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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
33/71

霧の中へ・10

 南に向かうにつれて霧は濃さを増し、周囲の雰囲気が重くなっていく。


「思ったんですけど、そもそも私たちが南に向かう切っ掛けになった煙。あれは何だったのでしょうか?」

「南に見えた、あの煙か。このまま進んでいけば、それも判るかもしれないね」


 アンカルヤは霧に覆われた北の方向を振り返った。

 そして先ほどの河原に残っていた焚き火の痕跡を思いだす。もしかしたらとも思ったが、おそらくあれは違う。あの程度の大きさの焚き火なら、遠くからでも確認できるほどの煙が立ち上ることはなかったはずだ。


「もしあのとき、煙の下ではなく北の迷宮に向かうことにしていたら、こんなことにはならなかったのでしょうか?」

「そうかもしれないね。でも、それは今更言っても仕方のないことだ」

「ロウギスさんと再会できたら、こんな霧は無視して迷宮に向かいませんか?」


 その案はアンカルヤも少し考えた。


「この状況が我々とは無関係のもので、ただ運悪く巻き込まれただけなら、そうするべきだろう。だが、我々が何者かに狙われているのだとしたら、その理由ははっきりさせておくべきだ。それに、ここまでいいように振り回されて、おめおめと引き下がるのは癪に障る。せめて一撃くらいは反撃しておきたいものだ」


 二人の少し前を進む流星丸が、キョロキョロと周囲を見回して、落ち着かない様子を見せる。


「どうかした?」

「この先に、ゴブリンの死体です。それと、人間と人間の血の匂いも」


 人間の血、というのは良くない知らせだ。


「ロウギス?」

「いえ、ロウギスさんの匂いは弱いです。多分、違います」

「つまり、ロウギス以外の人間がこの先にいる?」

「はい。複数です」


 いよいよここからが正念場だ。

 この先に、ゴブリンと戦っているらしいプレイヤーの集団がいる。

 彼等とどの様な形で接触するかによって、この先の展開が変わってくる。


「流星丸に警戒するように伝えて。この先にいる人間たちが友好的とは限らない。ここからは、私が先頭に立つ」


 リフィリシアがアンカルヤに何か言いたそうな顔をするが、結局言葉を飲み込んで頷いた。


「わかりました。気をつけてください」


 アンカルヤは腰の片手斧を手に取ると、緊張に手汗を滲ませた。






 河原の周囲に、いくつものゴブリンの死体が転がっていた。

 地面に広がる無数の血痕に、血の足跡。

 足跡は複数で、大小様々なものが入り乱れている。

 かなり混乱した戦闘の痕跡だ。


「これは想像以上に大規模な戦闘だぞ」


 ゴブリンの死体の数は、パッと見では数え切れないくらいの数だ。

 死因も様々だ。剣で切られ、槍に貫かれ、矢で射抜かれ、魔法によるものと思われる焼け焦げた死体もあった。

 肉がえぐれて白い骨が露出している死体。

 頭の半分が潰れて、頭蓋の中が空っぽになっている死体。

 腹部が切り裂かれ、中身が溢れ出している死体。

 凄惨な光景を前にして、リフィリシアは血の気の引いた顔色で口元を手で押さえている。


 アンカルヤは足元に落ちていた細い木の棒を拾った。

 ゴブリンの矢だ。

 彼らの使う矢は、精度がとても低い。まず狙ったところには飛ばない。つまり何処に飛んでいくかわからないという怖さがあった。

 それに低品質の矢も、数を揃えて乱射すれば単体の精度は大した問題ではなくなる。

 地面に散らばるゴブリンの矢の数を見れば、このゴブリンの群れが自分たちの弓の使い方をよく理解していることがわかる。


 矢の他にも、気になるものが落ちていた。

 アンカルヤは首から上のないゴブリンの死体が持っていた剣を手に取った。

 金属製の片手半剣だ。だが、刃先が折られている。

 人間が作る武器は、当然だが人間のサイズを基準に作られている。なので、ゴブリンの小柄な体格には大きすぎる場合がほとんどだ。そのため、ゴブリンが自分の体格に合わせてこの剣の長さを調節したのだ。


 自分たちの弓の有効な運用方法を把握していて、入手した人間用の武器を自分たちに合わせてカスタマイズする知恵も持っている。

 かなり厄介なゴブリンの群れである。


「アンカルヤさん!」


 リフィリシアが慌てた様子でアンカルヤに駆け寄り、耳打ちした。


「こちらに人が向かってきます。三人です」


 緊張に、斧を持つ手に力が入る。

 力んでいることを自覚したアンカルヤは、肩の力を抜いて軽く深呼吸した。


「何者だ!」


 霧の中から現れた金髪の青年が、アンカルヤたちに槍を向ける。

 流星丸が牙を剥いて低い唸り声を上げるが、リフィリシアが片手でそれを制した。


 金髪の青年の後から、ロウギスよりも大柄な黒い短髪の大男が現れる。立派なロングソードを抜き身で手にしている。

 その横では、小柄な痩身の少年が弓を構えていた。

 皆、アンカルヤたちにそれぞれの武器を向けている。

 三人は殺気立っていて、警戒の色が濃い。


 アンカルヤは、武器を突き付けられて奇妙な気分を味わっていた。

 なぜ、あまり恐怖を感じないのだろう?

 もしこれが日本の街角で、武器を向けられているのが『彼』がであれば、『彼』は恐怖で震え上がっていたはずだ。小さなナイフ一本でも十分に怖いのに、相手は槍に剣に弓である。

 だがアンカルヤがより強く感じているのは、恐怖よりも緊張だ。

 なるほど、今の自分は無力な『彼』とは違う。自分に暴力を向けられても、それに対応できる能力と対抗できる力を持つ『アンカルヤ』なのだ。

 恐怖に立ち向かう勇気を持たない臆病者にとっては、恐怖に抗う力を持つことが唯一の対抗策となる。

 右手に感じる斧の重さが、今はとても頼もしい。

 この世から軍拡競争がなくならない理由をアンカルヤは実感した。


「女が二人に、大きな狼?」

「ひどい有様だな。血まみれだ」


 金髪の青年と黒髪の大男が、アンカルヤの様子に眉をひそめる。


「傷はもう完治している。酷いのは見た目だけだ。見苦しくて申し訳ない」


 アンカルヤは相手を刺激しないように、できるだけ友好的に聞こえる声色で答えた。


「ならいいが、ゾンビか幽霊かと思ったぞ」

「二人とも、見かけない顔だな。それに『伝説の狼』とは、珍しいな」


『伝説の狼』は、『古代の狼』の上位種にあたる召喚獣だ。『古代の狼』に比較して高い戦闘能力とより広い索敵範囲を持つ。

 だが、他の同レベル帯の召喚獣と比較すると攻撃力に劣り、索敵範囲なら『古代の狼』で実用性は十分という、なんとも微妙な存在でもあった。

 つまり『伝説の狼』は戦闘能力は不足で探知能力は過剰という、いろいろと残念な召喚獣なのだ。


「えっ? この子は『古代の狼』だと思いますよ? 私のレベルでは『伝説の狼』は召喚出来ないはずです」


 必用もないのに、律儀にそう答えるリフィリシアだった。


「そんなことよりも、我々は人を探している。二メートルほどの大柄な傭兵の男で、髪はダークブラウン、目は青。左の頬に浅い刀傷。この川に沿って南に向かっている。ここも通ったはずだ。見ていないだろうか?」


 アンカルヤの問いかけに、三人の男は武器を構えたままで、お互いの視線を交わした。


「ああ、あの男か。知っている。あの男の言っていた二人の連れというのは、お前たちのことか」

「確かにあいつから聞いていた容姿に、お前たちの外見は当てはまるな。だが、その狼のことは聞いていないぞ?」

「二人共、ちょっと待って。少しいいかな?」


 今まで黒髪の大男の隣で様子をうかがっていた痩身の少年が、構えていた弓を下ろして前に出てきた。


「おい、セドネト」


 黒髪の大男が痩身の少年を止めようとするが、セドネトと呼ばれた少年は大丈夫だと軽く手を振った。


「確かロウギスとかいったかな。あのデカいおじさんからキミたちの話を聞いたときに、まさかとは思っていたんだけどさ、ひょっとしてそっちの血まみれの姉ちゃん、アンカルヤじゃない?」


 まだ名乗ってもいないのに、自分の名前を言い当てられてアンカルヤはギョッとする。


「ロウギスから聞いたのか?」


 その問いに答えたのは、セドネトではなく金髪の青年だった。


「いや、用心深い男だ。お前たちの名前は口にしなかった。だが言われてみれば確かに、その容姿は話に聞いたことがあるな」

「ああ。グラウイドウの奴が探していた女は、こいつか。灰色の髪に薄紫の瞳の美少女。確かに特徴は一致しているな」

「ん? グラウイドウ?」


 突然出てきた思いもよらない名前に、アンカルヤは面食らった。

 その名前はプレイヤーである『彼』の記憶にはなかったが、キャラクターである彼女の記憶には存在していた。

 グラウイドウは、アンカルヤと同じく中央神殿に所属する審問官だ。何度か吸血鬼との戦いで共闘したこともある。


「彼がこの島にいる? なぜ?」

「そりゃ、あいつもプレイヤーだからな」

「ええっ!」


 まさかアンカルヤの古くからの知人がプレイヤーだったというのは驚きだ。


「アンカルヤは間違いなくプレイヤーのはずだが、なかなか姿が見えないと、あいつは心配していたな」

「うん。グラウイドウは、キミのことを随分と気にしていたよ? この森のどこかで、人知れず死んじゃってるんじゃないかって」


 アンカルヤは予想もしていなかった話に戸惑ったが、今はそれよりも優先すべきことがあった。


「グラウイドウも気になるが、それよりも今はロウギスだ。あいつは無事なのか?」

「ああ。今は俺達の仲間と共に行動しているはずだ」


 アンカルヤとリフィリシアは、彼の無事を知ってホッと安堵した。


「仲間の無事が確認できれば、我々にはキミたちと敵対する理由はない。我々はこの先に進んだ仲間と合流したいだけなのだ。できれば、この先に通してもらえないだろうか?」

「こちらとしても、会話の通じる相手は歓迎だ。いいだろう」


 互いに敵対の意思がないことを確認し、金髪の青年と黒髪の大男も構えていた武器を下ろした。

 それに合わせて、アンカルヤも片手斧を腰のホルダーに戻す。


「セドネト。彼女らをこの先に案内して、野営地を通してやれ。オレたちはここで見張りを続ける」

「わかった。すぐに戻るよ」


 セドネトがアンカルヤたちを手招きする。

 二人と一匹は、少年の小さな背を追って河原を南に向かった。


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