第45話:先代は、渇く年も見ていた
膨らみは十四あった。
私は夜のうちに、その十四の位置を自分の測量帳の高さと突き合わせた。突き合わせて、寝るのをやめた。
十四の膨らみは、段丘の縁に沿って並んでいる。
高さが、ひとつずつ下がっていた。いちばん上と、いちばん下で、人の背丈にして二十ほど。等間隔に、階段のように。
〈……これ、水路じゃない〉
夜が明けて、私は親方と、ヴェルナー卿と、ピノを書斎へ呼んだ。
卓に遺図を広げて、炭で膨らみを塗りつぶす。
「親方。この形の窪みを、山で見たことは」
「あるわい。谷の口の、扇の裾じゃ。……嬢ちゃん、これは池じゃろ」
「池でございますわね」
「池じゃ。丸いのは、水を回すためよ。角があると隅が澱む」
ヴェルナー卿が、遺図の縁を指で押さえた。
「セラフィーナ殿。この図は、王国事業の根拠として宰相府に写しが行っております」
「ええ」
「宰相府は、これを大水路と呼んでおります。水を通す道として」
「わたくしも、そう呼んでおりました。一年半」
通す道なら、丸い部屋は要らない。
途中で水を抱えるための膨らみが十四も並ぶ道は、通すための道ではない。溜めるための道である。溜めて、下へひとつずつ渡していくための道だった。
「数珠つなぎでございますわ」
「じゅずつなぎ?」
「上の池が満ちたら、あふれた水が次の池へ落ちます。次が満ちたら、その次へ。……ピノ。いちばん下の池は、いつ満ちますの」
「んー。いちばん最後」
「そう。いちばん最後に満ちて、いちばん最後まで残りますの」
雨季にいっぺんに来る水を十四の器で受ける。段々に落としながら夏まで持たせる。
私が石堰でやろうとしたことの、百倍の規模だった。
「卿。宰相府へ、事業の中身が変わったと申し上げねばなりません」
「申し上げなくて結構です」
「変わっておりますわ。通す道から、溜める器へ」
「変わっておりません。図は同じです。図が同じなら、事業は同じです」
ヴェルナー卿は、そこで初めてこちらを見た。
「セラフィーナ殿。中身が変わったと申し出れば、宰相府は事業を一度止めて審査し直します。半年です」
「半年」
「半年後は春です。春の水は、今年もう来ません」
紙の上の名前を変えないために、実物の中身だけを変える。
去年の私なら、正直でないと感じただろう。今年の私は、卿の言い方を三度読み返して、そのとおりだと思った。
*
私は、先代の手記をもう一度出した。
去年の冬に水位標の基部から出た青銅の筒である。読める頁は限られていて、去年の私は「ダムは危ない」と書いてある箇所しか読んでいなかった。
同じ頁を、今日は最後まで読んだ。
『器を作りし年、雨に恵まれず。石工らは無駄と申せり。無駄と申す者に、三年待てと答う』
『三年目、雨来たらず。谷、渇く。麦、実らず。器のうち三つ、水を保ちたり。三つで足れりとは言わぬ。されど三つ無ければ、四十戸は残らざりき』
私は、その二行を三度読んだ。
「卿」
「はい」
「先代は、渇く年を見ております」
「……そのようですね」
「わたくしは、この方を洪水の人だと思っておりました。百年前に暴れ水を止めようとして、殺された人だと」
ヴェルナー卿は、めずらしく黙って先を待った。
「違いました。この方は、多すぎる年と、来ない年の両方を見ていた方でございます。だから器を作った。……去年わたくしが掘り出したのは、この方の半分だけでございましたの」
去年の冬、私は「最初のひとりじゃなかった」と書いた。
今日わかったのは、その最初のひとりが、私の二倍の仕事をしていたということである。
親方が、遺図の隅を指で叩いた。
「嬢ちゃん。この十四の池な。うち三つは、場所がわかる」
「わかりますの」
「わしが子どもの頃、段丘の上に窪みがあった。牛を追い込む場所じゃ。婆さまは『昔の溜まり』と呼んどったわい」
百年、名前だけが残っていた。
名前だけ残って、中身は牛が入っていた。器は、忘れられても消えない。消えるのは、それが何のためにあるかのほうである。
*
その日から、書斎の卓の上は忙しくなった。
石堰二十基の図は、そのまま生かせる。山の谷筋で雪解けを遅らせる仕掛けと、段丘で溜めて配る器は、喧嘩しない。上で遅らせて、下で受ける。
「ピノ。測量の割り振りを変えますわ。石堰の高さのあとは、段丘の十四か所です」
「十四!」
「そう申しましたら、あなたは何と答えるのでしたかしら」
「……桶隊で、分ける」
「よろしゅうございます」
ガレンが人の勘定を始めた。親方が石の勘定を始めた。卿が金の勘定を始めた。
勘定の音が三つ重なるのは去年の秋以来である。あのときは追い出す水の勘定だった。
夕方、私は執務室へ図面を持っていった。
「ジーク様。器の場所が、十四か所わかりました」
「先代のか」
「はい。段丘の縁でございます。人手は、当番待ちの手で回せます」
「兵は要るか」
「今のところ、要りません」
「そうか」
それだけだった。
この人は図面を最後まで見て、それから場所の名を三つ言い当てた。牛の窪みのことを、この人も知っていたのである。二十年、毎晩この谷を歩いた人だった。
言い当てて、それ以上は何も言わなかった。私も言わなかった。仕事の話だけなら、私たちはまだ何時間でも喋れる。
私は自分の帳面に、新しい欄をひとつ書いた。
春の棚卸しのとき、右の欄は白いままだった。溜める、と書いてある欄である。
その欄に、初めて数字が入った。十四。
白い欄が埋まるのに、半年かかった。埋めたのは私ではない。百年前に、先に書いてあった。
*
夜、遺図を巻き取る前に、いちばん最後の一葉をもう一度開いた。
段丘の線は、十四の池を数珠つなぎにして、領のいちばん下で終わっている。そこまでは、今日でわかった。
わからないのは、その先だった。
一葉だけ、線が上へ戻る。領境を越え、上流の谷を越え、稜線の向こうへ。そこで途切れて、余白に一行だけ書いてある。
『水に、国境は引けぬ。続きは、次に読む者へ』
池のことは、今日わかった。
この一行は、まだわからない。ピノの持ち帰った七枚目の紙に描いてあった、はげた斜面の絵が、卓の端に置いたままになっている。
窓の外、蛇行部の目盛りは八本半。空は晴れ。北から来る風が、少しだけ冷たくなっていた。秋である。
本日の収支——遺図の読み直し一件、判明した池十四、うち場所の知れたもの三。
本日の判明——先代は、洪水の人ではございませんでした。水の多い年と、来ない年の、両方の人でした。
本日の繰り越し——最終葉の一行だけ、まだ読めておりません。読めない紙のとなりに、はげた山の絵が置いてあります。




