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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
56/71

チュートリアルの終わり・9

 来客を知らせる鳴子の音に、アンカルヤは怠い体と重いお腹をなんとかソファーから持ち上げて、テントの入口に向かう。

 おそらく来客はロウギスのはずだが、一応警戒してテントの入口を少しだけ開き、外の様子を確認する。

 テントの前に立っていたのは、やはりロウギスだった。


「待っていたよ。さあ、中に入ってくれたまえ」

「おう。だが、いま気がついたのだが、このテントの入口は俺には小さすぎないか?」

「――あっ」


 アンカルヤのテントは内部こそ付呪で拡張されているが、外見は一人用の小さなテントだ。その入口のサイズも、外見に準じている。身長が二メートル近く、その長身に見合う体格を持つロウギスが出入りするには、このテントの入口はあまりにも小さかった。


「まあ、無理をすればギリギリで通れなくもないか」


 ロウギスは地面に屈み込むと、できるだけ体を小さくして匍匐前進でテントの入口をどうにか潜り抜けた。


「やはり、この入り口は俺には無理があるな。次に俺たちが集まるときは、俺のテントを使った方がよさそうだ」

「そのようだね」


 やっとのことでテント内に入ることができたロウギスは、ボロボロのマントをコートハンガーに掛けながら、テントの内装を一瞥した。


「やはり、落ち着かないな。異性の私的な空間というのは」

「そうかね? 特に性別を感じさせるような内装ではないと思うが」


 実用性のみを考えて整えた内装だが、アンカルヤが気が付いていないだけで、どこかに女性的な印象があるのかもしれない。リフィリシアも、初めてこのテントを訪れたときに同じようなことを言っていた。


「私にはよくわからないが、キミやリフィリシアがそう思うのであれば、そうなのかもしれないな」


 アンカルヤはロウギスをテントの中央にある薪ストーブの前に案内した。

 彼はグローブを脱ぎ、ゴツゴツした大きな手をストーブにかざした。


「おおっ、このストーブはよいな。俺のテントにも、こういうのがあればよかったのだが」

「そういえば、キミのテントに暖房はなかったね。今からでも設置はできないのかい?」

「この世界にエアコンや電気ヒーターはないからな、暖を取るには火を使うしかない。そうなると、換気や煙の処理が必要だ。俺が燻製になってしまうからな。だが、俺のテントには排煙のための設備がない。今になって、ゲームで自分のテントに暖房を設置しなかったことが悔やまれる」


 その逆でアンカルヤにしてみれば、ゲーム内で生活に必要な品々をこのテント内に取り揃えていたことは幸運だった。


「仕方ないさ。まさか自分がゲームのキャラクターになって、ゲームの世界に入り込むことになるなんて、事前に予測できた者などいないよ」

「まぁな。一応、調理用の薪オーブンがあるので、それを暖房機代わりにして凌いでいるのが現状だ」


 そんな雑談を交わしながら、アンカルヤは奥の物置から持ってきた丸椅子をロウギスに勧めた。


「すまないが私のテントは来客を想定していないので、客用の椅子がない。これは奥の物置で脚立代わりに使っていた椅子だ。足が太くて頑丈だから、キミが座っても大丈夫だとは思う。座面はキミの体格には小さいが」

「それなら、床の上で構わない」


 ロウギスは床のラグに腰を下ろし、丸椅子の上に肘を乗せた。


「今朝は食べ物をありがとうございました。早速、美味しくいただきました」

「おう。口に合ったのなら、幸いだ」


 リフィリシアがソファーから立ち上がって、ロウギスに食材の礼を伝える。

 二人の会話を背後に聞きながら、アンカルヤはストーブの上のケトルの湯で三人分の香草茶を用意する。

 白い湯気の立ち上るカップをロウギスに差し出すと、彼は嬉しそうに受け取り、その香りに表情を緩めた。


「カモミール茶だな。ジャーマンか?」


 あっさりと茶の種類を言い当てるロウギス。特に珍しくもない一般的な香草茶ではあるが、それでも実際に口にしたことがなければ香りだけで判断はできないだろう。

 どうも彼は、見た目に似合わず食にこだわりのあるキャラであるらしい。

 プレイヤーの職業がパン屋という食に関わるものである影響だろう。

 錬金術師の焼き菓子を試食したときの感想も無駄に詳細であったし、彼の作った傭兵鍋に入っていた肉類は携行食であるにも関わらず島ポトフの肉よりもずっと上質だった。

 今朝のベーコンも、この世界の食の水準から見ればかなり良いものだ。


「私からも礼を言っておこう。久々にまともな食事を口にしたよ」

「それならよかった。あの焼き菓子だけでは、味気ないだろうと思ってな」

「確かに、アレに味はないな」

「それに昨夜のアレだ。せめて朝食は、まともなものを口にしたかっただろう?」


 そう言って、ロウギスはとても嫌そうに眉をしかめた。


「島ポトフか。あれはもう少しなんとかならないものかな」

「俺もそう思ったが、アレはアレで正解らしいぞ」

「ん? どういうことだ?」


 ロウギスが昨夜聞いた話によると、驚くべきことに島ポトフの不味さは意図的なものらしい。なので、味の改善の予定もないそうだ。

 その理由は主に二つあり、一つは食事の味の平均水準を下げること。

 この島の食糧事情は、決して恵まれたものではない。美味しい食事、というものはほぼ望めない。

 それでも生きていくためには食べなくてはならない。

 そうなると、満足な食事ができないというストレスは、どうしても蓄積してしまう。

 そんな不満を軽減するために、島ポトフはあえて酷い味をしているのだ。

 要するに、大抵の食事において『それでも、島ポトフよりはマシだ』と自分を慰めることができるというわけだ。

 もう一つの理由は、島ポトフが炊き出し用のメニューであるということだ。

 炊き出しの対象である低レベル帯のプレイヤーたちが、無償で提供される食事に満足して炊き出しに依存してしまわないための対策である。


「なるほど。あの酷い味に、そんな理由があったとはね」


 アンカルヤの目から鱗が落ちる。


「――さて。それも興味深い話ではあったが、キミはそんなことを話すためにこの場を設けたのではあるまい? そろそろ本題に入ってくれたまえ」


 アンカルヤはソファーに腰を下ろすと、すらりと足を組んだ。

 リフィリシアは、その隣に腰掛ける。彼女は行儀よく両足を揃えて、手は膝の上に置いている。

 ロウギスはテーブルを挟み、彼女たちの対面で胡坐をかいでいる。床の上に座っているにも関わらず、ソファーに座るアンカルヤたちと頭の高さは殆ど同じだ。


「そう急くこともあるまい。今日は一日、時間を自由に使えるのだから」

「昨夜から思わせぶりな言葉で私を焦らしておいて、よく言う。さっさと、キミの話を聞かせてくれたまえ。ちょっとした情報収集とやらで、なにか重要な情報を掴んだのだろう?」

「わかった。だが、本題に入る前に幾つか前置きがある。少し長い話になるぞ?」


 そしてロウギスは、アンカルヤの淹れたお茶を一口啜り、口を湿らせた。






「まず、こうして話し合いの場を設けた理由についてだ。思わぬ寄り道をしてしまったが、いよいよ俺たちの当初の目的地である迷宮――、つまり遺跡街の目前まで来た。予定通りに事が進めば、明日には遺跡街に到着することになる。その前に、その後の俺たちの行動の指針というか、目標というか、そういうものを確認しておきたい」


 ロウギスはティーカップをテーブルに置いて一拍を置き、そしてアンカルヤとリフィリシアに異議がないかを確認する。


「つまり遺跡街に到着する前に、我々の行動方針を再確認しておきたいと? 随分と慎重だな。それでキミは、具体的には何について確認しておきたいというのだ?」

「俺たちの目指している目的地は星去り峰だ。遺跡街は、そこに向かう途中で立ち寄る最初の通過点にすぎない。だが星去り峰も、俺たちが元の世界に戻るための可能性の一つに過ぎず、そういう意味では最終目標とはいえない。もし星去り峰よりも帰還の可能性が高い別の方法があったならどうする?」

「――っ! あるのか?」


 アンカルヤは思わずソファーから身を乗り出した。

 そんな彼女をロウギスは片手を上げて制する。


「落ち着け、アンカルヤ。これは、あくまで仮定の話だ。もし、そのような可能性が見つかった場合、お前たちはどうする?」

「当然、そちらに目標は変更だ」

「お前は勿論そうだろう。しかし、リフィリシアはどうする?」

「私ですか?」


 ロウギスは、リフィリシアはアンカルヤとは考えが違うと思っているようだ。だがリフィリシアには、彼がそのように判断した理由がわからなかった。


「えっと、どういう意味でしょうか?」

「つまりだな、俺とアンカルヤとは違い、嬢ちゃんは星去り峰で暮らしていたことがあるだろう。なら、そこには親しい友人や知人がいるのでは? 元の世界に帰る以外の理由でも、星去り峰に行きたいのではないか?」

「なるほど、そういうことですか。いいえ。キャラクターのリフィリシアはともかく、プレイヤーである私は星去り峰にそれほど思い入れはありません。元の世界に帰る前に、お世話になった方々に挨拶をしておきたいという思いはありますが、そのためだけに星去り峰に向かうというのは流石に無茶ですよ」


 リフィリシアの答えに、ロウギスはゆっくりと頷いた。


「わかった。つまり二人とも目標はあくまで元の世界への帰還であり、星去り峰に拘るつもりはないということだな?」


 彼の念押しの確認に、アンカルヤとリフィリシアは頷き返した。


「では、その前提で話を進めるぞ。あのゴブリンとの戦いの後、デルトカンに元の世界への帰還について尋ねたときのことを憶えているか?」

「ああ。元の世界に戻る方法はまだ見つかっていないと言っていたが、その他になにかあったかな?」

「皆がその方法を探している、とも言っていただろう?」


『――いいや。皆その方法を探し求めてはいるが、未だに見つかっていない』

 あのときデルトカンは、アンカルヤの質問にそう答えた。


「ああ、確かにそのようなことを言っていたな」

「つまり、まだ帰還方法は見つかっていないが、そのための方法については、他のプレイヤーたちによって様々な可能性が検討されているということだ」

「なるほど。星去り峰に向かう案の他に、それ以外の帰還の可能性についても並行して検討するべきだと言いたいのだな?」

「いや、う~む……」


 ロウギスは少し困ったような表情を浮かべ、暫し言葉に詰まった。


「――確かにアンカルヤの言うようにできれば、それが最も理想的ではある。だが、全ての可能性を結論が出るまで検討していては、どれだけの時間が必要になるか想像もつかない。俺たちには時間制限があるわけではないが、だからといって元の世界への帰還が十年後・百年後というわけにはいかないだろう?」

「そうだね。そうなると、様々な可能性の中から最も有望と思える案を一つ選び、それに賭けるというのが、我々の置かれた現状に最も即した方針になるのかな?」

「私もそう思いますが、運に大きく頼ることになるのは不安ですね」

「しかも、選択肢の中に正解が存在するという保証もない。最悪、全ての可能性が元の世界への帰還に至らないということも、十分にありえる」

「覚悟はしていたつもりだが、こうして言葉にして現状を再認識すると、やはり気が重くなるな」


 アンカルヤは重い息を吐いて、憂鬱そうにテントの天井を見上げた。

 会話が途切れ、三人の周囲に重々しい空気が漂う。

 しばらくの沈黙の後、リフィリシアが遠慮がちに小さな声で尋ねた。


「ちなみに、星去り峰の『跳ね橋』の他には、どのような可能性があるのでしょうか?」

「そうだな。そもそも、それを話すつもりだったのに、前置きが長くなってしまった」


 詳しく情報を集める時間もなかったので、まだ大雑把な概要しか話すことはできないが――。

 そう断った上で、ロウギスは昨夜の情報収集の成果について語り始めた。






 現時点で、遺跡街のプレイヤーたちが検討している元の世界への帰還の可能性は、大別して五つに分類される。


 一つ目の可能性。

 プレイヤーたちの身に起こった出来事、つまり異世界転移の原因を突き止め、そこから帰還の方法を導き出すという案。

 これは最も堅実で確実な案ではあったが、しかし致命的な問題があった。

 異世界転移の原因を究明しようにも、まず何から調べればよいのか、その取っ掛かりすら未だにつかめていないのだ。

 つまりこの案は、まだ最初の一歩目の踏み出し方すら不明という状況だった。


 二つ目の可能性。

 ゲームが現実化した世界にいるのだから、そのゲームをクリアすればゲームオーバーで元の世界に帰還できるのではないか、という可能性。

 この可能性には二つの問題があった。

 まず、この世界がゲームであり、攻略後に元の世界に帰還できるという可能性に全く根拠がないということ。これは、そうだったらいいのにな、という程度のか細い希望に過ぎないのだ。

 次に、まだ迷宮の攻略に目処が立っていないということ。一応、迷宮の最下層までは到達しているのだが、最奥を守護する最強の敵を倒す手段がなく、そこで攻略は停滞しているらしい。


 三つ目の可能性。

 この世界で死亡すれば、ゲームオーバーで元の世界に帰還できるかもしれない、という可能性。

 これは二つ目の可能性に考え方が似ているが、方向は真逆の後ろ向きだ。

 一応、この可能性には根拠がある。

 プレイヤーに死者が存在することだ。

 ゲームのように、死亡してもセーブ地点からの再開が可能であれば、プレイヤーに死者は存在しないはずだ。だが実際には、多くのプレイヤーが様々な理由で死に至っている。

 死後のコンテニューがないのであれば、ゲームオーバーとなったプレイヤーはどうなるのか。ゲームを終えて、元の世界に戻っているのではないだろうか。

 この説を否定する根拠はない。だが、正しいという根拠もない。この説の正否を確認する方法は簡単だ。実際に死んでみればよい。しかし、客観的な確認は不可能なので、その答えは死亡したプレイヤーにしかわからない。


 四つ目の可能性。

 神頼み、つまり神様に助力を請うという案。

 この世界には、二種の神が実在している。

 大神と小神である。

 両者の区別はシンプルだ。

 大神とは、この世界を創造した十二の神々である。

 そして小神とは、創造後の世界の中で生まれた神々である。

 この案において、頼るのは小神の方だ。

 おそらく、大神に助力は期待できない。

 第三紀の巨人戦争において、巨人とドラゴンの闘争による余波で大地と海の八割が崩壊し、世界が滅亡の寸前に至るまで対処しようともしなかった大神が、大陸を離れた孤島に数千の異世界人が転移したという程度の取るに足らない些事に干渉するとは考え難い。

 だが小神であれば、この島での事態に関心を持ち、関わろうとすることも十分にありえる。上手くすれば、助力を得ることも不可能ではないだろう。

 実際、複数の小神とのコンタクトには成功しており、この島の状況に関心を持つ神の存在も確認されているらしい。

 だが、小神の助力が得られたとしても、それが直接的に元の世界への帰還に繋がるとも思えない。確かに、小神といえども神は神であり、その力は人智を超えて強大だ。しかし、それでもその力が異世界にまで及ぶことはないだろう。それは、もはや大神の領域だ。

 それに、神が人間の思い通りに行動してくれるなどと考えるのは、あまりにも神という存在をわかっていない。助力と引き換えに何かしらの代価を求められるのは確実だし、それが公平でプレイヤーたちに支払えるものであるという保証もない。

 だが、この案は先行きが不透明ながらも、少なくとも状況に進展が見られるという点で、最も実現の見込みが高い可能性だった。


 最後となる、五つ目の可能性。

 この世界において、最も高度な文明を持っていたハイエルフに助力を求めるという案。


「それは……」

「そう。星去り峰に向かうという俺たちの案は、この五つ目に分類されることになる。だから、この案については少ない時間で出来るだけ情報を集めてみた。その結果、俺たちの想像もしていなかった新たな問題が判明した」


 ロウギスの聞いた話によると、アンカルヤたち以前にも『跳ね橋』から元の世界に帰還できるかもしれないという可能性に思い至ったプレイヤーは存在していたらしい。

 だが、その可能性は星去り峰出身の記憶を持つハイエルフのプレイヤーたちによって否定されていた。

 第四紀の制約が、その理由である。


「第四紀の黎明に、大神が世界の基本ルールの一つとして定めた制約だ。中央神殿の審問官様には、説明するまでもないだろう?」


 確かに、アンカルヤのキャラクター側の記憶に思い当たるものがあった。


「ふむ。第四紀の制約と言われて最初に思い浮かぶのは、『世界を破壊しうる存在の拒否』だが――」

「まさに、それだ」


 第三紀における巨人とドラゴンの戦争が世界に致命的な破壊をもたらしたことから、第四紀では世界の滅びに繋がる可能性は存在することが許されなくなった。その結果、巨人族は知性と力を失い、竜族は二匹の例外を除いて全て消滅した。

 そして、ここで問題となるのがハイエルフの文明だ。

 妖精の一種としてのハイエルフの存在には何も問題はない。

 しかし、あまりにも高度に発展しすぎていたハイエルフの文明は、この第四紀の制約に抵触してしまった。

 つまりハイエルフはこの世界に存在することはできるが、文明を持つことはできないのだ。

 そこで第四紀の初めに、彼らはこう考えた。

 この世界の内に文明を持つことが許されないのであれば、世界の外に文明を移せばよいと。

 こうして創造されたのが妖精のための世界、妖精郷だ。

 そして『跳ね橋』は、この世界と妖精郷を繋ぐ橋として、星去り峰に設置された。


「設置するのはこの世界に一箇所。行き先は妖精郷のみ。その仕組みを知る者の数は必要最小限。故にお目溢しをもらっている、世界に対する反則行為。限りなく灰色に近い黒。それが『跳ね橋』なのだそうだ」


 確かに、考えてみれば当然だ。

 世界に穴を開けて異世界と接続する施設が、『世界を破壊しうる存在』と見なされない訳がない。そもそも、このような施設を作ることができてしまうから、ハイエルフは文明そのものを世界から拒否されてしまったのだ。

『跳ね橋』は、既に世界のルールに違反している状態だ。

 その上で、元の世界への帰還のため、妖精郷以外の異世界への転移機能を追加したり、その研究のために仕様を公開して技術や知識を広めたり、使用のために施設を複製したりすれば、第四紀の制約によって『跳ね橋』は存在を否定されて機能を失うだろう。


「……では、元の世界に帰るために星去り峰に向かうのは、無駄ということですか?」


 リフィリシアの顔色は悪く、声は震えていた。


「――いや、ちょっと待て。それは、違うと思う」

「えっ?」

「他のプレイヤーが知らない事実を、私たちは知っているだろう?『跳ね橋』は少なくとも過去に一度、日本と繋がっている。それでもなお、この世界に存在することが許されている。つまり第四紀の制約下においても、『跳ね橋』と私たちの世界を繋ぐことは可能なのだ」


 アンカルヤは、まだ昨日の疲労が抜けていない頭を無理やり全力回転させる。


「そうだ――、しかし――、ならば――、そうか、リフィリシアを保護していたハイエルフたちが、彼女の存在を星去り峰の中でさえ公にしなかったのは、これが理由か。いや、だとすれば、この事が他のプレイヤーたちに知られたら……」

「アンカルヤ?」


 険しい表情で思考を深める彼女のただならぬ様子に、ロウギスとリフィリシアは息を呑む。


「――以前、リフィリシアが日本から来たという情報は他のプレイヤーには明かさない方がよいという話をしたことを、覚えているかね? あれは別の意味で正解だった」

「そうなんですか?」

「ああ。もし、今の状況で『跳ね橋』が以前に日本と繋がったことがあるという情報がプレイヤーたちの間に広まったらどうなる?」

「おそらく、最も元の世界に近い可能性になる。皆が一斉に『跳ね橋』からの帰還に向けて行動を始めるだろうな」

「だろうね。だが、『跳ね橋』は既にアウトに片足を突っ込んでいるのだろう? たった一人の例外的な異世界転移ならともかく、数千人規模での異世界転移となれば、ギリギリのところで存在を許容されているに過ぎない『跳ね橋』は、おそらく制約によって存在を否定されてしまうだろう」


 元の世界に帰還できる有力な可能性が一つ、消滅してしまうことになる。それだけは、絶対に避けなければならない。


「ごく少数――、私たちだけで『跳ね橋』からの帰還を目指すのであれば、まだこの世界に見過ごしてもらえる可能性も期待できる。だから状況を大事にしてしまうことは、なんとしても避けなくてはならない。そのためにも、リフィリシアが日本から来たという情報は絶対に明かすべきではないだろう」

「そうだな。しかし――」


 ロウギスが、不快そうに眉をしかめる。


「それだと、まるで他のプレイヤーたちを見捨てて、俺たち三人だけで元の世界に帰還しようとしているように聞こえるな」

「最悪、そういう決断を下さなければならない可能性は覚悟しておく必要はあるだろう。だが、それは今考えることではない。『跳ね橋』から元の世界に帰還できると確定したら、そのときになってから悩めばよいことだ」

「そうだな、ごもっともだ」


 アンカルヤは思考のアクセルを緩めると、全身の力を抜いてソファーに体重を預けた。


「はぁ。ロウギスが他人の目を避けて三人だけで話したいと言った理由がよくわかったよ。確かにコレは、他のプレイヤーには絶対に聞かせられない話だ」

「ああ、いや、うん……」


 ロウギスは気まずそうに視線を泳がせて、ぎこちなく笑った。


「――実は、そこまで深く考えていたわけではない。正直に言うと、いまアンカルヤが話したようなことには、全く考えが及んでいなかった。三人だけで相談したかったのは、これとは別の話だ」

「ん? そうなのかい?」

「ああ、そうだ。では、これからその件について話そう」


 そう言ってロウギスはティーカップを手にとり、冷めきってしまった香草茶を一気に飲み干した。


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