"天才"と"変人"
「次はお前だぞ、"天才"」
「よっ、"天才"! 今日もいつものやつ期待してるぜ!」
クラスメイトは俺を"天才"と呼ぶ。
そう呼ばれることには慣れている。
むしろ聞き飽きたくらいだ。
軽く息を吐きながら構える。
これから行うのは簡単な初級魔法だ。
誰でも……それこそ習いたての子どもでもできる。
「ヴァン・グランフィールド! いつまで待たせるつもりだ!」
そして俺にはできない。
「すみません、もう少しだけ……」
試験官は目を細め、
「あと10秒だけだぞ」
と告げた。
簡単だ、空気中のマナを集めてただ爆発させるだけ。
できるはずだ、俺は"天才"なのだから。
できないといけないはずだ。
不意に確かな感触と共にポンッと可愛らしい爆発音が響いた。
呆気に取られるクラスメイトたち。
だがすぐに笑いの渦に飲み込まれる。
「やっぱ"天才"の魔法は最高だぜ」
「いやいや、あれは大道芸だろ!」
まあこんなところだろう。
今日も"天才"としての期待には応えられた。
ヴァン・グランフィールド、17歳。
使える魔法、なし。
やがて実技試験の結果が揃い、合格者の名前が発表される。
当然そこに俺の名前はない。
俺の残り少ない自尊心をガリガリと削る補習が待っている。
「補習予定者はお前だ……け? んん? 今回は珍しく他にもいるな」
まさかこの"天才"に匹敵する落ちこぼれが存在するとは。
いったいどんな面をしているやつなのかと顔を上げると、そいつはそこにいた。
顔を、上げた、そこに。
「イ゛アイッ!!」
俺の頭蓋骨が女の顎を打ち上げる。
そりゃあ痛いでしょう、俺も痛い。
口をもごもごさせて何か言いたげだ。
メガネ越しにこちらを睨んでいる。
「ひゅうにあはまあへないへふははい!」
「……急に頭上げないでください?」
「ほうれふ」
どうやら舌を噛んだらしい。
名前を呼ぼうと記憶の棚を探していると、試験官の声がその手間を省いた。
「リゼット・ベルンハルト=アークライト! お前も補習だぞ!」
「なんれれふか!」
「おまえが試験を受けていないからだ! 何度も名前を呼んだのだぞ、どこで何をしていた!?」
"変人"リゼット、この学園が誇る二大問題児の1人だ。
そしてもう1人は俺だ。
甚だ不本意だが。
「ほのひほのはほうほひへはんへふ!」
よくわからないが人を指差すのはやめてほしい。
「こいつの魔法を見ていただと? あの失敗をか?」
なんでそれで伝わるんだ。
あと本人の前で失敗とか言わないでほしい。
「はひ!わはひこのへがねでひゃんと見ていたのですけどこの人が魔法を使う際のマナの動きが今まで見たことのない挙動でしてなんでかなぁと観察していましたところ呼ばれているのに気づかず試験時間が終わっていたということですね」
何が何で何?
「そうだ、補習だ」
「無視した!?」
いかん、つい口に出てしまった。
試験官は問題児二人に関わる時間が惜しいらしい。
補習の時間だけ説明するとそそくさと立ち去っていった。
「おい」
こちらを凝視するリゼットに声をかける。
正直言って気持ち悪いというか怖い。
「ちょっと! まだ観察終わってないので動かないでください」
よし、逃げよう。
身の危険を感じ、全力で走る。
まさか追いかけてまでは来ないだろう。
念のため振り向いて背後を確認する。
眼前にやつがいた。
「ひっ!?」
悲鳴をあげる間もなく、俺の意識はそこで途絶えた。
頭が……いや、頭以外も痛い。
なぜか身体が動かない。
俺は縛り付けられていた。
「あ、おはようございます」
「悪魔だ……」
「悪魔ですか! 上位の召喚魔法でも使役するのが難しいと言われる異界の生物ですね。悠久の時を生きるとかそもそも生物ではないとか色々と噂されていますが私からすればその辺りのカテゴライズに意義を見出せないと言いますか――」
"変人"というのはよくわかった。
俺はこいつと同じカテゴリに入れられているのか。
いや、そうではなく――
「なぜ俺は縛られている?」
「え? 観察したかったので……おかしいですか?」
なんでおかしくないと思ったのかな?
首を傾げて
「何を言ってるんだろう?」
みたいな顔をしないでほしい。
「人は縛っちゃいけないだろ!?」
「でも動かれると困るんですよ」
「俺が困ってるんだよ!」
訴えが通じたのかリゼットが拘束具を外しにかかる。
めちゃくちゃ不満そうな顔をしていた。
締まる拘束具。
「……今、締めたよな?」
なぜ顔をそらす。
「……外し方わからなくて」
「そんなの留め具を外すだけ……じゃなさそうだな」
自己主張激しく光る複雑な模様。魔道具だ。
説明書片手にリゼットは唸っている。
「ここにマナを注ぎ込んで……ああ違う、先にこっちに……」
「待て! 締まってる! 締まってるから!」
こいつに任せてはダメだ。
さすがに俺がやった方が早い。
「ちょっとそれ読ませ……おい、顔に押し付けるな!」
まったく、鈍臭いというか不器用というか。
それはそうと説明書を……ん?
「これ説明書じゃなくて設計図か……?」
いや、設計図なら設計図でどこかに解除方法が……。
ない。
「うーん、試作品なので解除のこと考えてなかったみたいですね」
みたいですね、じゃないんですよ。
「これどうすんだよ!」
いったいこいつは何なのか。
そもそも試作品って何だ。
何でそんな物をこいつが持ってるんだ。
俺はいつ自由になれるのか。
そしてお前は金槌を持って何をしようとしているのか。
「えい!」
振り下ろされる金槌。
それは拘束具を大きく外れ、俺の顔の真横を打ち抜いた。
再び金槌が持ち上げられる。
駆け巡る走馬灯。
神童と呼ばれた過去。
たしかにあの頃は魔法が使えて――
そういえばいつから使えなくなったっけ。
家庭教師に披露して、それから……。
「あっ」
瞬間、身体の中を魔力、オドが回る。
たったそれだけでよかったのだ。
大気中の魔力、マナが収束し爆ける。
あの大道芸ではない。
確かな爆発により拘束具が吹き飛んだ。
「やった!魔法……魔法だ! 俺の、魔法!」
リゼットは金槌を持ち上げたまま呆気に取られている。
ちょっとはしゃぎすぎたか。
まあいい、とりあえずここからおさらば――
「見たかったのこれです! 魔法擬き!」
「は? 擬き?」
「はい! 魔法擬きです!」
俺の魔法は魔法ではなかった。




