魔法擬き
「擬きってどういう意味だ、リゼット……なんとか」
こいつの名前なんだっけ。
「リゼット・ベルンハルト=アークライトです! 失礼な人ですね!」
こちらに非はあるが、人を拉致監禁して縛ってたやつに失礼呼ばわりされたくはない。
「リゾット・ハラガヘルト=ハヤクタベナイト」
お腹空いた。
「なんで悪化してるんですか!」
面白いやつだ、遊び甲斐がある。
いや、こんなことをしてる場合ではなくて……。
「擬きってどういう意味だ」
「マナを操作していないからです」
即答。
「でも爆破魔法はちゃんと使えてただろ?」
おかげで今は忌まわしき拘束具から解放されている。
「だから魔法擬きなんです。そもそも魔法とは大気中のマナを消費・変換して物理的または精神的な現象へと昇華させるものであってマナ自体を物理的に動かすのは従来の理論では――」
わかった、喋らせてはいけないタイプだ。
「待て、まとめろ。結論だけ話せ」
「あなたは魔法を使ってません」
「でも爆発したじゃないか」
「マナが爆発したんです。爆破魔法ではありません」
哲学の話でもしているのか?
「俺がマナを操作して爆発させたんだから同じことだろ?」
「あなたはマナを操作していません。オドを操作して結果的にマナが動いて爆発しただけです」
「じゃあみんなどうやってるんだよ」
「マナを操作して爆発に変換しています」
同じじゃないか。
「よくわからんが結果が同じなら同じことだろ」
大きなため息を吐かれた。
哀れむような目を向けるのはやめろ。
リゼットが本棚から参考書を取り出す。
人を殺せそうなほどに分厚い。
パラパラとめくってこちらに見せつけてきた。
「魔法力学によるとマナとオドは近しい性質を持ってはいるものの互いに干渉することはないとされています。ここまではわかりますよね?」
全くわからんが、わからないと答えるのも癪だ。
「続けろ」
本当にわかっているのかと疑いの目を向けてくる。
余計なところは鋭い。
「なぜ干渉しないのか? それはその方が都合がいいからです」
「は?」
都合がいいって何だ。
そこ、ため息を吐くんじゃない。
「いいですか? マナは大気中に満ちてるんですよ? オドと干渉しちゃったら身体の中ぐちゃぐちゃになるんですよ?」
「じゃあなんだ、神様がそういうふうに世界を作ったってことか?」
「ぷっ、神なんていませんよ」
今すぐ爆破魔法……擬きで吹き飛ばしてやりたい。
「法則になぜはないんですよ。決まってるから法則なんです」
「でもお前が言うには俺はオドでマナを動かしたんだよな?」
「観測上はそうですね! まあオドでマナを動かしたのかマナを動かそうとしたらオドも動いたのかはもう少し確認したいですが」
め、めんどくさい。
「というわけでもう一度魔法擬きお願いします」
なんて自分勝手なやつなんだ。
まあいい、せっかく使えるようになったんだ。
マナを操作して……ポンッ。
ポンッ?
「あれ?」
「これは大道芸魔法です。さっきの魔法擬きじゃないです」
大道芸魔法ではないんだが。
ええと、もう一度マナを操作して――
「だからそうじゃないです!」
「なんでわかるんだよ!?」
「私のメガネ、魔力計が付いてるんです」
そんなものなんの役に立つんだ。
いや今は役立ってるか。
「マナじゃなくてオドを操作してみてください」
オドの操作なんて習ったこと……習う?
そもそも小さい頃は習わなくても魔法を使えていた。
だから天才だ神童だと持て囃されていたわけで。
息を整える。
意識を外から内へ。
オドが全身を巡る感覚。
オドでマナを――
「いや、待てダメだろ。爆発させたら」
「なんでですか!」
ここ屋内ですけど?
そもそもどこなんだ、ここは。
天井まで埋め尽くされた本棚。
埃を被った機材。
見たことない生物の剥製。
俺が拘束されていた台。
「こんなところで爆発させたら危ないだろうが! というかなんなんだよここは!」
「あ、うちの研究棟です」
「研究棟? 学園にそんなものあったか?」
校舎と実技試験場、あと倉庫くらいしかないはずだが。
「だから学園じゃないですって。うちの研究棟です!」
「研究棟がある家なんてどこにあるんだよ」
「ここに」
要領を得ないまま、リゼットに案内されて研究棟とやらを出る。
知らない敷地だ。
「学園じゃねえじゃん!」
「だからそう言ってるじゃないですか!」
こいつ貴族なのか?
上流階級と交流なんてないから知らなかった。
もしそうなら全力で謝罪しなければ。
「リゼット……さん、ここはどこなんでしょうか?」
「うちの敷地にある研究棟だって何回も言ってるじゃないですか! なんか話し方おかしくなってません?」
「世俗に疎くて申し訳ないのですが、リゼットさんのお家ってもしかして名のある大貴族なのではないかなぁと思いまして」
「そんな貴族だなんて全然違いますよ〜」
「そ、そうだよな」
よかった、少なくとも命の危険はなさそうだ。
きっとうちというのは親が働いてる会社とかそういう意味なんだろう。
あるわけないよな、家に研究棟。
「うーん、もう暗いから実験は明日にしますか! 晩ご飯うちで食べていきます?」
「まあ別にいいが」
さっさと帰りたいが腹は減っている。
「今日はお父さんも早めに帰ってくると言ってたので、きっと良いものが出るはずです!」
帰ってくる?
「お父さん出張でもしていた?」
「いえ? 普通に会社から帰ってくるだけですけど」
ここは会社ではない?
たしかに研究棟を出た時に見えた門とは逆の方に歩いている。
頭がおかしくなったのでなければ進行方向には立派な屋敷――いや、もはや城と呼んでも差し支えない建造物が鎮座していた。
やがて玄関……であろう扉の前で止まる。
「どうぞ、我が家です。狭いかもしれませんがくつろいでいってください」
絶対狭くないし、くつろげもしない。
「お帰りなさいませ、リゼットお嬢様」
メイドだ。
いるよなメイドくらい。
いない方がおかしいもんな。
「ただいま、フェリスさん」
「お連れの男性はお客様でございますか?」
違います。
拉致監禁された被害者です。
「そう! 夕食1人分追加してもらえる?」
「かしこまりました。シェフに伝えます」
シェフときたか。
まあ、いるよなシェフくらい。
流されるまま通された部屋もよくある感じだ。
シャンデリアが吊るされ、テーブルの中央にはローソクが立てられている。
壁にはよくわからない絵画。
「おかしいだろ!」
よくあるわけない。
「そうですよね、いきなり夕食に誘うだなんて」
「違う! いや違わないけど違う!」
変人とかそういう次元ではない。
何から問いただすか逡巡していると勢いよく扉が開いた。
「ただいま! おお、リゼット、お友達を連れてきたのかな?」
いいえ、被害者です。
「お父さん! おかえりなさい。そうなの、彼氏じゃないから安心してね」
「なんだ、違うのか」
なんでがっかりするんだ。
だが普通の人っぽくてよかった。
「やあ、はじめましてだね。リゼットの父のボルト・ベルンハルト=アークライトです」
「はじめまして、ヴァン・グランフィールドです。リゼットさんとは仲良……くさせていただいてます」
今は敵ではないくらいの距離感だが。
「そうか、リゼットが……ぐすん」
泣き出した。
普通の人ではなさそうだ。
ああ、肩を掴まれた。
「今後もリゼットと仲良くしてもらえると嬉しい」
それは保証できない。
主にそちらの娘さんのせいで。
「旦那様、お食事の準備が整いました」
先ほどのメイドが話に割って入る。
助かった。
「そうか。ほら、ヴァンくんも席に座って」
お父さんの真横に座らされる。
距離感おかしくないか?
「ヴァンくんは付き合っている女性はいるのかな?」
終わった……。




