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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
30/71

霧の中へ・7

 アンカルヤの肩には千切れた肩紐だけがぶら下がり、バックパック本体はそこにはなかった。

 腰のベルトポーチもいつの間にか蓋が開いていて、中の魔法薬が全てなくなっていた。


「すまないけれど、私が動けるようになるまで、まだ少し時間がかかりそうだ。その間に、周囲に散らばっている私の所持品を拾っておいてくれないかな?」

「わかりました。この子の鼻があれば、この霧の中でも拾い残しはありません。任せてください」


 アンカルヤの頼みを、リフィリシアは笑顔で了承した。

 そして自分の鞄をアンカルヤの枕代わりにあてがい、周辺に散らばった彼女の持ち物を拾い集めに向かった。


 アンカルヤは、フラフラと立ち上がろうとした。

 だがすぐにバランスを崩し、その場にへたり込む。


「まるで生まれたばかりの子鹿だね」


 痛みの余韻はほぼ収まったが、まだ抜けきってはいない。

 何とか体は動くようになってきたが、まだ全身に違和感が残っている。

 服は血まみれでズタボロ。

 そして足下には大きな血溜まり。想像以上の出血量だった。

 これはリフィリシアが顔を青くして悲鳴を上げたのもよくわかる。

 アンカルヤは、彼女が思っていた以上に重症であったようだ。

 強力な治癒の魔法薬がなければ、間違いなく命を落としていただろう。


「不死薬のお世話にならずに済んで、本当に助かった」


 アンカルヤが足を伸ばしたり腕を左右に振って体の調子を確認している間に、リフィリシアと流星丸が彼女の持ち物を拾い集めてきた。

 バックパックは全損しており、もう使い物にはならない。

 食料の焼き菓子も、大半は地面に散らばって砕け、土にまみれていた。

 魔法薬は瓶を緩衝用の布で包んでいたおかげもあって、半数近くは無事であった。だが、希少な高レベルの魔法薬の数本が、瓶の破損で失われてしまっていた。

 片手斧はもともと乱暴に扱われることが前提で頑丈に作られているため、全く問題なかった。

 しかし、クロスボウは落下時の衝撃で金属製のリムが歪み、弦を引くための手回しハンドルも破損していた。ここまで損傷すると、プロの職人でなければ修理は不可能だ。

 どうせ今の自分には使いこなせないのだから、テントの中に置いておけばよかったと、アンカルヤは後悔した。

 そう、テントだ。

 エンチャントテントの状態こそ、今もっとも優先的に確認しなくてはならないことだった。

 これが失われたとなれば、もはや取り返しのつかない大損害だ。

 設置状態でこそ強固な防御性能を発揮するエンチャントテントだが、たたんだ状態では普通のテントと何も変わらない。

 シートには穴が空き、ポールも数カ所が折れている。

 やはり破損は免れなかったが、見た所修復は可能だし、部品の紛失もない。

 エンチャントテントは、破損等で付呪の効果を失うとテントの中身を周囲に撒き散らす。

 それがないということは、テントの付呪がまだ効果を維持している証拠だった。


「ああ、助かった」


 テントの無事に、アンカルヤはホッと胸を撫で下ろした。






 アンカルヤは無事だった魔法薬の内の一本をリフィリシアに手渡し、残りをポーチに収めた。

 彼女に手渡したのは、白い小瓶に入った回復薬だ。今回は、彼女も断ることなく素直に受け取った。

 テントはロープでまとめ、壊れたクロスボウと一緒にバックパックの肩紐に結ぶ。

 そして片手斧を腰のホルダーに収めた。


「よし。これで出発の準備は完了だ」

「体は大丈夫ですか?」


 不安げにアンカルヤの顔を覗き込むリフィリシア。

 心配性な彼女に、アンカルヤは笑みを返す。


「ああ。まだ手足に力は入らないが、普通に歩くくらいならなんとかなる」

「なら出発前に、せめて着替えませんか? コートはボロボロだし、血と泥だらけです」


 アンカルヤもそうしたいところであったが、残念なことにそれができない理由があった。


「生憎と私の着替えはテントの中だ。テントの中の物を取り出すには、まずこのテントを補修しなければならない。だが、テントの修理に必要な道具類もテントの中だ。ここまで破損したテントを道具なしで修理するのは難しいだろう。もしかしたら道具を使わずに修理することも可能なのかもしれないが、その方法を考えている時間はない」

「時間がないですか?」

「この霧のせいで太陽は見えないが、恐らく日没が近いはずだ。一刻も早くロウギスの無事を確認したいというのが一番の理由だが、夜までに彼と合流できなければ私たちも困ったことになる」

「あ、そうか。今の私たちは、テントを使えないから――」


 リフィリシアのテントはアンカルヤのテントの中に置いてある。そのアンカルヤのテントは、修理しなければ使用できない。

 つまり、今の二人には夜を過ごすための野営手段がないのだ。

 そのため、夜はロウギスのテントに頼らざるを得ない。。


「そういうことだ。さて、これから流星丸にロウギスの後を追ってもらうわけだが、私には彼の匂いが残っているような物の心当たりがない。キミはどうかな?」

「はい、これがあります」


 リフィリシアはローブの中から一振りの短剣を取り出した。


「この剣は、ロウギスさんに出会った日の夜に、護身用にと貰ったものです」

「その匂いを追うわけだね。うん、なかなかいい剣だ。いいものを貰ったね」

「えっ? ロウギスさんは、数打ちの安物だと言っていました」

「そうなのかい? まあ、彼がそう言ったのであれば、そうなのだろう」


 確かに飾り気のない地味な剣だが、手抜きの見当たらないしっかりした堅実な作りをしている。

 とても安物には見えなかったが、ロウギスがそう主張しているのなら自分が口を挟むことでもないだろうと、アンカルヤは黙っておくことにした。


「さあ、ロウギスさんを探しに行きましょう」


 張り切って今にも駆け出しそうなリフィリシアを、アンカルヤが改まった様子で引き止めた。


「ああ、少し待ってもらえるかな? 出発の前に、キミに一つだけ言っておきたいことがあるのだ」

「なんですか?」


 キョトンとしているリフィリシアに、アンカルヤは深々と頭を下げた。


「キミは私の命の恩人だ。助けてくれて、ありがとう」


 そんなアンカルヤに少し驚いて目をパチクリさせたリフィリシアは、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「あなたも私のことを沢山助けてくれました。お相子です」


 そして二人は、ロウギスとの合流を目指して行動を開始した。


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