第4話 クリスマス・カウンター・ディナー
冬至を過ぎると、太陽のお出ましが日々ほんの少しずつ早くなっていく。
寒さのピークはこれからだけど、季節はそのプログラム通り緻密に正確に進んでいく。
12月25日の頃は、太陽の復活を祝福する日でもある。
ランチ営業が滞りなく終わると、シュウたち3人はすぐさまディナーの準備に取りかかっていた。
いつもなら少し猶予があるのだが、今日のデイナーは3組ともカウンター。その上開始時間が17時からと、いつもよりほんの少し早い時間だからだ。
「小学生のお子さんがいるふた組は早い時間のディナーってわかりますけど、ディビーさんたちはなんでっすかね?」
「うん、不思議に思って聞いてみたら、今日中に帰らなくちゃならないんだって」
「え? 冬里いつの間に」
「? ホームページに来たメールに返信しただけだよ? 夏樹あれからホームページ確認してないの?」
「しまった~、ホームページを毎日見てないのがばれちまった」
天を仰ぐ夏樹に、冬里が通りすがりにデコピンを食らわせる。
「いて! 痛いっすよ冬里」
「レストランのシェフたるもの、そんなことでどうするのかね?」
威厳ある言い方だが、その表情はにっこりと笑っている。
「まあ、僕だって毎日見てないよ、ホームページ」
「あ! ひでえ。俺と同じじゃないっすか」
おでこを押さえつつ言う夏樹に、「けどね」と笑みを深めた冬里がこっそり耳打ちする。
「シュウは毎日確認してて、気になるところがあるとすぐにシギに連絡してるよ。さすがはくそ真面目のシュウだね」
「え……すごいっす」
それを聞いた夏樹はあきれるかと思いきや、かえってシュウに対する尊敬が増したようだった。
カラン
ドアベルの涼やかな音とともに最初のお客様が到着する。
ディビーと奈帆、そして、
「こんにちは!」
なんと、それは早音だ。鳥取旅行の時にシュウと知り合い、後日ランチを食べに来て冬里に一目惚れしてしまった、その人だ。
「いらっしゃいませ。3人とお伺いしていましたが、もうひとかたは早音さんだったのですね」
「はい」
元気よく返事する早音の隣では、ディビーが何やらニヤニヤと笑っている。
以前ここで鉢合わせしたときになぜか彼女たちに友情が芽生え。そして、今度来るまでに冬里の攻略法を早音に伝授しておく、と、ディビーが宣言していたのだ。
さて、その結果は。
「あ、ディビーだ。早かったね」
そこへタイミング良く冬里が店へ入ってきた。
彼の声を聞いて、目に見えてわかるほどビクッと肩を上げる早音。
「えーとそれから、奈帆さんと早音さん、だったね。いらっしゃいませ、ようこそ『はるぶすと』へ」
「お久しぶりです、紫水さん。今日はよろしくお願いしますね」
奈帆が言うと、冬里が? と言う顔で答える。
「今日、奈帆さんによろしくするのはシュウだからね。ね、シュウ」
シュウに向けて言う冬里に小さくため息をついたあと、奈帆には綺麗に微笑みかける。
「今日はどうぞ楽しんでいってくださいね。よろしければコートをお預かりします」
「はい」
奈帆は嬉しそうにうつむくと、着てきたコートを脱いでちょっぴり恥ずかしそうにそれをシュウに渡した。
そんな2人のやり取りを見てから、冬里は早音に声をかけようとしたのだが、なぜか彼女は冬里に向き合って90度に身体を折ったまま固まっている。
「?」
今度はいぶかしげな表情でそれを見ていた冬里だが、なかなか顔を上げようとしない早音ではなく、ディビーに聞いている。
「ねえ、どうしちゃったの?」
「ごめんなさい!」
すると早音がその姿勢のまま言った。
「ん? なにか君に謝られるようなこと、されたかな、僕」
「はい! 実は私、あれから別に好きな人ができちゃったんです! だから、紫水さんとのことはもう水に流してください、本当にごめんなさい!」
これにはさすがの冬里も、ちょっと訳がわからない。
「えーと、僕とのことって、……うーん、考えてもなにもないんだけどなあ」
すると2人を見ていたディビーがいきなり大笑いを始めた。
「あっははは、冬里が戸惑ってるじゃないか早音。はじめから順を追って説明しろ」
と、ここで事のいきさつを説明をすると。
ディビーとふたり、冬里を攻略する! と息巻いていた早音だが、実は彼女にはある癖? 弱点? まあそういうものがあった。
それは、惚れっぽいこと。
シュウにほのかに憧れたかと思えば、冬里に一目惚れして、これこそ一生に1度の恋! などと確信していた。けれどそれも離れてしまえばうたかたの夢。
地元に帰った彼女は、またそこで別の男性に恋をしてしまったのだ。
「今度こそ本当の恋よ。ディビーには申し訳ないけど、冬里攻略は水に流して」
とあきれるディビーに言ったのだが、はてさてこの先もどうなることやら。
だが、ディビーにとっては遊び相手を奪われることもなくなったので、まあ幸いだったと言えよう。
「こいつ、本当に惚れっぽいんだ。あきれるくらい」
「ふうん、でも、常に新しい物に挑戦するのは良いことだよ」
「お前なあ。まあいい、これで大手を振ってまたあんたと遊んでやれる」
ニヤリと笑うディビーに、こちらはニッコリ微笑む冬里。
「どうかお手柔らかに」
2人の間に火花が散って、夏樹が心の中で冷や汗を掻いていると。
カラン
タイミング良く2組めのお客様が到着された。
「いらっしゃいませ!」
助かったとばかり、夏樹は入り口へと急ぐ。
「こんにちは」
両親の後から入ってきたのは、シュウに傘を借りたあのしっかり者の彼女だ。
「いらっしゃいませ、ようこそ『はるぶすと』へ」
元気に言う夏樹の後ろにシュウが控えていて、
「いらっしゃいませ」
と挨拶した後、両親にもそして彼女にも「コートをお預かりします」ときちんとした言葉をかけてくれたので、彼女はすましながらも嬉しさを隠しきれない様子だ。
「ありがとう」
小さなレディとその一家は、夏樹に案内されるまま席に着いた。
カラン
最後に到着したのは、剣術を習っている彼の一家。
「いらっしゃいませ」
「今日はお世話になります、先生!」
弾んだ声で言う彼に、心持ち苦笑しながら答えるシュウ。
「今日は先生ではないからね。緊張せずに楽しんで行ってください。お父様とお母様も」
「あ、そうでした。改めてよろしくお願いします、鞍馬シェフ」
ようやく3組が揃い、皆が席に落ち着いたところで、シュウが本日のディナーの説明を始める。
今日のメンバーを確認した彼と彼女のご両親は、同じ年頃の子どもがいるのを見て少し安心されたようだ。
『はるぶすと』の座席は13席。
今日は3名ずつが3組で合計9人。なので座席にはゆとりを持って座って頂いている。
右側から早音、ディビー、奈帆が座り、椅子ひとつあけたお隣に、彼女を真ん中にして左右にご両親が座っている。その続きに彼を真ん中にして左右にご両親と言う順だ。
カウンター内は、はじめはシュウが中央にいて、向かって左のディビーたちの前に冬里、反対側には夏樹がいるが、料理が始まると彼らはあちらへこちらへ動き回るので、誰がどの組を担当すると言うことはない。
「本日はイヴの定休日をきちんと周知していなかったため、皆様には大変ご迷惑をおかけしました」
「そうだそうだ」
丁寧に頭を下げて説明するシュウに、ディビーが合いの手を入れる。
けれどそれで大人も子どもも吹き出してしまい、場がたいそう和やかになった。
「一日遅れですが、どうか聖夜のディナーをお楽しみください」
ここで大人でアルコールOKな者にはシャンパンが、子どもたちには甘みの少ないフレッシュジュースが配られる。
「メリー・クリスマス!」
代表してデイビーが乾杯の音頭をとった。
「メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス」
大人は慣れた感じで、子どもは少し緊張気味に軽くグラスを合わせたり持ち上げたり。
さあ、ディナーの始まりです。
今宵のディナーは始終、皆の、うわあ、とか、美味しい、とかの声とともに、見た目とお味に感激しつつ楽しく進んでいく。
作る方もその幸せそうな笑顔がとても励みになる。ランチはワンプレートなので次々お出しするディナーはまた格別だ。
大人同士、特に彼と彼女の父親は座席が隣同士の上、アルコールで気持ちがほぐれたこともあり、よく打ち解けて話をしている。
これはカウンターディナー、十分今後の検討対象になるな、と夏樹は思いつつ料理の手を進めていく。
メインの魚料理が終わる頃だった。しばしば奈帆の方を気にしていた彼女が、たまらずと言うように奈帆に声をかけた。
「あの、奈帆さん」
「はい?」
彼女はきちんと初めましての挨拶をしてから、彼女に聞いた。
「奈帆さんは鞍馬さんのことが、好きなんですか?」
「「ええっ?!」」
こういう場面で叫びを上げるのは、大抵夏樹と決まっている。
けれど今日は彼女のご両親の方が雄叫びを上げてしまった。
「ちょっとなに、いきなり、失礼よ!」
「だって聞こえて来たんだもの。どうなんですか?」
あたふたとする母親を差し置いて、彼女はとても冷静に聞いている。
「あ、」
こちらはアルコールだけでなく、顔を赤くする奈帆だが、その横からぬっと顔を出してディビーが答えを返した。
「ああ、奈帆は鞍馬が好きなんだよ」
「ディビー!」
いきなりの告白に、奈帆は穴があったら入ってしまいたいと言うように身を縮めている。
「ま、まあ、そうなんですか。それは素敵ね、ホホホ」
取り繕う母親をまたまた差し置いて、彼女は今度も冷静に言い放った。
「じゃあ、私のライバルですね。私も鞍馬さんが大好きなんです。もう少し大人になったら告白するつもりでしたが、そうも言っていられないので」
「ええ?!」
今度は彼女の父親があたふたしはじめる。
「な、なにをいきなり、お父さんはそんな話、知らないぞ!」
「だって言ってないもん」
「だ、駄目だだめだ。まだお前は子どもなんだから、その、きちんと学校を卒業してからだな……」
すぐにでもお付き合いするとか、結婚するとか言っているわけではないのに、父親というのはどうも娘の事になるとへなちょこになるらしい。
「お父さん、何も今すぐどうこうと言うわけではないの。ただ、奈帆さんにはきちんと言っておかないと、と思っただけ」
すると、ここまで成り行きを見守っていた彼が、たまらずと言うように口を挟んできた。
「駄目ですよ先生を取り合っちゃ。鞍馬先生はみんなの先生なんですから」
「先生? さっきも言ってたけど、先生ってなに?」
「剣術の先生です。僕は鞍馬先生から剣術を習っているんですよ」
ちょっと自慢げに言う彼に、彼女の対抗意識がそちらへ発動する。
「鞍馬さん本当ですか?」
勢い込んで聞いてくる彼女に、内心はどうあれポーカーフェイスを崩さないシュウが答える。
「はい、毎週ではありませんが、予定のない日曜日は、×市で太陽月光流という剣術を稽古しています。本当は習い事として始めたのですが、師範がどうしてもとおっしゃるので、教えたりもしています」
そうなんだ、と言う顔の彼女と、ふんぞり返る勢いの彼。
大体この後の予想はついているが。
「お母さん、私も剣術習いたい!」
「だ、駄目だ」
すぐさま反対する父親。
「なんで?」
「なんでってそれは、その……」
まったく父親と言うのはどうしてこうふがいないのでしょう。
「あっははは、これはいい。どうだ奈帆、お前もその剣術、習いに行けば」
いきなりディビーが大笑いするので、場の空気がまた変わる。
「習いに行けばって、遠すぎるでしょ」
「あはは、そうだな。けど残念だあ。彼女との対決が見られなくて」
「まだ習わせるとは限りません」
食い下がる彼女の父親に、ディビーが可笑しそうに言った。
「そうですね、まだお許しが出るかどうか。けどお父さん、そろそろ子離れさせてあげても良いんじゃないですか?」
「子離れなんて、まだ100年早い!」
アルコールでちょっとタガが外れかけのお父さんは、隣にいる彼の父親に向かって「ですよね?」などと同意を求める。
「まあうちは男の子ですから。ああけど、まだ親離れは早いなあ」
「そうだそうだ」
何やら違う方向に盛り上がる父親は放っておいて、彼女は奈帆にもう一度宣戦布告するのだった。
「奈帆さん、抜け駆けは許しませんよ。どうぞよろしくお願い致します」
「あ、はい! こちらこそ」
いつもなら茶化すはずの冬里は、残念ながら今は仕事の最中だ。
――まったく、最近は子どもの方がずっとしっかりしてるね。
冬里が肩をすくめて次の料理に取りかかっていった。
デザートは、ランチのシチュエーションと同じく、ソファ席に移って頂くことになっている。
どこにしようか迷っていた3組だが、遊び好きな冬里とディビーの提案で、暖炉の前にうまくくるりと9人が座れるよう、テーブルとソファを配置することになった。
「俺たちも手伝いますよ」
と、アルコールで気分良くなっている父親2人が、ちょっとふらつきつつも手順良くソファを運んでいく。
今回のお客様は、とても馬が合うようだ。
ここでまた夏樹は、こういうデイナーの時はお客様同士の相性を良く見極めること、と、心にチェックを入れる。
少しでも楽しんでもらえるようにね。
全員が席に着いたところで、灯りができるだけ絞られ、そこここにキャンドルがともされる。
美しく盛り付けられたブッシュドノエルが配り終えられると、暖炉の前にキャンドルを手にした冬里がすいと進み出た。
Silent night ♪♪ Holy night ♪♪
冬里が歌う英語の「きよしこの夜」。
ご存じの通り、彼の歌声は限りなく透明で、限りなく神聖だ。
聞き入る皆の心が澄み渡っていく。
世界に平和と幸せと喜びあれ。
一日遅れのクリスマスディナーはこうして幕を閉じた。




