基礎の基礎
「言葉を発するより先に魔法を使ったって本当なんですか?」
ご自慢のメガネをガチャガチャいじりながらリゼットは問いかけてくる。
「そんな話どこで聞いたんだ?」
こいつ、いきなりプライベートな領域に踏み込んでくるな。
「その筋では有名ですよ、グランフィールド家の最高傑作って」
どの筋だ。
個人情報ダダ漏れじゃないか。
あれこれ言いふらした親戚がいたんだろうか。
それほど期待されていたということではあるが。
「……覚えてない」
実際いつから魔法を使ってたかなんて記憶にない。
残っているのはめちゃくちゃ甘やかされていたことと、その後の手のひら返しだけだ。
まあ彼らからしたら裏切ったのは俺の方なんだろうが。
「うーん、ならどういう魔法使ってたんです?」
「どういうって……物を浮かばせるとかそういうの」
「物理的に物を動かすのはかなり高度な魔法ですね! でも今はできない、と」
一々メモを取るリゼット。
褒めるのか貶すのかどっちかにしてほしい。
できれば褒める方。
いや、こいつに褒められても嬉しくはないが。
「他にはないんです?」
「待て、あと一つあった。あれは結構使えたな、盗み聞き魔法」
リゼットの顔が険しくなる。
いいだろ、実際便利だったんだから。
おやつとか晩飯のメニューが早めにわかるんだぞ?
「そんな魔法聞いたことありません。具体的にどういう魔法なんですか? 距離は? 複数人対象に使えますか?」
「そんなの覚えてねえよ!」
いくつの時だと思ってるんだ。
「うぅーん……」
唸りながらメモと俺を交互に見るのはやめろ。
「火炎系の魔法とかも使ってましたか?」
「いや、全然」
「初歩の初歩レベルのものも?」
「ないな、習い始めにちょっとだけやらされて……それくらいだ」
そろそろ苦い記憶に入ってきた。
「うーん、私の仮説が正しければ火くらい起こせるはずなんですけどねー」
「仮説? 昨日の今日で何がわかったんだよ」
妄想の間違いではないのか。
「外れてたら恥ずかしいので、まだ語るときではないですね」
あったのか、恥の概念。
お前はもっと他のところを恥じるべきだと思うぞ。
「共同研究者にくらい話してみたらどうなんだ」
「共同研究者……?」
なぜそこで疑問に思う。
……そうか、俺は研究サンプルだった。
「話さないなら協力しない」
「ヴァンさんってオドでマナを直接動かすじゃないですか――」
「待て、いきなり話し始めるな」
「なんでですか! 話せと言ったじゃないですか!」
それはそうだが。
心の準備ってものがあるだろ。
「まず結論から話せ」
リゼットはこちらを睨みつけ、しばらく考えてから口を開いた。
「マナを操作する魔法なんじゃないかな、と考えてます!」
「普通だろ」
だってみんなマナを爆発や火炎、水や雷に変えて――
おい、なんだその憐れむような目は。
「本当に学生なんですか? こんなの基礎の基礎ですよ」
基礎は基礎でも少なくとも10代でやるような基礎ではない気がする。
「マナってエネルギーなんですよ」
ふむ、まあそれはわかる。
大気中に普遍的に存在する人間に大変都合のいい燃料だ。
「魔法はそのマナを利用するために生み出された技術体系でして……まあマナが先か魔法が先かみたいなのは研究者の間でも意見が分かれていて――」
また脱線してきたな。
「要するにみんなマナを魔法に利用してるわけだろ」
「そうです! じゃあなんでわからないんですか?」
これ、もしかして馬鹿にされているのか?
いや待て、ならそれらの魔法と違うということは……。
「マナを利用していない……?」
「あー、50点ですね」
なんだこいつ。
「マナは利用しています。エネルギーとして利用していないんです! 現象への変換というプロセスを経ない純粋なマナを操作するのがあなたの魔法! という仮説です」
わかったようなわからないような。
「なら爆破魔法は? マナを爆発させたんじゃないのか?」
「大気中のマナを圧縮させた結果爆発したんですね。マナが直接爆発したわけではないです」
「なんでマナを圧縮すると爆発するんだ?」
ため息を吐くリゼット。
俺なんか変なこと言ったか?
「マナが圧縮した程度で爆発するわけないじゃないですか。そんな不安定なエネルギーではないです。爆発したのは空気の方かと」
「じゃあ空気は不安定なのか?」
「さあ……これ以上は魔法じゃなくて科学になるのでなんとも。あ、科学って知ってますか? これも魔法に似て面白い学問なんですけど――」
「いやまあ触り程度ならわかるけど……って今はいいんだよ、そういうのは!」
無理矢理話を切り上げさせる。
「俺の魔法はマナを物理的に動かしてるんじゃないかってことだろ」
「だからさっきからそう言ってます!」
「じゃあオドが動くのはなんなんだ?」
「わかりません!」
リゼットは自信満々にキッパリ言い切った。
聞いてる側が清々しいくらいに。
「オドに関してはどうやって調べるんだ?」
「わかりません! オドに関しては全く知見がないので」
こいつ魔法に関して病的なほどに語るのに、なんでこう中途半端なんだ。
いや中途半端じゃないからわからないのか?
「オドについては研究されてない……?」
「そうなんです! 論文も何個かしかなくて……それもほとんど1人の研究者しか出してないんですよ!」
逆に研究してるやついるのか。
「ちなみに学会から追放されてます」
もういねえじゃねえか!
なにやらかしたのかは知らないが、絶対碌なやつではない。
「やりましたね。これで私が第一人者ですよ!」
「手柄には興味ないんじゃなかったのか。あとなんでお前だけなんだ」
「だって誰も知らないことを最初に調べられるんですよ! なんでお前だけって他に誰かいるんですか?」
キミの目の前にいるよね?
いないものとして扱われるのは慣れているが、面と向かって無視されるのは堪えるものがあるな。
まあいい、別に誰が第一人者でも俺が魔法を使えることに変わりはない。
「はあ……もういいからどうすれば使えるか教えろ」
「わかりません! やったことないので! ヴァンさん、逆になんでできないんですか?」
「思ったように動かせないんだよ!」
それができるならとっくに解決している。
それこそ試験で大道芸なんて笑われることもなく……。
試験?
「おい、補習の時間覚えてるか?」
「補習ってなんですか?」
こいつマジか。
「いま何時だ」
リゼットは腕に着けた時計を確認する。
おいそれ俺でも知ってるブランド品だろ。
「14時……12分くらいですかね」
補習の時間は14時半……。
場所はたしか……。
「霊園……おいリゼット、畳で霊園行くぞ」
「畳ってなんです?」
そうだ、俺が勝手そう呼んでるだけだった。
名前なんだったか。
「ポケット転移魔導陣!」
ああ! と手を叩くリゼット。
「あれ別に好きな場所に行けるわけじゃないですよ?」
それを聞くなり俺はリゼットを置いて走り出した。
どうせあいつは追いかけてくる。




