第八話 前夜。
それからは目の回るような忙しさだった。
ラナは日々岩場や森へと赴き、アブラノキの実や乾燥させて使える香草や薬草や茸などを出来るだけ採ってきた。
母親はラナのために新しいブラウスとスカートを数枚ずつ仕立て、父親も往復するだけでも大変だろうに休みのたびに出稼ぎ先から帰ってきては必要な物を揃えてくれた。
「おねえちゃん、いっちゃやだ」とたびたび思い出すようにぐずるリンを、ルイが一生懸命宥めていた。
そして、とうとう明日出立という晩になった。
リンはずっとラナから離れず、いつもは聞き分けのいいルイも、その日だけはラナにべったりだった。
二人が寝たあと、両親とラナは香草で淹れたお茶を飲みながら話をした。
「ラナ。これを」
父親が小さい巾着に入れた銀貨をラナに手渡した。
乗合馬車の代金だ。
遠距離の乗合馬車は乗る時に代金の半分を、そして目的地に着いた時に残りの半分を支払う事になっている。
「〈収納〉に入れておきなさい。目的地に着くまで絶対に出しちゃいけないよ」
「うん、大丈夫」
父親の言葉にラナは頷いた。
「それと」
父親が目を合わせると、母親はこくりと頷いた。
「?」
ラナが首を傾げていると、父親は立ち上がって、戸棚の奥に大事にしまってあった麻袋を取り出してきた。
テーブルの上に置くとじゃりっと重たい音がする。
まさか、これは。
ラナが父親の顔を見ると、うん、と父親は頷いた。
「持っていきなさい。街で暮らすなら、ここよりももっとお金が必要になるだろうから」
それは、今までラナが稼いだお金を両親がこつこつと貯めていてくれたものだった。
生活に必要な物を最低限だけ買い、その残りを大事にとっておいてくれたのだ。
「本当は全部持たせてあげたいけど、何かあった時のために少しだけ残させてね」
申し訳なさそうに母親が言う。
「こんなにいらないよ!」
うちで使ってよ、というラナに両親は首を横に振った。
「これはラナが稼いだお金だよ」
「無駄遣いしちゃだめよ。大事に使いなさいね」
「…………」
いまだラナの家は裕福とは言い難い。
父親も真冬以外は町へと出稼ぎに行っている。
それなのに。
前世での親は、ラナから搾取する事ばかり考えていたというのに。
ラナはきゅっと唇を噛んだ。
それから決意したように顔を上げ、麻袋を受け取った。
「お父さん、お母さん、ありがとう」
麻袋を〈収納〉にしまうと、ラナはにっこりと笑ってみせた。
「たくさん稼いで、仕送りするからね!」
ラナの言葉に両親がふふっと笑う。
「無理しちゃいけないよ」
「でも、ありがとう、ラナ」
翌朝早く、父親とラナは乗合馬車に乗るために家を出た。
母親もルイも泣きそうになるのを堪えてラナを見送った。
リンもぐずぐずと泣いてはいたが、皆に「お姉ちゃんが心配して行けなくなるよ」と諭され、なんとか笑ってみせてくれた。
母親が仕立ててくれた真新しい白いブラウスと、木の実の煮汁で染めた茶色の布で作ったスカートを身に着け、町の店で買った丈夫な布の肩掛け鞄を下げ、ラナは十三年暮らした家を出た。
大事な家族と暮らした愛おしい家。
ラナは何度も振り返って、母親達に手を振った。
家が見えなくなり、ラナは込み上げてくる涙を拭いながら歩いた。
そんなラナに合わせて、父親はゆっくりと歩いてくれた。
今日、ラナは家を出た。
逃げるように家を出た前世とは違い、離れがたい思いを抱えながら、それでも家族のためにお金を稼ぐため、また、ラナ自身の夢をかなえるために家を出たのだ。




