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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
34/71

霧の中へ・11

 周囲が次第に暗くなり始めていた。

 日没が近い。

 時間の経過に焦りを感じながら、アンカルヤはセドネトの後をついて歩く。

 その後ろ姿を見ていて、彼女は少年の耳が尖っていることに気が付いた。これは多くの妖精に見られる特徴だ。

 セドネトは、ウッドエルフだった。

 ウッドエルフは森の妖精である。

 自然豊かな深い森の奥に文明を築き、独自の文化と価値観に基づいた生活を営んでいる。

 森に暮らす彼等は、皆生まれながらの優れた狩人であり、庭師である。

 積極的に他種族と関わることはないが、人間やドワーフとは利害関係で衝突することも少なくない。

 また彼等は、第三紀の終わりにこの世界を去ったハイエルフ文明の後継者を自称しているが、ハイエルフとウッドエルフの間に種族的な繋がりは殆どない。


「ロウギスから少し話は聞いているけど、君たちは最近迷宮島に来たばかりの新人さんなんでしょう? それなのに、こんなことに巻き込まれるなんてツイてないね」

「こんなこととは?」

「この霧だよ」


 アンカルヤは思わず息を呑んだ。


「ひょっとしてキミは、この霧の正体を知っているのかね?」

「ああ、うん。この霧はゴブリンシャーマンの魔法に違いないって、隊長たちが言ってた」

「――ゴブリンシャーマンだって?」


 ゴブリンシャーマンはかなり珍しいゴブリンの一種で、他の一般的なゴブリンに比較して高い知能と魔法を使用する能力を持っているのが特徴だ。

 王冠物語にもゴブリンシャーマンは登場している。

 しかし、ゲームのゴブリンシャーマンは魔法が使える少し手強いゴブリンに過ぎず、つまり単なるザコ敵だった。

 なので、ここでゴブリンシャーマンが黒幕でしたと言われても、どうにもピンとこない。


「私はゴブリンシャーマンについては詳しくないが、そいつはこれほどの広範囲を霧で覆うほどの強力な魔法を使えるものなのかい?」

「さあ? ゴブリンシャーマンの使う妖精魔法はかなり特殊で、他の妖精の魔法や人間の魔術とは種類が違って謎が多いらしいいから、僕にもよくわからないんだよね」


 だとすると、あの偽ロウギスもゴブリンシャーマンの仕業だったのだろうか?

 だが、アンカルヤにはゴブリンシャーマンに狙われるような心当たりはなかった。


「でも、そいつが普通のゴブリンシャーマンと比べて強力なヤツであることは間違いないらしいよ」

「そうなのかい?」

「うん。こいつは魔法の力を使ってこの辺りのゴブリンの群れを次々と寄せ集めて、すごい大勢力を作ったんだ。そんなの、ほっとけないでしょう? そこで、そいつらをやっつけるための特別部隊が作られた。それが僕たちさ」

「いや、特別部隊とか僕たちとか言われても、それ以前に私はキミたちの素性を全く知らないのだが?」


 アンカルヤは、ずっと気になっていた疑問を口にした。

 彼等は一体何者なのだろうか?


「僕たちは石塔警護隊の――ああ、そうだった。君たちはまだ、遺跡街のことは知らないんだよね? だったら、そこから説明しないとわからないよね」

「遺跡街?」

「王冠物語のプレイヤーたちが集まってつくった街だよ。君たちも、この騒ぎが片付いたら行ってみるといいよ。きっと歓迎してもらえると思うよ」


 この島に自分たち以外のプレイヤーがいることは、アンカルヤも予想はしていた。

 しかし、街がつくれるほどの数のプレイヤーがいるとは、そこまでは想像していなかった。


「その遺跡街というのは、どこに――」

「あっ、見えたよ! あれが僕たちの野営地だ」


 セドネトの指差す先に目を向けると、霧の奥に篝火の明かりがボンヤリと揺れていた。






 河原から少し離れた高台。草がまばらに生える平地部分に、彼等の野営地はあった。

 いくつものエンチャントテントと、付呪のない普通のテントが並んでいる。

 そして大型のテントの中では、幾人もの負傷者が折りたたみの椅子に座り、または簡易ベッドに横たわり、治療を受けている。

 周囲には血と薬の匂いが漂い、まるで野戦病院といった雰囲気だった。


「セドネト! お前は外回りの警備任務についていたはずでは?」


 全身を派手な金属鎧で固めた男が、ガチャガチャとうるさい音を立てながら駆け寄ってきた。


「ああ、ドンラントンか。お客さんの案内だよ、サボりじゃないよ?」

「客だと? こんな場所に?」

「ほら、少し前にロウギスとかいう大きなおじさんが来たでしょ。その友達だって」

「あいつの連れか。しかし、血まみれの女に召喚獣の獣だと?」


 随分とイライラした様子の金属鎧の男に、セドネトはヤレヤレと肩をすくめた。


「中を案内してもいいかな?」

「そうだな――女二人は、まあいいだろう。だが、そっちの狼はダメだ。見慣れない召喚獣が野営地内をうろつくと、他の皆が緊張する」


 まあ、もっともな話だった。

 リフィリシアが流星丸に視線を向けると、白い狼は音もなく霧の中に消えた。


「あの子には、離れたところで待機しているように指示しました」

「いいだろう。ではセドネト。お前が責任を持って、最後まで案内するように」


 そう言い残すと、金属鎧はガチャガチャとうるさい音を立てながら去っていった。


「――気を悪くしないでね。みんな気が立っているんだ。じゃあ、ついてきて」


 アンカルヤたちは、セドネトと共に野営地の中へと入っていった。


「何だか空気が重いですね」

「随分と怪我人が多いようだが?」

「姉ちゃんこそ、その血まみれの服。完治したって言ってたけど、すごい怪我だったんだろう? そっちこそ、大丈夫なの?」


 セドネトもアンカルヤの血まみれの服に言及する。

 どうもこの姿は、本人の思っている以上に人の目を引くようだった。


「ああ、この服ね。もちろん大丈夫だ。心配してくれて、ありがとう」

「そう? なら、いいけど。僕たちは、ゴブリン共の攻撃を受けて、大変だったんだ」


 それは、この野営地で治療を受けている負傷者たちの様子を見ればわかる。


「そのようだね。でも、何があったのだ?」

「この霧だよ。僕たち討伐隊が来たのに気付いたゴブリンシャーマンが、魔法で霧を出したんだ。そして、この霧の中に隠れて襲ってきたんだ」


 アンカルヤは首を傾げた。

 この霧の正体は、ゴブリンシャーマンが討伐隊に奇襲を仕掛けるために発生させたものだったらしい。

 だが、それでは説明のつかないことがある。

 あの偽ロウギスだ。

 ゴブリン対討伐隊という図式の中では、アンカルヤたちは巻き込まれた他人に過ぎない。

 そんな彼女に、ゴブリンが偽者のロウギスを差し向けてきた理由がわからなかった。

 だが、それでもこの霧と偽ロウギスが無関係とは考えにくい。

 霧の発生に合わせて、あの偽ロウギスはアンカルヤの前に姿を表した。タイミング的に、両者は連動していると考えるのが自然だ。


「本当なら、僕たちがゴブリン程度に遅れを取ることなんてないんだけどね。でも今回は、突然霧が出てきたと思ったら、その中からゴブリンが襲ってきて、みんなパニックになってしまったんだ。体勢を立て直すまでの間に、かなりのダメージを受けてしまった」

「その結果が、この野営地の様子というわけか」

「予想外の被害だよ。でも、大怪我をした人はいても、死んだ人がいないのはラッキーだったね」


 話を聞く限り、討伐隊の方に油断があったのではないかとアンカルヤは思った。

 これまでに見聞きした情報をまとめると、ゴブリンたちの行動はかなり戦術的だ。連中を統率しているゴブリンシャーマンは、相当に厄介な相手のようだ。

「ところで、ここにロウギスの姿は見当たらないが、彼は何処に?」

「ああ、君の友達ね。彼は僕たちの本隊の所だよ」

「本隊とは?」

「もちろん、ゴブリン討伐の本隊だよ。本隊は怪我人と医療班、それと野営地の警備を残して、ゴブリンの拠点を襲撃に向かっているんだ」


 つまり、ロウギスはゴブリンの討伐に向かったというわけだ。

 私たちをほったらかしにして、あいつは何をやっているのだ!

 少しムカッとしたアンカルヤだが、彼の考えは何となく想像できた。


「この野営地を抜けて川に沿って南に向かえば、僕たちの本隊に合流できるはず。そこに君たちが探している人もいるはずだよ。あと一時間もすれば日没だから、急いだほうがいい。僕はここの警護の任務があるから、案内できるのはここまでだ」


 野営地の南端に立って南の方角を指差すセドネトに、アンカルヤは頭を下げて礼を言った。


「ありがとう、助かったよ。キミたちには世話になった。後日機会があったら、改めてお礼をさせてもらうよ」

「うん。楽しみにしてる」


 そしてアンカルヤとリフィリシアは討伐隊の野営地を後にした。






 二人を見送るセドネトの姿が霧の向こうに見えなくなる頃、彼女たちの傍らに流星丸が音もなく現れた。


「あの、よかったんですか?」


 リフィリシアが流星丸の肩を撫でながら、アンカルヤに尋ねた。


「――何がだい?」

「セドネトさんです。彼に、もっと色々と聞きたいことがあったのでは?」


 たしかにその通りで、彼には聞きたいことが沢山あった。


「そうだね。でも、私たちにはのんびり話しをしている時間はない。それに、情報だってタダではない。私たちも、相応の代価を用意せねば」

「代価ですか? お金とか?」

「――の、場合もあるね。だが、今回は違うよ。ロウギスがゴブリン討伐の本隊と行動を共にしているのも、おそらくこれが理由だ」

「えっと、よくわかりません」

「つまり、彼等のゴブリン討伐に協力することで恩を売って、かわりに色々と便宜を図ってもらおうということなのだ」


 リフィリシアが、なるほどと頷いた。


「代価というのは、そういう意味ですか」

「まあ、これは私の想像であって、実際にロウギスが何を考えて行動しているかは、まだわからないけどね」

「それで、私たちもロウギスさんと一緒に討伐隊に協力するんですか?」

「うむ。そこで相談なのだが、リフィリシアはどうしたらいいと思う?」


 これは今後の彼女たちの行動にも関わってくる話で、今回の出来事に限った話ではない。

 この霧が発生してから、アンカルヤは次々と変化する状況に振り回されてきた。

 だが、彼女たちが星去り峰を目指して旅をするなら、こういった困難はこれからも度々遭遇することになるだろ。

 その都度、今回のように受け身で対応していたらジリ貧だ。

 だからこそアンカルヤは、自分たちの方から事態に対してアクションを起こそうと決めた。


 だが、そう決めたのはアンカルヤであって、リフィリシアではない。


「私に教えてほしいのだ。キミは、どうしたい? 私たちは、どうするべきだと思う?」

「アンカルヤさんの方針に、私としては異議はありませんよ。あれば、きちんと言います」


 リフィリシアの答えに、アンカルヤは重い息を吐いた。


「この先に進めば、おそらくゴブリンとの戦い……殺し合いが待っている。情けない話だが、正直いうと怖いのだ。私の中身は唯の日本の高校生に過ぎない。戦いで自分が傷つくのは嫌だし、誰かを傷つけるのも嫌だ」


 アンカルヤは右手のグローブを外すと、その手をリフィリシアに見せた。

 彼女の素手は、小さく震えていた。


「キミは、私と共に戦うと言ってくれた。私も、キミと共に戦おうと言った。だからね、キミは私が守るから戦わなくていいだとか、戦いは私に任せてキミは隠れていればいいだとか、今更そんなことを言うつもりはないよ」


 震える右手をギュッと握りしめる。


「それでもね、やはり迷ってしまうのだ。私の判断で、そんな怖い戦いにキミやロウギスを付き合わせてしまっていいのだろうかと」


 リフィリシアが、アンカルヤの言葉に少し困ったような微笑みを浮かべた。


「アンカルヤさんは、私に星去り峰に行こうと約束してくれた夜のことを憶えていますか?」

「ああ、もちろんだ」


 それはつい昨日の夜のことなのに、随分と昔のことのように感じられた。


「では、その約束で私が何よりも嬉しかったことが何か、わかりますか?」

「えっ?」


 アンカルヤの震える拳を、リフィリシアはそっと手にとって両手で優しく包み込んだ。


「一緒に行こうと、そう言ってくれたことです。自分が連れて行ってあげるではなく、共に行こうと――」


 本当に嬉しかったんですよ、と彼女は笑った。


「私はアンカルヤさんの仲間ですよね?」

「ああ」

「なら、私のことを必要としてくれますか?」

「うん、必要だ」

「私を頼ってくれますか?」

「もちろん、頼りにしているよ」

「なら、私も共に戦います。そのために、私はこの力を――流星丸を手に取ったのですから」


 アンカルヤの拳を包む暖かな手は、小さく震えていた。


「私もあなたと同じです。戦いなんて……殺し合いなんて、怖くて怖くて泣きたいくらいです」

「リフィリシア……」

「でも、私はアンカルヤさんの仲間です。あなたと同じ不安と恐怖を共有している、仲間なんです。アンカルヤさんは、私は、一人ではありません」


 リフィリシアが、アンカルヤの拳を自分の胸に押し当てた。

 彼女の暖かな感触と心臓の鼓動に、アンカルヤの顔が真っ赤に染まる。


「アンカルヤさんは戦うと、前に進むと決めたのでしょう。なら私もお供します。私はあなたの仲間ですから!」


 そんな二人の様子を、流星丸が不思議そうな顔で見つめていた。


誤字報告ありがとうございます。

修正しておきました。


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