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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
38/71

霧の中へ・15

 アンカルヤたちは、炎と月明かりに照らされた森の中を進んで行く。

 一行の目の前に数匹の兎が飛び出してきた。

 兎はアンカルヤたちに構っている余裕などないといった様子で、彼女等の目の前を一目散に横切っていった。


「おっと、びっくりした。兎か」

「炎とは逆方向に逃げていったな。俺たちも気をつけないと、うっかり周囲を火に囲まれたりしたらシャレにならないぞ」

「全くだ!」


 ロウギスの懸念に、アンカルヤが同意する。


「むっ! 止まれ!」


 先頭を進んでいたデルトカンが、後続に停止を命じる。

 直後、近くの茂みの中から、武装した三人の男たちが姿を表した。

 彼等は皆、体も武器も煤と血で汚れていた。まるでホラー映画の殺人鬼のような有様だ。


「誰だっ! っと、デルトカンさんか。それと見慣れない連中と召喚獣だな」


 赤毛の男が不審そうな眼差しをアンカルヤたちに向ける。


「気が立っているのはわかるが、善意で俺たちに協力してくれている者に失礼な態度を取るな」

「す、すみません」

「いや、今は謝罪はいいから、作戦の状況を教えてくれ」


 そしてアンカルヤたちは、思わず「それはないだろう」と嘆きたくなる話を聞かされることとなった。






 ゴブリン討伐隊の本隊は、ゴブリンたちに気付かれることなく、彼等の本拠地に接近することに成功した。

 百匹を超えるゴブリンの群れが生活する、大規模な集落だ。

 後は偵察に出た斥候がゴブリンシャーマンの姿を確認次第、奇襲攻撃を開始する手筈となっていた。

 しかし、夜の闇と深い霧の中から帰還した偵察隊の報告は、討伐隊の本隊を戸惑わせた。

 集落にゴブリンシャーマンの姿は見当たらない。そして集落に姿の見えるゴブリンの数も、予想よりも少なかった。

 どうにも、雰囲気が妙だった。


 討伐隊は、かなり大きな集団だ。霧の中とはいえ、これだけの人数がいつまでも存在を隠し続けるのは無理がある。

 これまでにも巡回中のゴブリンを何匹か倒しているが、一匹でも見逃してしまったらお終いである。

 ゴブリンシャーマンの姿は見当たらず、しかし討伐隊の存在がゴブリンたちに見付かるのは時間の問題だった。

 この状況に、討伐隊の隊長は『月明け』の魔法の使用を決断する。

 もちろん、魔法で空を明るくしようものなら、間違いなくゴブリンたちに襲撃を悟られる。奇襲作戦は失敗だ。

 だが、実のところ奇襲作戦自体にはそれほど拘る意味はなかった。

 敵の群れは、ゴブリンシャーマンの強力な統率力によってその集団を維持している。

 つまり、ゴブリンシャーマンさえ倒してしまえば、後は烏合の衆に過ぎないのだ。

 だから重要なのは奇襲を成功させることではなく、ゴブリンシャーマンを確実に仕留めることだった。奇襲は、そのための手段の内の一つに過ぎないのだ。

『月明け』の使用は、奇襲の成功よりもゴブリンシャーマンの発見を優先した決断であった。


 しかし、討伐隊の中心部隊が『月明け』の準備を始めたところで、奇襲の成功に拘る一部の者が先走って攻撃を開始してしまう。

 ゴブリンシャーマンの発見を待たずに、でたらめに連発される『火炎球』の魔法。

 見た目と威力は派手だし、奇襲は確かに成功した。

 これでゴブリンの大集落が壊滅的な打撃を受けたことは間違いない。

 しかし、この攻撃で倒すことの出来たゴブリンの数は知れたものであろう。

 そしてゴブリンシャーマンの所在は、まだ不明だ。

 魔法攻撃に巻き込まれていればよいのだが、この状況では確認のしようもない。


『火炎球』の魔法から散り散りに逃げ出したゴブリンの一部が、姿を隠していた討伐隊の方にも向かってきた。

 こうなっては、もう接敵は避けられない。

 そして一度でも接敵してしまえば、味方まで巻き込んでしまう高威力・広範囲の攻撃魔法はもう使えない。

 後は地道な掃討戦だ。


『火炎球』によって発生した大規模な火災は、風向きの影響で南に向かって延焼している。

 炎に追われたゴブリンたちも南に向かう。

 それにつられて、討伐隊もまた南に移動していく。

 討伐隊の隊長は手薄となる北側に向かうように皆に指示を出していたが、誰もが目の前のゴブリンに気を取られてしまい、動きが鈍い。

 すでに討伐隊は集団として機能していなかった。






 デルトカンが地団駄を踏む。


「なんでそこで奇襲に拘った? 目的よりも手段を優先してどうする!」

「奇襲作戦は自警団側の立案です。彼等にとっては、自分たちの立案した作戦での目標達成こそが目的だったのでしょう」


 憤懣やるかたない様子で、デルトカンが吠える。


「だから自警団との共同作戦など反対だったんだ! 何が相互理解推進の一環だ! 対話派の連中め。口先ばかりの綺麗事を並べるだけで、そのツケは全部こっちもちかよ! ふざけんなっ!」


 そして、彼はアンカルヤたちに深く頭を下げる。


「済まない。こちらのゴタゴタに、お前たちを巻き込んでしまった。戦況がこんな有様だと知っていたら、お前たちを連れて来たりはしなかった」


 しかしそのような謝罪をされても、討伐隊の事情を全く知らないアンカルヤたちは怒るべきなのか赦すべきなのかもわからない。


「お前たちがこんな戦いに付き合ってられないというなら、前線拠点か野営地まで俺が責任を持って送り返そう。だが出来ることなら、申し訳ないが、この無様な戦いにもう暫く付き合ってもらえないだろうか?」

「そちらの事情はよくわからないが、俺たちは元々そのつもりなのだ。かまわないさ」


 ロウギスの言葉に、アンカルヤとリフィリシアも頷いて同意した。

 デルトカンは安堵と申し訳無さが混ざった複雑な表情で、もう一度頭を下げた。


「ありがとう。だが、決して無理はしてくれるな。こんな戦いで命を落とすなど、バカげているからな」


 言われるまでもないことだった。

 それこそ、アンカルヤたちは元々そのつもりなのだから。






 デルトカンは討伐隊隊長の指示に従い、炎の北側に向かうことを決める。

 赤毛の男たち三人にも同行を求めたが、それは断られてしまった。

 彼等は、討伐隊の野営地に向かう途中だったのだ。

 かなりの数のゴブリンを取り逃がし、四方八方に散開しているとあっては、前線拠点や野営地の防衛の強化は急務であった。


「申し訳ありません。我々としてもデルトカンさんの力になりたいのは、やまやまなのですが――」

「いや、そういう事情では仕方がない。呼び止めて悪かった。野営地を頼む」

「任せてください。デルトカンさんも、北に向かうなら気をつけてください。注意すべきはゴブリンだけではありません。森の動物も、炎から逃れようとパニック状態です。本隊には、逃げてきた猪の突進を受けて負傷した者もいます」

「わかった。君らも気をつけて」


 そして三人の男と別れたアンカルヤたちは、大火の東側を回り込むように北に向かった。






『火炎球』による森林火災を西に見ながら、一行はデルトカンに率いられて北上していた。


「先程の人たちの気配を捉えそこねました」


 リフィリシアはアンカルヤの隣に並ぶと、深刻な表情で彼女にそう打ち明けた。


「何の話かね?」

「この熱と煙のせいで、流星丸の探知能力が低下しています」

「ああ、そういうことか」


 流星丸の能力も、決して万能ではなかった。

 とても強力で有用ではあるが、やはり限界はあるのだ。


「ですのでゴブリンが接近しても、気配を見逃してしまう恐れがあります。気をつけてください」

「いや、それが普通なのだ。むしろ流星丸の能力をいつの間にか当たり前のように感じていた私の方こそ、反省が必要だな」


 左の頬に炎の熱を感じながら、アンカルヤたちは北に進む。

『火炎球』による攻撃はもう行われていないが、火勢は未だ衰える様子を見せない。

 このままではこの火災がどこまで広がるのか、想像もつかない。

 炎に包まれた巨木が、周囲の木々を押し潰しながら倒れていく。

 灰と火の粉を巻き上げて、熱い空気がゴウゴウと唸る。

 そして空を覆う灰色の煙の中で、赤い炎の渦が踊っていた。


「あの炎の竜巻も魔法なのか? いや、あれは火災旋風か」


 アンカルヤはその光景に息を呑んだ。


「この島の全てを焼き尽くしてしまいそうな勢いですね」


 炎に怯えるリフィリシアの呟きは、か細く震えていた。

 そんな彼女の顔から、不意に表情が消える。


「――ゴブリンです。ここから北西、少し先の方です」

「流星丸の探知能力が回復したのかい?」

「いえ、この状況でも捉えることが出来るくらいの、とても大きなゴブリンの気配があるんです。おそらく、かなりの数です」


 緊張を含んだリフィリシアの声に、アンカルヤたちは思わず足を止めた。

 果たして、運がいいのか悪いのか。

 どうやらアンカルヤたち一行は、アタリを引いてしまった様であった。


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