↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/15

 リークシュア城に来てから三日が経ち、ミラーナは椅子に座ってぼんやりと(くう)を眺めていた。隣ではナデッタがリオナに絵本を読んでもらっている。初めて見る絵本に目をキラキラと輝かせ、熱心に話を聞いていた。


 レディックが隣で寝ていたことに驚いた日から、レディックは昼と夜にミラーナの部屋に薬を飲ませにやってきた。熱があるうちは抵抗できずにされるがままだったものの、自力で身体を起こせるようになってからもなぜか口移しは続いた。ミラーナが寝ている間に部屋に入ってきてベッドに潜り込み、ミラーナを抱き締めて朝まで寝て、ミラーナに朝の分の薬を飲ませてから出ていく。そんなわけの分からない日課が今朝でようやく終わった。


 ----一体何を考えてるのよ。目的はナデッタだったんでしょう!?


 熱が下がり、今日からナデッタと同室で過ごせるようになったのだが、ミラーナが熱を出している間ナデッタがどのように過ごしていたのかはまだ詳しく聞いていない。絵本に夢中になり、リオナや他の侍女にしきりに読んでもらっていたということは聞いているのだが、なぜか皆が皆、それ以上のことを話そうとはしないのだ。


 ----ナデッタみたいな活発な子が、何日も大人しく絵本だけ読んでもらってたなんて本当かしら。


 ミラーナが眉間に皺を寄せてウンウンと考え込んでいると、扉をノックする音にリオナが返事をして立ち上がった。開いた扉の先には頭を下げた侍女が立っている。侍女は顔を伏せたまま声だけをミラーナに向けた。


 「失礼致します。お部屋の準備が整いました。遅くなり申し訳ございません。」

 「部屋?部屋はここではないのですか?」

 「はい。こちらのお部屋は新しいお部屋の用意を進めている間だけご滞在頂いたお部屋でございます。」

 「え!?」


 ミラーナは耳を疑った。滞在する為だけにしては調度品も内装も豪華で素晴らしい部屋だ。これが、ただの繋ぎの部屋だという。ここへ来てから貴族と庶民の感覚の違いに呆然とするばかりだ。


 「では早速ご案内致しますので、どうぞこちらへ。」

 「ナデッタ様は私がお連れ致しますね。」

 「あ、いえ、この子は私が手を引いて連れて行きます。お気遣いありがとうございます。」


 ミラーナは立ち上がり、隣にいる娘に声をかけた。ナデッタも返事をしてサッと立ち上がる。母の側に立ち、手を繋いで顔を見上げてきた。


 「お母さん、お部屋が変わるの?」

 「うん、そうみたいね。」

 「そうなんだぁ!お兄ちゃんが言ってた通りだね!」

 「え…?」


 ナデッタの言葉にミラーナの表情がピキンと凍りつく。なぜここでナデッタの口からレディックの話が出たのかが分からない。確かあまり仲良くなかったはずだ。というよりも、ナデッタはレディックを警戒していた。それなのに。

 部屋を出る前に足を止め、嬉しそうに笑う娘に恐る恐る聞いてみた。


 「ねぇ、ナデッタ。最近レディック様とお会いしてたの?」

 「うん。お母さんがお熱を出してる間、毎日会ってたよ。」

 「なんですって!?」

 「孤児院の話とか、お母さんはどんな人かとか聞かれたからお話ししたの。昨日は抱っこしてもらってお城の中とかお庭とかいろんなところに連れていってもらった!」

 「えぇッ!?」

 「お兄ちゃんって大きいんだよ。抱っこしてもらったらとても遠くまで見えるの。」

 「あの、ナデッタ?その…抱っこしてもらってる時って、周りに人はいたの?」

 「え?うん。でね、その時すごく見られてたからなんでだろうってお兄ちゃんに聞いたら、俺たちが似てるからだよって言ってた。」

 「ッ!!」


 ミラーナは顔を上げ、側にいる二人の侍女に目を向けた。二人とも平静を装い何も知らない・何も聞いていないように振る舞っているが、田舎暮らしをしていたミラーナにはすぐに分かった。見えない耳を大きく広げ、少しでも情報を得ようとしているのだ。新たな噂話の発信者となる為に。真の発信者は他でもないレディックだが。


 ----ナデッタを抱いて城内を練り歩くなんて絶対わざとだわ!つまり…もう城中に知れ渡ってるってこと!?


 ミラーナは侍女に促されるままに部屋を出て、廊下を歩いた。部屋を出てからまだ数十歩しか歩いていないが、すでに周囲からは好奇の眼差しを向けられている。レディックの親兄弟の前に晒され、今度は城中の人の前に晒されていることに言いようのない怒りが込み上げた。


 廊下を歩き続けて階段を上がり、さらに奥へと続く廊下を歩いたところにある部屋の扉の前で、案内役の侍女が立ち止まった。


 「こちらでございます。」

 「はい…」


 部屋へと続く廊下に差し掛かった辺りから嫌な予感はしていたが、明らかにこれまで通ってきた場所とは雰囲気が違う。城で働く人々の往来は無くなり、等間隔に護衛兵が立っているのだ。まるでここから先は『関係者以外立ち入り禁止』だと示しているような空間に、ミラーナはすでに元の部屋に戻りたくなっていた。

 案内役の侍女は下がり、後ろに控えていたリオナが前に出て扉を開けた。


 「どうぞ、お入り下さい。」

 「ありがとうございま…」

 「うわぁっ、すごーい!広ーい!!」


 目の前の光景に言葉を失い立ち尽くす。もうすでに絶句することに慣れてしまっている自分がいる。


 ----何これ…


 ミラーナは先ほどまでいた部屋が繋ぎの部屋だと言われた理由が分かった。開けられた扉の向こうには、品のある愛らしいデザインの調度品や大人五人は寝られそうな大きなベッドが置かれている。子供用の椅子やテーブル、絵本棚まである。壁紙もカーテンも明るい色でまとめられ、控えめな香りの花が飾られていた。


 「お気に召されましたか?」

 「は、はい、あの…」

 「なんでしょうか。」

 「この部屋は、本当に私と娘が寝泊まりする部屋なのですか?手首が治るまでの間しか滞在しませんのに、ここまでして頂くのは…ちょっと…」

 「あ、こちらのお部屋はお二人とレディック様のお部屋です。」

 「はい?」


 何度も絶句するような状況を経験すると、驚くほど冷静になれるものらしい。もう今さら驚くのも面倒臭い、という感じだ。そして冷静になった頭でぐるりと部屋を見渡し、わなわなと拳を震わせた。


 「え、お兄ちゃんも一緒なの!?」

 「うふふ、そうですよ。ナデッタ様はレディック様とご一緒のお部屋になれて嬉しいですか?」


 ----うふふ、じゃない…。


 「うん!それならいつでも遊んでもらえるもん!」


 ----違う。そこじゃないのよ、ナデッタ…。


 「まぁ!ナデッタ様はレディック様のことがお好き…」

 「リオナさん。」

 「はい。あっ…あの、どうかなさいましたか?」


 ゴゴゴと音が聞こえそうほど燃え盛る憤怒の炎がミラーナの全身を覆っている。リオナは部屋を睨みつけるミラーナの横顔を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 「これは()()()()準備されていたのですか?たった数日でできることじゃありませんよね?」

 「え?さ、さぁ、私は何も…。」

 「そう…じゃあ直接彼に聞けばいいのですね。レディック様は今どこにいますか?」

 「え?え?さ、さぁ、ご予定までは…」

 「いいわ。とりあえず私と娘はさっきの部屋に戻ります。彼には一人でこの部屋を使って下さいとお伝え下さい。行くわよ、ナデッタ。」

 「えぇー!?」

 

 ミラーナはナデッタの不満の声に耳を貸さず、小さな手を引いて元来た道を戻った。背後で扉を閉める音と慌てて追いかけに来るリオナの足音が聞こえてくる。そして前方からは今一番聞いてはいけない声が聞こえてきた。


 「あ、お兄ちゃん!」

 「やぁ、ナデッタ。部屋の準備ができたと聞いて様子を見に来たんだ。部屋は気に入ったか?」

 「うん、でも…」

 「うん?」


 ナデッタは口を噤み、隣にいる母を見上げた。子供は母親の表情を敏感に察知するというが、ナデッタも例外ではない。恐ろしくて何も言えないが、せめて母が本気で怒っていることをレディックに伝えようと目で訴えたが遅かった。


 「レディック様、ちょうど良かったです。お話がありますので少々お時間を頂きたいのですが。」

 「話?どうした、何をそんなに怒っているんだ?」

 「この場でお話ししてもよろしいのですか?私は構いませんが。」


 ミラーナはジロリと睨みつけ、目線を周囲に向けた。人通りは少ないが誰もいないわけではない。謁見の間で叫んだ時のように、ここで大声を出してもいいのかという無言の圧力はどうやら通じたようだった。


 「分かった。リオナ、しばらくの間ナデッタを頼む。新しい方の部屋で遊ばせておいてくれ。」

 「畏まりました。」


 まるで自分の娘のようにごく自然に指示を出しているレディックの横顔に、ミラーナは鋭い視線を刺し続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。