チュートリアルの終わり・5
島ポトフをなんとか平らげたアンカルヤは、空になった椀を片手に周囲の様子を観察した。
調理用の焚き火は五つあり、アンカルヤたちが案内されたのは女性プレイヤーだけが集まっている焚き火だ。人数は七人。そこにアンカルヤたち三人を加えて、ようやく二桁だ。
他の焚き火を囲んでいるのは男性ばかり。男女比のバランスに相当な偏りがみられる。
これはこの場に限った状況ではなく、ゴブリン討伐隊の野営地や前線拠点でも同様であった。
王冠物語がマイナーなPCゲームであることが、その理由だ。
PCゲームで遊ぶ女性は、男性に比べて少ない。その影響がプレイヤーキャラクターの男女比に現れているのだ。
もちろん、ゲームのキャラクターの性別を現実と同じくしなければならないという決まりはない。なので、単純にプレイヤーの男女比をキャラクターの男女比に置き換えることはできない。アンカルヤのように、男性であっても女性キャラクターを選ぶプレイヤーは珍しくないからだ。だが同様に、男性キャラクターを選択した女性プレイヤーも存在するはずだ。なのでキャラクターとプレイヤーの男女比は厳密には一致しないだろうが、概ね近い比率になっていると思われる。おそらくキャラクターの男女比はプレイヤーの男女比に比べて、若干女性の比率が増えている程度だろう。
多数の人間による集団において、このような不自然な男女バランスは好ましいことではない。
遺跡街では、この状況に起因する問題などが発生していなければよいのだが。アンカルヤはそのような懸念を抱くとともに、だがトラブルはあるのだろうなと諦観もしていた。
皆の食事が一段落して鉄鍋を火から下ろすと、焚き火を囲んでいた彼女たちはアンカルヤとリフィリシアの側に集まってきた。
「君たちがデルトカンと一緒にゴブリンのボスを倒したって、本当?」
「その場に居合わせたんだよね? その時の話を聞かせてよ」
「ゴブリンシャーマンって、あたしは見たことないんだけど、どんな感じだった?」
あの戦いについてはデルトカンとリゴウズとの約束で詳細を誤魔化さなければならないので、話せることは少ない。なのでアンカルヤは、とりあえず差し障りのない無難な答えを返しておくことにした。
「すまないが、あのときはとにかく必死で、戦いのことは何かを話せるほど覚えていない」
「今回が初めての戦闘だっけ? 初めてのときは、みんなそんな感じだよね」
「うんうん、あたしもそうだったわ」
「初戦がこんな大きな戦いだなんて、大変だったわね」
そして彼女たちのうちの一人が、ポンと手を叩いてリフィリシアに問いかけた。
「そういえば、その戦いで召喚魔術を使ったって聞いたけど、それ本当?」
「えっと、それは……」
リフィリシアは困った様子で返答に窮する。彼女が召喚魔術を使えることは、リゴウズの忠告もあり、あまり口外はしたくなかった。だが、すでに知られてしまっているのでは秘密にする意味もない。その問いかけに、彼女は小さく頷いた。
「この世界に来たばかりの新人なのに、魔術を使えるなんてすごいわね」
「うん、珍しいわよね」
リゴウズも、リフィリシアについて同様のことを言っていた。召喚魔術で戦闘を行えるような新人は珍しいと。
ゲームでは使用できた魔術がこの世界では何故か使えないという現象は、リフィリシアに限ったことではないようだ。
話がアンカルヤの興味を引く内容となったため、彼女は身を乗り出して会話に参加した。
「その話、よければもう少し詳しく聞かせてもらってもよいだろうか? リフィリシアもこの島で気が付いた当初は、本来は使える筈の魔術が全く使えなかったそうだ。彼女に限らず、魔術師は皆そうなのか?」
「う~ん、確かに魔術師の殆どは魔術を使えないことが多いみたいね。使えても、簡単な魔術だけだったり」
「殆どということは、少しは魔術を使える魔術師もいるのか。その理由というか、原因は判明しているのかな? 魔術を使える魔術師と使えない魔術師の違いは? 条件とか、傾向とか、特徴とか――」
「その辺のことは、よくわかんないんだよね。いろいろな説は言われているけどさ」
この話題にリフィリシアがどのような反応を見せるのか気になり、アンカルヤはちらりと彼女の様子をうかがった。
リフィリシアは落ち着きなくフラフラと体を揺らしながら、視線を宙に泳がせていた。あからさまに、この話題には触れたくありません、といった仕草だった。
「だが、魔術を使える魔術師がいるなら、魔術を使えない魔術師に使い方を教えることができるのでは?」
「それ、難しいらしいのよね。すごく感覚的なものらしいのよ」
「魔術の使い方を問うのは、息の仕方を教えてほしいと問うようなものらしいわ」
確かに、それは難しい。空気中での呼吸の方法を教えてほしい、などと訊かれてはアンカルヤも言葉に困る。
だが、そういうことならあてが外れてしまった。
アンカルヤは、リフィリシアが流星丸以外の召喚獣を召喚する方法が得られることを期待していた。流星丸が信用しきれない以上、彼女にはそれ以外の召喚獣も召喚できるようになってもらいたいからだ。しかし、そういう都合のよい話はないようだ。
「そういうことで、ゲームのキャラクターが使えた魔術をプレイヤーが使用するのは難しいみたい」
「だから、今のところ最も可能性の高い魔術の使用方法は魔術の再修得だそうよ」
魔術の再取得。
興味深い新情報に、アンカルヤの視線が鋭くなる。
「――それは魔術を新たに覚え直すということかね? その方法ならば、魔術が使えない魔術師も魔術が使えるようになるのかい?」
「ええ。確実ではないけど、かなり高い確率で魔術を使えるようになるらしいわ」
キャラクターの魔術をプレイヤーが使用できない場合でも、プレイヤーが新たに魔術を修得することで、魔術の使用は可能になるらしい。
「しかし、そうなると魔導書の入手はどうするのだ?」
王冠物語というゲームにおける魔術は、修得条件となるレベルと要求スキルを満たしている魔術師が、魔導書という消費アイテムを使用することで修得できる。
それはゲームが現実化したこの世界においても同様だった。
ならば問題となるのは、魔導書の入手だ。
ゲームにおいて魔導書を手に入れる方法は、NPCの商人から購入する、迷宮内で発見する、敵性MOBを倒してドロップアイテムとして入手する。この三つだ。
魔導書は生産アイテムではないので、プレイヤーが作成することはできない。
「最も簡単で確実なのは商人から購入することだが、遺跡街で魔導書は購入できるのか?」
「無理ね。魔導書を扱っていた商人だけじゃなく、ゲームに存在していたNPCは、この世界には一人も存在しないわ」
「――NPCが存在しない?」
「厳密に言えば、敵MOB以外のNPCは存在しない、ね」
それもまた、興味深い情報だった。ゲームを再現したこの世界に、ゲームに存在したNPCが存在しない。なにか理由があるのだろうか?
「でも、魔導書の入手自体は不可能ではないわよ。コモン系の初級魔術の魔導書なら作成できるプレイヤーが何人かいるし、数は少ないけど迷宮内でも発見されているわ」
「プレイヤーが魔導書を作れるのかい?」
「ゲームでは不可能だったけどね。この世界とゲームとの違いの一つね」
ゲームでは可能だったことがこの世界では不可能な場合があるのとは逆に、ゲームでは不可能だったことがこの世界では可能になっている場合もある。
これはこの世界で活動していく上で、かなり重要なポイントだ。この事実は常に意識しておかなければ、ゲーム知識の先入観から思わぬ判断ミスに繋がる恐れがあった。
「それとね、魔導書で新たに魔術を修得すると、使えなくなっていた他の魔術も使えるようになることがあるって話も聞いたことがあるわ」
「例は少ないから、あまり期待はしないほうがいいけどね」
「なるほど。とても参考になる話を聞かせてもらった。ありがとう」
少々ややこしいが、ここまでの話をまとめると、プレイヤーによる魔術の使用には二つのタイプがあるらしい。
一つは、ゲーム内でキャラクターが使用していた魔術を引き継いで、この世界でも使用すること。だが、これは感覚的な要素がとても大きくて難しいらしい。殆どのプレイヤーは、ゲーム内でキャラクターが使用していた魔術を使用できない。使える場合でも、簡単な魔術に限られるようだ。
二つは、魔導書を使用して新規に魔術を修得し直すこと。この場合、魔導書を入手しなければならないという条件があるが、一つ目よりは高確率で魔術を使用できるらしい。また、魔術の新規修得の影響を受けて、使用できなくなっているゲームの魔術も使えるようになる可能性があるとのこと。
リフィリシアも他の魔術を再修得すれば、流星丸以外の召喚獣を召喚できるようになるのだろうか?
そこまで考えて、アンカルヤはハッとする。
そもそも、リフィリシアは如何にして流星丸の召喚魔術を修得したのだろうか?
彼女の話によると、流星丸を召喚できるようになったのは昨日のことだ。
流星丸の召喚魔術を修得した方法が魔導書の使用だとしたら、リフィリシアはその魔導書をどのような方法で入手したのだろう?
もともとリフィリシアは、流星丸を召喚する魔導書を所持していた? いや、もし彼女が以前から魔導書を所持していたなら、昨日までそれを使用しなかった理由がわからない。
そうなると、リフィリシアが魔導書を入手したのは昨日霧の中で孤立していたときという可能性が一番高い。だが、森の中に何故か魔導書が落ちていて、偶然それを拾ったというのは流石に無理がありすぎる。何者かから譲り受けたと考えるのが自然だろう。
だとすれば、考えれば考えるほどにリフィリシアの態度が不可解だ。
根本的な疑問として、リフィリシアは何故霧の中で孤立していた間の出来事を明かそうとしないのだろうか。親切な誰かから魔導書を譲り受けて魔術が使えるようになっただけなら、そこに秘密にしなければならない理由は見当たらない。つまり、それ以外に秘密にしなければならない何かがあったのだろう。
しかし、これ以上は考えるだけ無駄だ。答えに繋がる重要なピースを、リフィリシアが隠しているからだ。
思考に行き詰まったアンカルヤは、一歩後ろに視点を引いて考えてみることにした。
これを言ってしまうと身も蓋もないが、そもそもこの秘密は明らかにする必要があるのだろうか?
世の中には、知る必要のない情報や、知らない方がよい情報というものもある。むしろ、そのような情報の方が多いかもしれない。
リフィリシアが自分以外は知らない方がよいと判断し、そしてそれが正しい判断であるならば、こうして秘密を明かそうとあれこれ推測するのは無意味どころか、状況の悪化に繋がる恐れすらある。
知らないままでも問題がないのであれば、この秘密を無視するという判断も一応はあるのだ。
だが、アンカルヤはこの選択肢を選べなかった。
確信があるわけではないが、アンカルヤはこの秘密について重要な何かを見落としている気がしてならなかった。そして、この見落としは絶対に放置してはならない。後で取り返しのつかないことになる。そんな嫌な予感がしていた。
杞憂であればよいのだが、得体の知れない不安と焦燥感がアンカルヤの思考を捉えて離さなかった。
考え込んでしまったアンカルヤと、魔術の話題に積極的ではないリフィリシア。
口数がすっかり減ってしまった二人の様子を、周囲の彼女たちは昨日の戦闘と今日の移動の疲労によるものだと思ったようで、気を利かせて会話を切り上げてくれた。
遺跡街の様子や元の世界への帰還方法など聞きたい話はまだ沢山あったが、そういった雰囲気ではなくなってしまった。
だが、ここまでの会話だけでも多くの情報が得られた。これ以上に情報を得ても、処理しきれずに消化不良を起こしてしまうだろう。さらなる情報の収集は、また次の機会に譲ることにしよう。
そんなことを考えていたアンカルヤの背後に、いつの間にか大きな人影が近付いていた。
ロウギスだ。
「よう、アンカルヤにリフィリシア。お前たちもこっちに来ていたのか」
「おっと、驚かせないでくれたまえ」
「考え事は結構だが、それで周囲への注意を疎かにするのは感心しないな」
ロウギスの指摘に、アンカルヤは何も言い返せなかった。
全くその通りで、思考に深入りしすぎていた。
「お前たちは、もう食事は終わったのか?」
「ああ。そういうキミは、これからのようだね」
彼の手には大ぶりの椀があり、白い湯気が立ち上っている。
これから島ポトフに挑む彼に、キミも頑張ってくれたまえと心の中でエールを送る。
「ところで、キミは情報収集がどうこうと言っていたが、何か成果はあったのかい?」
アンカルヤの問いに、ロウギスは素早く周囲に視線を走らせ、小声で彼女だけに聞こえるように答えた。
「それについては、後で俺たち三人だけで話そう。この後、少し時間を作ってくれ」
「……? わかった、そうしよう」
どうやら彼の方でも、気になる情報が得られたようだ。
しかも、それは他人の耳のあるところでは話せない内容らしい。
悪い話でなければ良いのだが。だが、彼の険しい表情からは、吉報は期待できそうになかった。
「それでは、また後でな」
「ん? 待て、待て。ここで一緒に食べないのか?」
立ち去ろうとするロウギスを、アンカルヤは慌てて引き留める。
「こっちは女ばかりで落ち着かないからな。向こうで食ってくる」
そう言われると、ロウギスを引き止める言葉をアンカルヤは思いつかなかった。彼の心境が手に取るように理解できたからだ。この集団の中で、落ち着かない思いをしているのは彼女も同じだった。
「居心地が悪いのは私も同じだ。同じ思いを共有できる仲間が欲しい」
「いや、お前の場合、少なくとも外見的には何の違和感もないだろう? 俺とは違う」
それはそうだが、それでも女性ばかりの集団の中に男である自分が一人だけ混じっているような異物感を改めて意識してしまい、アンカルヤもロウギスと共にこの場から距離を取りたくなった。
「では、私は食事も終わったことだし、そろそろ自分のテントに戻ることにするよ。呼び鈴の鳴子は設置しておいたから、キミの食事が終わったら、それを鳴らしてくれたまえ」
「了解だ」
アンカルヤがこの場を辞去しようとしたところで、先に立ち去ろうとしていたロウギスの足が止まっていることに気付いた。
「――ロウギス?」
立ち止まった彼の視線の先を確認して、その理由を察する。
隣の焚き火から、こちらに一人の男が近付いてくる。
金色の短髪に、やや丸みを帯びた大柄な男だ。見覚えのある顔で、帰還部隊のメンバーの一人だったはずだ。
彼の視線は真っ直ぐにアンカルヤたちを捉えている。どうやら彼女たちに用があるようだ。
「お前たちが、昨日の戦いに参加した新人だな? 随分と活躍したらしいな」
「活躍? いや、デルトカンの指示に従っていただけだよ。私が何かを成したわけではない」
男は名乗ることなく声をかけてきたので、アンカルヤも名乗らずに言葉だけを返した。
「謙虚な姿勢は美徳だ。その心掛けを忘れないことだ。でなければ、この島では長生きできないからな」
「――キミと話をするのはこれが初めてだと思うが、なにかご用かな?」
その男は、アンカルヤたちの後ろで焚き火を囲む彼女たちを一瞥してから言葉を続けた。
「ここにいるということは、女子会に加入するつもりか? だが遺跡街には他にも多くのクランがある。所属を決めるなら、もっといろいろな候補を検討するべきだ。一部だけの偏った情報で判断するのは、賢いことではないからな」
威圧感のある大柄な男に頭ごなしに語り掛けられ、リフィリシアは怯えた様子で一歩後ろに下がった。
そんな彼女を庇うように、アンカルヤは一歩前に進む。
「――先程から、キミは何の話をしているのだ?」
この男が何を言いたいのか、わからない。
突然やってきて、一方的に話を進められても困る。
「お前たちも遺跡街に向かうのだろう? 街に着いたら、俺がお前たちに同郷会を案内してやろう。有能な人材は、いつでも大歓迎だ」
女子会とか同郷会とか言われても、アンカルヤには全く意味がわからない。彼女は困惑を無表情で隠しつつも、相手の理解を無視して自分の言葉を押し付けてくるこの男の態度に苛ついていた。
「同郷会? ああ、例のクランだな……」
ロウギスはこの男の話に何か心当たりがあるようで、面倒くさそうにそう呟いた。
それを聞いた男が、表情を歪める。
「同郷会についてどんな噂を耳にしているかは想像がつくが、殆どはデタラメだ。俺たちの名誉を傷つけようと不当な流言を広めている連中がいるが、お前たちが自分の頭で考えることのできる人間であるなら、そんなデマを真に受けたりはしないだろう」
「いや、そもそも私は同郷会など初耳なのだが――」
「待て!」
サリイユがアンカルヤの言葉を途中で遮り、素早く前に進み出て両者の間に割って入った。
焚き火の周囲の彼女たちも、険しい表情で身構えている。
先程までの穏やかな雰囲気は消え去っていた。
「何のつもり? 勧誘会以外での新人の勧誘は協定違反よ!」
サリイユが男を睨み据える。
「自分たちのことを棚に上げて、よくそんなことが言えるな」
「わたしたちは勧誘なんてしていない。女子会なんて一言も言ってない。ただ、この島に先にやってきた先輩として、彼女たちに接しているだけよ」
彼はサリイユの反論を不快そうに鼻で笑った。
「ふん、どうだかな? 口先だけなら、どうとでも言える」
「口先だけなのは、そっちでしょ! さっきからもっともらしく聞こえる言葉を並べているけど、やってることはただのナンパと女子会へのいちゃもんじゃない!」
「人の言葉を曲解して歪めるな! お前たち女子会はいつもそうだ」
「わたしの友だちが言ってたわ。小難しい正論で外面を取り繕ったところで、人間の本性は言動に透けて見えるって」
彼女の言う友達とは、アマギリイナだろうか。
その言葉は中学生の頃の自分のことを指摘しているようで、アンカルヤの耳に痛かった。
「言葉の内容に反論できなければ人格批判か? 自分はバカですと声高に喧伝しているようなものだ。恥ずかしいとは思わないのか?」
「そういう人を見下した態度こそ、恥ずかしいとは思わないの? その友だちはこうも言っていたわ。本当に賢い人と、他人から賢い人だと思われたいだけの人を見分けるのは簡単だ。後者は相手を貶めることで相対的に自分が優れているように見せようとするから、すぐに見分けが付くって」
「さっきから、友だち友だちと。お前は自分の言葉では話せないのか?」
「もちろん、これはわたしの言葉よ! わたしは正直者だから、引用元を隠さないだけ」
睨み合うサリイユと金髪の男。
ロウギスは面倒そうな表情で成り行きを見守っている。彼は何か事情を知っている様子だが、それでも両者の仲裁をするつもりはないようだ。
アンカルヤは目の前の二人が何を揉めているのかわからなかったが、事情を察しているらしいロウギスが沈黙しているので、彼女もそれに倣い、とりあえず事態を静観することにした。
「サリイユ! そこまでにしておきなさい!」
険悪な空気を、管理棟から出てきたアマギリイナの一喝が掻き消した。
彼女の後には、班長会議を終えた各班の班長が控えていた。
「ロゲック、お前もだ。厚意で利用させてもらっている施設内で騒ぎを起こす気か?」
「班長! ですが、俺は間違ったことは言っていません!」
この金髪の男はロゲックという名前のようだ。もっとも、アンカルヤにその名を記憶しておく気はなかったが。
「言葉の内容ではなく、時と場所を弁えろと言っている!」
ロゲックの班の班長が、彼の言動を咎めた。
「……失礼します」
納得はしていない様子だが、周囲の視線から自分の劣勢を察し、ロゲックは隣の焚き火へと去っていった。
「うちの班のメンバーが迷惑をかけたようだな。すまない」
頭を下げるロゲックの班の班長に、アマギリイナは首を左右に振った。
「いいえ。誤解を招く状況があったことも事実でしょうし、サリイユの態度も褒められたものではありませんでした。今回の遠征の趣旨を考えれば、双方何事もなかったということにしておくべきでしょう」
「――そうかもしれんが、気分のいい対応ではないな」
「仕方ありません。そういう状況なのです」
とりあえずトラブルも収まったということで、各班の班長はこの場にアマギリイナを残して解散した。彼女は去っていく各班の班長を見送った後、サリイユを振り返った。
「サリイユ。あなたに人見知りを直せとは言いませんが、不慣れな相手に警戒心むき出しで食って掛かるのはやめなさい」
「む~っ。だって――」
「だって、じゃありません!」
そういえば、アンカルヤたちとサリイユが初めて出会ったときも、彼女の態度はとげとげしかった。あれは人見知りの反動だったらしい。流星丸に出会い、すぐに崩壊してしまったが。
「何にせよ、場を収めてくれて助かったよ、アマギリイナ。事情のわからぬ私では、口出しの仕様がなかったからな」
「いいえ。私たちの方こそ、こちらの問題にアンカルヤさんたちを巻き込んでしまい、申し訳ありません」
確かに、意味のわからないざこざは他所でやってほしいというのが本音ではある。口には出さないが。
「いや、謝罪は必要ない。それよりも、私たちはそろそろテントに戻ろうと思っていたところだったのだが、かまわないかな?」
「あっ、少し待ってください。その前に、明日の予定について皆さんに提案があります。遺跡街への出発ですが、明日は一日休息にあてて、明後日に延期しませんか?」
それはありがたい提案だった。
アンカルヤとロウギスはともかく、リフィリシアに明日出発というスケジュールは酷だろう。それにアンカルヤにしても、明日休むことができるのであれば、そうしたいというのが正直なところだ。
「だが、遺跡街への出発は明日の予定だっただろう? 私たちの都合で変更などできるのか?」
「いえ、どちらにせよ帰還部隊は明日遺跡街に向けて出発します。ですが、私たちは帰還部隊の移動に便乗しているだけで、最後まで共に行動しなければいけないというわけではありません」
「つまり、ここで帰還部隊とは別れて、私たちは五人で遺跡街に向かうということか?」
「そうなりますね」
アンカルヤはアマギリイナの提案を検討する。
明日一日を休息にあてるか、多少の無理をしてでも明日帰還部隊に同行するか。どちらのプランにもメリットとデメリットがある。
「キミの提案は魅力的ではあるが、安全性について確認しておきたい。私たち五人だけで遺跡街に向かうことに危険はないのか?」
「この採集基地と遺跡街との間には、日常的に往来があります。なので、そのルート上の様々な危険や障害は既に排除されています。もちろん、絶対の安全を保証することはできませんが」
「なるほど、どうしたものか。安全を優先するなら、帰還部隊に同行させてもらった方が――」
「ありがたい提案だ。ぜひ、そうさせてもらおう」
アンカルヤの言葉を強引に遮って、ロウギスがアマギリイナの提案を了承した。
「ロウギス?」
アンカルヤはロウギスの決定に首を傾げる。
その決定自体に不満はない。
だがアンカルヤやリフィリシアの意見も確認ぜずに、独断で判断を下すというのは彼らしくない。
そんな疑問の視線に気が付いたロウギスは、何も言わずにアンカルヤに頷いた。
どうやら、この場は自分の決定に同意しておいてくれ、ということらしい。
「……わかった。明日は、ゆっくりと休ませてもらおう。リフィリシアも、それで構わないかな?」
アンカルヤに意見を求められたリフィリシアは、少し考えてから思いついた質問を口にした。
「はい、そうですね。でも、急に予定を変更して、帰還部隊やこの基地の人達の迷惑になりませんか?」
「もちろん、この提案の前にトエベンネ隊長や基地の了承はとっています」
今日の移動については、班長のアマギリイナにも色々と思うところがあったのだろう。随分と気を配って準備をした上で、この提案をしてくれたようだ。
アマギリイナとサリイユの二人には、お世話になりっぱなしで、どれだけ感謝しても足りないくらいだ。いずれ何らかの形で、この恩を返すことができればよいのだが。
それはそれとして、やはり気になるのはロウギスだ。
彼がアマギリイナの提案に賛成した理由は、間違いなく休息の必要性だけではない。おそらく彼が欲しかったのは、遺跡街に向かう前にアンカルヤたち三人で情報を共有するための時間だ。だから丸一日の休息というアマギリイナの提案は、彼にとっては渡りに船だったのだろう。
いったい彼は、どのような情報を手に入れてきたのだろうか。




