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温かく、ゆらゆらと揺れる心地良さを感じて薄っすらと目を開ける。目に映ったものが武具だとすぐに気が付き、レディックの胸に頭を預けたまま意識を手放したことを思い出した。
----そうだわ、確かレディック様があの場から連れ出してくれて…
ミラーナはハッとして背中がゾクリと冷たくなった。今さらになって己の犯した罪の重さに再び身体が震えてくる。
----どうしよう、あんなこと言ってしまって…。私だけじゃなく、あの子まで罰を受けることになったりしたら…!
「ミラーナ、目が覚めたか?どうした…まだ震えが止まらないのか?」
「え!?あ…はい、申し訳ありません。」
「謝らなくていい。つらい思いをさせて悪かった。あんなことになるなんて思わなかったんだ。許してくれ。」
レディックは足を止め、ミラーナの額に口付けを落とした。じっと見下ろす青い瞳が後悔に揺れている。ミラーナは小さく頷き、静かに口を開いた。
「レディック様、あの子は…ナデッタはどこですか?」
「あの子はリオナに預けてきた。今頃部屋に戻っているはずだ。」
「そ、う…ですか…うん?」
ふと、いつものように視線を感じて周囲に目を向ける。ミラーナの目に飛び込んできたのは、あんぐりと口を開けて目を丸くする大勢の騎士たちの姿だった。
----え!?どうしてこんなに騎士様がたくさん…まさか!
恐る恐る周囲を見渡し、最後にレディックに視線を戻す。ミラーナはみるみる赤くなる顔を隠すことも忘れて声を上げた。
「レ、レディック様!こここ、ここはもしかして…!」
「うん?騎士棟だ。それがどうした?」
「どうしたじゃありません!つまり貴方様の職場ではないですか!!」
「だから、それがどうしたというんだ。俺たちの部屋にはナデッタとリオナがいる。落ち着いて話すには俺の部屋に行くしかないだろう。」
「だからといって…え?そういえば先ほど、私の額に口付けをなさってましたよね。まさか部下の皆様が見ておられる前で…?」
見上げた先で、レディックがニヤリと口端を上げている。ミラーナはわなわなと肩を震わせ、すぐに降りようと身をよじった。が、ガッチリと固められてさらに身動きが取れなくなっただけに終わる。
ゼェゼェと息を切らすミラーナの頭上からレディックの笑いを含んだ声が落ちてきた。
「大人しくしていろ。これ以上暴れるなら皆の前で口を塞ぐぞ。」
「申し訳ありませんでした。」
「それでいいんだ。ま、そんなに恥ずかしがらなくてもここにいる奴らは俺が君に心底惚れていることをよく知っている。」
「はい?」
「当然だろう。俺が何の為に騎士団長になったと…まぁいい。そのこともあとできちんと君に話す。」
レディックはもう一度額に口付けを落とし、自室へと向かった。
*
暗闇の中、すぐ側で扉が開く音が聞こえてくる。パタンと閉じられた扉が外界の喧騒を全て断ち切り、レディックのフゥと息をつく音だけが耳に触れた。
「もう手を離しても大丈夫だ。」
レディックはそう言ってミラーナを下ろし、窓際へ行ってカーテンを開けた。窓から射しこむ陽の光が部屋を明るく照らしていく。大きなベッドにクローゼットが三つ。テーブルとソファ。それからベッドサイドテーブル。派手さはないが、調度品の木に彫られている一つ一つの模様が美しく、匠の技を光らせていた。
「素敵なお部屋ですね。」
「そうか?俺は武具一式以外特に必要な物は無いからベッド以外の家具はほとんど使っていないんだ。」
「そうなのですか。私たちが使っているあのお部屋のものは、誰かに選んで頂いたのですか?」
「いや、全て俺が選んだ。君とナデッタについての情報を得てから、いろいろと想像を膨らませて。」
「へぇ…」
一瞬引きそうになる気持ちをなんとか堪えて笑顔を向ける。目の前に広がる殺風景な部屋の住人が選んだとは思えない愛らしい部屋が脳裏に浮かび、ミラーナは思わず吹き出した。
「なんだ?」
「いえ…なんでもありません。ありがとうございます。」
「うん?まぁいい。さて…」
レディックは二つある一人掛けのソファを隣同士に並べ、片方にミラーナを座らせた。棚からカップを二つ取り出し、それぞれに少しずつ葡萄酒を注ぐ。互いにカップを持って軽く鳴らし、少しだけ口に含んだ。
「さっきの話の続きだ。君は俺の前から姿を消してからどうしていたんだ?」
「あの日…レディック様とお会いする約束をしていた日は、私が修道院に入る日だったのです。」
「修道院に?」
「はい。あの頃の私は職を失ったばかりで。新しい職を見つけられず、友人の伝で修道院に入ることになっていました。」
「それで、どうして孤児院へ行くことになったんだ?」
ミラーナは口を閉じ、手の中のカップに視線を落とした。
「まさか…修道院にいる時に身籠っていることに気付いたのか?」
「…はい。」
「それじゃあやっぱり…」
「私が身籠っていることはすぐに院長の耳に入りました。そして、身籠った女が修道院にいれば悪い噂が広がり品位を失ってしまうと言われて…その日の翌日に追い出されました。」
レディックの息を吞む様子が伝わってくる。世俗から離れ、清貧と貞操を守る修道院内で身籠ったとすれば相手は院内にいる男だと疑われる。それを避ける為に、働く場も身寄りも無いと分かっていながらミラーナを追い出したのだ。
「でもその時、偶然用事で近くに来られていた孤児院のシュナード・サイラー院長様が手を差し伸べて下さったのです。追い出された事情を話すと、孤児院でよければ一緒に来なさいと言って下さって。」
「…。」
「私はすがる思いで院長様に付いて行きました。そして…あの孤児院でナデッタを産みました。」
「ミラーナ…」
「どう見ても訳アリの女にしか見えなかった私を…孤児院の皆も村の皆も、何も聞かずに支えてくれたのです。そして私は娘と二人、孤児院で働きながら今日まで生きてきました。ですから、母のように辛い思いをしたわけでは…ッ!?レディック様!?」
レディックは立ち上がり、ミラーナの前で床に膝をついて頭を下げた。
「何を…!」
「申し訳ない。ミラーナ、俺は…とても卑怯なことをした。」
「え?」
「俺は君とナデッタをこの城へ連れてくる為に孤児院やあの村の村人たちを利用した。ナデッタを隠せば…この地域に住む者全員を追い出すと言った、あの言葉だ。」
「あ…。」
「知らなかったとはいえ…たとえ冗談でも君とナデッタを助けてくれた彼らに対して言うべきことではなかった。本当に…申し訳ない!!」
頭を下げるレディックの呼吸が震えている。ミラーナは唖然としてライトブラウンの髪を見つめ、躊躇いがちにレディックの肩にそっと触れた。
「あの…お顔を上げて下さい。どうかお願いします。騎士団長様がそのように膝をつかれてはいけませんわ。」
「己の過ちを謝罪することに肩書など関係無い。君一人につらい思いをさせたことも、一時でも君に裏切られたと思ってしまったことも、君を傷付けてしまったことも、後悔ばかりだ。」
「もう過ぎたことです。それに私は今は幸せです。ですからレディック様も過去の想いに囚われることなく、これからは先のことだけを考えて…わっ!」
勢いよく顔を上げるレディックの青い瞳が目の前に現れ、ミラーナは咄嗟に仰け反った。それを追いかけるようにレディックがズイッと身を乗り出してくる。レディックは不満そうに顔をしかめ、口を尖らせた。
「待て。それはどういう意味だ?君はまだ、俺を置いてあの孤児院に戻る気でいるのか?」
「はい。え?もう結婚しない理由はお話ししましたよね。」
「君の母親の話か?確かに相手の男はクズでゲスだし君の母親は相当な苦労をしていたと思うが、それはあくまで君の母親の話だろう。俺をそんなクズと一緒にするな。」
「それは…そうですが…。」
「君が望むなら、今からでも相手の男を引きずり出して二度と太陽を拝めなくしてやってもいいぞ。俺ならできる。」
青い瞳がギラリと光り、冗談では無いことを告げてくる。ミラーナは勢いよく首を横に振り、一生関わるつもりは無いと訴えた。
「俺は君と結婚する。ナデッタが俺の子であるならなおさらだ。君も、もう悩む必要はない。」
「レディック様…」
「ところで…君がずっと主張していた、俺以外の男と関係を持っていたというのは嘘なのか?」
「…。」
「どっちなんだ。」
ソファの肘掛けに両手をつき、ミラーナに覆い被さるようにして真剣な眼差しを向けてくる。今にも喰らい付こうとする男の純粋な情熱と身体の奥が灼けていくような熱を感じて、ミラーナは目をそらして俯いた。
「…嘘です。あの日しか…ありません…きゃあぁっ!」
レディックはミラーナを抱きかかえて身体を起こし、使い慣れたベッドへ向かった。




