第3話 定休日のイヴ模様
12月24日。
今日はクリスマス・イヴだ。
遠くフィンランドから日本までやってきたサンタクロースは、毎年違う休憩所を決めていったんお休みし、英気を養った後、日本中に幸せを届けにいく。
今年の休憩場所は、言わずと知れた『はるぶすと』。
そして今年の日本担当は、言わずと知れたサンディだ。
以前に来たときに気に入ったという「えんとつ」から、今年も彼はやってきた。
「サンディ!」
姿が現れた途端にハグをしに行く夏樹。
「ホーッホッホッホ、相変わらず夏樹はフレンドリィで結構結構」
ぎゅう、と抱きしめ返すと、あとから隣に来た冬里ともハグをして、またまたぎゅう、と抱きしめる。
「こちらへどうぞ」
シュウは相変わらずくそ真面目で、暖炉前のソファに紅茶を置いたあと、握手の手を差し出すので、サンディは楽しそうに無理矢理ぎゅう、と抱きしめてしまう。
「ホーッホッホッホ、相変わらずシュウ・クラマはお堅いことだね」
「恐れ入ります」
抱きしめるついでに大サービスでクシャっとされた髪の毛を、苦笑しつつ整えているシュウの後ろには、瞳を思いっきりキラキラさせている人物が、今か今かと紹介されるのを待っていた。
え? 夏樹ではありませんよ。
「彼がサンディなの? 本当にサンタさんなの? ねえ、早く紹介してよ」
夏樹の袖を引っ張りつつこそっと言うのは、誰あろう由利香。
「OH! これはすまなかったね。そう、私はサンディ。正真正銘のサンタさん、だよ。君が噂の由利香だね。そしてそっちにいるのが、椿」
どうやらこそっと言ったつもりの由利香の声は、結構大きかったらしい。
「わ、聞こえてたんだ。ごめんなさい、けど、本当に嬉しくって」
「そうなんですよ、この日のために半休とるくらい、貴方のことが好きみたいで」
あきれた様子で、椿が説明する。
そうなのだ。
由利香は子供の頃からの憧れ? サンタさんがいること自体が信じられなくて、その上彼に会えることも信じられなくて、けれど本当に会えるとわかり、相当嬉しかったらしい。椿が言うように今日は2人は午後から仕事をお休みするという気の入れよう。
「だって、他ならぬサンタさんよ、これが休まずにおられますか」
「ホーッホッホッホ、そんな風に言ってもらえるなんて、私にはその気持ちが思ってもみないプレゼントだよ」
そう言うと、すい、と由利香の目の前に移動したサンディが、ぎゅう、と優しく由利香を抱きしめる。
「改めて自己紹介をしよう。私はサンディ、よろしくね」
「は、は、……はい。このまま自己紹介しても良いのかしら。秋渡 由利香です。お目にかかれて光栄です」
由利香はぎゅうとされて幸せに浸りながらも、思ったよりおひげが柔らかいのね、などと、あまりこのシチュエーションとは関係ないことを考えていた。
「えーと、秋渡 椿です。明日は由利香のわがままから宅配を、しかもそのためにお泊まりまでさせてしまって、本当にすみません。どうかよろしくお願いします」
「OH! 椿~」
お次は自己紹介した椿にハグ。
サンディはなぜか異様に喜んでいる。
「幸せかい? そうかい、良かったねえ。椿みたいな子が幸せになってくれるのは、ことのほか嬉しいよ」
子って。
俺もう、けっこうおっさんなんだけどな、と、椿が思ったかどうか。
「けど、ありがとうございます。サンディのハグ、とっても嬉しいですし、暖かくて幸せです」
「ううーなんて可愛い~」
より一層ハグハグしてくるサンディに、椿は大苦笑。
うらやましくなった夏樹が「俺ももう1回!」と2人の間に無理矢理ぎゅう、と割り込んで、3人がまるで押しくらまんじゅうのようになる一幕もあった。
定休日の店の窓に、内側から美しいクリスマスの飾り付けが施されている。
これは、休憩所を引き受けてくれた『はるぶすと』への、サンディからの一日限りの贈り物だ。このおかげで、外から店の中の様子は見えないようになっている。定休日に灯りがついていると、開いてるのかな、と、やってこられるお客様がいるかもしれないので。
午後のお茶を楽しみつつ、由利香はサンディを質問攻めにしていたが、そんな楽しい歓談を終えると、秋渡夫妻は明日の約束をして自宅へ帰っていった。
2人が帰ってしまったあと、サンディは夏樹をチョイチョイと手招きする。
「なんすか?」
「明日のディナーって、どんなの? お届けするのに中身を知らないのはいけないよねえ」
「ああ、そういうことっすか。それならディナーとかセッティングとかスケッチしたのがあるんで、持ってきますよ」
と、フットワーク軽く2階へ上がり、あっという間にノートやら資料やらを抱えて帰ってくる。さすがは夏樹。
そのあと、ソファで寄り添って顔をつきあわせながら相談しあうイケメンとサンタクロースは、なかなか絵になる情景であった。
「ふうん。でさ、これってカウンターだけど、これを普通のテーブルにセッティングすると、どうなるの?」
「普通のテーブル?」
「うん、明日は椿と由利香のおうちでじゃない? きっと普通のテーブルだもん」
「ああ、そういうことっすか。わかりました、今、スケッチしますよ」
「OH! さすが夏樹~」
2人の様子を離れたカウンターで見ていたシュウと冬里だったが、夏樹が「スケッチします」と言ったあたりでおもむろに立ち上がると2人のそばへ歩いて行く。それから、一心にスケッチをしている夏樹の手元をのぞき込むと、背中越しに彼に聞いた。
「ふうん。でも夏樹、このセッティングってさ、全部うちの店で使ってる食器を想定してるよね?」
「はい、………あー! そうだ! 由利香さん家の食器って、どんなのがあるのか俺、知らないっすよ!」
うんうん、とわかったようにうなずいた冬里が、ひとつの提案をした。
「じゃあさ、サンディ。今回のケータリング、テーブルセッティング込みでってことで、いい?」
「このスケッチの通りにするってことかい? お安いご用だよ」
なんとサンディは、料理とともに食器やカトラリーも持って行って、おまけにセッティングまで引き受けてくれるようだ。
「椿と由利香さんの驚く顔が目に浮かぶようっすね」
しばらくは夏樹がノートに筆記用具を走らせる音が続いていたが、ふとそれがやむ。
「よし、できた!」
満足げに宣言する夏樹の手から、ひょいとノートを取り上げると、冬里はそれをシュウの処へ持って行く。
「え? なんすか冬里」
「師匠のお墨付きをもらわないとね。ね? な・つ・き」
そう言いつつパチンと綺麗に片目を閉じてみせる冬里に、夏樹は「はい!」とすぐに納得する。
「だから私は師匠でもなんでもないよ、冬里」
苦笑しながら、それでも渡されたノートのセッティングスケッチを見る目は真剣だ。
そうしているうちにある箇所で目を止め、しばらく考え込んでいたシュウは、ノートから顔も上げず彼を呼ぶ。
「夏樹」
「はい」
「ちょっときてくれるかな」
「はい!」
文字通りシュウのそばへ飛んでいった夏樹は、シュウの指摘を、それこそ身体にしみこませるかのように聞き入るのだった。
「ねえ、冬里」
「うん? なに」
「やっぱりシュウは、夏樹の良き師匠だね」
「ほーんと。いい加減に認めれば良いのにね。過保護は認めちゃったんだから」
「OH、それは素晴らしい」
こんどはにっこり微笑む癒やし系とサンタクロースがひそひそと顔をつきあわせている。こちらもやはり絵になる情景だった。
夜が更けるとサンディは、この時代の100年人がサンタクロースとして思い描く赤い衣装を身にまとい、トナカイが引くそりに乗って空の彼方へと消えていった。
人々に幸いと平和と喜びを届けるために。
「OH! ジャパニーズこたつ! なんて素晴らしい」
日本中に幸せを届けたサンディが、★神社に帰ってきたのは真夜中のこと。
自ら玄関に出迎えをした《あまてらす》は、トナカイにもたいそう丁寧ないたわりの言葉をかけ、用意された暖かい厩へと彼らを誘う。
そのあと、サンディを案内した座敷には、立派な掘りごたつが用意されていた。
「OH! OH! 夏樹に聞いていてね。日本にはこたつという素晴らしい暖房器具があると。まさか用意してくれるとは! ああ、ありがとう」
「どういたしまして。そのように喜んでくれるのなら用意した甲斐があったというもの。さあ、ゆるりと過ごしましょう」
「そうだねえ、《あまてらす》と会うのも久しぶりだもんね。まだ夜は長いよね、いっぱい語り合おう」
シャンパンと日本酒と、それからワインとウィスキーにジン等々。おつまみは四方山のお話。
珍しく声を立てて笑う《あまてらす》。
さて、サンディはどんな可笑しなお話をしたのやら。




