2.
「両親は必ず説得する、だから未来の子爵夫人として僕の隣にいてほしい。」
説得には時間がかかったみたいね。ずいぶん待たされたけど、反対されればされるほど彼は盛り上がったみたいで。結局、
「彼女でなければ誰も娶らない」
と頑固に言い続けてくれて、お義父様もお義母様もとうとう折れたの。頼み込んで知り合いの男爵家へ養子に入らせてもらってから嫁いだわ。
礼儀作法は厳しかったけど、わたしはひとつ上のステージに上がったのだもの。あんな格下達と過ごすよりも華やかな世界の方がいいに決まってるじゃない。だから頑張ったわ。
ーー所詮付け焼き刃だったのだけれど。
わたしは今までずっと頂点にいたの。自分より格上の存在に対してどうへりくだればいいかなんて思い浮かびもしなかった。それに。
わたしは頂点にいたつもりだったけど、周りを見渡してみればもっともっと高い山が沢山あったのに気が付いていなかった。
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彼女は"お貴族様に見初められた"自慢の美貌で子爵夫人に成り上がったつもりだったんだろう。
子爵位程度の貴族なら、平民を嫁に迎えるというのは珍しいことではない。特に揶揄される事もない。
だから彼女は当初お茶会にも夜会にも積極的に参加していた。
でも彼女には絶望的に足りないものがあった。そう、相手に対する敬意が。
彼女の義母は必死だった。だって子爵家の未来はこの平民上がりの女にかかっているのだから。義母が厳選した夜会は熾烈な足の引っ張り合いなどのない、貴族としてやっていくための必要最低限を学ぶのにちょうど良いものばかりだった。
同じように平民から嫁いで来た者も多くはないが参加していたし何より、
「ついこの間からお勉強を始めたのでしょう?多少足りないところがあるのは仕方がないわよ。これから学んでいきましょう、協力するから。」
そう、鷹揚に構えている夫人方が多い会を選んでいたのだから。
彼女達は本当の意味で鷹揚だったし、今までの平民から嫁いできた者たちにはその接し方で問題なかった。だって彼女達は弁えていたから。
自分に足りないものがあったとして、それを大目に見てもらうことのありがたさを。
そしてそれに対して真摯に応える素直な心がいちばんに求められていることも。
だから、夫人方は戸惑ったのだ。
「ご存知ないマナーを嗜めることが意地悪になるの…?」
夜会から帰宅し、ご夫人方は夫に苦言を呈されるのだ。
「まだ貴族社会に慣れていないんだ、あんまり意地悪しちゃダメだよ。」
鷹揚な方が多い事で気が緩んでいたのは理解できる。
だが、平民からの成り上がりと生粋の貴族の間には高い、高い壁がある。
彼女はその壁を越える手伝いの手を自分で薙ぎ払ってしまったのだ。もう誰も教えてくれないし、注意もしてくれない。だって注意をすれば。何故か自分が夫から責められるのだからやってられない。
結果、ただただ静かに遠巻きにされていった。仲間はずれにされることはない。皆話しかけられれば答えてはくれる。
けど、話が盛り上がる事はない。決してテリトリーには入らせてはもらえない。もちろん入ってくることもない。
だって。下手に関わっていじめっ子扱いされるくらいなら、ね。どうぞお好きにお過ごしくださいな。
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結婚から2年が過ぎた。夜会にも慣れてきたし、煩いことを言うご夫人たちは彼女達の旦那様を味方に付けて黙らせる事に成功した。
そう、ここはわたしのための場所なの!殿方の多数を味方に付けたのだからもう誰もが逆らえないはずよ。
確かに私より格上の方もいらっしゃるわ。けど、そんなの数えるほど。同格の子爵夫人ならどう考えても私の方が綺麗だし、殿方の支持も得ている。ああ、男爵夫人やら裕福な平民なんて敵じゃないわよ?でもね、そんな方達のこともちゃんと相手してあげているの。だって上から下へ、優しく接してやるのは上に立つものの務めだもの。
「まあ!男爵家でいらっしゃるのね。我が家よりは随分格は落ちますけど…。大丈夫、仲良くして差し上げますから安心してね。」
確かに子爵家というのは貴族の中ではそこまで高位というわけではない。だけど、普段参加している夜会ではむしろ敬われる事が多い。だから相手が格上のわたしに萎縮しないで済むよう配慮した言葉を掛ける。
「まあ伯爵家でいらっしゃいますのね。どうぞよろしくね。」
反対に、少しだけ格上の伯爵夫人にはあえてフランクに対応してあげるの。だって格上だからって距離を置いていたら彼女、居心地悪くなるでしょう?
そもそもお義母様の話では、伯爵家といえども我が子爵家とあまり違わない程度のお家しか参加していないんですって。だから過剰にへりくだることなく、遠巻きにすることなく、わたしの側にいさせてあげたわ。一応爵位は上だから、配慮してあげたの。なのに。
何故か私の気遣いは感謝されることなく、少しずつだけど確実に距離を置かれていった。




