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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
60/71

終わり・1

 採集基地の中心付近に位置する広場を離れ、北の門に繋がる通りを北上する。

 今日の基地内は人通りもまばらで活気に欠けている。たまたま仕事の少ない日なのか、それとも休日が設定されているのか、昨日に比べて寂しい印象だ。

 基地内を我が物顔でうろついていた鶏や羊の姿も、今日は見かけない。

 辺りに漂う異臭も今日は控えめだったが、あちこちにある家畜の排泄物混じりのぬかるみが生臭かった。

 アンカルヤは足元に気を付けて歩いていたが、それでもブーツが泥で汚れることは避けられなかった。


 基地の北門には、さほど時間もかからずに到着した。

 大きな両開きの門と、その横に小さな門が併設されている。大きな門は多数の人と荷物を通す際に使用するもので、小さな門は少人数が出入りするためのもののようだ。大きな門は閉じられていて、小さな門のほうは開かれている。

 門の内と外を見守るために大きな櫓が建てられていて、小さな門はその真下にあった。

 小さな門の傍らにアマギリイナとサリイユの後ろ姿を見つける。その他にも、門の警備員らしき人物の姿もあった。彼らは真剣な表情で何か言葉を交わしていた。内容まではここからでは聞き取れないが、気楽な雑談といった雰囲気でないことは確かだ。

 アンカルヤたちの到着に気が付いたサリイユが振り返り、表情を緩めて元気いっぱいに両手を振る。


「おはよう、みんな!」

「あっ、お待ちしていました、皆さん。出発の準備はできていますか?」

「おう。待たせてしまってすまない」

「いいえ。時間はまだ余裕があるので、大丈夫です」


 アマギリイナはロウギスの言葉に首を横に振り、そう答えた。

 それから振り返り、北門の警備員に一礼する。


「お世話になりました。それでは、私たちは五名で遺跡街に向かいます」

「おう、記録しておく。気をつけてな」


 アンカルヤも手を振る警備員に一礼を返し、彼らに見送られながら小さい門を通って基地を後にした。






 採集基地の北側は、なだらかな下り斜面となっていた。広々とした風景が広がっていて、見晴らしは良い。だが、もとから開けた土地であったというわけではないようだ。無数の切り株が、かつてこの近辺が深い森であったことを物語っている。

 見たところ、切り株は最近のものではなかった。この辺りの森が切り開かれたのは、かなり以前のことなのだろう。


「随分と切り株が目に付くが、これは?」

「基地の建設の際に、建材や薪にするために伐採した痕跡ですね」

「この辺りは農地か牧場に開発する予定らしいよ。切り株の処理が面倒で後回しにしているうちに、放置状態になってしまってるけど」


 アンカルヤが呟いた疑問に、アマギリイナとサリイユがそう教えてくれた。

 確かに、これだけの数の切り株の根を全て掘り返して片付けるとなると、かなりの時間と労力が必要になるだろう。作業を後回しにしたくなる気持ちもわかる。


「だが牧場は早く作ったほうがよいのではないかな? 基地内で家畜を放し飼いにしているのを見たが、あの状況は衛生面で問題があるだろう」

「それについては、基地の西側に放牧場があったのですが、一月ほど前に狼の群れの襲撃があり、かなりの被害が出たそうなのです。基地内での家畜の放し飼いは、放牧場の害獣対策が整うまでの暫定的な措置とのことです」


 なるほどと頷いて、アンカルヤは採集基地を振り返った。基地を囲む木の壁と、周囲を見下ろす無数の櫓。この防備は決して大げさではなく、この森の中で安全を確保するために必要なものなのだ。


「ところで、先程お前たちが門番と話し込んでいるのを見かけたが、なにかあったのか? 楽しい雑談といった様子には見えなかったが」


 一行を先導するアマギリイナに、ロウギスが問いかけた。それは、アンカルヤも気になっていたところだ。


「基地の人たちから、少々不穏な報告を受けていたのです。そのことで、皆さんに伝えておくことがあります。基地から遺跡街への道中、周辺の警戒を怠らないようにお願いします」

「危険があるのか? しかし先日は、比較的安全な道だと言っていなかったか?」


 採集基地から遺跡街への道は頻繁な往来があり、そのためある程度の安全は確保されているという話だったはずだ。


「普段ならその通りなのですが、状況が変わったようなのです。ゴブリンシャーマン討伐の影響です。いえ、影響自体は予想されていたことなのですが……」

「影響が表れるのが、予想よりも早かったみたいなのよ。南方のゴブリンが北上してきたみたいで、昨日からこの辺りでゴブリンの目撃情報が急増しているの」

「基地の近くでも、ゴブリン同士の小競り合いが確認されたとか」


 確かに、あれだけの規模の大集団が崩壊したのだ。影響の及ぶ範囲も広いだろう。

 だが、その影響が表れるのが事前の予想よりも早く、アンカルヤたちが一日の休息をとっている間に状況が悪化してしまったようだ。

 いまさら言っても仕方のないことだが、多少の無理をしてでも昨日のうちに遺跡街に向かったほうがよかったかもしれなかった。


「昨日、遺跡街に向かった帰還部隊は無事に街に着いたのだろうか? アマギリイナはなにか聞いているか?」


 先に遺跡街に向かった帰還部隊の安否は、アンカルヤたちにとっても他人事ではなかった。帰還部隊が道中で問題に遭遇していたとしたら、同じ道を進む予定の彼女たちも同様の問題に遭遇する可能性があるからだ。


「わかりません。ですが、帰還部隊になにかあればこの基地にも連絡が来るはずです。それがないということは、問題もないということでしょう」


 便りがないのは良い知らせ、というわけだ。

 自分たちも、何事もなく遺跡街に到着できればよいのだが。

 そう思いながら、アンカルヤは北の空を見上げた。






 切り株に覆われたなだらかな斜面を北に下り終えると、そこから再び森に入る。

 少し湿度が高くてひんやりとした空気。そして爽やかな森の香り。

 採集基地の異臭から開放された一行は、大きく息を吸い込み清涼な空気で肺を満たす。

 森の中といっても一昨日とは異なり、木や藪を切り開いて道が作られている。川や大きな窪みには橋がかけられ、段差には簡単ながらも階段やスロープが設置されている。

 道幅はアンカルヤたち三人が横に並んで歩けるほどに広く、刻まれた轍の深さから日常的に頻繁な往来があることが窺える。

 島の中央に向かってゆるい上り道が続くが、それでも道なき森の中を進んだ一昨日に比べると足への負担は少ない。

 だが道を一歩でも外れると、そこには木々の生い茂る深い森が広がっている。視線の届かぬ森の奥深くから動物の鳴き声が反響する度に、一行は足を止めて周囲を警戒する。だが幸いなことに、今の所ゴブリンの気配や痕跡は見られなかった。


 先頭を進むアマギリイナが、ふと何かを思い出した様子でアンカルヤを振り返った。


「アンカルヤさん、今日は帽子をかぶっていないのですね」

「帽子? ああ、そうだね」


 審問官の装備といえば、黒のロングコートに片手斧とクロスボウ。そして、つば広の中折れ帽だ。

 だが今日のアンカルヤは帽子をかぶっていない。


「今の気候なら、日よけも必要ないだろう。それに審問官の帽子は頭の保護よりも、顔と視線を隠すことが目的だからね」

「なら、今日は帽子をかぶっておいたほうがようでしょう。帽子で顔を隠して、遺跡街で目立たないように」


 アマギリイナの話の要点が掴めず、アンカルヤは首を傾げた。


「キミは何が言いたいのだ? いや、私としても無意味に目立ちたいとは思っていないが、顔を隠す必要があるというのもわからないわ」


 その質問には、サリイユが答えてくれた。


「アンカルヤほどの美人となると、どうしたって周囲の注目を集めてしまうからね。それはトラブルを引き寄せるということでもあるのよ」

「私の容姿が揉め事の原因になるとは、遺跡街はそれほどに治安が悪いということかね?」

「あ~、治安というのとはちょっと違うんだよね。どう説明したらいいのかな……?」


 アンカルヤの疑問にサリイユは説明の言葉が思い浮かばず、アマギリイナに視線で助けを求めた。するとアマギリイナはやれやれといった仕草で、サリイユの説明を引き継いた。


「えっと、つまりですね、これは治安がどうこうという話ではなく、ゲームのキャラクターという存在の特殊性に起因する問題なのです。私たちは、王冠物語というゲームの世界の中に、ゲームのプレイヤーキャラクターとなって転移しています。そして既にお気付きのことと思いますが、私たちはキャラクターメイキング直後の初期状態ではなく、ゲームの進行途中の状態でこの世界に実体化しました」

「つまり、強くてニューゲーム状態だね」

「いえ、ニューゲームではありません。今の私たちは、最新のセーブデータからゲームを再開した状態です」


 自分たちの現状が、最新のセーブデータを元にした実体化だというのは初耳の情報だ。

 だがそうだとすると、新たな疑問が浮かび上がる。


「いや、現状がゲームの続きというのは納得できないところがある。リフィリシアはともかく、ロウギス。キミはゲームでは迷宮の第七層の先まで到達していただろう? ならば今、『一つの石の王冠』を所持しているかね?」


 アーティファクト『一つの石の王冠』は迷宮の第六層で入手する王冠物語のクリアアイテムであり、エンドコンテンツである第七層以下へと進むためのキーアイテムだ。なので、七層以下に到達したプレイヤーキャラクターであれば、必ず所持しているアイテムである。当然、アンカルヤもゲーム内ではこのアイテムを入手していた。

 しかし、現在の彼女の所持品の中に『一つの石の王冠』は存在しない。


「いや、俺の所持品に『一つの石の王冠』は見当たらないな」

「私も同様だ。ならば、今の状況はゲームの続きとはいえないだろう」

「そうですね。先程はゲームの続きと言いましたが、実際のところ、この世界はゲームを忠実に再現しているわけではありません。アンカルヤさんにお聞きしますが、ゲームとこの世界の最も大きな差異は何だと思いますか?」


 アマギリイナの唐突な問い掛けに、アンカルヤたち三人は視線を交わして首を捻る。


「ゲームが現実化したこと以上に大きな違いなど、思い付かないが?」

「いえ、それは前提です。そうですね、質問の仕方を変えましょう。私たちの現状を忠実にゲーム化したとして、それをオリジナルの王冠物語と比較した際の、最も大きな違いは何でしょうか?」

「――自分のステータスを数字で確認できないとか、セーブができないとか、ゲームの中断ができないとか、そういうことでしょうか?」


 リフィリシアが自信なさげにそう答えた。

 アンカルヤも、それ以外にゲームと現状の差異は思い付かなかった。


「つまり、今の私たちはメニュー画面を開くことができないということだね」


 しかし、ロウギスは二人とは異なる答えを口にした。


「いや。それも確かにゲームと現状の違いだが、それよりももっと大きな違いがある。ゲームのシステムが、シングルプレイからマルチプレイに変更されている」

「あっ、そうか。確かに、その違いもあったね」


 王冠物語はシングルプレイのRPGであり、つまりゲームの中にプレイヤーは一人だけだ。

 それに対して、複数のプレイヤーが同時に存在している現状はMMO(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)に近く、確かに王冠物語とは大きく異なっている。


「はい、ロウギスさんが正解です。この世界はシングルからマルチへの仕様変更に合わせて、ゲーム内容に調整が加えられています。先ほど話題に上がった『一つの石の王冠』も、その一例ですね」


『一つの石の王冠』は、設定上は世界に一つしか存在しないユニークアイテムだ。それを複数のプレイヤーが同時に所持しているなどということは、あってはならない。なので『一つの石の王冠』はプレイヤーたちの所持品リストから削除されたのだ。その他にも、幾つかのユニークアイテムが同様にアンカルヤの所持品からは消えていた。


「そういうことなら、私がこの森の中に転移したのも同じ理由なのかな? 最新のセーブデータからの再開ということなら、私は迷宮第九層のエレベーターホールに転移していたはずだ。私はエレベーターホールを拠点にしていたから、最後のセーブポイントもそこのはず。だが、『一つの石の王冠』を所持していなければ、そこに到達することはできないものね」

「いや、それはおかしい。俺はこの世界での迷宮攻略について、既に最下層まで到達しているという話を聞いたぞ。『一つの石の王冠』が存在しないのなら、どうやってそこまで到達したのだ?」


 ロウギスの疑問に対するアマギリイナの答えは、アンカルヤたちにとって驚くべきものであった。


「それは、迷宮が何者かによって既に攻略済みだからです。この世界は私たちがパソコンで遊んでいたゲームの続きではありますが、ゲームの舞台となっていた時代から見ると数年先の未来だと思われます」


 アマギリイナの話によると、この世界に転移したプレイヤーたちが迷宮の第六層最奥に到達したとき、『一つの石の王冠』は何者かに持ち去られた後で、第七層に繋がるゲートは開放されていたそうだ。

 そして迷宮最下層である第九層の最奥には、ゲームの最後にして最強の敵である『青銅のドラゴン像』が損壊により機能を停止した状態で放置されていたらしい。


「つまり、この世界はゲーム本編のクリア後で、エンドコンテンツも攻略済みということなのか?」

「いや、待てアンカルヤ。それも違うのではないか? 俺が聞いた情報では、プレイヤーたちは迷宮の最下層には到達しているが『青銅のドラゴン像』はまだ倒せていないということだ。俺の聞いた話とアマギリイナの話は食い違っている」

「そうですね。ゲームでプレイヤーが戦う『青銅のドラゴン像』は一体だけでした。ですが、その背景に停止状態のドラゴン像が他に七体あったことを憶えていますか?」

「おい、まさか……」

「そのまさかです。迷宮の最奥に設置されていた『青銅のドラゴン像』は八体。一体は何者かの手により破壊されていますが、残りの七体の内の三体が稼働状態にあり、他の四体もいつ動き出してもおかしくないとのことです」


 王冠物語をクリアするには、クラスにもよるが平均して45前後のレベルが必要になる。

 だがゲームクリア後のエンドコンテンツに最後の敵として登場する『青銅のドラゴン像』は、レベル45程度では傷一つつけることもかなわぬ桁違いの存在だ。その強さは、制作者が設定を間違えたのではないかと言われているほどである。

 この世界に存在する『青銅のドラゴン像』がゲームに準ずる戦闘力を持ち、なおかつ複数体が稼働状態にあるとなれば、迷宮攻略を目指すプレイヤーたちが攻めあぐねるのも当然だ。

 特殊な付呪魔術を施された魔法じかけのドラゴン像は、当然ながら本物のドラゴンの強さに比べれば足元にも及ばない。それでも、人間程度の力では太刀打ちもかなわぬ恐るべき強敵である。


「ところで、迷宮を攻略した何者かというのはいったい誰なのだ? そいつはプレイヤーではないのか?」


 ロウギスのその疑問は、アンカルヤの疑問でもあった。


「それは不明です。ですが破壊されたドラゴン像の破片の断面を調べたところ、迷宮が攻略されたのは我々プレイヤーの転移よりも以前のことのようなのです」

「つまり、その何者かはプレイヤーではないと?」


 だがサリイユは、そうと断言もできないと言って首を横に振る。


「迷宮が攻略されたのはプレイヤーの転移が始まる直前のことみたいだから、タイミング的にわたしたちと無関係とも思えないのよね」

「ですが、もし何者かがプレイヤーだったとすれば、その人物が迷宮の攻略達成者であることを名乗り出ていないのは不可解です」

「そうだよね。だからね、迷宮を攻略した人がプレイヤーなら、多分もうこの島にはいないと思うわ。もしこの島にいるのなら、アマギリイナちゃんの言う通り、名乗り出ない理由がないもの」


 だとすれば、その何者かは何処に行ってしまったのだろうか?


「仮に迷宮の攻略者がプレイヤーだったとして、そのことを名乗り出ない理由として考えられる最悪の可能性は、既にこの世にはいない。そして、最良の可能性は……」


 だが、アマギリイナはその言葉の先を声には出さなかった。いや、出せなかったのかもしれない。それは幾つもある可能性の内の一つに過ぎないにもかかわらず、既に多くの人々の心を捉え、そして少なくない数の命を奪っている言葉であったからだ。

 だが、彼女が声にしなくても、その言葉はこの場の全員に伝わっていた。


 ――その何者かは、迷宮(ゲーム)攻略(クリア)して元の世界に帰還したのかもしれない。






「ところで、この話はいつになったら、アンカルヤが顔を隠さなければならない理由に繋がるのだ?」

「あっ」


 ロウギスの指摘に、アンカルヤの口から思わず声が漏れた。すっかり忘れてしまっていたが、この会話はそのことについての説明だったはずだ。


「『一つの石の王冠』の話題あたりから、話が脱線しちゃったね」

「それでは、この世界でのプレイヤーの実体化がゲームの最新のセーブデータに基づくというところまで、話を戻しますね」


 ゲームの開始時点では、各プレイヤーキャラクターには初期パラメータの差の他に違いはない。

 しかし、最新のセーブデータの内容となると、そうではない。ゲームの進行状況はプレイヤーによって様々だ。リフィリシアのようにこのゲームを遊び始めたばかりの初心者がいれば、アンカルヤとロウギスのような王冠物語を遊び尽くしているベテランプレイヤーもいる。


「なので、この世界に転移したプレイヤーたちは全員が同じ状況に置かれているように思えますが、実際にはレベルやスキル、所持品や容姿など様々な格差があります」


 アンカルヤとリフィリシアを比較すると、アマギリイナの言葉を実感できる。容姿はともかくとして、二人のレベルと所持品にはかなり大きな格差があった。


「同じ立場のはずなのに、このような格差があると、その不公平や不平等に不満を感じる者がいるのも当然です。なので、アンカルヤさんのように全ての要素で優遇されているキャラクターは、他のプレイヤーから妬まれることが多いのです」


 確かに、アンカルヤとロウギスはこの状況下では恵まれているともいえる。

 だが、そのことで他人から不満を向けられても困る。筋違いもいいところだ。


「なるほど。そういうことであれば、キミの忠告どおり、不用意に目立たないように気を付けるべきだね。遺跡街に着く前に、帽子を用意しておこう」


 アマギリイナとアンカルヤの会話を聞きながら、ロウギスが思案顔で顎を撫でている。


「俺の記憶が正しければ、王冠物語のグローバル実績データでエンディングまで到達しているプレイヤーの数は、全プレイヤーの内の一割弱くらいだったはず。つまり、高レベルのプレイヤーはそれだけしかいないということだ。妬まれる者が妬む者に数で大きく劣るというのは、なかなか厄介だな」

「そうですね。高レベルの基準ラインであるレベル35を超えているプレイヤーは数も少なく、遺跡街においては良くも悪くも特権的な存在です」


 殆どの敵性Mobに苦戦することがなくなり、高性能の装備品が一通り揃い、常に不足していた消費アイテムや所持金に余裕が出はじめる。ゲームのクリアにはまだ足りないが、背伸びをすればエンディングに指先が触れる。それがレベル35だ。


「私はこの世界で最初に出会ったのがロウギスさんとアンカルヤさんだったので、ほとんどの人は私よりもレベルが上だと思っていました。でも実際には、私くらいのレベルの人のほうが多いのですね」

「リフィリシアさんのレベルを私は知りませんが、実戦で召喚魔術が使用できるだけで、魔術師の中では高レベルに分類されますよ」

「そうなんですか?」


 リフィリシアは目を丸くして驚いている。自分が高レベルのキャラクターに分類されるということが、随分と意外に感じられるようだ。


「そういえばリゴウズがリフィリシアに、召喚魔術が使えることは口外しないほうがよいと忠告してくれたが、そういうことか」


 もはや遺跡街には面倒ごとの予感しかない。

 それでも、元の世界への帰還方法を調べるという目的がある以上、遺跡街を避けることはできなかった。






 アンカルヤたちはそのような会話を進めながら、同時に足も進めていた。

 やがて前方から、重々しい水音が聞こえてくる。


「この音は……?」

「もう少し進めば、見えてきますよ」


 緩やかな曲道を先に進むと、茂みの向こうに高さが十二メートルほどの切り立った岩の斜面が現れた。

 その傾斜を滑り落ちる大量の水が、滝壺にぶつかって砕け散っている。舞い上がる白い水煙に小さな虹がかかっていた。

 辺りには水と苔の匂いが漂っている。


「採取基地と遺跡街を繋ぐ道で、唯一で最大の難所です。ここを登りきったら、小休止をとりましょう」


 ああ、やはりこれを登らなくてはならないのか。

 アンカルヤたちはうんざりした様子で目の前の崖を見上げた。


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