霧の中へ・14
テントから出てきたアンカルヤたち三人の表情を見て、デルトカンは険しい表情で小さく息を吐いた。
「ふぅむ。その様子だと、三人とも戦いに参加するのだな?」
「ああ。よろしく頼む」
そう応えて、ロウギスは小さく頭を下げた。
「では、客人の三人は俺が預かることになる。アマギリイナは客人の案内ご苦労だった」
「いえ。では私はこれで」
アマギリイナはデルトカンに一礼して、持ち場に戻っていく。
「さて、共に戦うのであれば、そちらの二人にも改めて自己紹介が必要だな。俺はデルトカン。このゴブリン討伐隊では、遊撃任務を受け持っている」
「アンカルヤ。中央神殿の審問官だ」
「えっと、リフィリシアです。魔術師です。それと、私の召喚獣は流星丸です。よろしく」
「うむ。アンカルヤにリフィリシア、そして流星丸だな」
デルトカンは二人と一匹の顔と名前を確認して頷いた。
「では、この後の行動について説明しよう。言うまでもないことだが、君らは新人であり部外者だ。だから本隊と連携した戦闘は望めない。そこで君らには、私の指揮下で遊撃部隊として活動してもらう。主な任務は、本隊の討ち漏らした敵の掃討だ」
厳しい表情に、重々しい声。
デルトカンは前線指揮官の顔で、アンカルヤたちの任務を伝える。
「本隊のメンバーの大半は君らの顔と名前を知らない。私が君らを先導するのは、君らを知らない本隊に君らが攻撃されないためでもある。私がいれば、君らが敵だと勘違いされることはないからな」
アンカルヤは眉をひそめた。デルトカンの言葉には、聞き流せない意味が含まれていた。
「我々が敵と誤認される可能性があるということは、プレイヤー同士での対立があるということか?」
「……残念ながら、そういうことだ。では君たちも準備を急いでくれ。攻撃開始まで、あまり時間がない」
三人はそれぞれ硬い表情でデルトカンに頷くと、出撃の準備のためにロウギスのテントの中に戻った。
ロウギスのエンチャントテントは、あまり広くはない。三人もの人間が入ると、少々手狭だった。
アンカルヤは傷付いたテントや壊れたクロスボウなど、戦闘の邪魔になる物は全てテントの床に下ろした。
リフィリシアも鞄の中身を確認して、持ち物の検討をしている。
ロウギスは棚に並べられた無数の武器類を、厳しい目つきで選別していた。
「もう夜ですし、明りも要りますよね?」
「あ、不味い。私のランタンはテントの中だ。取り出せないぞ」
「それなら、予備のランタンがあるので、使ってください」
リフィリシアは鞄の中から、コンパクトな携帯ランタンを取り出した。
腰のベルトに固定して使用する、手を塞がないタイプのランタンだ。
「明りは念の為に用意しておいたほうがいいだろうが、多分不要だ。デルトカンによると、討伐隊の連中は戦闘開始と同時に『月明け』を使用するらしい」
「ツキ……アケ?」
首をかしげるアンカルヤに、リフィリシアが説明する。
「月の明りを増強する照明魔法ですね。使用条件が月夜の屋外限定で月の位置や満ち欠けの影響を受けますが、照明魔法としては最大の効果範囲を誇るそうです。ちょっとした町程度なら、まるまる照らし出すことが出来るとか」
「さすが本職の魔術師。詳しいね」
アンカルヤに褒められて、リフィリシアは嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
「ランタンに頼らずに済むなら、私たちも助かる。だが、ゲームにはそんな魔法はなかったと思うが?」
「ああ。確かにこの魔法はなかったな。ひょっとしたら、何かのModであったのかもしれないが。ところで、アンカルヤよ。その服は着替えないのか?」
ロウギスの指摘を受けて、アンカルヤが顔をしかめる。
「言われなくともそうしたい所なのだが、生憎と着替えは私のテントの中だ。テントを修復しなければ取り出すことが出来ない」
「修復が必要だと? まさかエンチャントテントが壊れたのか? 不味いだろう、それは」
「幸い付呪は失われていないから、修理をすれば使用可能なはずだ。だが、今はその時間がない」
アンカルヤは片手斧とロウギスに借りた短剣を腰のホルダーに装着し、リフィリシアに借りた携帯ランタンをベルトに固定する。手持ちの魔法薬はベルトポーチに収納し、それ以外の所持品は全てロウギスのテントの中に置いていくことにした。
リフィリシアの装備は、ワンド(長さ五十センチほどの魔法の杖)とロウギスから貰った短剣。携帯ランタンはベルトに取り付け、魔法薬はローブのポケットに収めた。
ロウギスの装備はかなり物々しい。背にロングソード。腰の左右にはブロードソードとサーベル。そして魔法薬と何に使うものかよくわからない小物類をウエストバッグに詰め込んでいる。
戦闘に不要な物はテントの中に残して身軽になった三人は、いよいよ迎える実戦の緊張を胸に抱いてテントを後にした。
テントの外で待っていたデルトカンが、三人の姿を見て満足そうにニヤリと笑った。
「皆、準備はできたようだな。本隊の攻撃開始に間に合ってよかった。しばらくは、この場で待機していてくれ。攻撃開始と同時に、俺らも行動開始だ」
既に日は落ち、霧の森は夜を迎えていた。
篝火に照らされた前線拠点の中を、討伐隊の人間やエルフ、そしてドワーフが慌ただしく行き来している。
「不思議な光景ですね」
リフィリシアがポツリと呟いた。
「不思議?」
「エルフにドワーフ――ファンタジーで有名な架空の種族を、こうして実際に自分の目で見る日が来るだなんて、夢にも思っていませんでした。こんな状況で不謹慎かもしれませんが、少しワクワクしてしまいます」
「なるほど、確かにね」
リフィリシアの気持ちは、わからないでもない。
これが観光旅行であれば、アンカルヤも同じ感想を抱いていただろう。
「こんなことでもなければ、本物のエルフやドワーフを目にすることなど……本物?」
何気ない会話の中で、重要なことを確認し忘れていたことにアンカルヤは気が付いた。
「そうだ、聞き忘れていた! デルトカン、これまでに討伐隊の仲間の偽者を目撃したことはないか?」
「偽者だと?」
デルトカンはアンカルヤが何を言いたいのかわからず、戸惑った様子だった。
「いや、見ないが。いったい、何の話だ?」
「私はここに来る途中で、ロウギスの偽者を見た」
「俺の偽者だと?」
ロウギスが驚きに目を見開く。
デルトカンもアンカルヤのもたらした情報の深刻さを理解して、表情を険しくする。
「まさかゴブリンシャーマンの奥の手か? その偽者というのは、どれくらい本人に近い?」
「一見ではわからないが、しばらく言動を観察すれば違和感に気が付く、くらいだな」
「それは不味いぞ。そんなリアルな偽者に工作活動などされたら、討伐隊の壊滅の可能性すらある」
そんなデルトカンの懸念を、アンカルヤは首を振って否定した。
「いや、それはないと思う。それが可能なら、最初の奇襲の時点で仕掛けていたはずだ。ゴブリンの連中が戦力の出し惜しみをする理由がない」
「確かに、最初の奇襲でそれをされていれば、討伐隊は致命的な被害を受けていただろう。だがいずれにせよ、一見で見分けの付かない偽者というのは、無視できる情報ではない。ここの警備の耳に入れておく必要があるし、本隊にも警告しなければ」
デルトカンはアンカルヤたちをその場に残し、短い足でドタバタと前線拠点の奥へと走っていった。
ロウギスが困惑の表情をアンカルヤに向けていた。
「どうかしたかね、ロウギス?」
「お前がさっき言っていた俺の偽者だが――」
「気になるかい?」
「ならないわけ、ないだろう!」
それは当然だ。
アンカルヤにしても、もし自分の偽者が現れたなどという話を聞かされれば、当然気になるだろう。
「だがね、残念なことに、私にもよくわからないのだ。あの偽者がどういうものなのか、何が目的なのか。しばらく共に行動し、言葉も交わしたが、そこから相手の意図がほとんど見えてこない。どうも私を何処かに誘導したかったようではあるが……」
「目的のわからない偽者か。不気味だな」
「リフィリシアも同じことを言っていたし、私も同感――何だ?」
アンカルヤの言葉が、途中で途切れる。
唐突に、真っ暗だった空が明るく照らされたのだ。
彼女たちが反射的に空に目を向けた直後、森の中に雷鳴にも似た爆音が轟いた。足の下で地面がビリビリと震えている。
「っ!」
「きゃあっ!」
「カミナリか?」
霧の向こうの西の空に、巨大な光の柱が立ち上る。
アンカルヤたち三人は、驚愕と不安の混じった表情で西の空を見上げる。
流星丸も、険しい視線を空に向けていた。
しばらくすると光は弱まるが、再び西の空が明るく光り、爆音と振動が後に続く。
そして前線拠点の人々の動きが慌ただしくなった。
「本隊の攻撃が始まった。偽者の存在を警告する伝令は出したが、この状況で無事に届くかどうか……」
デルトカンが慌てた様子で拠点の奥から戻ってきた。
彼の言葉に、アンカルヤは光の正体を察する。
「攻撃だと? あれはもしかして、討伐隊の魔法か?」
「そう、『火炎球』の魔法だ」
『火炎球』の魔法は、文字通り敵に火炎の塊をぶつける極めて強力な攻撃魔法だ。
ゲームにおいても、高火力過ぎて逆に使い勝手が悪いほどの魔法であった。何しろ、不用意に近距離で使用すると、敵もろとも自分まで焼き殺してしまうのだ。
「まず始めにデカいのをぶちかまして、相手の戦意を挫く。戦いの基本だろう?」
続いて、周囲が昼間のように明るく照らし出される。いや、昼間というのは流石に大げさだが、足元がしっかりと確認できるくらいの明るさはあった。
そして、この明りには爆音や振動は続かなかった。
「これが『月明け』の魔法か」
「うむ。では俺らも行動を開始するぞ!」
「いや、待て! 遊撃部隊とか言っていたが、我々の他には誰もいないのか?」
アンカルヤは慌てた様子でデルトカンに詰め寄った。
「ああ、俺達だけだ。当初はサリイユやアマギリイナたちを連れて遊撃に出る予定だった。だが、できればここの警備も手薄にはしたくなかった。彼女らをここに残すことが出来るのは、君たちのおかげだ」
何ということだ。
ゴブリン討伐隊は、アンカルヤの思っていた以上に切迫した状態にあるようだった。
「つまり、今ここにいる四人と一匹で戦いに挑むというわけだ。皆、覚悟はいいな?」
デルトカンの最後の確認に、アンカルヤたちは緊張の面持ちで頷いた。
森が燃えている。
木々の合間を、熱風が唸りを上げて吹きすさぶ。
『火炎球』の魔法が引き起こす強烈な上昇気流が、周囲の霧を巻き上げていく。
そして霧が晴れて視界の開けた森の中を、一行はデルトカンの先導で火柱の方向に向かって突き進んでいく。
炎の熱がアンカルヤたちの頬をジリジリと炙る。
再び西の空に光の柱が立ち上り、森に爆音が轟いた。
アンカルヤは走りながら空を見上げ、魔法の炎が空を焼き焦がす光景に言葉を失う。
大きな炎の塊が黒い煙の尾を引いて悠然と天に登っていく。
視界を埋め尽くすオレンジ色に輝く火炎。空気を、地面を、全身を震わせる轟音。舞い踊る火の粉と、肌を焼く熱風。鼻の奥と喉がヒリヒリする、むせ返るような灰と煙の匂い。
ゲームの魔法と現実の魔法は、これほどまでに違うものなのか。
「派手だな……」
「派手すぎます!」
燃える木の葉や枝が風に巻き上げられ、火の雨となって辺り一面に降り注ぐ。
「ここら一帯、焼け野原になるぞ!」
「前線の南側に回り込んで、逃げてきたゴブリンを迎え撃つ。行くぞ、付いてこい!」
デルトカン、ロウギス、アンカルヤ、リフィリシア、流星丸。
四人と一匹は、どしゃ降りの火の雨の中を駆け抜けていった。




