18.家門の総意
「あ! 一個忘れてた!」
緊迫した空気の中、突然、ミュリエルが声を上げた。
「お祖父様、ミリは怒ってるわ! お母様ともう会えないって、ミリ知らなかった!」
突然の告発に、ベルティーユたちが青ざめた。
「ミリ、母様がいい子になったら会えると思ってたもん! ずっとずっと会えないなんて聞いてない!」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちるのも厭わず、ミュリエルが訴えた。
「……それなのに……どうして母様、川の中なの?」
「まさか、ミュリエル……あなた、知っていたの?」
コンスタンス夫人が蒼白になった。
「父様だって同じなのに、母様だけに意地悪して! お祖父様も意地悪なんだから、母様のこと、泳いで探してきて! ……母様のこと、助けてよお……っ!」
「泣かないで、ミュリエル!」
ベルティーユさんが慌ててミュリエルを抱きしめた。
本当は、今何が起きているのかもわからず、混乱しているのだろう。
それでも、妹のようなミュリエルの涙を止めようと、その小さな体を抱きしめてくれたのだ。
「……兄上は、ミュリエルたちに何があったのか知っていた?」
ロラン様が静かに問いかけた。
「うん。最近だけどね」
リシャール兄様が頷いた。それを聞いたロラン様は、一度だけ目を閉じ、大きく息を吐き出した。
そして、勢い良く顔を上げた。
「わかった。ベルティーユ、ミュリエル。俺達は席を外そう。ここからは大人たちと、兄上とブランシュの話だ。──そうだろ?」
そう告げたロラン様に、レイモン様が誤魔化すことなく頷いた。
ロラン様が最後にお祖父様へと向き直った。
「お祖父様。俺はあなたを信じている。……だから……嘘は吐かないと約束してください」
それだけを告げると、ロラン様はお祖父様からの返事を待つことなく、ベルティーユさんとミュリエルを連れて部屋から出ていった。
三人が退室すると、お祖父様の厳しい表情が私に向けられた。
「……あのように幼い妹に祖父を断罪させて、心が痛まないのか」
「まあ。お祖父様には、あの子の言葉が断罪に聞こえたのですね。では、それこそがミュリエルの伝えたかった真実なのでしょう」
私が望んだこと。それは、ミュリエルが見た世界を、この家の大人たち皆にありのまま伝えることだ。
子どもだから分からないと高を括っているあなたたちにわかってほしかった。
どれだけ幼くても、ちゃんと話を聞き、私達なりに考えているのだと、知らしめたかった。
「ミュリエルは答えを聞きませんでしたが、私は知りたい。お祖父様はどうして、お母様だけを辺境へと送ったのですか?」
私への処遇は、お母様お一人で考えたものではなかったはずなのだ。
それなのに、それがさも当たり前かのように、すべての罪はお母様にばかり、きつく紐付けられた。
「……あやつの罪のほうが重かったからだ」
「ふふっ、やはり素直にお答えくださいませんか」
ここで正直に話してくださるのなら、こんなにも回りくどいことをする必要はなかったのに。
レイモン様が大きくため息をついた。
「父上。それが父上の答えなのですね」
「……レイモン?」
お祖父様からの呼びかけに、レイモン様は応えることなく、すでに日は暮れ、闇夜しか映さない窓へと視線を向けた。
「先ほど、長年の憂いが晴れたことをお話しましたが……それは、父上にも関わりのあることでした」
「私が?」
「……父上は、ダンドリュー公爵家をどう思っておられますか」
「は? ……突然何を」
「この家のために生きよう。そうお考えになったことが、一度でもありましたか?」
レイモン様の静かな眼差しが、お祖父様の口を重く塞いだ。
もしかすると、先ほどのロラン様の言葉も響いているのかもしれません。
「やはり、あなたは答えることができないのですね」
常とは違うレイモン様の言葉に、お祖父様がうろたえた。
そして、ようやく言葉を紡ごうと口を開きかけた、その瞬間。
前触れもなく、扉が開かれた。
一斉に皆の視線が扉へと向けられる。
現れたのは、色鮮やかなロイヤルブルーのドレスを身にまとったお祖母様と、彼女をエスコートするシルヴァン兄様。
さすがお祖母様。あえてその色を纏うとは恐れ入る。
そして──
「……ジュール、なぜお前が」
「おや、まるで射殺さんばかりの視線ですね。熱烈な歓迎、痛み入りますよ。モルガン殿」
ジュール様はお祖父様の怨嗟に満ちた問いかけを軽くいなした。
そこには、農業について熱く語っていた穏やかな姿はなく、丁寧に髪をなでつけ、上等なスーツを隙なく着こなした、貴族としての男性が立っていた。
「残念ながら、あなたに会いたかったわけではないのだが。──本日は、ダンドリュー公爵家、並びに家門を代表する五家の総意を伝えるために参りました」
「家門の、総意……?」
ジュール様が静かに手元にある書類を広げた。
「ダンドリュー公爵家、並びに家門を代表する五家の総意をもって、リシャール・ダンドリューを次代の当主に推戴することを、ここに決するものとする」
ジュール様の声が室内に響いた。
決して大声ではない。だがそこには、決して覆すことができない強さがあった。
「……は? ……いま、なんと言ったのだ」
お祖父様の乾いたつぶやきがこぼれた。
しかし、それを拾うものは誰もいない。
そして、シルヴァン兄様がジュール様のあとに続いた。
「立会人として、魔法塔を代表し、本決議が正式に成立したこと、また王太子殿下より、王家として異議はないとのお言葉を賜ったことを、ここに証明いたします」
兄様の言葉とともに、ジュール様の手にした書類が、淡い光を放った。
魔法による正式な認証がくだされた。
──動いた。王太子殿下が、公爵家のために動いたのだ!
思わず、拳を握りしめた。
正直なところ、かなり賭けに出ていたのだ。
一度たりとも見えたことのない、かつて母が愛した人。
その人が今、私たちのために手を差し伸べて──
「馬鹿な! リシャールだと⁉ ふざけるな! レイモンは……いや、私はまだ、公爵を降りるつもりなどないぞ!」
お祖父様が大声を張り上げた。
不思議ね。その姿は、あのとき泣き叫んでいたお母様と、どこか似ている気がした。
そんな皮肉めいた思いが顔に出ていたのだろうか。
お祖父様の目が、私を食い入るように見つめた。
「……まさか……ブランシュ、お前が?」




