チュートリアルの終わり・10
「俺が三人だけで話したかったことは、遺跡街に到着後の俺たちの行動についてだ。だがその前に、まだ先程の話が途中で終わっていない。こちらを先に済ませておこう」
「まだ焦らすのか。いや、まあいい。それで、何が話し足りないのだ?」
「五つの可能性について簡単に説明をしたが、お前たちはそれらをどう考える? 元の世界への帰還の可能性は、どれが最も高いだろうか?」
「ふむ?」
ロウギスの問いについて、アンカルヤとリフィリシアは暫しの間考える。
「――どれと聞かれても、まだ何とも言えないな。現時点の情報だけで判断するのであれば、最も帰還の可能性が高いのは、やはり星去り峰の『跳ね橋』だろう。過去に一度、日本と繋がっているという実績は大きい」
「そうですね。私の考えも、アンカルヤさんと同じです」
二人の返答に、ロウギスは肩の力を抜いて頷いた。
「そうだな。俺もお前たちと同じ考えだ。だが、実際に星去り峰に向かうとなると、まず初めに迷宮島を出て大陸に向かう手段が必要だ。このことについて、二人に何か考えはあるか?」
「ん。それについては以前にも一度、話題にしたことがあるね」
「森を切り開いて、こんな基地を作っている人もいるくらいです。海に出るために船を作っている人もいるかもです」
海を渡る手段として誰もが最初に思い浮かべるのは、やはり船だろう。
「私もその可能性は低くないと思っている。――それどころか、既に大陸との往来が行われているという可能性もなくはないだろう?」
迷宮島は資源も豊富な大きな島である。しかし、それでもこの島での生活が長期間に及ぶとなると、いつか限界が来る。数ヶ月から数年程度で元の世界に帰還できるならともかく、それ以上の時間が必要となると、いずれ大陸の文明と資源に頼る必要に迫られることになるだろう。
この島にはかなりの数のプレイヤーがいるのだから、中にはそう考える者もいるはずだ。そのようなプレイヤーが、この島を出て大陸に向かう方法を既に見つけていているという可能性は十分にある。
迷宮島と大陸の往来が既に行われているのであれば、アンカルヤたちが島を出る方法を探す必要もなくなる。
「あっ! 言われてみれば、その可能性もあったか。島を出る方法はまだないと、すっかり思い込んでいた。先入観というのは、怖いものだな」
ロウギスは自分の認識の不備を反省している様子だが、その思い込みは仕方がないとアンカルヤは思った。これまでの他のプレイヤーたちとの会話で、この島を離れるという話は一度も聞いたことがないからだ。
「それでも、俺が島を離れる手段はまだないという前提で情報を集めていても、話の食い違いはなかった。だから、まだ島を出る方法はないとみていいだろう」
「そうだとしても、大陸を目指している者はいるはずた。船の建造までなら、既に誰かが行っているかもしれないね」
だが、ロウギスはアンカルヤの意見を聞いて難しい顔になる。
「いや。仮に船が用意できたとしても、解決しなければならない問題はそれだけではない」
「そうだね。以前にキミが言っていたように、船を大陸まで届けることができる船乗りも必要だ。私たちだけでは、船で海に出ても遭難してしまうのは目に見えているわ」
しかし、アンカルヤの言葉にロウギスは首を横に振った。
「船員の確保については、船の入手とセットで考えていいだろう。俺の言う問題は、それとは別だ」
「ふむ?」
アンカルヤは少し考えて、ロウギスの言う別の問題に思い当たった。
確かに、迷宮島からか大陸に向かうには、その手段の確保の他にも解決しなければならない障害があった。
「そうか、海の魔物だね?」
「ああ、それだ。今の海は現代の人類には討伐不可能な大型の怪物が跋扈する、文字通りの魔の領域だ。もしクラーケンのような大型の海洋モンスターに俺たちの乗る船が襲われたら、反撃の手段はないし、逃走も不可能だ」
外洋に出た船舶の寿命は一日程度といわれている。それは、二十四時間以内に海の魔物に見つかって襲われるという意味だ。船の大きさや速さに関係なく、海上で大型の魔物に襲われて逃れる術はない。
迷宮島から大陸までの航海に、どの程度の時間を要するかはわからない。だが、大陸を遠く離れた孤島であるというゲーム内での表現から察するに、それなりの日数が必要となることは間違いない。その数日を魔物に見付からずにやり過ごすとなると、奇跡に等しい強運が求められる。
「つまり、私たちが大陸に向かうには、船の確保と魔物の対策という二つの問題を解決しなければならないということだな。さて、どうしたものか……」
星去り峰に向かうために解決しなければならない最初の課題を確認したところで、有効な解決案は全く思い浮かばず、会話は行き詰まってしまった。
そんな沈んだ空気をどうにかしようと、リフィリシアがとりあえずといった様子で自分の意見を発する。
「……あの、こうして三人だけで話し合っていても、まだ何も結論は出せないと思います。この続きは遺跡街に着いた後で、この島を出る方法について調べたり、協力してくれそうな人を探してから、また話し合えば――」
「そのことだ!」
リフィリシアが言葉を終える前に、ロウギスが食い付くように声を被せてきた。
「ふえっ?」
「ん?」
「他人を避けて俺たち三人だけで話したかったのは、そのことについてだ。前置きが長くなってしまったことだし、先に結論から言うぞ。遺跡街で、この島を離れることについて誰かに協力を求めたり調査を行うことは不可能に近い。多くの敵を作ることになる」
アンカルヤとリフィリシアの脳内が、「何で?」の一言だけで埋め尽くされる。何故そのようなことになるのか、全くわからない。
「はぁ? ちょっと待て、ロウギス。意味不明――というか、理由不明だ」
「えっと……、どういうことですか?」
困惑する二人に、ロウギスも理解に困っている表情で説明を続けた。
「う~ん。俺もよくわかっていないのだが、つまりはこういうことらしい――」
迷宮島は遠い昔に文明から切り離された無人島であり、人間が安定した生活を営める土地ではない。プレイヤーたちは、そのような環境に突然放置され、この過酷な状況で生きていくことを強要されている。
常に生と死が薄い壁越しに隣り合う世界で、プレイヤーたちは自らの命を守るため、そして元の世界に帰還するため、皆で一丸となり力を合わせて今日まで生き延びてきた。
遺跡街やこの採集基地は、その努力の成果である。
この島で、死はあまりにも簡単にやってくる。だからこそ、プレイヤーたちは共に支え合い、必死に生き延びるための環境を構築してきた。
そのため、遺跡街を中心に暮らすプレイヤーたちは、身内意識や仲間意識がとても強い。
「これまでに度々プレイヤー同士の対立の様子を見せられてきたのに、今更仲間意識がどうこうと言われても、違和感しかないのだが?」
「まぁ、アンカルヤの言いたいこともわかる。だが、どれほど対立していても根底に共有する思いがあるからこそ、言い争い程度の対立に収まっているとも考えられるのではないか?」
「ふむ。なるほど、そういう見方もできるのか」
ロウギスはティーカップを手に取り、それが空であることに気が付いてテーブルの上に戻す。
それを見たアンカルヤが新しいお茶を用意しようと立ち上がるが、ロウギスがそれを止める。
「いや、お茶はもういい。それよりも、今は話を続けよう。――そういう状況だから、島を離れようとする行動は、プレイヤー同士の助け合いを拒否して仲間を見捨てる自分勝手な行いだと受け取られるのだそうだ」
「待ってくれ。この状況でプレイヤー同士の助け合いが必要かどうかは、個々の判断に委ねられるべきことだ。他人に要求することではない。それに、迷宮島を離れて文明との接触を目指すことも、生き延びるための助け合いなのでは?」
「それを俺に言うな。俺だって、お前と同感だ。しかし現実として、遺跡街で島を離れる方法を探すことは、かなりの反感を買う行為となるらしい」
全く納得できない話ではあるが、ここでそれを主張したところで状況が好転することはない。
いま考えなくてはならないことは、状況を変えることではなく、状況にどう対応するかということだ。
「そうなると、大陸に向かうという目標は達成が更に難しくなるな。他のプレイヤーの協力を期待できないとなると、私たちだけで島を出る手段を確保しなければならないからね」
「いや、それは違う。他のプレイヤーの協力が望めないのは、遺跡街での話だ」
「んん?」
アンカルヤは一瞬戸惑ったが、すぐにロウギスの言葉の意味するところを理解する。
「それはつまり、遺跡街以外であれば、他のプレイヤーの協力が得られるかもしれないということか?」
「その通りだ。兎のうろ傭兵団という名に聞き覚えは?」
その名はアンカルヤも何度か耳にしている。帰還部隊の隊長であるトエベンネと、リフィリシアに氷砂糖を分けてくれたギュズマの所属するクランだ。
「ああ、名前だけなら聞いたことがあるな」
「えっと、帰還部隊の隊長さんのクランですよね?」
「そうだ。兎のうろ傭兵団は遺跡街からは独立したクランだ。彼らの拠点は遺跡街ではなく、この島の西端の海岸にある石造りの砦だそうだ。その砦は、海の家と呼ばれているらしい」
アンカルヤは全てのプレイヤーが遺跡街を中心に活動しているのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「そして、この傭兵団は遺跡街とは異なり、迷宮島を出て大陸に向かう必要性を主張している。そして、実際に大陸を目指して活動しているそうだ」
その方針ならば、アンカルヤにも共感ができる。
だがそれは、先程聞いた遺跡街の考え方には反している。
「でも、その主張は遺跡街では受け入れられないものですよね? 遺跡街と兎のうろ傭兵団は、どんな関係なのですか?」
リフィリシアも、アンカルヤと同じ疑問を感じていたようだ。
「明確に敵対しているわけではないが、もちろん良好な関係でもない。お互いに距離をおいて、不干渉の関係だそうだ」
「なるほど」
「遺跡街よりも兎のうろ傭兵団の方が、私たちの目的に近いように思えます。協力をお願いするのなら、遺跡街ではなく傭兵団の方がよいのでは?」
アンカルヤもリフィリシアの意見にほぼ同意であったが、まだ頷くことはできなかった。
「いや、待て。その判断の前に確認しておくことがある。兎のうろ傭兵団は、大陸を目指していると言っていたな。つまり言い方を変えれば、傭兵団もまだ大陸に到達する手段は確保していないのだな?」
「多分な」
ロウギスは断言を避けて曖昧に答えた。
「ん? 多分とは?」
「昨夜、俺が話を聞いた傭兵団の奴は、この島を出る方法はまだないと言っていた。だが、そのときの口調や雰囲気に少し引っかかるものを感じたのだ」
「……言外に、何かあると?」
「嘘は言っていないが、何かを隠している。そんな感じだった」
兎のうろ傭兵団は大陸を目指しているが、まだその手段を確保していない。だが、その方法については何らかの心当たりがある。そのような状況なのだろうと、アンカルヤは推測した。
「どうします? 遺跡街に向かうのは止めて、海の家を目指しますか?」
「いや。元の世界に帰る可能性は、星去り峰だけではない。その他の可能性も調査するなら、遺跡街には立ち寄る必要がある」
「だが、遺跡街と海の家の双方で情報収集を行うことは難しいのではないか? 両者は対立状態にあるのだろう?」
そしてアンカルヤたちは両者の中間ではなく、傭兵団側に近い立ち位置にいる。対立する二つの集団の間で、中立の立場ではないのだ。
「まず遺跡街に行って島を離れること以外の情報を集めて、その後で海の家に行って大陸を目指しますか?」
リフィリシアの案を、ロウギスとアンカルヤは即座に却下した。
「いや、それは時間がかかりすぎる」
「それに私たちの目的を隠して遺跡街で情報収集を行った後で、島を離れるために傭兵団と接触したりしたら、相当な反感を買う事になるだろう」
遺跡街からしてみれば、言い訳の余地のない騙し討ちだ。
「いや。どのみち俺たちは迷宮島を出ていくつもりなのだから、遺跡街の反感を買うことは避けられないだろう」
「となると、反感を買うのが早いか遅いかの問題ということか」
ならば、できるだけ遅い方が望ましい。
「だがそれは、まだ先の問題だ。それよりも今は、遺跡街に着いた後の行動だ。考えたのだが、せっかく俺たちは三人いるのだ。情報収集は二手に分かれて行わないか?」
「ん? つまり、遺跡街と海の家で並行して同時に情報を集めるということか? なるほど、それはいいアイディアかもしれないな」
「だがこの案は、兎のうろ傭兵団の協力が得られることが前提だ。だから遺跡街に着いたらすぐに、この件について傭兵団と話し合う約束を取り付けておいた」
なるほど。今朝ギュズマから聞いた話は、このことか。
「お前たちに相談なく勝手に話を進めてしまったことは、すまなかったと思っている」
「いや、問題ない。むしろ、要領よく話を進めてくれたことは有り難い」
「でも、それって私たちが分かれて別々に行動するということですよね? できれば別行動は避けられないでしょうか?」
リフィリシアの黒い瞳が、不安に揺れている。
どうやら彼女は、霧の中で三人が分断されたときのことを思い出しているようだ。
「だが一日でも早い元の世界への帰還を目指すなら、時間は無駄にできない。効率を考えれば、二手に分かれるというロウギスの案は理にかなっている」
「それはそうなのですが……」
彼女も理屈では、ロウギスの案が間違いではないことを理解しているのだ。
「だが、二手に分かれるとしても、私たちは三人だ。どう分かれる?」
「お前と嬢ちゃんはテントを共有しているのだから、分けることはできない。だから、お前たち二人と俺という分け方になるな」
これはロウギスに指摘されるまで気が付かなかった問題だった。
三人が別行動をとる必要に迫られたとき、テントの共有が足かせとなるのだ。
アンカルヤとリフィリシアの別行動が難しいという状況が、行動の選択肢を狭めてしまっている。
この問題をなんとかできないかと、アンカルヤは少し考えてみた。
「ふむ。遺跡街の状況を見てからでなければ何ともいえないが、街の中に適当な空き家を一つ確保できないだろうか。そこを拠点とすれば、テントの共有に制限されない組み合わせも検討できるのではないだろうか?」
「いや、それは賛成できない。俺たちの遺跡街での滞在期間がどれほどになるかはまだわからないが、そこが通過点である以上、街に家を持つべきではない。いずれ街を離れるのだから、速やかに撤収できるテントを拠点にするべきだ」
確かに、家を持つとその土地からは離れにくくなる。
ロウギスの言うとおりだと、アンカルヤは納得するしかなかった。
「遺跡街と海の家。二手に分かれるとして、どちらがどちらを担当するかについても考えてみた。西の海岸までの移動は体力の少ないリフィリシアには負担が大きい。街での情報収集はお前たち二人に任せ、俺が海の家に向かうということで、どうだろう?」
「いや。海の家に向かうとなると、森の中を移動することになる。そうなると、流星丸の助力が得られる私たちの方が適任だろう」
「それは俺も考えた。だが、この役割分担には他にも理由がある」
そう言って、ロウギスはアンカルヤの顔をじっと見つめた。
「――何だね?」
「これまでの周囲の反応を見るに、アンカルヤの容姿は人目を引く。名前も、既に広く知られている様子だ。目立つお前が周囲の反感を招く活動を行うのは避けるべきだ。傭兵団と接触するのは、地味な俺の方が適任だ」
「なるほど。そうなると、キミとリフィリシアが二人で海の家に向かうというのが理想なのだが――」
「流星丸も含めて考えれば、移動についてはそのとおりだ。しかし情報集めについては、大陸に向かう方法を探すだけの俺よりも、それ以外の情報を広く集めるお前の方に人手が必要だろう。それに俺だけでなく、リフィリシアまで遺跡街の反感を買うことになってしまうのも不都合だ。先程少し触れた、テントの共有という問題もあるしな」
リフィリシアが申し訳無さそうに俯く。
「ごめんなさい。私も高レベルのエンチャントテントを持っていればよかったのですが……」
「いや、それはキミの責任ではないし、謝罪することではない」
それでもリフィリシアは自分が行動の足枷になっていると思っているのか、浮かない表情をしている。
彼女が落ち込んでしまったせいで、どうにも周囲の空気が重く感じられる。
ロウギスは大きな手をパンと叩いて、そんな息苦しい雰囲気を強引にリセットした。
「とりあえず、今日の話はここまでにしておこう。今は解決すべき問題を確認して三人で共有するだけで十分だ。先程リフィリシアが言っていたとおり、対策や解決については遺跡街に着いてから検討すればよいだろう」
「そうだね。遺跡街の状況がわからないことには、まだ判断のできないことばかりだ。これ以上、私たちがここで話し合っても有益な結論は導き出せないだろう」
そして、これで話はお終いだとロウギスは立ち上がった。
「では、俺は自分のテントに帰るとしよう」
「話が終わったからといって、すぐに帰ることもあるまい。新しいお茶を用意するから、ゆっくりしていくといい」
ソファーの上からロウギスの顔を見上げて、アンカルヤはそう提案した。
「それは魅力的なお誘いだが、今回は遠慮しておく。それに、こちらのテントは少し落ち着かないからな」
まだそんな事を言っているのかとアンカルヤは少し呆れたが、本人がそう思っているのであれば引き止めるのも悪いだろう。
「ところでアンカルヤ。以前、俺のエンチャント薪をいくつかお前に譲ると約束していたことを憶えているか?」
「ん? ああ、数日前にそのような話をしていたな。すまない、すっかり忘れていた」
「あの後、色々あったからな。これから薪を渡すから、俺のテントまで受け取りに来てくれ」
「わかった」
アンカルヤがソファーから立ち上がると、リフィリシアがその後に続いた。
「私も手伝います」
「いや。大した量ではないし、人手はアンカルヤ一人で十分だ」
「……そうですか。では、私はここで後片付けをしています」
仲間外れにされたと思ったのか、リフィリシアは少し不服そうだ。
「あ~、うむ。それでは行ってくる。すぐに戻る」
ティーポットと三人分のカップをお盆に乗せて片付けているリフィリシアにそう告げると、アンカルヤはテントの出口に向かうロウギスの後を追った。
ロウギスはコートハンガーに掛けていたマントを羽織ると、とても窮屈そうに匍匐前進でテントの外に出る。
アンカルヤも黒のロングコートを身に纏うと、彼の後に続いた。
「やはり俺の体格でここを出入りするのは厳しいな」
そう言いながら、ロウギスが体についた土や砂を手で払い落とす。
テントの外の空気は冷たく、まだ雪がちらついていた。
空は灰色の薄雲に覆われており、その向こうにぼんやりと光る太陽は頂点からわずかに西に傾いていた。アンカルヤたちは、随分と長く話し込んでいたようだ。
「ふと思ったのだが、お前のテントの入口の小ささで、どうやって内装の家具類を中に持ち込んだのだ? お前の座っていたソファーなど、どう見てもここを通れないだろう」
「殆どの家具は分解して持ち込み、中で組み立てた。だが、それもできない一部の家具は、魔術師に頼んで魔術で縮小してもらい、中で復元した」
「それは、とんでもないコストがかかるだろう。審問官はそんなに儲かるのか?」
「審問官が儲かるというよりも、死の神殿がね。ほら、死者の魂は物や金銭を手に持てないだろう?」
「ああ、何となくわかった。さて、寒空の下で立ち話をして体を冷やすのはよくない。早く俺のテントに入ってくれ」
ロウギスのテントの外見は、アンカルヤのテントよりも二周りほど大きい。なので彼は身を屈めるだけで出入りすることができる。アンカルヤの身長なら、身を屈める必要もなかった。
テントの中は、外よりはましだが少し肌寒かった。アンカルヤは、ロウギスが自分のテントにも暖房が欲しいと愚痴っていたことを思い出した。
「では、薪を用意するから、ここで待っていてくれ」
そう言い残して、ロウギスはテントの奥に姿を消した。
テントの玄関に残されたアンカルヤは、手持ち無沙汰に周囲の様子を観察する。
やはり目を引くのは、様々な武器類が並べられた棚だ。いかにも傭兵の住まいといった、物騒な内装である。ロウギスはアンカルヤのテントの内装に女性的な雰囲気を感じたようだが、この殺伐とした彼のテントに比べれば大抵の内装は可愛いものだろう。
棚に並ぶ武器の中には、見覚えのあるものもあった。ゴブリンとの戦いの後、皆で鞘を探したロングソードだ。
あのときのロウギスの間抜けな様子を思い出してアンカルヤが表情を緩めていると、テントの奥から彼が戻ってきた。その腕には、番線でまとめた一束の薪を抱えている。
アンカルヤがその薪を受け取ろうと手を伸ばすと、ロウギスはその手を無視して床のラグの上に薪の束を置いた。
「ロウギス?」
「――もう一つ、お前に話しておきたいことがある」
「ん? 何か話し忘れていることがあるのなら、リフィリシアもこちらのテントに……いや、彼女には聞かせられない話か?」
「察しがよくて、助かる」
先程の話し合いのときよりも、ロウギスの表情が硬い。
どうやら、かなり深刻な話のようだ。
「わかった。話を聞こう」
アンカルヤも気を引き締めて、ロウギスに話を始めるように促した。
「昨夜は元の世界への帰還方法の他に、俺はもう一つのことについても情報を集めていた」
「他に? もう一つとは?」
ロウギスは小さく一息を吐いてから、彼女の問いに答えた。
「黒葉会だ」
その一言に、アンカルヤは息を呑んだ。




