16.下ごしらえをしましょう
昼食は、お祖父様と子どもたちだけで頂くことになった。
急な帰宅だったため、レイモン様たちはどうしても外せない予定があり、用事を終えてから合流するそうだ。
せっかくお天気がいいのだからと、中庭のガゼボで昼食をとることになった。
中庭に爽やかな風が吹き抜け、ヘリオトロープの甘い香りが広がった。
ジョイが嬉しそうに駆け出した。
最近はすっかり走るのも速くなり、私はすでに追いかけることを諦めている。
そんなジョイをロラン様が追いかけるものだから、気づけば楽しそうな追いかけっこへと姿を変えていた。
「ロラン、ジョイ、待て!」
リシャール兄様の声を聞き、一人と一匹が慌てて止まった。しつけはバッチリだ。
「おお、随分お利口な犬だな」
「はい。あの子はジョイという名前なの。ジュール様からの贈り物ですわ。とっても可愛いでしょう?」
「……ほう? ジュールがか」
お祖父様がゆっくりと背もたれに体を預け、つぶやいた。
「死を恐れるだけではなく、その命ときちんと向き合うことを教わりました。それは特別なことではなく、とても当たり前で尊いものなのだと。……本当に素晴らしいお方ですわ」
「お祖母様もワンちゃんが大好きなのよ!」
「……デボラが?」
ミュリエルの話を聞き、お祖父様が目を見開いた。どうやらご存じなかったようだ。
「ええ。子どもの頃にも飼っていたそうです」
「ジョイのこともね、たくさん撫でてた!」
「そうね。あんなにも優しそうなお祖母様は初めて見たから驚いちゃった」
ベルティーユさんの言葉に子どもたちが笑い声を上げた。
「ベルティーユさんが、『……だれ?』って言うから、『あなたの祖母ですが?』とお祖母様が真顔で返して。あれは面白かったわね?」
ごめんなさい、ベルティーユさん。ちょっとだけ利用させてね。
心のうちで謝罪しながら、会話の方向を少し変えた。
「……ひどいわ、ブランシュさん。でも、仕方がないじゃない。ずっと怖い方だと思っていたのよ? だけどロラン兄様だって同じなんだから!」
「げ、こっちに振るなよ。まあ確かに、お祖母様には髪色で嫌われているかと──……あ」
ロラン様が慌てて自分の口を塞いだが、すでに遅い。
お祖父様が少しだけ眉を下げた。
「あの! 誤解ですから!」
「そうよね、兄様! 誤解よ誤解! だって、私たちが勝手にそう思っていただけで、お祖母様から意地悪をされたことなんてなかったもの!」
「そうそう! 一睨みがちょっと怖いけど、ジョイには優しいし!」
「うんうん! 髪色ごときで誰かを差別するなんて、あのお祖母様がそんなくだらないことをするはずないもの!」
二人が慌ててまくし立てたが、一瞬だけ静寂が訪れた。そして。
「ハハハッ、お前たちは本当に仲が良くて優しい子達だなあ!」
お祖父様の大きな手が、ロラン様とベルティーユさんの頭を撫でた。
二人は驚きながらも、嬉しそうに顔を見合わせ、はにかんだ。
んん。でも、ちょっと足りないかしら。ここはもう少し、ぴりりとしたスパイスがほしいところだ。
「お祖父様の笑い方、ジュール様に少し似ていますね」
「……なんだと?」
お祖父様のお顔から笑みが消えた。
「それだわ! ジュール様にお会いしたとき、なんとなく懐かしかったの!」
お祖父様が言葉を続ける前に、ベルティーユさんが嬉しそうに手を叩いた。
「ああ、確かに。朗らかな雰囲気がよく似ているよ」
さらにリシャール兄様が畳み掛けた。
「ええ? 似てないよ?」
ミュリエルが不満そうに口を尖らせた。
「あれ、違う意見があるみたいだ」
「だってジュール様は大っきな木なの! でも、お祖父様はね、うーんと……もっとガチガチ? 鉄みたい」
「あははっ、うまいなミュリエル。お祖父様は騎士団団長だからなぁ。でも、鉄じゃなくて鋼じゃないか?」
「何が違うの?」
「……響きが格好いい?」
ロラン様がいいタイミングで話を柔らかく逸した。こういうのは才能ね。彼はきっと、場の和を大切にする人だ。
リシャール兄様が天然は強いと言っていたのは納得だわ。
でも、とりあえずはこれで十分よ。
お祖父様はゆっくりとコーヒーのカップを持ち上げ、一口飲んだ。
「……うん、うまい。お前たちの楽しそうな姿を眺めながら飲むコーヒーは、最高に美味しいよ」
お祖父様が笑った。
子どもたちの顔を順に見渡した。もちろん、私のことも。
私は逸らすことなく見つめ返した。
「お祖父様も王都のお話を聞かせてください。楽しみにしておりましたのよ?」
さあ、下ごしらえはこれでおしまいかしら。
今日はとっておきのメニューを用意してあるの。楽しみにしていてね?




