魔法のイメージ
グレイヤルド霊園。
名家の当主から名もなき物乞いまで、文字通り誰であろうと受け入れる安息の地。
ここでは故人への敬意を忘れてはならない。
「忘れてました!」
開口一番、リゼットが失言する。
なにか言い訳するとかないのか。
「そうか」
教師も慣れたものだ。
こちらにも目を向け、逸らす。
いやなんか言えよ。
「学園は、学費を受け取っている以上、お前たちを教育する義務がある」
「はい! たくさん払ってます!」
こいついったん黙らせた方がいいか。
しかし学費を持ち出されるのは色んなところが痛い。
「だからできれば誰一人落とすことなく卒業させたいわけだが……そのための補習を今から実施する」
教師は霊園に踏み出す。
「清掃活動だ」
なんで魔法の補習課題が清掃になる。
リゼットは「なるほど……」と納得している。
こいつの場合はどっちに捉えていいかわからん。
「おい、何がなるほどなんだ?」
教師についていきながら小声でリゼットに話しかける。
……が、無視。
ぶつぶつ何かを呟いている。
「ここだ、見ろ」
教師の指差す先には、ぐにゃりと歪んだ空間。
なんだこれ。
「マナ溜まりだ。今日はお前らにこれの掃除を行なってもらう」
「いや、これ明らかにヤバいやつですよね?」
見るからに怪しい現象。
なのにリゼットは目を輝かせている。
そんなにヤバくないのか?
「まだヤバ……危険ではない。ちょっと魔法で霧散させればな」
そう言うと小さな爆破魔法で歪みを消し飛ばした。
俺、そのちょっとができないんですが。
あと、まだってことは結局危険なんですよね。
「ノルマはない、可能な限り対応しろ」
つまり俺たちに期待はしていない、ということか。
気楽ではあるが寂しさもある。
「これチャンスですよ!」
お前はなにを興奮しているんだ?
「一応聞くけどなんのチャンスだ?」
「実験です!」
霊園で?
「それはなんというか、故人が眠る場所に対してこう……あるだろ」
「なにか問題が?」
たしかに問題はない。
少しの申し訳なさとまあまあの気分の悪さがあるだけだ。
どうせマナ溜まりは散らす必要はあるわけで。
「これは掃除これは掃除……よし、やるぞ」
「じゃあ早くこっちに来てください。ここにマナ溜まりあるので」
そんなのなんでわか……ああ、メガネか。
日常生活では絶対使わない無駄機能付きの。
「たしかにさっき見せてもらったやつと似てるな」
歪んでいるというかモヤモヤしているというか。
さあさあと急かすリゼット。
そんなに煽られてもポンポン使えるもんじゃない。
「たしかマナを動かすんだよな」
「何回言えばいいんですか! オドを動かすんです!」
簡単に言うな。
まあいい刮目せよ。
うおお! 動け、俺のオドよ!
「遊んでないで早くしてください」
「少しは動いてるだろ?」
「いいえ、全く微動だにしていませんが」
こんなに気力を振り絞ってるのに!?
昔の俺どうやってたんだよ。
「もう全部忘れてください!」
「は?全部ってなんだよ!」
「全部です! 魔法に関すること全部! いらないんです、あなたには!」
「いやだって魔法だぞ?」
魔法使うのに魔法に関すること忘れてどうするんだ?
「なんでそんなに頭固いんですか! そもそも基礎から違うって話しましたよね!?」
「たしかに……でも全部忘れるってそんな器用なことできないぞ」
「じゃあ魔法に関係ないこと考えながらやってみてください」
関係ないことと言われても。
なにもない。
俺の人生には魔法しかない。
神童と持て囃され、期待をかけられ、教育を施され、期待を裏切り、そして見限られた。
なにもない。
「盗み聞き魔法使った時、なにを考えてましたか!?」
盗み聞き魔法?
たしか、庭で遊んでて……。
「親父と賭けてたんだ、今日の夕飯のメニュー当てたら何か買ってくれるって……それで……」
まだ暖かい記憶。
体内をオドが渦巻く。
音が聞こえる。
擦れる落ち葉、流れる風、遠くで飛んだ鳥の羽音。
そして全てが消えて、残るのは材料を確認する母の声。
マナ溜まりが微かに揺れる。
「それです!」
リゼットの声で現実に引き戻される。
嫌な汗が背中を流れていった。
「動いた……?」
ちょっと揺らす程度で、いちいちトラウマ掘り起こされるとか冗談じゃないぞ。
倒れるように腰を落とす。
「もう一度お願いします!」
冗談じゃないぞ。
「ちょっと休ませろ……」
落ち着け……これをモノにすれば戻れるんだ。
期待どおりの天才でなくてもいい、それなりに優秀な魔法使いに……。
何度か深呼吸をして立ち上がる。
「やるぞ」
さっきので感覚はわかった。
なにを動かすかは重要じゃない、やりたい結果だけ考えればいい。
簡単じゃないか、子どもでもできるんだ。
「マナ溜まりを散らすんじゃない、マナ溜まりのある空間を散らせばいいんだ」
「なんかめちゃくちゃ怖いこと言ってませんか!?」
問題はどうやって散らすかだ。
当然空間なんて散らそうと思ったことなどない。
爆破……は制御できるか不安だ。
掃除……掃除か。
「おい、リゼット。掃除する時なにをする?」
「メイドを呼びます」
そうだった、こいつに聞いても無駄か。
うーん、掃除、落ち葉、払う?
「払えばいいのか」
「お化け信じてるんですか?」
「それは祓う……って伝わらねぇだろ」
払うイメージか。
とりあえずマナ溜まりの方向に向けて手を振ってみる。
箒で掃くように。
マナ溜まりが揺れ始める。
風に揺られる蝋燭の炎のように。
なるほど、そういうイメージでもいいのか。
もっと強く掃く。
風を送るように。
揺れて、崩れて、やがて霧散した。
念願の魔法。
「地味だ……」
そして疲れる。
直感的なので難しくはないが。
「いいですね! じゃあ次は向こうのマナ溜まりで試しましょう」
そのメガネは疲労度は見えないのか?
重い足取りでリゼットを追いかける。
2回目はスムーズだった。
一度イメージができてしまえばいい、というのがわかったのは大きな成果か。
「もっと違う動きさせてくださいよ!」
と、余計な注文を出すやつがいるのが面倒だ。
マナ溜まりを散らしつつ霊園の奥へと足を運ぶ。




