14.奪われたもの
姉妹二人で深呼吸するというおかしな絵面に、なんとなく気まずくなった。
ミュリエルはといえば、まだ怒りが収まらないのか、私をひと睨みしてからそっぽを向いている。
そんなミュリエルの前でシルヴァン兄様が腰をかがめ、視線を合わせた。
「ミュリエル。君のお姉さんは、ちゃんとお約束を守ったんだよ」
シルヴァン兄様の言葉に、ミュリエルが訝しげに眉を寄せた。
「……お約束?」
「そう。君に必ず説明すると、ジュール様のお屋敷で約束したじゃないか」
……うん。ようやくその約束を果たすことができた。
でも、ミュリエルの表情は晴れるどころか、悲しげに歪んでいった。
「じゃあ、そんなにも前なの? ……母様、ずっとお水の中なの?」
ミュリエルの瞳が不安げに揺れ、涙がにじむ。
「そうだね。事故からだいぶ時間が過ぎた。そして、まだ君たちの母君は見つかっていない」
ぽとりとミュリエルの涙がこぼれ落ちた。
「……どうして教えてくれなかったの?」
それはきっと、私たちが子どもだから。
幼くて哀れだから、何も知らなくていいのだと目隠しをされていたのだろう。
いつか、結果がわかってから知らせればいいと、私たちはただ笑って暮らしていればいいのだと──馬鹿にしているわよね。
もちろん、皆それぞれに事情はあるのでしょう。
純粋な同情。子どもを庇護する心。
……でもその中に、この状況を使い、私達を懐柔しようとする心があったなら。
だめね。私からの言葉ではミュリエルを救えそうにない。
私は答えを求めるように、シルヴァン兄様を見た。
「理由の一つは、こうやって泣いてしまうことがわかっているからかな」
シルヴァン兄様が優しくミュリエルの涙をハンカチで拭った。
「……泣くよ。……泣いたら駄目なの?」
「悪いはずがない。ただ、大人たちもね。そんなに強くはないんだ。それに万能でもない」
「ばんのー?」
「どんなことでもできる、すごい人かな」
「……母様……見つけられないの? だって、先生はすごい魔法使いなのに」
「うん。ごめんね」
……ああ。結局、兄様に謝らせてしまった。
私が早く決心しないから、こうして代わりに話させてしまっている。
駄目ね。こんなにも甘え癖をつけるなんて。
慕うことと依存することは違うでしょう? 大切なものを守りたいなら、自分の足でしっかり進まなきゃ。
「聞いて、ミュリエル。私は諦めていないわ」
兄様を真似て、ミュリエルの前に身をかがめた。さっきまでそらされていた瞳が、真っ直ぐに私へと向けられた。
「……でも、先生でも無理なんだよ?」
「いいえ。私はこれがただの事故だとは思っていない」
「えっと? 事故じゃない……なら?」
「事故に見せかけて、お母様を連れ去った可能性もあるでしょう?」
最初はただ、事故に見せかけて暗殺したのかと思っていた。
でも、それなら確実に死体を発見できる状態のほうがいいはずだわ。生死不明なんて、誰の得にもなりそうにないもの。
私の説明を聞いていたミュリエルの瞳が輝きを取り戻した。
「母様、お姫様なの⁉」
――どうしてそうなったの?
「……不思議な感想はやめて」
「だって、さらわれちゃうのはお姫様だもん!」
一体どんな本を読んだのかしら。ミュリエルは案外ナタリーと友達になれるかもしれない。
「……わかった。だから、まずはそのお姫様を助けるために、力を貸してほしいの」
「母様を、助けてくれるの?」
──助ける。それは、何から?
シルヴァン兄様からお母様の事故の話を聞いてから、ずっと考えていた。
お母様とお別れをしたあの日。お母様は、お祖父様が用意した馬車で辺境に向かった。
事故のあった現場は、事故当日を含め、ずっと晴れた日が続いており、がけ崩れの兆候はなかった。
それなのに事故は起きた。穏やかな日差しの中、心地の良い風が吹く見晴らしのよい場所で、たまたま辺境へと護送されていたお母様の馬車が、あの場所で川へ転落する確率はどれくらい?
……私は、利用されたのではないかしら。
いつ、どこから。もしかすると、私が張った罠を誰かが乗っ取っていたのかもしれない。
――あれは、私が何年もかけて組み上げたものだった。
エマへの、別館の皆への……お父様とお母様への私の思いを丁寧に紡いで作り上げた、渾身の一手だったはずだったのに。
……想像しただけで胃がねじ切れそうだ。
お母様を守る強固な砦であった伯爵家。
家を出てから知った、あの屋敷に施された魔法での保護。
そんな絶対の守護からお母様を引き離すために、利用されたのだとしたら――
「許可もなく奪うのですもの。やり返されても文句など言わせないわ」




