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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
26/71

霧の中へ・3

 何の前触れもなく、周囲は霧に包まれた。

 そして、はぐれ様のない状況でリフィリシアを見失う。

 彼女はアンカルヤのすぐ側にいたはずだ。

 一瞬で姿が消えるなど、普通では考えられない。

 事態はあまりにも唐突で、展開に脈絡がなく、今ここで何が起こっているのか全く理解が追いつかない。


「不味い、これは不味いぞ」


 焦りと不安に、心臓がバクバクと鼓動を加速していく。

 これはアンカルヤの勘に過ぎないが、恐らくこの霧は自然現象ではない。

 ほぼ間違いなく、魔法的な何かだ。

 そして、この状況は偶然に巻き込まれたものではない。

 これはアンカルヤたちを狙った攻撃だ。

 だが、心当たりがない。

 誰が、何の目的で。


「いや、そんなことよりも、今はリフィリシアだ。まず、リフィリシアを見つけなければ!」


 リフィリシアが近くにいないか探そうと一歩踏み出したところで、アンカルヤは足を止める。

 この状況で不用意に移動するのは危険だ。

 周囲は霧に閉ざされている。前も後も右も左も、全く把握できない。

 考えなしに行動しても、二重遭難で事態を悪化させるだけだ。


「リフィリシア! 返事をするのだ! リフィリシア!」


 できるだけ大きな声で呼びかけ、その後は静かに耳を澄まして返事を待つ。

 それを何度も繰り返す。

 移動が危険となると、今のアンカルヤに出来ることはこれくらいだった。






「リフィリシア!」


 何度目かの呼びかけの後、反応を待って耳に意識を集中していると、何か小さな音が聞こえた。

 その音は次第にアンカルヤに近付いてくる。

 足音だ。

 緊張に胃がキュッとなる。

 彼女は咄嗟に、腰の片手斧に手を伸ばした。


「リフィリシアか?」

「リフィリシアが、どうかしたか?」


 足音の方向から、返事が返ってきた。

 続いて、霧の中に二メートル近い大きな人影が浮かび上がる。

 見覚えのあるその姿にアンカルヤは緊張を緩め、斧から手を離した。


「ふざけるな、リフィリシアはこんなにデカくない!」

「お前は何を言っているのだ?」


 霧の中から姿を表した人影、ロウギスは困惑した様子でアンカルヤを見下ろしていた。


「ロウギス、なぜここに?」

「この霧だ。どうも周囲の様子がおかしいので、心配になって引き返してきた」

「そうか。それは助かるよ。こちらは不味いことになっている」

「何かあったのか?」

「ああ。リフィリシアとはぐれた。彼女の姿が見えない」


 しかしアンカルヤの報告に、ロウギスは少し驚いた様子を見せただけだった。


「そうか。ではリフィリシアと合流しよう」

「いや、合流といってもこの霧だ。ほとんど何も見えないのに、どうやって彼女を探す?」

「別れるときに決めていただろう? 合流に失敗したときは、三人共通の目的地として、お互いに迷宮に向かうと。リフィリシアも、今頃迷宮に向かっているはずだ」

「あ、ああ。そういえば、そんな約束をしていたね」


 正確には、日没までに合流できなければ、という話だったが。

 焦っていたアンカルヤは、その約束のことをすっかり忘れていた。そもそもその対応を決めた時、この様な事態は全く想定していなかった。思い出せなくても仕方がない。


「だが、リフィリシアは何者かに拐われた可能性もあるのだ。もしそうなら、迷宮に向かうのは間違いだ」

「うん? 拐うって、誰が? 何のために? この霧の妙な雰囲気にのまれて、見えない敵が見えてるのではないか? それとも、嬢ちゃんが拐われるような理由に、何か心当たりでもあるのか?」

「いや、まあ。そんな心当たりはないが……」


 この霧は魔法によるもので、状況は自分たちに対する攻撃で、リフィリシアは拐われた。

 これらはアンカルヤの勘に過ぎず、根拠や証拠はない。

 思い込みだと言われたら、反論のしようがない。


「しかし、かといって迷宮に向かうのも無理だろう? この霧の中、キミはどうやって迷わずに迷宮に向かうつもりだ?」

「周囲が見えないといっても、足元くらいは見えるだろう? 川に沿って北上すれば、迷うことはない」

「なるほど。キミの言うようにリフィリシアも迷宮に向かっているなら、私たちも川に沿って北上すれば、どこかで追い付けるかもしれないね」

「そういうことだ。急ぐぞ」


 ロウギスがアンカルヤに背を向けて歩き出す。

 彼の背中があっという間に霧に霞んでいく。


「あっ、待て! 話しはまだ終わっていない!」


 この状況で、ロウギスとまではぐれてしまっては大変だ。

 アンカルヤは慌てて彼の後を追った。






 ロウギスは霧の中を進んでいく。

 その足取りに、ためらいや迷いは見られない。

 まるでこの先にリフィリシアがいると確信しているようだ。


「なあ、ロウギス。この霧は妙だと思わないのかい? リフィリシアは誰かに拐われたのではないかと、疑ったりはしないのかい?」

「まだ言っているのか。嬢ちゃんが拐われたというのは、お前の思い込みだろう?」


 確かに、これはアンカルヤの思い込みかもしれない。

 そこは否定のしようがない。

 だが、ロウギスは何故これほど頑なにアンカルヤの思い込みを黙殺するのだろうか?

 少しくらい、その可能性を考慮してもよいのでは?

 アンカルヤの知っているロウギスは、大雑把なところはあるものの、まず考えてから行動する人間だ。

 リフィリシアが誘拐された可能性を、よく考えた結果として否定するならわかる。

 しかし、全く考慮せずに行動するというのは、彼らしくないのではないだろうか?


 ――彼らしくない?


 一度疑問を覚えると、次から次へと違和感が湧き出してくる。

 これまでのロウギスの言動は、かなり奇妙だ。

 まず再会のタイミングがおかしい。

 アンカルヤたちとロウギスが別れてから、一時間弱は経過していた。それだけの時間があれば、ロウギスはかなり先まで進んでいたはずだ。

 だが彼は、霧の発生からほんの数分で戻ってきた。霧が発生してから引き返してきたと言っていたが、だとすればどう考えても早すぎる。

 リフィリシアが行方不明だと伝えたときの、ロウギスの反応も不自然だった。

 彼はリフィリシアがいなくなったときの状況を、アンカルヤに確認しようとしなかった。既に知っていたかのように。

 そして、まだ近くにいるかも知れないリフィリシアを探そうともせず、まるでアンカルヤを急かすように移動を開始した。


 ロウギスの考えや行動自体は、そうおかしなものではない。一応、理屈は通っている。

 しかし、行動に至る流れがおかしい。

 まるで過程を省略して、結論だけで行動しているようだ。

 アンカルヤはロウギスと知り合って、まだ間もない。

 彼のことを、それほど詳しく知っているわけではない。

 それでも、これだけははっきりと言える。

 このロウギスは、彼らしくない。


 いま、アンカルヤの目の前を歩いている大男。

 こいつは誰だ?


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