霧の中へ・1
アンカルヤたち三人は元の世界に戻る方法を見付けるため、ハイエルフの都である星去り峰を目指すことで意見を一致した。
「しかし星去り峰に向かうには、まずこの島を脱出して大陸に到達できなければ話にならない。最初の難関というヤツだな。さて、どうしたものか」
このロウギスの指摘だが、当然アンカルヤも同じことを考えていた。
「ああ。問題はそこだよ、ロウギス。そもそもゲームのキャラクターは、どの様な手段でこの島にやってきたのだろうね?」
「謎ですよね、それ。普通に考えたら、船に乗って来たんだと思いますけど」
王冠物語は、いきなり迷宮島の森の中からゲームがスタートする。プレイヤーキャラクターがどのような方法でこの島にやって来たかについては、ゲームの中では全く触れられていない。
「船か。都合よくこの島に船があったとしても、外洋を航海できる船乗りもセットでなければ、俺たちだけではどうにもならんぞ?」
「外洋を航海できる船員なんて、船そのものよりも希少なのではないかな?」
海が魔王の領域となって以降、人類の遠洋航海術は失われて久しい。
「私はとりあえず、他のプレイヤーを探したいと思う。先にこの島にやって来たプレイヤーが、大陸に渡る手段を見付けているかもしれないからね。とにかく、協力の得られそうな他のプレイヤーを探してみないかい?」
「となると、目指すは迷宮か。他のプレイヤーと出会える可能性が一番高いのは、迷宮だからな。そこで都合よく話の分かるプレイヤーに出会えればいいが」
以前出会った不審な三人組のことを思い出しているのか、ロウギスは険しい顔をしていた。
「私も、考えが楽観的すぎるかなとは思う。だが、とにかく行動しなければ何も始まらないよ、ロウギス。まずは迷宮を目指そう。リフィリシアはどう思う?」
「はい。私もそれがいいと思います」
頷くリフィリシアに、アンカルヤも頷き返した。
「よし、決定だな。では、テントを片付けて出発だ」
今後の方針もまとまり、三人は行動を開始した。
アンカルヤとリフィリシアは出発の準備のために、ロウギスのテントを後にした。
「テントを片付けるから、必要な手荷物だけ持ち出してくれたまえ」
「あっ、洗濯物がテントの中に干しっぱなしです。片付けないと」
「いや、構わないよ。テントを片付けても、内部の状態はそのままで保存されるからね」
「そうなんですか? エンチャントテントって、すごいんですね」
リフィリシアは目を丸くして感心している。
武器に医療品、数日分の食料など。移動に必要な物だけを携帯し、それ以外の荷物は全てテントの中に置いていく。そうすると、持ち歩く荷物は最小限で済む。
分解したエンチャントテントの重さに、テント内部の重量は反映されない。そのため、本来であれば持ちきれないほどの量の荷物でも、折り畳んだテントのサイズにまとめて持ち運ぶことが可能だ。
「まったく、便利なものだと私も思うよ。さあ、荷物をまとめよう。持ち歩く必要のないものはテントに置いておくといい」
「はい」
そして二人は、それぞれの出発の準備を進めた。
アンカルヤとリフィリシアが準備を整えてテントを出ると、既に自分のテントを片付けて出発の準備を終えたロウギスが二人を待っていた。
「待たせてしまった様だね」
「いや、女性の身支度としては随分と早い方だろう。それより、お前たちを待っている間に気になるものを見付けた。二人とも南の空を見てみろ」
「南の空?」
この場所から見て迷宮は北にある。南は目的地とは正反対だ。
アンカルヤは振り返り、南の方角に視線を向けた。
南の空には、白い雲がゆったりと流れている。
「ああ、今日もいい天気だね。こんな状況でも、天候に恵まれているのは不幸中の幸いだね」
「いや、そうじゃない。もう少し下の方を見てみろ」
ロウギスはアンカルヤの呑気な言葉に少し呆れた様子で、南の空を指差した。
アンカルヤとリフィリシアは怪訝な表情で南の空に目を凝らした。そしてロウギスが見つけたという何かを探す。
「あ、煙?」
リフィリシアが南の空にうっすらと細く立ち上る白い筋を見つける。
少し遅れて、アンカルヤもそれに気が付いた。
「煙? ああ、あれか。確かに煙に見えるが、あれは……?」
「やはり煙だよな、あれは。だが、何が燃えているのだろうか? この森の気候で、自然発火は考えにくいが……」
「でも、この島は火山島ですよね?」
首を傾げるリフィリシアに、ロウギスが頭を左右に振る。
「いや、噴煙などの火山性の煙にしては、規模が小さい」
「つまり、人為的なものということか。あの煙の下に、人がいるのかな?」
「これで、今からの行動が二択になってしまったな」
ロウギスが南の空を睨みながら、そうつぶやいた。
アンカルヤもスラリとした顎に細い指を当てて、今後の行動についてどうすべきかを考える。
「北の迷宮に向かうか、南の煙の下に向かうか。さて、どうしたものかしら」
そう言ってみたものの、アンカルヤはあまり煙には関心がなかった。
それよりも、迷宮とその周辺の状況の方が余程気になっていた。
「それと、もう一つ気になる点がある。あの煙だが、意図して煙が多く出るものを燃やしているのかもしれない。かなり距離の離れたこの場所からでも、煙が目に留まる程だからな」
「狼煙? 信号? だとしても、少なくとも我々宛ではないね」
「いや、不特定を対象とした救難信号かもしれないぞ?」
「もしそうなら危険だね。この森にはゴブリンもいるのだ。奴らの興味を引いてしまう可能性も高い」
「助けに行かないと!」
リフィリシアが咄嗟に口にした一言に、アンカルヤは微笑みを浮かべる。
困っている人を放っておくことができない。
本当にいい子だ。
だが、アンカルヤは手放しでその意見に賛同することはできなかった。
「だとしても、誰かの助けが欲しい状況なのは私達も同じだよ、リフィリシア。それは、溺れている人間が隣で溺れている人間を助けようとする様なものだ」
「ああ、そうだな。アンカルヤの言うことはもっともだ。あの煙の方に向かえば、厄介事に出くわす危険性は高い。だがな、行かなかったとしてもだ、あのとき助けを求める誰かを見捨ててしまったのかもしれないという後ろめたさが、この後ずっと付きまとうことになる」
リフィリシアもロウギスと同じ意見のようで、コクコクと頷いている。
そんな二人を見て、アンカルヤはため息を吐いた。
「私も誰かを助けることに反対しているわけではないわ。ただ、煙の方に向かうなら、それなりの覚悟と慎重さが必要だといっているのだ。安易に助けたいという感情だけで、あちらに向かうべきではない」
「たしかにその通りで、煙の方に向かうのは危険が伴うだろう。だがな、アンカルヤ。それは迷宮に向かう場合も同じだ。迷宮だって、安全だという保証はない」
「どちらにせよ、リスクを負う覚悟は必要ということだね。では、私達三人の意見は南の煙の下に向かうということで、よいかな?」
アンカルヤがリフィリシアとロウギスにそう確認すると、二人は躊躇うことなく頷いた。




