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夜中に目が覚め、その度に身体の熱さを感じながら目を閉じる。それを何度か繰り返しているうちに、気が付けば部屋が少し明るくなっていた。といってもカーテンを閉めたままの部屋は薄暗く、ずっと眠っていたミラーナには今が朝なのか昼なのかは分からないのだが。
まだグラグラとする頭では何かを考える余裕などなく、左手首の痛みだけが起きていることを教えてくる。そんな時でもやはり意識の片隅にあるのはナデッタのことだった。
----ナデッタは…ナデッタ…あぁ、良かった。いたのね。
微かに動かした右腕に温かい肌が触れ、ミラーナはホッと胸を撫で下ろした。熱を出していたせいで自分以外の体温を感じることができなかったが、少し落ち着いた今では身体の右半分が温かくなっていることが分かる。その心地良さに安心して目を瞑っていると、ふと違和感を覚えてパチリと目を開けた。
----え?身体の右半分が温かい?どうして?
ナデッタはまだ五歳の少女で、背丈はミラーナの腰ほどまでしかない。たとえ隣で寝ていたとしても、ミラーナの腰から下、特に足先が温かくなることは無いのだ。
天井を向いたまま恐る恐る右手を伸ばして隣で寝ている者を確かめる。嫌な予感はすぐに当たり、ゴツゴツとした筋肉質な腕がミラーナの指先に触れた。
----こ、こここ、これって、もしかして…。
「目が覚めたか?」
「ッ!!」
頭を支えるように肘を立て、身体を起こしたレディックがミラーナを見下ろしている。気怠げに目を擦り、その手でミラーナの首筋に触れて溜息をついた。
「まだ熱があるな。薬で少しはマシになったようだが…。」
「な…バ…バロッむぐぅっ!」
「朝から大きな声を出すな。身体に障るだろう。」
誰のせいだと言ってやりたいが、大きな手で口を塞がれた上に身体がまだ満足に動かせない。ミラーナはせめて目だけでも抗議の意思を向けたが、まったく相手にされなかった。
大人しくなるのを待っているようなレディックの眼差しに根負けし、サッと目線を下げたところで今度は『あっ』っと声を上げそうになった。よく見ればレディックの上半身が裸である。
----嘘でしょう!?まま、まさか下も…!
目のやり場に困って目をギュッと閉じると、すぐにレディックが耳元で囁いた。
「今日はまだ寝ていろ。熱がうつったらいけないから、ナデッタは別の部屋で寝かせている。」
「それを気にかけて下さった貴方様が、なぜここで寝ているのですか!」
「次に声を荒げれば手ではなく唇で塞ぐぞ。」
「申し訳ありませんでした。」
「…まぁいい。昨夜リオナから今日の分の薬を受け取った。朝、君が起きたらすぐに飲ませる分と、あとは昼と夜の分だ。」
「リオナ?」
「君の世話係だ。昨日挨拶に来ただろう。」
ミラーナは記憶を探って昨夜のことを思い返した。そういえば、挨拶に来た少女がいた気がする。すでに熱が出て朦朧としていたので、ほとんど記憶には残っていなかった。
「あの時の少女ですね。確かに来られましたが、すでに熱で意識がなかったものですから…」
「そうか。まぁ、今日にでもまた改めて挨拶をするだろう。」
「何度も申し訳ないです。」
「気にするな。さ、では薬を用意するからこのまま待っていろ。」
「え?あの、バロイド様が用意して下さるのですか?」
ミラーナの問いかけに答えることもなく、レディックはテーブルに置かれた薬と薄めた薬湯を持ってベッドに戻ってきた。取りに行って戻ってくるわずかな時間の間になぜか表情が険しくなっている。ミラーナはもう一度、同じ質問をすることにした。
「あの、バロイド様が…」
「レディックだ。」
「え…ですから、それでは周囲に誤解を…」
「ここはバロイド伯爵の城だぞ。ここにはバロイドがたくさんいるんだ。それだと誰のことか分からないだろう。」
「なるほど、それもそうですね。ではここにいる間はレディック様とお呼び致します。」
「レディックだ。」
「それはできません。お名前を呼び捨てにするのは確実な誤解を与えます。ですので、レディック様とお呼びします。」
「…。」
レディックは黙ったまま薬湯の入ったカップを床に置き、薬を包んだ紙をそっと開けた。ミラーナはそれを目で追いながら身体を起こそうとするが、レディックに手で制されて再びクッションに頭を乗せる。カサカサと鳴る紙の音を聞きながら、ミラーナは大人しく指示を待った。
----起き上がるのが早かったのかしら。でもあれが薬なのよね…え、ちょ、何やってるの!?
寝転ぶミラーナの目に信じられない光景が飛び込んでくる。レディックが手に持っている薬をミラーナではなく自分の口に入れているのだ。サラサラと全てを口に含み、紙を丸めて、床に置いたカップの薬湯も口に含んでいる。そしてミラーナの首の下に腕を差し入れて身体を起こし、『さぁ。』という顔を向けた。それをただポカンと眺める。
「え?何をなさっているのですか?」
レディックが首を傾げる。
「いえ、不思議に思っているのは私の方です。…えぇ、そうですよね。口に入っているから説明できないのですよね。まずはそれをお飲み下さい。」
レディックが首を横に振る。
「では出して下さ…首を振らないで下さい。まさかそれを私に飲ませる…首を縦に振らないで下さ、ん!?んむっんー!!」
顎を掴んで上を向かされ、重なった唇から薬が流れ込んでくる。少しずつゆっくりと注がれる分唇が重なっている時間も長くなるのだが、非常識なほど時間をかけて流された。全てを流し終え、ミラーナが放心している間に残りの薬湯を口に含んでいる。ハッと我に返るもすでに遅く、再び口移しで薬を流し込まれた。気のせいか、先ほどよりも時間がかかっている。
「よし、全部飲んだな。」
「よし、じゃありません!何をするのですか!」
「薬を飲ませただけだ。昨夜もこうやって飲ませたんだぞ。君がなかなか口を開けないせいでリオナが困っていたからな。」
「だからって…え?昨夜も?まさかリオナさんの前でですか?」
「当然だろう。彼女には薬湯の量や飲ませ方を教えてもらう為に隣についていてもらった。」
「なっ…なっ…なんてこ…!んんっ!んんー!!」
衝撃の状況に目を見開いて声を荒げた瞬間、レディックに抱き寄せられて口を塞がれた。直前の薬を飲ませるものとは違う、喰らい付くような荒い重なりにミラーナの舌が抜かれそうになる。背中から頭の後ろにかけて回された腕にガッチリと固められているせいで、身を捩ることもできないままそれを受け入れるしかなかった。
レディックは唇を離してペロリと舌を出し、満足そうに見下ろした。
「さっき忠告しただろう。次に声を荒げれば唇で塞ぐと。それともわざとやったのか?」
「そ、そんなわけな…ゴホッ、ゴホッ、うっ…痛…!」
「おっと大丈夫か?ほら、もう目を瞑って寝ていろ。薬湯には痛み止めも入っているそうだから、寝ている間に腕の痛みも少しは和らぐはずだ。」
「はい、ありがとうございます。」
「次は昼だな。薬の時間になったらまた来る。」
「もう自分で飲めますので大丈夫です。」
「薬は全て俺が持っている。ほら、まだ熱が高いんだ。さっさと寝ろ。」
レディックは絶句するミラーナにシーツをかけ直してベッドから立ち上がった。上半身は裸だが、下はちゃんとはいている。ミラーナはせめてそのことへの安堵を得られただけでも良しとして、疲れ果てて目を閉じた。
思いの外疲れてしまったことと熱が高かったせいで、扉をノックする音に返事をしたのがレディックだということにすら気が付かなかった。
「失礼致しま…きゃ!」
「静かに。彼女には朝の分の薬を飲ませ、今また寝たところだ。」
「左様でございましたか。ではまた昼頃に参ります。」
「俺も昼の分を飲ませに来るから、それまでに口当たりのいい食事と薬湯を用意しておいてくれ。」
「畏まりました。」
「では俺は今から仕事に向かうから、あとは頼む。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
意識を手放す直前の二人のやり取りがミラーナの耳に届いてくる。レディックが部屋から出たのを見届けたリオナの『噂は本当だったんだ!』という言葉を最後に、ミラーナは完全に意識を手放した。




