第58話:眠れる雨季
初夏。大雨。風、東より強く。
配置——指揮所は水門小屋。伝令はガレン班。丘の鐘は桶隊。第九基はピノ。閣下の持ち場は、今年も「全部」だそうです。
雨は、夜半から本降りになった。
二年前の嵐とは、来方が違った。
あのときは風が先に来た。今夜は風が無い。まっすぐ落ちてくる雨である。まっすぐ落ちる雨は山に一様に入る。一様に入った水は、いっぺんに出てくる。
「第一基、満水! 越流はじまってます!」
「第二基へ落ちましたわね。次は」
「第三基、八分!」
小屋の中は、泥と濡れた蓑と獣脂の灯りの匂い。壁の図面に石が増えていく。
二年前と、まったく同じ光景だった。同じでないのは石を置く場所である。
あのとき、私は逃がす先に石を置いた。今夜は、満ちていく順に置いている。
「第四基、七分!」
「第五基、六分!」
器は上から順に満ちる。満ちたら次へ落ちる。
落ちる先が用意してある。それだけのことで、報せの声の色が二年前と違った。悲鳴ではない。読み上げである。
「セラ様、これ、順番どおりでさ!」
「ええ。順番どおりですわ」
「順番どおりって、こんなに気分がいいもんですかい」
「ガレン。設計というのは、そういうものでございますの」
*
二刻めに、最初の判断が来た。
「第七基、上端まであと指二本!」
「下は」
「第八基、まだ四分でさ!」
第七が満ちれば第八へ落ちる。落ちればいい。ただし、第七と第八の間は谷が狭い。狭い場所を一度に通す水の量には、上限がある。
「第七の底樋を開けます」
「上と下、両方から水が入りやすぜ」
「入りますわ。ですから今のうちに。……あと四半刻遅ければ、越流と底樋が重なります」
底樋を開けるのは、器の中へ人が下りることではない。堤の外の口を開けるだけである。それでも雨の中で栓を回すのは骨だった。若い衆が三人、縄を体に巻いて下りた。
「開きやした!」
水が二本になった。一本は上から越えて、一本は下から抜けていく。
図面の上で、第七の水位が止まった。止まってから、ゆっくり下がり始めた。
私は、そこで初めて長く息を吐いた。
三刻めに、第九基から伝令が来た。
ピノの持ち場である。
段丘のいちばん奥、村から遠い器を、私はこの子に任せた。任せるとき、ガレンが渋い顔をした。子どもに器をひとつ任せるのは、たしかに常識ではない。
『第九基、五分。上流の沢から入る水、去年の記録より二割多い。底樋、まだ開けていません。開けると下の桑畑に入ります。指示ください』
字は、雨で滲んでいた。滲んでいたが、数字は全部読めた。
私は、その紙を二度読んだ。
「ガレン。返事を書きますわ」
「へい」
「——『判断は、そちらでよい』」
「……セラ様。それだけでやすか」
「それだけですわ。……あの子は、開けるべきかどうかを聞いているのではございません。開けたあとの桑畑を、誰が責めるかを聞いておりますの」
伝令が飛び出していった。
私は、図面の第九基のところに指を置いた。置いてから、離した。離すのは、指図をしないという意味である。
*
*
四刻めに、第九基から二度目の伝令が来た。
『底樋、開けました。桑畑の上手に土手を切って、水を桑の畝の間へ入れました。畝の間なら、根は浸かりません。畑の持ち主に断りました。断ったのはおれです』
私は、その紙を三度読んだ。三度読んで、ガレンに渡した。
「ガレン。これを読んでくださる」
「……へえ」
「どう思われまして」
「……こりゃ、あっしにゃ書けねえ紙でさ」
開けるか開けないかの二択ではなかった。
この子は、三つめの道を作った。桑を殺さずに水を通す道である。しかも、断るところまで自分でやっていた。
私が去年、この子に教えたのは、書式と、同じ場所で同じ時刻に測ることだけである。
あとは、間違えた紙を自分で見つけるうちに覚えた。今夜、覚えたものが仕事になった。
*
夜明け前、雨が緩んだ。
器十四基のうち、満水が七。八分以上が四。残りは半分より下。石堰は十九基すべてが越流した。分水路は六本とも呑んでいる。旧水門は開けていない。開ける必要が無かった。
二年前、私たちはこの水門を開けて谷ひとつぶんの水を旧河道へ逃がした。あの夜は、それでも堤が笑った。
今夜は、笑っていない。
「閣下」
「ああ」
「堤を、見てまいりました。……どこも、笑っておりません」
「そうか」
その「そうか」は、聞いたことのない種類のものだった。
二年前の嵐の夜、私はこの人の「そうか」を聞き分けられなかった。今夜のは、労いでも、預けたのでも、誤魔化しでもない。ただ、そうか、だった。それがいちばん贅沢な使い方に思えた。
*
朝が来た。
私は土手へ上がって、谷を見下ろした。段丘の縁に、水面が並んでいる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。上から下へ、階段のように。満ちた器が朝の光を受けて、ひとつずつ色を変えていく。上のほうはまだ濁っていて、下のほうは澄んでいた。落ちるあいだに土が沈むからである。
百年前、先代が図に描いた丸い膨らみが、十四、水を抱えて並んでいた。
私は、そのまましばらく立っていた。
立っていて、自分が泣いていることに気づいた。気づいてから、拭くのをやめた。誰も見ていない。見ていたとしても、今日くらいは構わない。
*
村は、普通に起きてきた。
これがいちばん書きにくい。
鐘は鳴らなかった。丘へ逃げた村は三つあって、朝には帰ってきた。荷を上げただけの村は荷を下ろした。オルムの三軒は、屋根の下で朝を迎えた。
死者、なし。倒壊、なし。浸水、田が二枚。二枚のうち一枚は、去年の秋に「ここは呑ませる」と決めておいた田だった。
誰も、私に礼を言いに来なかった。
去年の空梅雨のときは、村長が干した果実を持って礼に来た。今年は、誰も来ない。
当たり前である。今年は、何も起きなかったのだから。
何も起きなかった、というのを作るのに、私は二年かけた。
礼を言われる仕事と、礼を言われない仕事がある。堤が切れてから助けに走ると、人は泣いて礼を言う。切れないように器を並べておくと、誰も何も言わない。
前世でも、そうだった。私の職場は、無事故の年ほど予算を削られた。
閣下が、丘の道を上がってきた。
夜通し外にいた顔をしている。手に、揚げ菓子の包みがあった。どこで手に入れたのかは聞かないことにした。
「セラ」
「はい」
「眠れたか」
「一睡もしておりませんわ」
「そうか。……俺もだ」
この人は、二十年ぶりに、雨の晩を眠らずに、そして怖がらずに過ごした。
私は約束をひとつ果たした。果たした相手は、たぶん、この人だけではない。
朝の光の中で、私は蛇行部の標を見た。
目盛りは、あと二本。
二本だけ、まだ空に出ている。
その二本を見ながら、私は別の数を数えていた。
四十七である。上流の断面の数だった。来年の春、王都の役所が実地の検分に来る。四日で四十七地点を歩いて、この領を配分表に載せるかどうかを決める。
載らなければ、来年の夏はまた欄の外だ。器がいくつ満ちていても、紙の上では要らない土地のままである。
「セラ」
「はい」
「その顔は、次の心配だな」
「……ばれておりますのね」
「二十年、水位標を見てきた顔だ。同じ顔をしている」
本日の収支——大雨一晩。満水の器七、八分以上四。越流した石堰十九。開けなかった水門ひとつ。
本日の被害——浸水、田二枚(うち一枚は予定どおり)。死者、なし。
本日の受領——弟子からの伝令一通。……返事は、五文字で足りました。
本日の繰り越し——四十七。来年の春に、王都の役所が歩く地点の数でございます。




