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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
35/71

霧の中へ・12

 南に進む二人の足元には、時折ゴブリンの死体が転がっていた。

 数は少ない。

 セドネトたちに出会った場所のような、大規模な戦闘の痕跡ではない。

 散発的な遭遇戦といった様子だ。


「これで野営地を出て七体目。もういい加減に見慣れてきたね、ゴブリンの死体」

「えーっ!」


 リフィリシアはまだ慣れないようで、嫌そうな顔をしている。


 この調子でゴブリンの死体を辿っていけば、討伐隊の本隊に合流できそうだった。

 まるでヘンゼルとグレーテルみたいだと、アンカルヤは思った。辿るのは小石やパンのかけらではなく、ゴブリンの死体という殺伐ぶりだったが。


「あっ。ここから右、森の方に向かって少し奥に人の気配多数です」


 今更ではあるが、流星丸が有能すぎる。

 その恩恵に一番与かっているアンカルヤにいえることではないが、この便利さはヤバイのではないだろうか?

 ゲームでバランスブレイカーとまでいわれていた『古代の狼』の索敵能力は、現実でもその反則的性能を遺憾なく発揮していた。


「討伐隊の本隊に追い付いたかな?」


 まだ野営地を出て三十分を少し過ぎたくらいだ。

 アンカルヤの思っていたよりも、討伐隊の本隊は近い場所にいた。

 二人と一匹は、進路を右に変更して森の中へと入っていった。






 森の中には大人数が移動した痕跡が残っていた。

 踏み潰された草に、切り払われた枝葉。


「これは歩きやすくていい。ちょうど人間の背丈で邪魔になる高さの植物が、あらかた排除されている」

「ちょっとした道ですね」


 目的地まで直通の道。サービス満点である。

 これは幸先がいいと喜びかけたところで、アンカルヤはこの先の展開を何となく察することが出来てしまった。


「動くな!」


 森の奥の方から、制止の声が響く。若い女性の声だ。

 ほら、やっぱり。順調だと思った途端に、面倒事に遭遇だ。

 こんなことだろうと思った、とアンカルヤは嘆息した。


「わたしたちはお前たちを上から弓で狙っている。不審な動きを見せたら撃つ」


 女の声は森の中に木霊して、声の方向から相手の位置を特定することができない。

 アンカルヤは両手を上げて無害をアピールした。


「右前方三十メートルに一人」


 リフィリシアが口元が見えないように俯いて、アンカルヤにだけ聞こえる小声で呟いた。

 私たち、と言っていたが相手は一人らしい。

 だが、この霧の中で三十メートルの距離を弓で狙えるとなると、侮れない腕前だ。


「何者だ? 我々には、いきなり弓を向けられるような覚えはない!」

「わたしは女子会の斥候。今はゴブリン討伐本隊の拠点防衛を受け持っている。討伐隊の一員として確認する。お前たちは何者だ?」


 女子会?

 こんな場所ですることか?

 それともこの先で、森のお茶会でも開催されているのだろうか?

 あと、女子会の斥候ってなんだ?

 いや、文脈から察するに、女子会というのは組織か団体の名前なのか?

 アンカルヤの脳内は『?』で溢れそうになっていた。


「我々は友人を探してここに来たプレイヤーだ。ロウギスという傭兵の男だ。北の野営地で、討伐隊本隊と行動を共にしていると聞いた」


 しかし、アンカルヤの言葉には沈黙が返ってきた。

 どうしたものかと、アンカルヤとリフィリシアは顔を見交わす。


「あー、今からそちらに向かう。不審な動きを見せたら攻撃するから、そのつもりで」


 数十秒待って、ようやく反応が返ってきた。


「気配は一人?」


 アンカルヤが小声でリフィリシアに尋ねる。


「はい」

「――対応の決定までに妙な間があった。誰かと相談しているのかと思ったが、気配が一人だけなら違うな。いや、ひょっとしたら携帯電話のような通信手段があるのかもしれない」

「単にどうしたらいいかわからなくて、悩んでいただけでは?」


 深読みだったか?

 だとすると、ちょっと恥ずかしい。

 アンカルヤの頬は、ほんのりと火照っていた。


 二人がそんなやり取りをしていると、前方の茂みが揺れて一人の少女が姿を表した。

 とび色髪のボブ。

 グリーンの瞳。

 年の頃は十代後半くらい。

 目つきが少しキツめだが、なかなか可愛らしい。

 防具はシンプルな装飾の胸当てのみ。

 構えた弓をこちらに向けている。

 装備から見て、クラスは狩人だろう。

 かなり警戒している様子で、二人からは距離を開け、近接武器の間合いまでは近付かない。


「私の名はアンカルヤ。要件は先程言ったとおり――」

「勝手にしゃべらないで! まずわたしの質問に答えて!」


 随分勇ましい口ぶりだが、表情に緊張を隠せていない。足も震えている。

 かなり無理をして頑張っている感じだ。


「ここで何をしている?」

「いや、だから友人に会いに来たと――」

「あっ、そうだったね。えっと、お前の名前は?」

「だからアンカルヤと――」

「うん、言ってたね。あとは、ええっと、ええっと……その血だらけの服は?」


 キミもこの服が気になるのか。

 アンカルヤは、もう浄化薬を使って血を綺麗に消してしまおうかと思った。

 しかし浄化薬で汚れは落とせても、衣服の損傷までは修復できない。

 結局、今着ている服をどうにかしたければ、着替えるしかないのだ。

 だが、そのためには破損したテントを修復する必要があった。それは、今この場では不可能なことであった。


「ここに来る途中で怪我をした。傷は完治しているから問題ない」

「えっ? でも、それすごい怪我でしょ? 休んでなくても大丈夫なの?」

「……心配してくれてありがとう」

「あっ、そうだ。わたしは一人じゃないから! 言うの忘れてたけど、周りに仲間が沢山隠れているから!」


 とび色髪の少女のあまりのポンコツぶりに、詰問を受けている二人の方が、なぜか申し訳ない気分になってきた。


「きゃあっ!」


 目の前の少女の突然の悲鳴に、アンカルヤとリフィリシアは何が起こったのかとギョッとする。


「おっきな狼! なにこれ!」


 今、気が付いたのか?

 流星丸はこの少女の位置を察して死角となる木の陰に身を隠していたので、今まで気付かれなかったようだ。その巨体にも関わらず、流星丸の隠密能力はかなり高い。


「この子は流星丸。私の召喚獣です。見た目は怖いですけど、とてもいい子ですよ」


 リフィリシアが自慢気に流星丸を紹介する。


「狼の召喚獣? でも、こんな召喚獣は初めて見たわ。噛んだりしない?」


 何故かとび色髪の少女の方も興味津々である。


「もちろん、むやみに噛み付いたりしませんよ。あの、撫でてみます?」

「えっ? いいの?」


 ちょっとうれしそう。

 いいの? と聞きたいのは、アンカルヤの方だった。

 キミこそ、そんな事でいいのか?


「あの、ロウギスを知っているなら、彼のところまで案内してもらいたいのだが」


 このままでは埒が明かないと、アンカルヤの方から改めて用件を切り出す。


「え? あ、うん。いいよ」


 いいのかよ?

 思わず唖然とするアンカルヤ。


「動物好きに悪い人はいないって言うしね」


 いつの間にそんな話になっていた?


「あ、言うの忘れてたかも。わたしの名前はサリイユ。よろしくね」

「……ああ、私はアンカルヤだ」

「……私はリフィリシアです。よろしく」


 なんだコレ?

 訳のわからない話の展開に首をかしげる二人を、サリイユが手招きする。


「じゃあ、ロウギスのおじさんのところに案内してあげるね。付いて来て」


 彼女は偽ロウギスとは全く別の意味で、このまま付いていっていいのか不安になる人物であった。


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