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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
42/71

戦い終わって・2

 多くのゴブリンを取り逃がしはしたが、そのリーダーであるゴブリンシャーマンの討伐は達成した。これはゴブリン討伐隊にとって、勝利と言って差し障りのない戦果であった。

 こうして戦いは終わったが、『月明け』の魔法は解除されることなく、今もゴブリンの潜む夜の森を月光の下に照らし続けている。

 そのおかげで、アンカルヤたちはどうにかロウギスの剣の鞘を見付けることができた。

 もし『月明け』の明かりがなければ、夜の森の中で鞘を見付けることは不可能に近かっただろう。


 鞘を回収したアンカルヤたち四人は、デルトカンの先導でロウギスのテントがある前線拠点に向かっていた。

 魔法の霧はいつの間にかすっかり晴れていて、空をたなびく煙の向こうに星々と眩しい月の輝きが見える。


 先頭を歩くデルトカンが、申し訳無さそうな表情をアンカルヤたちに向ける。


「……俺がゴブリンシャーマンを倒したことになっても、新人のお前たちがその戦いに関わったと知れば、あれこれ詮索する者もいるだろう。なので俺たちは偶然ゴブリンシャーマンと遭遇し、お前たちの援護で俺がヤツの首をとったということで口裏を合わせてくれ。流星丸のことも、話さない方がいいだろう」

「大まかな話の流れとしてはそれでいいだろうが、話の詳細を求められたらどうする? うかつな作り話でボロが出るとまずいだろう?」

「その時は、俺に話を振ってくれ。詳しいことはデルトカンに聞け、と答えてくれればいい」

「わかった、任せるよ」


 面倒なことは、デルトカンが引き受けてくれるようだ。アンカルヤは小さくホッと息を吐いた。

 目ざとくそれに気が付いたデルトカンの太い眉が、ピクリと動いた。


「皆、安堵するのは早いぞ。ゴブリン共は散り散りになって逃げまわっている。運悪く帰路で遭遇してしまう可能性もあるからな」


 デルトカンが緩みかけていた皆の気を引き締める。


「なるほど、家に帰るまでが遠足ともいうからな……っと、あれは?」


 何気なく振り返った北西の方角に、青と赤の光が空に登っていくのが見えた。


「ああ、あれか。並列の青と赤は作戦の終了と退却を知らせる信号だな。これで、この戦いも終わりということだ」


 デルトカンが懐から陶器製の小瓶を取り出した。形は少し歪んでいて、あまり出来の良くない素焼きの瓶だ。

 彼がそれを近くの岩に投げつけると、砕けた瓶から光が溢れて青と赤の光が空に登っていく。


「そうやって使用の度に瓶を割っているが、もったいなくないかね? それでは瓶の再利用ができないだろう?」

「まあ、瓶の栓を開くだけでも信号は発信できるのだが、それをするとすぐ目の前で発光して目がチカチカするし、発熱も大きいから手を火傷してしまうのだ」

「それは、いろいろと改良が必要ではないか?」


 しばらくすると、今度は北東の方角で青と赤の信号が空に登っていくのが見えた。

 それに続いて、西の空にも燃え上がる森の炎と煙を背景に青と赤の光の点が空に登っていく。

 戦いの終了を知らせるいくつもの合図が、明るい夜空に舞った。






 戦いが終わっても、森の火災は未だに収まる気配はない。

 西の空は赤い炎の色に染まっている。

 アンカルヤたちの周囲にも、火の粉と煙の匂いが漂っている。そして冷たい夜の空気の中に、ときおり炎の熱を含んだ熱い風が吹いてくる。


「これ、大丈夫か? 森を燃やし尽くしそうな勢いだが」

「それでも最初に比べれば、火勢は衰えてきている。それに夜が明ければ消火活動も始まるはずだ」


 そしてデルトカンは西の空に向けていた視線を下ろして、アンカルヤたちを振り返った。


「それより、拠点に戻る前にお前たちに言っておきたいことがある」

「戻る前に?」

「拠点では、他人の目と耳があるからな。お前たちは俺たちの戦いに協力してくれて、ゴブリンシャーマンの討伐という期待を遥かに超える成果をもたらしてくれた。しかし、シャーマン討伐が俺の手柄になってしまったせいで、お前たちにおおっぴらに礼を言えなくなってしまった。だから今、言わせてもらう。本当にありがとう。そして手柄を奪うことになってしまい、すまない」


 深々と頭を下げるデルトカンに、アンカルヤは小さな笑みを浮かべて頷いた。


「律儀だね。その件については、私たちも納得していることだ。礼は受け取ったから、もう気に病まないでもらいたい」

「いや、礼を受け取ってもらうだけでは足りない。この恩は、いずれ何らかの形で必ず返させてもらう」

「ならば、お礼がわりということで、いくつか教えてもらってもいいかな?」


 アンカルヤは、リフィリシアとロウギスに視線で問いかける。すると二人は揃って頷いた。

 情報収集を任されたアンカルヤは、デルトカンに自分たちの目的について話を切り出した。


「私たちは元の世界に帰る方法を探していて、その手かがりが掴めることを期待して迷宮に向かっている途中なのだ」

「ああ、その話はロウギスから既に聞いている。迷宮に向かう途中で、俺らに出会ったのだろう?」

「ならば話は早い。単刀直入に聞くが、デルトカンは元の世界に戻る方法を知っているのかい?」

「――いいや。皆その方法を探し求めてはいるが、未だに見つかっていない」


 それは予想していた答えだ。

 もし元の世界に戻る方法があるのなら、プレイヤーがこの島に街を作る必要などない。さっさと帰還してしまえばよいのだから。

 この世界に生活基盤を築かなければならない時点で、元の世界に戻る方法がまだ見つかっていないことは明らかだった。

 プレイヤーの中には、星去り峰出身のエルフもいるはず。それでも元の世界に戻る方法が不明ということは、ハイエルフもまだ日本とこの世界の再接続に成功していないのだろう。


「ならば判明している範囲だけでいいので、この世界のことや、我々の身に起こったことについて教えてもらえないだろうか?」

「それについては、頼まれるまでもない。我々王冠物語のプレイヤー全員が、皆で共有すべき情報だ。詳しく知りたいなら、遺跡街に行くといい」

「遺跡街というと、プレイヤーたちが集まって作った街だと聞いているが……」

「うむ。遺跡街の中心に、プレイヤー同士の情報交換のための掲示板がある。元の世界に戻る方法を探すのであれば、まずはそこからスタートするのがいいだろう」


 つまり、遺跡街の中心に設置されているという掲示板が、アンカルヤたちが最初に目指す目標ということになる。


「なるほど。だが私たちは、その遺跡街というのがどこにあるのかも知らない。教えてもらえないだろうか?」


 実のところ、アンカルヤは遺跡街という名前から、その場所についてはおおよその見当が付いていた。

 ゲームでは、迷宮の入り口に古代の街の遺跡が配置されていた。この世界の迷宮にも、同様に街の遺跡が存在しているのだろう。

 おそらく遺跡街とは、その遺跡を再利用した街だ。

 だから、これは質問というよりも確認であった。


「それは、お前たちの目的地――迷宮と同じ場所だ」

「やはり、そこか……」


 つまり迷宮にせよ遺跡街にせよ、アンカルヤたちの向かう場所は変わらないということだ。


「とはいえ、私たちはその迷宮の場所も知らない。できれば、道案内を頼めないだろうか?」

「ならば、明日の昼頃には遺跡街への帰還が始まるだろうから、それに同行するといい。俺が案内することはできないが、代わりに信頼できる者をお前たちのガイドに手配しよう」

「それはとても助かる。ありがとう」

「礼には及ばん。お前たちから受けた恩に比べれば、ほんのささやかな恩返しにもならんよ」


 それでも、わずかでも恩を返せることに、デルトカンは少し気が軽くなった様子だった。






 森の木々の向こうに、チラチラと揺れる篝火が見える。前線拠点の明かりだ。

 人々のざわめき声も聞こえてくる。

 幸運にもゴブリンの残党に遭遇することなく、一行は無事にここまで戻っくてくることができた。

 目の前の光景に、アンカルヤたちの口から思わず安堵の吐息が漏れる。


「そうだ、アンカルヤ。こいつを被っておけ」


 ロウギスは自分のマントを脱ぐと、アンカルヤの頭に被せた。


「わっ! 何事かね、いったい?」

「その格好、他人に見られない方がいいのだろう? それで隠しておけ」


 そう言われて、アンカルヤもリゴウズの忠告を思い出した。

 だが、すでに血に塗れたボロボロの姿を複数の人間に目撃されている。

 今更手遅れではないかとも思ったが、せっかくの厚意なので甘えておくことにする。

 彼女はロウギスのマントを頭から目深に被り、全身を覆い隠した。


 篝火と月明かりに照らされた拠前線点は、活気と喧騒で溢れている。

 アンカルヤたちが出発した時とは異なり、拠点内は帰還してきたプレイヤーたちでごった返していた。

 慌ただしく行き交う人々の合間を縫うように進み、四人はロウギスのテントの前に到着した。


「大きな戦果も上げ、こうして無事にここまで帰ってくることができた。喜ばしいことだ。今日はご苦労、皆ゆっくり休んでくれ」


 デルトカンの言葉に、アンカルヤたちは疲れを隠し切れない笑顔で応えた。


「ああ。そうさせてもらうよ」

「明日は移動せずに、ここで待機していてくれ。遺跡街への案内人が迎えに来るように、手配しておく」

「よろしくたのむ」


 足早に拠点の中央に向かうデルトカンの背を見送り、三人はロウギスのテントに入った。






 テントの中は、天井から吊り下げられたランプに薄明るく照らされていた。


「マント、助かった。ありがとう」


 アンカルヤはロウギスに彼のマントを返すと、毛皮のラグに腰を下ろそうとした。だが途中で足の力が抜けてバランスを崩し、尻餅をつくように床にへたり込んでしまった。


「うおっと! どうやら、自分で自覚している以上に疲れていたみたいだ」


 緊張が抜けて、アンカルヤの足がガクガクと震えている。

 リフィリシアも同様で、ラグの上にグッタリと座り込んでいる。


「もう立てそうにない。今日はここで休ませてもらってもいいかい?」

「いや、その前にお前はその服をどうにかしなければならないだろう? 夜はともかく、昼間はマントを被るだけでは隠しきれないぞ?」


 ロウギスの指摘はもっともだった。

 明日は遺跡街に向かう予定だ。嫌でも人目に身を晒すことになる。その前にこのボロボロの服をどうにかしなければならない。


「そうだね。しかし替えの服は私のテントの中で、そのテントは修理しなければ使えないのだ」


 ロウギスは、床に置いてあったアンカルヤのテントのポールを手にとった。


「なら、俺も手伝うからさっさと修理してしまおう」


 縫い針や糸などの道具をロウギスに借りて、アンカルヤたちはテントの修理を始めた。

 アンカルヤとリフィリシアはテントの破れを繕い、穴をパッチで塞ぐ。ロウギスは折れたポールに添え木を当ててロープで括り付けている。


「そうだ、今のうちに二人に確認しておきたいことがある」


 アンカルヤは作業中の手元から視線を上げて、テントを修理している二人に問いかけた。


「明日は皆で遺跡街に向かうということで良いのかな?」

「はい」

「もちろんだ。今更、どうした?」

「なら、遺跡街に行く前に皆に相談しておくことがあるのだ」


 そしてアンカルヤは、セドネトというウッドエルフの少年がアンカルヤの存在を出会う前から知っていたことをロウギスに話した。

 アンカルヤの知り合いであるグラウイドウという審問官がプレイヤーで、遺跡街で彼女のことを探していたらしいのだ。


「プレイヤーには面識がないのに、キャラクターのほうはお互いに知り合いなのか。なんとも奇妙な話だな」


 ロウギスは興味深そうにアンカルヤの話に耳を傾けている。


「うむ。私の気がかりは、そこなのだ。私のことを知っているプレイヤーがいるのに、なぜリフィリシアを知っているプレイヤーがいないのだろうか?」

「はぁ?」

「私ですか?」


 困惑する二人に、アンカルヤは頷いて説明を続ける。


「この大陸に、ハイエルフの居留地は三箇所だけだ。複数のハイエルフのプレイヤーがいれば、星去り峰出身のエルフも当然いるはず。もし私が星去り峰のエルフなら、絶対にリフィリシアを探すだろう」

「いや、嬢ちゃんは少し特殊な存在だし、プレイヤーとしてこの島に来ているとは思われていないのでは?」

「仮にリフィリシアがプレイヤーではなかったとしても、彼女はハイエルフがこの世界と日本を繋げたという生きた証拠だ。その存在を他のプレイヤーたちが知れば、そのような重要な情報が拡散しないとは考えられない」

「えっと……」


 リフィリシアが、遠慮がちに自分の意見を述べる。


「たまたま、今までに出会ったプレイヤーの人たちが、私に気が付かなかっただけではないでしょうか? アンカルヤさんに気が付いた人も、セドネトさん一人だけですし」

「もちろん、その可能性もある。霧の濃い夜には、人の顔なんてよく見えないからね。だが、もしリフィリシアの存在が遺跡街で広く知られていないとすれば、それは明らかに不自然なことだ。そして不自然ということは、そこには何か理由があるはずだ。リフィリシアには、心当たりはないかな?」


 テントを繕う手を止め、リフィリシアは少し考えてからハッとして顔を上げる。


「言われて気が付きましたが、思い返してみれば、私の存在は秘密にされていたのかもしれません」


 星去り峰には沢山のエルフがいたが、リフィリシアが関わったのはほんの一部だけだったらしい。彼女はお世話になっていた邸宅から外に案内されたこともなかったそうだ。


「当時はそんなこと、意識したこともありませんでした」

「つまり星去り峰では、リフィリシアの存在は少なくとも周知はされていなかったということか」

「だとすると、どういうことなのだろうな? エルフたちが意図してリフィリシアの存在を明かしていなかったのだとしたら、何かそうするだけの理由があったはずだ。それがわからないうちは、嬢ちゃんが日本出身のキャラクターだということは黙っておいた方がいいかもしれんな」

「そうだね。デルトカンたちが、勢力争いとか争奪戦とか不穏な言葉を口にしていた。リフィリシアの素性を知られたら、厄介なことになるかもしれない」


 少なくとも、遺跡街が安心して身を寄せることができるような場所でないことは、他のプレイヤーたちの言動から察することができる。

 リフィリシアが元の世界への帰還の鍵となりうる人物だと知られたとき、遺跡街がどのように反応するか不明なうちは、迂闊な言動は慎まねばならないだろう。


「では今後の方針として、当面の間は嬢ちゃんの事情は伏せておくことにするか」

「そうだね」

「わかりました」


 迷宮に向かい、他のプレイヤーに出会うことができれば、それで元の世界に帰ることができる。などと、そこまで都合の良い展開は期待していなかったが、それでも少しは状況に進展があることを望んではいた。

 だが遺跡街では、進展どころか問題がさらに追加されてしまいそうな、そんな嫌な予感が拭えないアンカルヤだった。






 アンカルヤは最後に残っていたテントの裂け目を縫い終えると、余った糸をナイフで切った。


「よし、こちらはこれで終わりだ。思っていたよりも早く修理ができてよかった」

「おう。ポールの修繕もできたぞ。だが修理が早く終わったのは、あくまで応急処置だからだ。一晩くらいなら問題なかろうが、できるだけ早いうちに、きちんとした修理が必要だぞ」

「ああ、わかっている」


 応急処置の終わったテントを手に、アンカルヤは重い体をノロノロと持ち上げた。


「せっかくテントも修理したことだし、今夜は自分のテントで休ませてもらうよ。助かった、ありがとう」

「おう。アンカルヤもリフィリシアも今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」

「ロウギスもね。私のテントはキミのテントの隣に設置するから、何か用があれば声をかけてくれたまえ。さあ、行こうか、リフィリシア」

「はい、アンカルヤさん。おやすみなさい、ロウギスさん」


 二人はロウギスに一礼して、彼のテントを後にした。

 テントの外は未だに『月明け』に照らされていて、多くのプレイヤーたちが前線拠点の中を慌ただしく行き交っていた。

 たが、そんな人々の熱気とは裏腹に、夜の森の空気はとても冷たかった。




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