第55話:溜まりすぎる、恐怖
初夏。曇。風、東より。
本日、器の水位を全基で読みました。——去年の今ごろ、この欄には減った数しか書けませんでした。
春の水は、来た。
去年ほどではない。石堰は二十のうち十九まで積み上がって、雪解けを谷筋で受けている。残る一基は、谷が狭すぎて据わらなかった。稜線の向こうの植え付けは、まだ苗の丈である。苗は水を作らない。作るまでに二十年かかる。
それでも、今年の春は去年より二十日ぶん長く水が続いた。二十日は、麦の穂が出るまでを持たせる長さだった。
段丘の器は、十四基すべての底が入った。底樋が付いたのは、まだ九基である。
私は全基を回って、水位を読んだ。第一基、六分。第二基、五分。第三基、七分。読み上げるのはピノで、書くのは桶隊の子である。役が入れ替わっていた。
「セラさま。第一基、あとどのくらい入るの」
「満水まで、まだ四分ございますわ」
「じゃあ、まだ入れられるね」
「……ええ」
私は、そこで手を止めた。止めた理由を、その場では言わなかった。
*
城に戻って、図面を広げた。
器が十四基。石堰が十九基。分水路が六本。遊水地がひとつ。旧水門。
去年の春、私は「溜める」の欄が白いことに青くなった。
今日、その欄には数字が並んでいる。並んだ数字を足して、私は初めて別の欄が気になった。
——満ちたら、どうなるのか。
器は、水を抱える。抱えた水は、器の上端まで来たら、あふれる。あふれた水は次の器へ落ちる。数珠つなぎの下端は、領のいちばん低いところである。
いちばん低いところに、村がある。
〈……これ、渇きの器じゃない。氾濫の器でもあるんだわ〉
同じ形の窪みが、水の来ない年には貯えになり、水の来すぎる年には落とし穴になる。
当たり前の話である。当たり前の話を、私は一年、片側からしか見ていなかった。溜める溜めると唱えているうちに、溜まりすぎるという言葉を帳面のどこにも書いていない。
私は椅子を引いて、卓の上の図をもう一度見た。図は何も変わらない。読み方だけが、この半刻で変わった。
*
王都からの文も、この時期に重なった。
ヴェルナー卿の便りである。渇水令の運用条項に足す一行は、宰相府の中で三度書き直された。文言はまだ固まっていない。固まっていないが、審議の卓には載っている。
アーベル殿からも一通来た。こちらは、いつもどおり数字だけである。
『上流の低水期流量、本年は前年比で一分の増。植え付けの効果ではありません。積雪の年ごとの振れです。効果が数字に出るのは、早くて八年後です』
八年後。
この人は、私を励ますつもりが一切ない。無いから、この数字は信じられる。
*
その晩から、私は放流の計画を書き始めた。
器ごとに、いつ、どれだけ落とすか。落とした水がどこを通るか。番水を止めて、逃がす側へ切り替える手順。切り替えの合図。誰が誰に伝えるか。
番水の当番表を書いたときの十倍、面倒だった。
「嬢ちゃん。器に栓を付けるのか」
「付けますわ。底樋を」
「底樋か。……あれを詰められた壁を、わしらは見たろうが」
「見ました。ですから、詰められない造りにいたします。人が中へ入れる大きさで」
「人が入れる底樋は、金がかかる」
「かかりますわね。……親方。あの壁が孕んだのは、百年、誰も中へ入れなかったからでございます」
親方は、しばらく炭で図の隅に何か描いていた。
描いていたのは、蓋の形である。石屋は文句を言いながら手が動く。
底樋の工事には、ピノの測量も要った。
器の底から下の谷までの落差を、一基ずつ出す。落差が足りなければ、水は自分で出ていかない。出ていかない器は、ただの沼になる。
「セラさま。第十一基、落差が足りないの」
「どのくらい」
「五寸たりない。……底を掘る?」
「掘りません。底を掘ると、器の壁が薄くなりますわ」
「じゃあ、どうするの」
「口の位置を上げますの。……満水まで溜めずに、八分で落とす器にいたします」
「もったいなくない?」
「もったいのうございます。ですが、壊れる器よりましですわ」
この子は、しばらく考えてから帳面に何か書いた。
覗くと、器ごとの一覧に「八分どまり」という欄が増えていた。誰にも言われずに欄を作る。私が去年、この子に教えたつもりのない技術である。
*
器の三分の一に底樋を付け終えたころ、番水の廃止を触れた。
広場で読み上げた。
去年、私が刻限を切ると言ったとき、古老は阿呆なと言った。今年、私が刻限をやめると言ったとき、古老は黙っていた。
黙ってから、こう言った。
「娘さん。番水はな、去年の夏を越させたぞ」
「存じております」
「やめるのか」
「やめます。……今年の水は、時間で切る必要がございません。かわりに、逃がす順を覚えていただきます」
人は、あるものを配るのには慣れた。
これから覚えるのは、多すぎるものを捨てる順である。同じ人たちに、逆のことを教える。
「奥方様。去年と、逆じゃないか」
「逆でございます」
「去年おれたちは、水を一滴も捨てるなと言われたぞ」
「そう申しました。今年は捨てていただきます。……水は、そういうものでございますの。多すぎても少なすぎても、人を殺しに来ますから」
*
放流の順を、広場でもう一度読み上げた。
村ごとに、どの器の水がどこを通るか。逃げる村と、荷だけ上げる村。鐘の数と、その意味。去年の当番表と同じ形式で書いて、同じ場所に貼った。
貼り終えたところで、粉屋の女将が寄ってきた。
「奥方様。今年は、判は捺さないのかね」
「捺しますわ。……ただ、去年とは意味が違います」
「どう違うんだね」
「去年の判は、必ず水を回すという約束でございました。今年の判は、田を二枚だけ呑ませるという約束でございます」
「二枚」
「二枚と、決めておきます。決めておかないと、当日いちばん弱い村が呑まされますの」
女将は、しばらく紙を見ていた。
「……うちの田は、入ってるかね」
「入っておりません」
「入ってる家には、そう言ってあるのかね」
「昨日、二軒とも回ってまいりました」
女将は頷いて、それ以上は聞かなかった。
聞かないでいてくれる人が村に何人かいる。この二年で、いちばんありがたかったのはそれである。
*
雨季の入りは、あと六日である。
夕方、私は蛇行部へ行った。器の水位ばかり読んでいて、川の目盛りを二日読んでいなかった。
降りていって、読んだ。
五本。
去年の同じ日は、九本だった。四本ぶん、水が戻っている。
戻っているのに、私は嬉しくならなかった。嬉しくならない理由は、風のせいである。
東から来ていた。生ぬるい風だった。土の匂いと、川の匂いと、それからもうひとつ、上のほうの匂いが混ざっている。
この匂いを、私は知っていた。
一昨年の嵐の夜、水門小屋の戸を開けたときと同じ匂いだった。
空の色は、まだ何ということもない曇りである。西の山際だけが、少し重い。
私は、しばらく土手に立っていた。それから城へ戻って、指揮所の配置を書いた紙を出した。去年の夏、一度も使わずに仕舞った紙である。乾いたまま積んでいた土嚢の数も、そこに書いてあった。
本日の収支——器の水位 全基、底樋の図一式、番水の廃止一件。
本日の判明——渇きの器は、そのまま氾濫の器でございます。同じ窪みでございました。
本日の繰り越し——空の匂いが、あの嵐の夜と同じでございます。……去年のこの時期には、この匂いはいたしませんでした。




