俺に死ねと言うのか
急いで持ち上げた麻袋に何が入っているのかすら見当がつかず、最初は両手で亀を持つようにしていたのを、周りの男たちが肩に担いでいるのを見てそのようにした。しかし、長年引きこもっていた若年者が、若年者とはいえ軽やかに担ぐなどというのは幻想であり、すぐ腕と肩と腰と足裏に激痛が走る。自分よりも若い者が睨むように横切り、同年代の者は軽蔑の眼差しを向け、年上のベテランには憐みの目で蔑まれ、年寄りには無視された。立つことすらできない時、人は膝から崩れ落ちるものである。しかしながら、この現場には人というものは、その意味で存在していない。誰もかれもが”きょうじん”で、一見健やかな風を吹かせながら確実に病原菌を振りまく原因のように、その精神や目的や意志というのは、この硬い地面に落ちて砕けて砂になってしまったのだろう。
「おい、若造。」
声をかけられた方を見る前に、コップ一杯分ぐらいの水が顔にぶっかけられる。
「これでいいだろう。早く立て。」
「待ってください。立ちます。立ちますから。」
命乞いのように放ち、頑張っているさまだけは一丁前に演出してみせる。しかしそれを見抜くように、服の首元と後ろ髪を引っ張られて、大根を畑から採るようにずいぶんと体重をかけられて立たせられた。
「あれ、僕の袋は?」
「別の奴が持っていった。」
「あ、ありがとうございます。」
「お前のためではない。仕事のためだ。ここで働くことのできない奴は、今すぐ土に帰るんだ。そこで死ぬのを待って、鳥に食われるがいい。」
そう言って立ち去ろうとする髭をたくわえた30代ぐらいの男に、これまた成人して5年以上経った男が、見捨てないでとばかりにせがむ。
「働きます。ここの、ここの責任者の方に会わせてください。」
「…馬鹿か。」
足蹴にされて、牛田はひっくり返って一回転して土に背中をつけた。今まではそれを笑われていたはずが、ここでは誰もが微笑み一つ漏らさない。そればかりか、こちらに一瞥もしなかった。
「ここは、生きるための場所。働くための場所。俺は見えていないのか。」
それは、長年かけて己の鍋で煮込み続けたコンプレックスである。そこに存在するにも関わらず、存在しないものとして扱われる透明化現象。悪口を吐かれたり、殴ってくれる方がマシだった。仕事を取り上げられた自分に、この社会の人々が存在を認識してくれるはずがなかった。
「死にたければ死ね。生きたければ生きろ。」
彼は走って、次の仕事場へと向かって行く。その背中を目で追うしかなかった自分は、これまでの自分だ。
「何が仕事だこんちくしょう……。」
血の涙を流し、唇を思いきり噛みしめて力を込める。ダラダラと泉のように命が湧いて、そこに小さな名もなき虫が集まって彼らにとっての命を生み出した。
首の筋肉や関節がおかしくなるスピードで、残りの仕事がないかを見渡す。そして、走って行けば届く距離に残り一つの麻袋が置かれていた。それを運ぼうと同年代の人間が二人、手の届く距離にいる。
「それに手を出すな!!!」
掠れて魔物のざわめきのようになった声が、声を超えて威嚇のようになる。そうしてやっと彼らの耳に届いた。こちらを見る。自分という存在を認識したのが分かると、足に力が入って足裏の未来など気にせずに走れた。
重心をうまく保てないで飛びついた麻袋を、まるで子供を守る親のように覆いかぶさる。
「こんれは、おれんだ。俺の仕事だぁ。」
息を荒げながら、口からはこの世のものとは思えない何かが垂れて落ちる。言葉もうまくしゃべれない中で、表情を変えずに彼らは立ち去っていく。そして、その麻袋を持って立ち上がった瞬間、全員の視線がこちらに向いているのが分かった。学生時代のうるさい眼差しと違って、彼らの目に牛田という存在を焼き付けさせた気がして、笑いがこみ上げてくる。
気がつくと積みあがった袋の山があって、この袋を運ぶ目印はいつのまにかできていた。一歩、また一歩、今度は足早に、そして無理やりに走って袋を押し付けるように運ぶことに成功した。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
「お若いの・・・次の仕事じゃぞ。」
「え、ちょっと、休ませて。」
「ここは、休憩無しじゃ。体を叩き起こさんかい。」
老人のくせにやけに力の強い平手打ちを背中にくらい、もう死んでもいいとさえ思える疲労感の中で、次の仕事のために足を引きずりながら歩いてはみる。そこで歩みを止めれば、透明になってしてしまうから。




