている。
少しだけ鼻を高くしながら話し出すのを待った。
どういう言い訳をするのか楽しみにしていたのに、空気を読まずにハイバット男爵夫人が紹介を始めようとした。
まあ、目下に目くじら立てるのも、と思い紹介を受ける。
「彼女はイヴァンナ・アンスバッハ辺境伯夫人。ご嫡男が同い年よ。」
「こちらはサルーテ・シユトレリッツ侯爵夫人。」
「私の次女が同級生になりますわ。よろしくね。」
「そして彼女は…」
「リリアーヌ・ポンメルン公爵よ。」
「公爵?」
「ええ、私はひとり娘だったから父の跡を継いだの。」
へえ、女でも爵位が継げるのね。あら、だったら男爵夫人も良かったじゃない、嫡男を産んだ私よりは落ちるだろうけど、そこまで責められることもないんでしょ?
そう考えていた私に向かって、ポンメルン公爵がこう告げた。
「そして最後に、ほら!貴方を紹介しなきゃね!ミニーモ子爵夫人はまだご存じないみたいだから。」
ハイバット男爵夫人の肩を親しげに叩きながらこう言った。
「彼女はね、シグノーラ・オーラング侯爵夫人。お父様がとうとう引退されてね、旦那様が従属爵位から侯爵に引き継ぎを終えられたの。私とは違って、旦那様を養子に迎えられて侯爵を継いでもらうことになったのよ。」
侯爵夫人って言った?今…
わたしが愕然としている間にも和やかな会話が続く。
「私には侯爵なんて向いてないもの!」
「それに小さい頃からの憧れのお兄さまだものね。」
キャッキャと私を置いてけぼりにして話が進んでいく。それに苛立ちつい言ってしまった。
「男爵夫人じゃなかったの?騙したのね!」
「いいえ、騙してなんかいないわ。本当に男爵夫人だったんだもの。」
「じゃあ何故っ!何故ゆくゆくは侯爵夫人になるって言わなかったのよ!それって、それってとても意地悪だと思うわ!」
美しいと言われる顔に涙を浮かべる。大体のことがこれで解決する。美人の涙には老若男女弱いのだから。
なのに!この場にいる誰もが味方しない。それどころか。
「何故?私が男爵夫人だったのは本当だし。そもそもほとんどの方が知っていることよ。それに…」
「ひどい!私が子爵家に入ったばかりなのを分かっていて皆黙っていたのね!」
「話は遮らないのがマナーだって何度も教えたのに。まだ分かっていないのね。」
呆れた声にぐっと黙り込む。
「あの場にいた皆さん、充分に親切だったわよ。叱責することもなくやんわりとマナーも教えていたというのに。まあそれは貴方のお義母様に頼まれていだからだけど。」
お義母様が?
「それなのに、貴方はどんどん周囲に失礼な振る舞いをしていたのよ。貴方、初対面の時私になんて言ったか覚えている?」
「わ、わたくしっ、失礼なことなんて言ったことないわ!」
「まあ!自覚がないって怖いことよね。」
「本当に。ヤダ、怖い。」
イライラが限界だ。だってわたしは!わたしはこの美貌で!お貴族様の仲間入りをしたのよ!しかも夜会でもお茶会でも!いつでもわたしの周りには人がーー特に殿方がーー集まってきていたのに。
「はあ、貴方はこう言ったのよ。」
"まあ!男爵家でいらっしゃるのね。我が家よりは随分格は落ちますけど…。大丈夫、仲良くして差し上げますから安心してね。"
「だって、だって侯爵夫人になる予定なんて言わなかったじゃない!何故そんな意地悪を⁈」
「意地悪じゃないわよ。そもそも私が男爵夫人か侯爵夫人かで態度を変えるって貴方、本人に向かって言うなんて正気なの?そんな人とこれから仲良くしたいと思わないし、わざわざ訂正してあげるだけの価値もないわ。」
「はあ?!」
「従属爵位で男爵や子爵やってますなんて人、珍しくないのよ。特にアランソン伯爵夫人の主催する夜会はね、下位貴族の方々との縁を繋ぐために参加されている方も多いのよ。」
「そうね、私たちの中ではシグノーラだけだったけど、割といらっしゃるわね。私だって資格があれば参加したかったわ。」
「それで仲良くなったり、夫同士のつながりができたりすることもあるものね。」
一斉に頷く周囲に飲まれてしまった。
なんなの!よってたかって見下して!そ、そうよ、わたしだけではないわ、この人たちだって!
「爵位を傘に来て見下しているのは貴方たちだって同じじゃない!わたくし気分が悪いわ!これで失礼致します!」
去ろうとした時、見知った声がした。
「シグノーラ!やっと見つけたわ!今日はもう出ないといけないからおめでとうだけ言いたかったのよ!」
ナヴェーラ・モンパンシエ子爵夫人だった。
「あ!ナヴェーラ!酷いのよ、この方たち身分を傘に来て…」
私が仲間を見つけた!と反撃に出ようとした矢先。
「あら、ミニーモ子爵夫人。ごきげんよう。今日は急いで出ないといけないの。親友たちに挨拶させていただいていいかしら。」
親友たち…?




