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「そんな!全然知らなかった!彼女がオーラング侯爵のひとり娘だなんて!誰も教えてくれなかった!」
「いやいや、君は子爵だろう?平民や叙爵したばかりの男爵くらいまでならその言い分も通るけど。それに!君の母上は元々由緒正しい伯爵家のご令嬢じゃないか。お父上だって代々続く子爵家を立派に盛り立てていたし。」
彼は呆れている事を全く隠そうともせずに続けた。
「誰も、君が彼女の出自を知らないなんて思いもしなかったんだよ。」
そんな。じゃあ、じゃあカンティーナは。
「そう。侯爵家のひとり娘で、女侯爵になるか、夫に爵位を継がせるか。悩んだ末、夫に侯爵を継いでもらう事に決め、夫婦で侯爵家を盛り立てようとしている女性に向かって。」
「跡継ぎが産めないなんて肩身が狭いでしょう?って馬鹿にした…。ということか。」
そう言う事だよ。
彼はそう告げると席を立ち、
「昔のよしみで今日は会ったけど、僕の家は商売柄侯爵家とは付き合いが深いんだ。申し訳ないがこの問題が片付くまではもう呼び出さないで欲しい。」
最後まで隠すことなくずばりと言い放って去っていった。
しばらくの間椅子から立ち上がれなかった。
愛さえあれば。愛さえあれば、身分の差などさしたる問題ではないと思っていた。元平民とはいえ彼女の美貌は群を抜いていたし、相手を気遣う優しげな話し方、その時の眼差し。どれをとっても、マナーが覚束ないことを補ってあまりあると思っていた。
…だが。彼女の優しさは。笑顔は。
見せる相手を選んでのものだった。
私はまだ彼女を信じたかったが、このままでは家門に泥を重ね塗りする事になるかもしれない。
恥を忍んで結婚前、彼女と出会った夜会に参加していた人々に会いに行った。
「ミニーモ子爵、お久しぶりですわね。もう…4年?5年ほど経つのかしら。貴方が彼女を選んでから。」
当時、同じ夜会に出席していた女性だ。元々男爵令嬢だったかと思う。確か彼女は私の関心を買いたくてカンティーナに醜い意地悪をしていた筈だ。……カンティーナの言い分を信じるならば。
彼女を追いかけるようにやって来た一人の紳士が彼女の肩を抱く。
「やあ、久しぶりだね。最近は夜会で会うことも無くなったからね。」
ご主人は確か伯爵家の次男で、手広く商売をしていた実家から勢いのある商会をひとつ任されたはずだ。
確か、爵位は兄の長男が継いだんじゃなかったか。つまり今は平民。平民の夫婦にこんなにフランクに話しかけられるのは解せないが、今の私に怒るという選択肢はない。
何故なら。当時の参加者でどうにかアポイントを取れたのはこの夫妻だけだったからだ。
「君の奥様のおかげで私はこんな素晴らしい妻を娶ることができたからね、いつかお礼を言わなければと思っていたんだ。」
「妻のおかげ?」
「ああ、奥様が君を虜にしてくれたから、彼女は私の求婚に応えてくれたんだよ。」
「子爵家の嫡男なんて、私たちみたいな弱小男爵家の娘には雲の上の人だったもの。みんな貴方のことを憧れの眼差しで見ていたわ。」
「君、紳士だったしね。野卑た話題も出さないし、金払いもいい。子爵家とはいえ、堅実な上に羽振りも良かったからね。」
「でも今だから言わせていただくけど。私たちは決して誰かさんをいじめたりなんかしていなかったわ。」
「…カンティーナのことか。」
「ええ。彼女は殿方にどう言えば自分に注目が集まるか、それだけに注力しているようでした。」
「確かにね。僕にも良く訴えてたよ。」
"貴方とお話しできるのはとても嬉しいの!でも、独り占めしていたらまた怒られちゃうから"
「だってさ。ん?なんだか顔色が悪いよ。大丈夫かい?」
「私も…私もいつもそう言われていたんだ。また怒られちゃうからって。」
「怒るって言っても。彼女、女性だけの場では結構態度が酷かったから。彼女、平民だったとは言えご実家はそれなりに裕福だったでしょう?だから。」
"あら、名ばかり貴族だと夜会の準備をなさるのも大変でしょう?あまり見窄らしいと殿方に見初められるどころか距離を置かれてしまいますわね。"
"ご無理なさって夜会に参加されるより、身の程に合ったお家同士でご縁を繋がれた方が良いのではなくて?"
「それは…それはカンティーナが皆さんから言われていたのではないのか?」
「平民とは言え彼女のご実家はそこいらの低位貴族より裕福でいらっしゃるのよ?誰もそんなこと彼女に言えないわ。むしろ」
ご主人が続きを話す。
「私の妻は彼女の格好のターゲットだったからね。彼女にとって見目が良い上に自分より格上の男爵令嬢、その上所作も洗練されている妻なんて自分を霞ませる邪魔者だったんだろうな。」
なかなかしんどかったわ、と2人が顔を合わせて笑う。
ああ、私は。盲目的にカンティーナのことを信じて。
どれだけのものを失ってしまったのだろう。
辛うじて2人にアポイントの礼を言い席を立った。
そして決意した。ーー両親にどう子爵家を建て直していけばいいか相談することをーー
……その前に気付くきっかけを貰ったことへの礼と、今までの非礼も詫びねばならない。
とにかく早く行かなければ!
※※※※※※
「お義母様!一体私はいつまで閉じ込められなければならないんですか!そもそも言いがかりをつけたり意地悪をしてきた方達がなんの咎めも受けていないのに、された私が謹慎なんて!」
この女は未だにそんな認識なのか。夜会に参加しなくなってから2ヶ月ほど。我が子爵家での方向性が決まった事もあり、彼女を訪ねた。
「あなた、謹慎じゃない事は分かっているはずよね?アヤームから説明があったと思うけど。」
「なっ…アランソン伯爵夫人から今後招待状は出さないと言われたって。でもそれだって!」
「何かあると言うの?」
「きっと、ご主人達が私を庇ってくださったことを根に持った人たちの嫌がらせなんです!」
はあ。呆れを隠す必要ももうないだろう。多分今の私はこの女が見た事もないような冷たい顔をしている筈だ。
「そんなのどうでもいいことよ。アランソン伯爵夫人は、貴方に問題があると感じて招待状を送らないと決めたの。」
「ですから!それなら!あの意地悪ババアどもだって!」
「貴方のそう言うところも含めて出入り禁止になったのよ。…貴族夫人はどれだけ気に食わない人にだって意地悪ババアなんて言葉は使わないもの。」
「それにね、アランソン伯爵夫人の夜会はなぜ人気があると思う?」
「は?そんなの、下位の貴族やら平民やらを集めたら自分が上の立場に立てるからでしょう?」
この女はそんなふうに捉えていたのか。なんだか納得した。
「違うわよ。あそこはステップアップのための場なの。平民も、下位貴族もいきなり大きな夜会に行くなんてのは本人も覚束ないし、周りも困惑するでしょう?だから、将来有望な人に経験を付ける場として開かれているの。だから、多少失敗しても叱責される事も嘲笑われる心配もない。」
「…本来なら貴方はあそこで1年ほど経験を積んでからもう少し大きな夜会に少しずつ参加する予定だったの。それが。」
全く学ばないんだもの。
「いいえ、学んだ事もあるわね。殿方を味方につければやりたい放題だって。」
ああ、それにしても人生はままならぬものね。こんな事になるならこの女を連れて来た時に除籍されてでもこの女と結ばれるか、潔く諦めるかを選ばせるべきだった。
そんな事を考えていたら驚愕の言葉が返って来た。
「えっ!もっと大きな夜会に出られるの?!それなら!こんな程度の低い人しかいない夜会なんてこちらからお断りだわ!」
無知というのは恥ずべき事なのだとばかり思っていたの。……彼女を見て考え直したわ。無知というのはもしかしたらとても幸せな事なのかもしれない、と。




