15.祖父帰還
「ブランシュ様、本日のドレスはいかがなさいますか?」
「そうね。お祖父様がお喜びになりそうなドレスはあるかしら」
お祖父様が昼前には到着予定だと知らせる伝達鳥がやってきたのは、昨日のこと。
そろそろ帰るとは聞いていたけれど、あまりにもぎりぎりの連絡に、コンスタンス夫人が青筋を立てていた。
せっかくですもの。お祖父様好みのドレスでお迎えして差し上げなくては。
くすりと笑いながら伝えた私の言葉に、ナタリーの瞳が輝いた。
「おまかせください! とっておきのものがありますよ!」
ナタリーは待ってましたとばかりに衣装棚へ向かい、しゃららーん、とでも効果音がつきそうなほど可愛らしいドレスを取り出した。
「え……」
パステルピンクのドレスの裾がひらりと揺れた。繊細なレースと小ぶりなリボンがいくつもあしらわれ、上品ではあるものの、少々可愛らしすぎる気がする。
……おかしい。いつからあんなドレスが存在したのだろう。
自分で言った手前、他のもので、とは言えず、きゅっと口をつぐんだ。
諦めてドレスに着替え、髪を整えてもらっていると、足元にふんわりとした感触がした。
「ジョイ?」
見下ろすと、いつの間にやって来たのか、ジョイが私の足元にぴったりと寄り添っていた。
「まあ、ジョイまで可愛らしくしてもらったのね」
なんと、ジョイの首にも私とおそろいのリボンが結ばれている。
「ナタリー、ジョイは男の子よ?」
「大丈夫です! 似合っていますから!」
「ふふっ、確かに可愛いわね。でも残念。ジョイの首飾りはもう用意してあるの」
私は引き出しから、用意してあったものを取り出した。
それは、艶のある紺色のリボンで、真ん中には深紅の石があしらわれていた。
「……ブランシュ様? これはもしや、魔法石では?」
「うん。素敵でしょう?」
ジョイの首にリボンを結ぶ。ジョイは嫌がることもなく、おとなしくしていた。
白と黒の被毛に埋もれることなく、深紅の石が輝いた。
よかった、よく似合っている。
「男前ね、ジョイ」
褒められたことを理解したかのように、ジョイが元気よく、わん!と返事をした。
「マルクは剣帯につけたのね」
部屋を出ると、マルクが控えていた。
先日、お祖母様から正式に護衛騎士の任を受け、今ではその腰に剣を佩いている。
その剣帯には、以前私が贈った青い石が輝いていた。
「はいはい! 私もです!」
元気に手を挙げたナタリーの胸元には、以前贈った赤い石のブローチが留められていた。
彼女はお祖母様の試験に見事合格し、正式に侍女となってから、お仕着せではなくデイドレスを身につけるようになった。
青灰色の落ち着いたドレスに、赤い石のブローチがよく映えている。
「さあ。行きましょうか」
玄関ホールに向かうと、すでにミュリエルが待っていた。
「姉様、可愛いっ!」
私に気づくなり、嬉しそうに笑った彼女は、いつもとは印象が違った。
濃い緑のドレスは重くなりすぎないシフォンで、柔らかな金の髪は真珠をあしらった髪飾りでまとめられていた。
「ミュリエルは大人っぽくて素敵だわ」
その華やかな雰囲気は、伯爵家に飾られていたお母様の肖像画を少し思わせた。
ほどなくして三兄妹もやってきた。
楽しげな三人とは対照的に、レイモン様は少しお疲れだろうか。そっと胃のあたりを撫でていた。
「そろそろ到着よ」
コンスタンス夫人の言葉に、自然と皆の視線が玄関へ向いた。
やがて馬車の到着を知らせる声が響き、フットマンが玄関扉を大きく開いた。
「おお! みんなで出迎えてくれたのか!」
嬉しそうなお祖父様が、玄関へと姿を現した。
その大きな声が玄関ホールに響き、ミュリエルが半歩下がった。
「可愛い孫達に出迎えられるのは嬉しいものだな!」
なんだかまるで物語の一幕みたい。
見たことはないけど、オペラとはこんな感じなのかしら?
初めてお祖父様がノディエ伯爵家にやってきた日を思い出した。
お祖父様はあのときもこうして、朗らかな笑みを浮かべ『やあ、君がブランシュかな』と、気さくに私に語りかけてきた。──お母様を断罪しにきたはずなのに。
……ずいぶん遠くに来たな。
伯爵家の別館から本館へ。そして公爵家へと移り住み、私もミュリエルも、世界が大きく広がった。
でも、今もまだ私たちは、お母様という呪縛から逃れられない。
──今、ここが本当のスタートなのかもしれないわね。
さあ、笑うのよブランシュ。新たな舞台の幕開けだわ。
「おかえりなさい、お祖父様!」




