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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
36/71

霧の中へ・13

 アンカルヤたちはサリイユの案内で、ゴブリン討伐隊の本隊のもとに向かっていた。


「かっこいいなぁ」


 うっとりとした様子で流星丸に付きまとうサリイユ。

 上機嫌な彼女に対し、流星丸は動じてはいないが少し迷惑そうだ。


「流星丸も自分に向けられている感情が好意であることは解っているので、無下に出来ないみたいです」

「なんだかなぁ」


 一行の並び順はアンカルヤ、リフィリシア、そしてサリイユと流星丸である。


「サリイユ。このまま、この方向に進めばいいのかい?」

「うん、真っすぐ進んで。ああ、いいなぁ。わたしも召喚魔術師を選べばよかった」


 サリイユは流星丸にすっかり夢中である。

 付いて来て、と言った当人が何故か最後尾にいる。

 これは彼女に話しかけてもまともな返事は期待できないな、とアンカルヤは会話の相手をリフィリシアに切り替えた。


「この先にロウギスの気配は?」

「はい、近いです」

「そうか、ようやくだね」


 いよいよロウギスとの再会だ。

 ここまで随分と長かった。

 アンカルヤが彼と別れたときは、まさか後にこのような苦労をすることになるとは夢にも思っていなかった。






 森の木々の隙間を埋めるように、幾つものテントが設置されている。

 北の野営地よりも小規模な拠点。

 即席の前哨基地といったところだろう。


「ここが本隊の前線拠点だよ」

「このまま流星丸を連れて、中に進んでも大丈夫なのかい?」

「いいよ」


 あっけらかんとそう答えるサリイユ。

 本当に大丈夫なのだろうか?


「ここの皆さんが驚きませんか?」

「流星丸はすごい召喚獣だけど、怖がるような人はいないよ」


 さすがは討伐隊の本隊といったところか。


「ちょっとサリイユ。あなた東の警備はどうしたの?」


 一行のもとに、明るい桑色髪のポニーテールの少女が駆け寄ってくる。

 外見はサリイユよりも若干幼く、背も彼女より少し低い。


「アマギリイナちゃん! ロウギスのおじさんにお客さんだよ! じゃあ、後はよろしく」

「ええっ?」


 突然に客を押し付けられて当惑するポニーテールの少女。


「私は警備に戻らないといけないから。またね、流星丸」


 流星丸を名残惜しそうに撫で回してから、サリイユは来た道を引き返していった。


「ちょっと待ちなさい! サリイユ!」


 少女がサリイユを呼び止めようとするが、すでに彼女の姿は見えない。

 大した素早さである。

 性格はともかく、彼女の能力には侮れないものがあるようだ。


「えっと、すまない。面倒をかける」

「いえ……」


 いつものことですと力なく笑う彼女の顔には、ありありと苦労人の相が浮かんでいた。


「サリイユもあんな娘ですが、人を見る直感力は確かです。彼女がここに連れてきたということは、貴方たちを客人として迎えて問題ないということでしょう。案内します。私はアマギリイナ。よろしく」

「アンカルヤだ」

「リフィリシアです。この子は流星丸」


 アマギリイナが流星丸に視線を向けて、感心したようにハァと息を吐いた。


「立派な召喚獣です。『伝説の狼』とは珍しいですね。初めて見ました」

「え……ええ、そうですか?」


 リフィリシアが戸惑った様子で頷いた。

 ここでも、また『伝説の狼』である。やはり流星丸は『古代の狼』とは違うのだろうか。


「ところでアンカルヤさん。その服ですが、怪我は大丈夫なのですか?」

「ああ、問題はない。酷いのは見た目だけだ」


 このやり取りも、これで何度目になるだろうか。

 もう、『私は大丈夫です』と書いたボードでも首からぶら下げておこうかと思うアンカルヤだった。


 アマギリイナの案内で、一行は前線基地の中を進んでいく。

 霧の中に浮かぶ無数の篝火が幻想的だった。


「テントの数に対して、人の数が少ないようだが?」


 ここには最小限の人員だけを残して、本隊は何処かに移動した後のようだ。


「はい。本隊は先程ゴブリンの本拠地に向かって出撃しました」

「まだ攻撃は始まっていないのかい? 急がないと、もうすぐ日没だろう?」


 既に周囲は薄暗く、この戦前基地も篝火がなければ足元もおぼつかない。


「そう見えたなら、成功ですね」

「成功?」

「私たちは奇襲を受け、態勢を立て直すのに手間取り、日没までに戦闘を開始しようと無理をして進撃したが、ギリギリで日没に間に合わなかった。相手にそう見せかけて、自分たちが優位に事を進めていると思わせて油断を誘う。そういう作戦です」


 油断を誘うと言えば聞こえはいいが、要は相手が油断してくれるのを期待するという運試しだ。

 そんなものを作戦と言う辺り、どうやらこの討伐隊はかなり切羽詰まっているようだ。


「なるほど、討伐隊は夜戦を仕掛けるつもりなのか。ロウギスも本隊のところに?」

「いえ、あの方は別ですね。まだ出発していないはずです」


 まだ出発していない。

 それは言い方を変えれば、この後に出発する予定があるということだ。

 やはりロウギスはこの戦闘に参加するつもりのようだ。


 アンカルヤたちは、アマギリイナの案内で見覚えのあるテントの前に立っていた。

 これはロウギスのテントだ。


「アマギリイナです。ロウギスさんのお客人をお連れしました」

「客? ロウギスの?」


 テントの中から返ってきた声は、ロウギスのものではなかった。

 戸惑うアンカルヤたちの前に、テントの中から一人の男が現れた。

 ずんぐりむっくりした髭面の小男だ。


「ほう、なるほど。お前たちが、ロウギスの言っていた旅の連れだな」

「そういう、あなたは?」

「うむ。俺の名はデルトカン。ドワーフの戦士だ」


 ドワーフは、小人族に分類される妖精の一種だ。

 小人とよばれるだけあって身長は低く、成人でも一メール五十センチを超えることは殆どない。

 だがその体格は極めて頑健であり、小さくとも屈強な種族だ。

 また身長の他にも、立派な髭と妖精特有の尖った耳といった特徴がある。

 彼等は大地に縁深い妖精であり、それ故に冶金や宝石類の加工、石工や建築などの分野に高度な技術と豊かな文化を有している。

 彼等の作品は強力な武具から貴金属や宝石類の微細な加工、都市規模の巨大建築まで多岐にわたる。


「おう、アンカルヤにリフィリシアか」


 デルトカンの後に続いて、見慣れた男がテントから顔を出した。

 ロウギスだ。

 彼の無事な姿を確認して、アンカルヤとリフィリシアは安堵した。


「ようやく会えたな、ロウギス。手間を取らせてくれる」

「まて、アンカルヤ。その服の血は何だ? それに、リフィリシアの後ろのデカい狼は?」


 二人の様子にギョッとするロウギス。


「こちらでも色々あったのだ」


 アンカルヤはおもむろにロウギスに近付くと、そのスネにケリを入れる。


「うおっ! 何をする!」

「よし、本物のようだな」

「何の話だ?」

「こちらの話だ。私のこの格好は、私の油断が招いた自業自得というやつだ。怪我は完治しているから問題ない。それと、そちらの狼はリフィリシアの召喚獣だ」


 ロウギスは感心した様子で流星丸を眺めた。


「リフィリシアも魔術が使えたのか。それは良かった。アンカルヤの怪我については、大丈夫だというのなら後で聞くことにする。今は時間がない」


 そう言うとロウギスはデルトカンに視線を向けるが、彼はわざとらしく顔をそらした。


「せっかく仲間と再会できたのだ。お前も、ここに残っていいのだぞ」

「いや、そうもいくまい」

「時間がない、ね。キミの方でも、色々あったようだね。このゴブリン討伐に参加するつもりかい?」

「ああ、そうだ。アンカルヤ、ここでリフィリシアと共に待っていてくれ」


 この男は、今更何を言い出すのやら。

 アンカルヤは呆れた様子で、ロウギスに詰め寄った。


「そうはいかぬぞ、ロウギス。キミが戦うのであれば、私とリフィリシアも共に戦う。当然だろう?」

「しかし――!」

「もし協力してもらえるのなら、とても助かる」


 デルトカンの一言に、ロウギスが目をむく。


「おい、デルトカン! こいつらを巻き込む気かっ!」

「俺だって、この世界に来て間もない新人を、こんな大規模な戦闘に参加させたくはない。だが、討伐隊はゴブリンの奇襲で戦力が大きく低下している。『伝説の狼』を召喚できるレベルの魔術師からの助力の申し出があれば、俺の立場ではそれを断れない」


 どうやら、誰の目にも流星丸は『古代の狼』ではなく『伝説の狼』と映るらしい。

 周囲の反応からみて、流星丸が普通の『古代の狼』と異なるのは確実だった。

 霧の中でアンカルヤとはぐれていた間のリフィリシアには、いろいろと不可解な点が多い。彼女の召喚獣も、その一つだった。


「少し待ってくれ。こいつらと話をさせてほしい」

「時間がない。二・三分だぞ? 三人で協力するか、三人ともここに残るか、今すぐ決めてくれ」

「わかった。すぐに話をつける」


 ロウギスは急かすように、アンカルヤとリフィリシアをテントの中に押し込んだ。

 流星丸は体格的にテントの入り口を通れないので、外で待機だ。


「どういうつもりだ? ゴブリンと戦うのだぞ? お前たちは本気か?」


 苛立ちが滲み出るロウギスの荒い語調にリフィリシアがビクリと震えるが、アンカルヤは平然と彼を睨み返す。


「もちろん本気だよ。我々は共に星去り峰に向かう仲間だと思っていたのだが、キミの中では違ったのかい?」

「今は、星去り峰は関係ないだろう!」

「大ありだよ。星去り峰に向かうのならば、このような危険にはこれから先も度々遭遇することになるだろう。遅かれ早かれ、いずれは戦闘に挑む必要に迫られるときがくる。今日か明日かの違いでしかない。そもそも、こういう危険は承知の上で、我々三人は星去り峰に向かうと決めたのでは?」


 ロウギスは苦虫を噛み潰したような顔で、アンカルヤを見下ろす。


「だがな、これは星去り峰とは全く関係のない、他人の戦いだ。俺たちの目標から見れば、不要な戦いだぞ?」

「では、キミは何故そんな戦いに参加しようとしているのかね?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まるロウギスを、アンカルヤは鼻で笑う。


「想像はつくよ。彼らの戦いに協力することで恩を売って、見返りにいろいろと便宜を図ってもらうつもりなのだろう?」

「……そこまで露骨な思惑ではないが、まあ大体はそんなところだ」

「だろうと思った。だがね、キミはこれから先も、私やリフィリシアが負うべき危険まで自分で引き受けるつもりかい? キミがそうしたいと考えるのは勝手だが、そういう関係を果たして『仲間』といえるのか、私には疑問だね」

「ロウギスさんが戦うのなら、それは私の戦いでもあります。私たちは『仲間』でしょう?」


 二人の言葉に、ロウギスはハッとする。


「そうだな。確かに、『仲間』というなら、楽だけでなく苦も分かち合うべきだ。しかし……」

「もちろん、我々の目標はあくまで星去り峰だ。だから、この戦いに命をかける気なんて、私にはサラサラない。当然だろう? あまり深刻に考えてくれるな」


 そう言って笑うアンカルヤに、ロウギスはわずかに口角を上げて頭を下げた。


「そうだな、すまない。では、共に戦おう!」


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