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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
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状況確認・3

 サリイユとアマギリイナ。

 昨日、少し言葉を交わしただけの二人だが、それでも見知らぬ者に案内を頼むよりは安心感がある。デルトカンが気を利かせて、この二人に案内を任せてくれたのだろう。


「昨夜はお疲れ様です。みなさん、ご無事で何よりです」


 アマギリイナはアンカルヤたち三人の労をねぎらうと、視線をロウギスに向けた。


「それではみなさん、出発の準備はできていますか?」


 どうやらデルトカンもリゴウズも、そしてアマギリイナも、ロウギスがアンカルヤたち三人のリーダーだと思っているようだ。話しかけるときは、まずロウギスに声をかける。

 ちょうどいい。このままなし崩し的にロウギスにリーダーを任せてしまおう。

 そんな事を考えながら、アンカルヤはアマギリイナと話しているロウギスの横顔を眺めていた。


「俺の準備はもうできている。いつでも出発できる。アンカルヤとリフィリシアはどうだ?」

「私も大丈夫です」

「あと二・三分ほど待って欲しい。私もこのテントを片付けたら、出発できる」


 アンカルヤはテントを手早くたたみ、バックパックに括り付けた。


「では、アンカルヤさんの準備が終わったら、まず北東の野営地に向かいます。今日の昼過ぎに、野営地から遺跡街への帰還の第一陣が出発する予定になっていますので」

「第一陣? ということは、全員が一斉に街に戻るのではないのか?」


 ロウギスが首を傾げる。


「ゴブリンシャーマンを倒したとはいえ、まだ周辺の調査やゴブリンの残党の警戒、森の残り火の始末など、するべきことが沢山残っていますから」

「そうか、それもそうだな。ゲームのように、敵のボスを倒してハイおしまいとはいかないか」

「とはいえ、戦闘は終わったのですから、ある程度の戦力は街に戻さなくてはなりません。ゴブリンの主力集団を逃してしまったので、早急に街の防備を整える必要がありますから」

「戦力は無限じゃないからねぇ。どう配分するか。賢い人は考えることだけはたくさんあって、大変だよね」


 まるで他人事のようなサリイユの口ぶりを、アマギリイナがたしなめる。


「サリイユ。あなたの言いたいこともわかりますが、そういうのは人前で態度に出さないの!」


 アンカルヤはアマギリイナたちの会話に耳をそばだてながら、テントを括り付けたバックパックを背負った。


「すまない、待たせてしまったね。私の準備も終わった。では、アマギリイナ、サリイユ。今日は案内をよろしく頼む」

「あ、はい。では、出発しましょう」


 これから向かう先は、遺跡街。それはゲーム、王冠物語の舞台である地下迷宮の入り口でもある。液晶モニターの向こう側で、何度も目にしている見慣れた場所だ。

 だがそれは、PCが描画したCG映像であり、あくまで架空の景色に過ぎなかった。

 しかし、この島に存在している地下迷宮は違う。

 本物の迷宮が、そこに実在している。

 アンカルヤは心の内から湧き出してくる高揚感を抑えられなかった。

 夢中になって遊んでいたゲームの地下迷宮が実体化して、そこで待っているのだから。






 アマギリイナとサリイユの後に続いて、アンカルヤたちは前線拠点の中を東に向かって進む。

 その途中で何人ものプレイヤーたちとすれ違った。人間、エルフ、ドワーフ、オーク。誰もが皆、アンカルヤたち一行を振り返り、好奇の視線を向けてくる。


「気のせいでなければ、私達は注目されていませんか?」


 落ち着かない心地でそう呟いたリフィリシアを、サリイユが笑顔で振り返った。


「噂になっているからね。昨夜の戦いでは、この世界に来たばかりの新人が大活躍したって。みんなは有名人なんだよ?」

「それは少し困るね。私たちはデルトカンの指示に従っていただけで、大したことはしていないのだから」


 アンカルヤとロウギスも周囲の視線に居心地の悪さを感じ、揃ってため息を吐いた。


「だが、そんな噂が広まっているとなると、俺たちが注目を受けるのも当然か」


 背中にチクチクと刺さる視線を感じながら前線拠点を後にしたアンカルヤたちは、森の中を更に東に向かう。

 やがて河原に出ると、そこから左に進路を変更して川をさかのぼり、北にあるゴブリン討伐隊の野営地を目指す。

 魔法の霧はすっかり消え去っていて、昨日とは異なり周囲の景色は明瞭だ。

 穏やかな川のせせらぎ。そよ風に揺れる森の木々。高く青い空には太陽が輝き、白い雲がゆったりと流れていく。素肌をそっと撫でる少し冷たい風が心地よい。

 だが所々に転がっているゴブリンの死体が、そんな平穏な光景を台無しにしていた。


「あ、白い煙――」


 リフィリシアが北の空を見上げて、思わず声を上げた。

 確かに、アンカルヤたちの進行方向の先に、白い煙が立ち上っているのが見える。


「あの煙は野営地の目印です。万一、森の中で迷っても野営地に戻ることができるように」


 アマギリイナの説明に、アンカルヤたちは足を止めて白い煙を見上げた。


「いろいろあってすっかり忘れていたが、昨日の朝に私たちが見た白い煙はこれだったのか」

「そうらしいな。おまえたちは知らなかったのか?」

「一応、昨日は野営地にも立ち寄っているのだが、霧のせいであの煙には気が付かなかった。ロウギスは知っていたのかい?」

「ああ。昨日、デルトカンが教えてくれた」


 アンカルヤはデルトカンの名前を聞いて、ふと気になったことをアマギリイナに尋ねた。


「デルトカンといえば、帰還の第一陣に彼はいないのかい? ロウギスからは、彼は随分と忙しそうな様子だったと聞いているが」

「はい。デルトカンさんはゴブリンの集落跡の調査に向かいました。なんでも、大きな洞窟が見つかったとかで――」


 アマギリイナによると、昨日の戦いで『火炎球』の魔法で焼き払われたゴブリンの集落の中心付近に、かなり大きな洞窟の入口が発見されたのだそうだ。

 まだ今朝の段階では入口付近を少し探索しただけだが、内部はかなり広くて深く、複雑に枝分かれしているらしい。

 おそらく、昨夜アンカルヤたちが遭遇したゴブリンの主力集団は、この洞窟を抜けて北の森に脱出したのだと思われる。


「デルトカンは大変だな。昨日の戦いに続いて、今度は洞窟の調査か。頑強なドワーフ族とはいえ、体力は大丈夫なのだろうか?」


 アンカルヤの心配に、アマギリイナも同感だった。


「そうですね。私もデルトカンさんに、調査は他の人に任せて、せめて今日だけでも休むように進言したのですが……」


 しかも、洞窟の内部では外傷のないゴブリンの死体が多数見つかっていた。

 死因は火災による酸欠か、あるいは火山性の有毒ガスか。

 いずれにせよ、この洞窟内の調査が慎重を要する危険な仕事であることは間違いなかった。

 アマギリイナがデルトカンの身を案じるのは当然だった。






 正午を少し過ぎた頃、川に沿って北上していたアンカルヤたちの進む先に討伐隊の野営地が見えてきた。

 前線拠点と野営地の間を行き来するプレイヤーはアンカルヤたちだけではなかった。

 ここまでの道中で、彼女たちは何度か他のプレイヤーたちとすれ違っていた。

 その誰もが、アンカルヤたちに注目していた。特に話し掛けてくることもなく、軽く挨拶を交わしてすれ違うだけだったが、お互いの姿が見えなくなるまで、彼らはアンカルヤたちに視線を向けていた。


「思っていた以上に、関心を持たれてしまっているようですね。みなさんは野営地に入っても、目立たない場所で待機していてください」


 アマギリイナの指示に、アンカルヤが眉根を寄せた。


「私も目立ちたいわけではないが、かといって何もやましいことはないのに、人目を気にしてコソコソするのは性に合わないな。周りの目など気にせず、堂々としていればよいのでは?」


 しかしロウギスは、アンカルヤの意見に嫌そうに顔をしかめる。


「そうか? 俺は他人にジロジロ見られるくらいなら、物陰にでも身を隠している方が落ち着くが」

「問題が視線だけなら、私もアンカルヤさんに同意しますけどね」

「それはどういう意味かな、アマギリイナ。視線の他に問題が?」

「万一、みなさんの存在が原因でトラブルが発生したら、ここに足止めされてしまう心配があります。そうなると、遺跡街への案内の予定が大きく遅れてしまいます」

「こちらにはトラブルを起こす気などないが、トラブルの方からこちらに近づいてくる可能性はあるか。わかった、俺たちは目立たないようにコソコソしていることにしよう。アンカルヤもリフィリシアも、それでいいな?」


 ロウギスに問われた二人は、頷いて彼に同意した。


 そして、北に進むこと数分。アンカルヤたちは無事に野営地に到着した。

 だが野営地の奥へとは進まず、一行は野営地の南端にある岩場の影で足を止めた。


「それではみなさんは、この辺りで待機していてください。私は街への帰還のスケジュールを確認してきます」


 アマギリイナはサリイユにアンカルヤたちを任せて、野営地の中央に向かった。


「野営地か。昨日立ち寄ったときとは、雰囲気が違うね。まるで別の場所のようだ」

「昨日は全体が霧に包まれていましたし、人も少なくて空気がピリピリしていましたからね」


 アンカルヤとリフィリシアは岩陰から顔を出して、野営地の様子をうかがった。

 昨日はすぐに通り過ぎてしまったためにあまり印象に残っていなかったが、あらためて見る野営地は無数のテントが並び、その合間を多くの人々が行き来していて、喧騒と活気に満ちていた。

 そして、野営地の中央付近からは白い煙が立ち上っている。


「なるほど、大きな煙だ。これなら遠くからでも目に付くわけだ」


 野営地を観察しているアンカルヤたちに、サリイユが気まずそうな表情で頭を下げた。


「――リフィリシアちゃん、アンカルヤ。なかなか言い出すタイミングがなくて遅くなってしまったけど、昨日は弓を向けてごめんね」

「ん? ああ、昨夜のことか。それがキミの役目だったのだろう? 気にしていないさ」

「私も、気にしていませんよ」

「そ、そう? よかったぁ」


 少し俯いてホッと息を吐いたサリイユが、瞳をキラキラさせて顔を上げた。


「ところで、リフィリシアちゃん。流星丸は? 今日は姿が見えないけど」

「えっと、流星丸は召喚していません。あの子は人目を引いてしまいますから」

「そっか、確かに目立つよね。すごくかっこいいし。じゃあ、また今度、あの子に会わせてくれる?」

「え、ええ。構いませんが――」

「やったー!」


 無邪気に喜ぶサリイユ。よほど流星丸のことが気に入っているのだろう。その勢いに、リフィリシアはタジタジといった様子だ。

 サリイユは黙っていれば少しキツめの顔立ちのクールな美少女だ。それだけに、容姿と言動のギャップが大きくて戸惑ってしまう。

 リフィリシアは流星丸の主ということもあってか、随分とサリイユになつかれていた。なので彼女の相手はリフィリシアに任せ、アンカルヤは南の方角を振り返り、傍らの岩に腰を下ろした。

 気持ちよい微風が、森の奥から小鳥の鳴き声を乗せて運んでくる。

 アンカルヤは全身の力を抜いて、深く息を吐いた。

 川沿いの高台に位置する野営地からは、昨夜戦いのあった南の森を見下ろすことができた。

 見渡す限りの広大な森。その南西方向に目を向けると、かなりの広範囲に渡って白煙が立ち上っているのが見える。煙は風に流されて、南の空へと広がっている。


「こうして離れて遠くから見ると、昨日の戦いの規模の大きさを改めて実感するな」


 ロウギスはアンカルヤの隣に立つと、彼女と同じ方向を眺めながらしみじみとそう呟いた。


「そうだね。あの戦いでは、相当な面積を焼き払ってしまったようだ。あの辺りの森が元の姿に戻るまでは、かなりの時間が必要になるだろうね」


 あの煙の下、森の奥でアンカルヤたちが戦ったのは、つい昨晩のことだ。あれからまだ、一日と経っていない。

 それは不思議な感覚だった。

 自分は今、ここで何をしているのだろうか?

 そんなよくわからない疑問が、アンカルヤの心を揺らす。

 こうして昨夜の戦場を見下ろしていても、実感が湧いてこない。まるであの戦いが夢か幻であったかのように。

 昨夜の息苦しい戦いと、こうして静かに森を俯瞰している現在は、本当に地続きの現実なのだろうか?

 アンカルヤとゴブリン。両者の力の差を考えれば、死の危険は少ない戦いであった。それでも、何が起こるかわからないのが戦いというものだ。昨夜の戦闘でアンカルヤが命を落としていた可能性もゼロではない。もしそうなっていれば、こうして仲間たちと昨夜の戦場を見下ろしている現在はなかったのだ。

 そう考えると、目の前の景色がとても儚いものに思えた。


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