13.姉妹喧嘩
「……ブランシュ」
「だめよ、シルヴァン兄様。お説教は聞きませんから」
だって、馬車の中で報告済みだもの。すでに時効だと思う。
「公爵家から貸していただいている部屋に、魔法石を大量に保管してはいけません」
ずるい! 方向性を変えたわね?
……でも、確かに。ちょっと量が多いかしら。黒に紫、深紅と禍々しいし。
さて、どうしたものか。そう思ったところで、軽いノック音がした。
「姉様? 今日はお部屋から出ないの?」
ミュリエルが心配そうに顔を覗かせた。
……ああ。何よりも先に片付けなくてはいけない問題があったことを思い出してしまった。
「ミュリエルも手伝ってくれる?」
「いいよ? でも、ミリ……じゃなくて、私にできるかな」
「……大丈夫。中に入って?」
「うん!」
ミュリエルの表情が、ぱっと明るくなった。
嬉しそうに入ってくると、魔法石が入った箱を不思議そうに眺めた。
「それ、宝石? ですか?」
「これは魔法石よ。私の魔力を固めたものなの」
「まほうせき。……触っても平気?」
「大丈夫だよ。魔法石は、きちんとした指示を与えないと魔法は発動しないんだ」
興味津々なミュリエルに、シルヴァン兄様が説明をした。
暴走を防ぐために魔法石を作ることは許されたけど、活用するのは魔法が使えるようになってから、と注意されている。
ミュリエルがそっと手を伸ばした。
「ツルツルしてる……きれい」
ミュリエルが手に取ったのは、深紅の石だ。
ナタリーにあげたものよりも濃い赤は、公爵家の薔薇に似ていた。
「姉様、すごい。だって、とってもきれいだもの。私も、いつか作れるかなぁ」
窓に向かって魔法石をかざすと、赤い光がきらきらと散った。
「魔法石は不思議なの。そのときの気持ちで色が変わるのよ」
「そうなの? じゃあ、この赤色はどんな気持ち?」
ミュリエルの期待に満ちた眼差しを受けながら、私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「……お母様が、行方不明なの」
ミュリエルが不思議そうに目を瞬かせた。そして、ことりと首をかしげる。
「母様、『へんきょう』だよ?」
「そこに向かう途中で、事故にあったの」
「……お怪我……しちゃった?」
「わからないわ。馬車は崖から落ちて、その破片しか見つかっていないから」
ミュリエルの視線が、真っ直ぐ私に注がれた。
泣くことも、叫ぶことも──呼吸すらも止まったかのように、ただじっと私を見つめ続ける。
「……ミリ、赤い石の気持ちを聞いたんだよ。姉様、また答え間違ってる」
また? なんのこと──ああ、算数のことかしら。……うん。私は、またあなたの望む答えをあげられないのだわ。
「そうね。……たぶん、混乱して……不安で。……とっても怖かった」
お母様を見限ったつもりだった。
辺境でどれだけ苦労しようとも気にならない。そう思っていたはずだった。
でも、シルヴァン兄様から事故の話を聞いたときにあふれ出した感情は、どちらでもなくて──
「違うよ……違う! 母様は、悪い子だったから『へんきょう』なの! 馬車じゃないもん! だから違うでしょう⁉」
「そうね。違ったらよかった。辺境で苦労していれば、それでよかったのにね」
──私は子どもだった。
貴族ではなくなることの、本当の意味を理解していなかった。
平民に落ち、罪人となったお母様の命が、そこまで軽くなるなんて、想像できなかった。
「違うもん! だって、ミリまだ言ってない! ばいばいじゃないの、本当はばいばいじゃない!」
ミュリエルの瞳から、大粒の涙が溢れた。
ずっと胸の奥に押し込めていた、お母様への本当の気持ちと一緒に。
「……探さなきゃ。姉様、探しに行こう? 母様、きっと困ってるよ?」
「ミュリエル」
「そうだよ、兄様たちにも会いに行こ? それで、みんなで探して仲直りしよ? そうだよ、そうしたら」
「ミュリエル!」
必死にまくし立てるミュリエルを、厳しい声で止めた。
大きく目を見開いたミュリエルの口元が、わなないた。
「……すべてを、なかったことにはできないわ」
「姉様、でも……だって」
「時間は戻らないの。どれだけ後悔しても、やり直しなんかできないのよ」
ミュリエルの表情がくしゃりと歪んだ。
ドレスをぎゅっと握りしめ、声もなく涙をこぼす。
「ミュリエル、私を手伝ってくれる?」
「むり……ミリ、できない。も……なんにもできない、むりだよぉ!」
「私は真実を知りたいの。本当に事故なのか、誰かが意図的に起こした事件なのか」
「……わかんない……姉様、説明下手くそだから、ミリ、わかんない! 姉様のばか!」
突然の罵倒にちょっとかちんときた。
……今、そんな流れだった?
「ミュリエル。汚い言葉遣いはやめなさい。あと、自分をミリと呼ばないお約束は?」
「下手くそだから下手くそって言ったの! いとてきって何? 探すの? 探さないの! どっち⁉」
どうして探すか探さないかになるのかしら。
そもそも、大きな川の流れの中からどうやって探すつもり?
「やっぱりお勉強が足りないわね」
「姉様、お勉強できてもぶきっちょのくせに!」
……ぶきっちょとは。
まるでナタリー語録のような言葉に、思わず思考が止まった。
「はい。そろそろ二人とも深呼吸しようか」
シルヴァン兄様からの優しい声かけに、思わず二人して振り向く。
「はい。息を吸って──、吐いて──」
問答無用に深呼吸をさせられた。




