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 新しく用意された部屋の前で立ち止まり、レディックはチラとミラーナを見てから扉を開けた。


 「な!?お前たち、なぜここにいるんだ!!」


 レディックが部屋の中を見た途端に声を上げ、目を見開いている。ミラーナは男の突然の大声に驚き軽く身体が跳ねたが、すぐにその理由が分かった。部屋の中から複数の少年の声が聞こえてくるのだ。


 「あ、レディック叔父様!」

 「こんにちは、叔父様!」

 「こんにちはぁ!」

 「あ、お兄ちゃん!」


 ナデッタの声が聞こえてレディックの隣からそっと部屋の中の様子を見る。母親の姿を見つけてパッと顔を輝かせるナデッタとは反対に、ミラーナは目の前の光景にあんぐりと口を開けた。ソファに座るナデッタの周りを三人の少年が囲んでいるのだ。


 ----何よこの子たち…え?今、叔父様って言わなかった?


 まさか、とミラーナは隣に立つ男に目を向けた。レディックが叔父ということは、謁見の間にいた兄二人のどちらか、もしくは両方それぞれの子供なのだろう。しかし男は甥たちを見て笑顔を向けるどころか怒りに顔を震わせている。そうとも知らない少年たちは我先にと興奮気味に喋りだした。


 「ねぇ叔父様、この子可愛いね!!」

 「うわー!こうして一緒に見ると本当にそっくり!いいなぁ、女の子いいなぁ!」

 「いいなぁ!女の子可愛い!僕も妹ほしい~!」

 「もうナデッタが俺たちの妹でいいんじゃないか?セドリックとナダムにとっては姉になるな!ナダムもここに連れてくれば良かった。」

 「いいな、それ!叔父様の子供なら俺たちの兄弟も同然だもんな!」

 「違うよ!お兄ちゃんはお父さんじゃないったら!」

 「嘘だぁ!ここまで同じ顔でそれはないって!俺も母上と同じ顔してるってよく言われるんだぜ!」


 ナデッタの右側にいる一番年長の少年がナデッタの頬をツンツンと突いて笑っている。反対側に立つ少年はナデッタの髪に指を通し、一番年少の少年は床に膝をついてナデッタに抱きつき、膝に頬をすり寄せている。どうやら頬をすり寄せている少年が『妹ほしい』と言っているようだ。

 ミラーナはそれを見て、もう一度レディックに視線を戻した瞬間ヒュッと喉を鳴らした。


 ----こ、怖…すごく怒ってる!!


 レディックの額には血管が浮かび上がり、人に見せてはいけないような顔で少年たちを睨みつけている。ミラーナは慌てて部屋に入り、子供たちのもとへ歩み寄った。


 「み、皆様こんにちは!ナデッタの母のミラーナ・クライネと申します!」

 「あ!ナデッタのお母上だー!」

 「てことは、レディック叔父様の!?」

 「そうだ、俺たちの叔母様になる人だ!綺麗な人だね、叔父さ…ヒッ!?」


 年長の少年の小さな悲鳴で会話が終わり、少年たちは一斉に顔を真っ青にして固まった。ナデッタだけはリオナが後ろから手で両目を塞いでいる。ガタガタと震える少年たちを見てなぜかミラーナまで顔が真っ青になり、恐る恐る後ろを振り向いた。


 「ヒッ!レ、レディック様、あの…」

 「お前たちここで何をしている。ユーリス、答えろ。」

 「あ、あの…えっと…」


 声を向けられた年長の少年ユーリスがサッと姿勢を正した。ユーリスは見えない圧力にダラダラと冷や汗を流しながら目をキョロキョロと動かしている。その間レディックはナデッタに抱きついている少年に向かって顎をクイと動かし、『離れろ』と無言の指示を出した。それを受けた少年はソロソロと離れ、もう一人の少年の後ろにスッと隠れた。


 「あれ?お兄ちゃん、どうしたの?怒ってるの?」


 目を隠されたままのナデッタの声が凍りついた空気に花を咲かせる。レディックは表情は変えないまま、優しい声でナデッタに返した。


 「まさか。俺は怒ってないよナデッタ。」


 全員が言葉を失い、信じられない目を男に向ける。レディックは扉を指でさし、『三人とも出て待て』と指示を出した。ナデッタには優しい声で続ける。


 「ちょっと甥たちに用があるだけだ。そうだ、今夜は一緒に食事をしないか?」

 「え!いいの!?うん!一緒に食べたい!!」

 「ちょ、ちょっと…いえ、なんでもございません。」


 ミラーナは咄嗟に抗議しようとしたが、男の顔が怖すぎてとても最後まで言う勇気が出ない。少年たちもこれまで散々怒られてきた中で最も恐ろしい怒りを向けられ、一目散に扉の方へと走っていった。


 「ミラーナ。」

 「は、はい!」

 「そういうことになったから、今夜は別の部屋に食事を用意させる。そこでまた会おう。」

 「はぁ…分かりました。よろしくお願い致します。」


 今は絶対に抵抗してはいけない。ミラーナは諦めの溜息をつき、部屋から出ていくレディックの背中に向けて頭を下げた。


*


 初めての三人での食事は和やかに進み、レディックとナデッタは食事の間もずっとお喋りをしていた。話の内容はほとんどリオナに読んでもらった絵本についてだ。特にお気に入りの冒険物語について熱く語るナデッタの話を、レディックは終始笑顔のまま聞き入っては相槌を打っていた。


 「娘を運んで下さって、ありがとうございます。」


 食事を終え、レディックに抱かれながら部屋に戻る途中で寝てしまったナデッタをベッドへ運ぶ。レディックはナデッタにシーツをかけ、小さな額をそっと撫でた。


 「この子は本当にいい子だな。」

 「え?」

 「さっきの食事の時に思ったんだ。この子は君が食事をしている間、ずっとその手首を気にしていた。」

 「あぁ…」

 「熱心に絵本の話をしながら君が食べやすいようにパンをちぎり、片手で食べにくいものはないかをずっと気にしていた。本当に…なんて優しい子なんだと感動したよ。」


 愛しい娘を見るようなレディックの横顔から目をそらし、ミラーナは静かに口を開いた。


 「ありがとうございます。そう言って頂けると、親として嬉しく思います。」

 「君はなぜそうやって頑なに線を引こうとするんだ。」


 レディックは立ち上がり、ミラーナの前に立った。部屋は暗く、リオナが事前に用意しておいたテーブルの上の灯りがその周りを照らしているだけだったが、互いの表情を見るには十分だった。


 「ミラーナ、俺は君を愛している。あの頃からずっと君だけを想い続けてきた。」

 「…。」

 「君に二度と他人だなんて言われたくないんだ。必ず君を幸せにする。だから…」

 「やめて下さい。娘が起きてしまいます。」

 「やめない。俺は君を妻にしたい。俺を君の夫にして欲しい。君が俺以外の男の妻になるなんて考えられない。この六年間、俺がどんな気持ちだったか分かるか?もし君が誰かのものになっていたらって…」

 「う…ん…」


 ナデッタの声に同時に振り向き、息を潜める。ミラーナは変わらず寝息を立て続ける娘に安堵の息をつき、先ほどよりも声が小さくなるように注意して口を開いた。

 

 「私は…誰の妻にもなりません。」

 「それは誰とも結婚しないということか?」

 「そうです。たとえ貧しくともあの孤児院で娘と二人、静かに生きていきたいのです。」

 「ミラーナ、教えてくれ。なぜそこまで俺を拒む?あの日の君はとても情熱的だった。あれが全て嘘だったとは到底思えない。」

 「貴方様を拒んでいるのではなく、娘と二人でいたいのです。」

 「君たち二人の間に、俺が入る隙は本当に少しも無いのか?」

 「はい。」


 ミラーナはレディックを真っ直ぐに見つめてキッパリと言い切った。どれほど懇願されようとも、どれほど真剣に愛を告げられても、将来を約束することだけはできない。レディックは今、受け入れてもらえない愛を押し通そうと意固地になっているだけなのだ。目標が達成できればすぐに次の目標ができるに決まっている。


 ----絶対に最後の一線だけは越えてはいけない。これだけは…


 二人の間に重い沈黙が落ちる間、レディックは(くう)を睨んで考え込んでいた。何を考えているのか、次は何を言い出すのかは分からないが、これ以上互いの気持ちを押し付け合い追い詰め合うような話はしたくない。愛ほど変わりやすく永遠に続かないものはないのだから。

 ミラーナが引き時だと判断して挨拶をしようと口を開いたと同時に、レディックがポツリと呟いた。


 「じゃあ…君は結婚しなくていいのなら、俺の傍にいてくれるんだな?」

 「何を言って…」

 「君は俺自身を拒んでいるわけではないと言った。では結婚さえしなければここに残ってもいいということだな?」

 「なぜそうなるのですか!私は孤児院に戻りたいと言っているのです!」

 「それは認められない。どうしても結婚そのものが嫌なのなら今はそれでも構わない。だが今後は俺の知らないところで他の男と関わることだけは絶対に許さない。君に近付く男が出てくるかもしれないからな。」

 「私の話を聞いて下さい。絶対にそんなことはあり得ません!」

 「あり得ないなんてどうして言い切れる!?俺は一度、そのあり得ない状況を経験しているんだ!突然君が姿を消してしまったから!あんな絶望を味わうのは二度とごめんだ!」


 大声を出すことを必死で堪えるレディックの顔が哀しみに歪む。レディックは言葉に詰まるミラーナに背を向け、マントを外してソファに掛けた。


 「え!?」


 ミラーナの声を無視して武具を外し、次々と服を脱いでいく。肌着だけを身につけてベッドへ向かい、ナデッタの隣に滑り込んだ。


 「君の気持ちはよく分かった。もう君に結婚を迫ったりはしない。その代わり遠慮もしない。だから予定通り俺もこの部屋で寝ることにする。」

 「そんな、待って下さ…」

 「いい加減にしろ、ミラーナ。俺はこれでもかなり譲歩しているんだ。本当なら今すぐにでも君を俺のものにしたいと思ってるんだぞ。」


 レディックの熱を帯びた低い声にミラーナの背中がゾクリと震える。その痺れが恐怖ではなく胸の高鳴りであることにミラーナは息を呑んだ。


 ----どうしよう…


 「どうした、早く君もベッドに入れ。」

 「あ、あの、えっと…」

 「うん?あぁ、君が寝るのはもちろんここだ。もし違うところで寝ようとしたら連れ戻す。」


 レディックの大きな手がレディックとナデッタの間にできた隙間をポンポンと叩いている。肘で頭を支えてじっと見つめる男の青い瞳に絡まれ、ミラーナの足が緊張に震えた。知らない間に隣で寝られていたことはあっても、ミラーナの方からレディックの隣に入ったことはない。そもそもここへ来るまで男の隣で眠ったことなど一度も無かった。


 ミラーナが立ち尽くしたまま動かないでいると、レディックは溜息をついて立ち上がりミラーナのもとへ歩み寄った。


 「遅い。」

 「え?ひゃっ…」


 咄嗟に口を塞いで声を抑える。レディックはミラーナを抱きかかえてベッドへ戻り、ミラーナの服に手をかけた。


 「やっ…何をするのですか!」

 「そのままでは寝苦しいだろう。服を脱いで楽にしろ。」

 「こ、このままで結構です!」

 「無理矢理脱がされたいのか?俺の力では肌着すら残さず一瞬で裸にしてしまうぞ。」

 「な、な、なんてことを…」

 「ほら、それが嫌なら大人しくしていろ。すぐ側にナデッタがいるんだ。さすがに何かしようとは思わないから安心しろ。」


 グッと押し黙るミラーナの様子に満足するように、レディックはミラーナの服に手を伸ばした。左手首を動かさないようにそっと袖を抜き、ゆっくりと足元に下ろしていく。膝下までの薄い肌着姿になったミラーナの後ろから髪に触れ、髪留めを外して長い髪を横に流した。


 「さ、できた。これでいいか?」

 「はい…ありがとうございます…。」

 「よし、じゃあ寝るか。」


 レディックがシーツをめくり、ミラーナに入るように促してくる。ミラーナは意を決して深く息を吸い、ナデッタの寝顔だけに集中してのそのそとベッドに入った。腹を括ってしまえばあとは目を瞑って寝るだけだ。


 ----大丈夫。この子の方を向いていればいいんだから。


 ふぅ、と小さく息をいて目を閉じる。しかしすぐに目を大きく開けて息を止めた。後ろからレディックがベッドに入ってくる気配がする。その動きが徐々に近付いてくるのを感じて、おさまっていたはずの心臓はあっという間に早鐘を打ちはじめた。


 「ミラーナ、手首の痛みはどうだ?」

 「あああ、あの、あの!」

 「どうした?まだ酷く痛むのか?」

 「そうではなく…もう少し離れて下さい!」


 ミラーナの背中にレディックの胸がピッタリとくっついている。抱き寄せるように身体に腕を回され、薄い肌着から伝わるレディックの体温と胸の鼓動がミラーナの思考をあっさりと奪い去った。


 「断る。で、どうなんだ。痛むのか?」

 「い、痛みはまだありますが、大分良くなりました。もう少しで動かせるようになると思います。」

 「そうか…それなら…良かった…。」


 スゥッと静かになる呼吸音が耳に触れる。ミラーナは身体を包む腕に重みを感じて小さく呟いた。


 「レディック様?」

 「…。」


 後ろを振り向くことはできないが、耳元から確かな寝息が聞こえてくる。

 高鳴り続ける胸の鼓動に深い溜息をつき、ミラーナはそっと瞳を閉じた。

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