第7話:『「明日は、リナも来る。」その事実だけで僕の土曜日は手につかない』
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
前回の第6話では、放課後の帰り道にお互いの名前呼びを「これからもずっと」と約束した二人をお届けしました。
第7話となる今回は、週末を前にした「金曜日の教室」と「土曜日の休日」のお話です。
ある休み時間、蓮の前に友人から「日曜日、男女グループでお出かけしよう」という誘いが舞い込みます。それを隣の席で静かに聞いていた、185.4cmのクラインさんの様子がなんだか少しおかしくて……?
初めての「日曜日のお出かけ」を前にした、二人のもどかしくも甘酸っぱい変化をぜひお楽しみください!
金曜日の朝。
ガララと教室のドアを開けて中に入った瞬間、なんとなくクラス全体の空気が緩むのを覚えた。
まだ一時間目すら始まっていないというのに、週末前の金曜日が持つ独特な解放感のせいで、教室にいる周囲の奴らはみんな朝からちょっと浮足立っているようだった。
自分の席に着くと、前の席の佐藤がくるりと振り返った。
「おはよ、沢木。お前、なんか今日、顔死んでね?」
「普通だろ。朝早く起きただけだよ」
「いや、まじで死相が出てるって。昨日ゲームでも夜更かししたろ」
適当なことばかり言ってゲラゲラと笑っている。
本当に男子のノリというのは、いつでも気楽で適当なものだ。
女子列の後ろのほうからは、他の中学出身の一軍女子たちが小さく笑い合う華やかな声が響く。
女子の笑い声というのは、どうしてあんなに軽やかで楽しそうに響くのだろうか。
そこへ予鈴のチャイムが鳴り響き、朝の会が始まった。
教壇に立つ担任の藤川の気だるげな声が、朝の心地よい眠気をさらに深く誘ってくる。
やがて朝の会が終わったまさにその瞬間、リナが真新しいノートをそっと自分の机の上に置いた。
お寺育ちの彼女らしい、音を立てない静かな動きのせいで、俺はついそっちを見た。
ばっちりと視線が合った。本当に、一瞬だけ。
185センチの長い上体を少しだけこちらに傾け、リナは周囲に聞こえないよう声を抑えて囁いてきた。
「……蓮。今日、すべての授業が終わったあとの帰り道……少しだけお話できる?」
「……ああ、別にいいけど。お寺の方向も一緒だしな」
答えた瞬間、俺の喉が少しだけカラカラに乾いたような気がした。
ただの放課後の約束なのに、どうしてこんなに緊張しているんだ。
俺の返事を聞いたリナは、嬉しさを噛みしめるように小さくこくりとうなずいた。
照れくささを隠すように、カーディガンの萌え袖の中で細い指先をもぞもぞと動かしている。
その無自覚な乙女の仕草が、朝一番から妙に可愛くてずるかった。
一限目の授業。
背筋を伸ばし授業を受けるリナだが、教科書をめくる音が耳に残った。
お寺仕込みの静かな所作のせいか、存在感が強すぎて意識が引っ張られ、どうしても集中できない。
チャイムが鳴り響いた休み時間、通路を挟んだ隣の席の佐伯がくるりと振り返ってきた。
「沢木、今度の日曜さ。駅前のモールに行かね?」
「なんで急にだよ」
「三浦が行きたいお店があるんだってさ。ついでに向こうで飯でも食おうぜ。ほら、むさ苦しい男子だけで行くのもなんかアレだし、女子がいた方が絶対に楽しいじゃん?」
「だからアレってなんだよ」
「いや、なんかさ……そういう男女混合のグループでお出かけするのって、“高校の青春っぽいじゃん”」
こいつはたまにこういう、妙に気恥ずかしい夢見がちなことを真面目な顔で言う。
ふと後ろの席を見ると、一軍女子の三浦が友達と楽しげに話しつつ、ちらりとこちらを見ていた。
特に他意はなさそうな、本当に偶然目が合っただけという感じの視線だ。
「……まあ、特に予定もないし、いいけど」
「おっけ、決まりな! 三浦にもそう言っとくわ」
佐伯は嬉しそうに軽く手を挙げて、自分のスマートフォンの画面へと戻っていく。
男同士のそんな他愛のないやり取りを、どうやら隣の席のリナも静かに聞いていたらしい。
彼女の綺麗な青い瞳の視線が、どこかざわざわとした色を帯びて、一瞬だけ鋭くこちらを射抜く。
昼休み。
前の席の佐伯たちに誘われて席を立つと、リナがハッと一瞬だけこちらを振り返った。
声をかけて呼び止めるわけでもない。
ただ、どこか寂しげな、何か言いたそうな強い眼差しが、俺の後ろ姿にじっと注がれる。
すべての授業が終わり、いよいよ放課後。
俺がスクールバッグのチャックを閉めたとき、リナが物音を立てずにそっと俺の机の横へと近づく。
「……蓮。さっきの、あの……日曜日のお話なんだけど」
「ん? 日曜のモールのことか?」
リナは185センチの長い上体を少しだけ屈め、カーディガンの萌え袖の手を胸の前できゅっと押さえたまま、下から俺の顔を覗き込んできた。
身長差をなくすように体を縮こまらせてくるせいで、彼女の綺麗な青い瞳は完璧な上目遣いになって、俺の目を逸らさせないほど真っ直ぐに捉え続けている。
「……わたしも、その、一緒に行っていい……?」
消え入りそうなほどに小さな声。
いつもの一軍女子としての圧倒的な余裕はすっかり影を潜め、拒絶されるのを本気で恐れているような健気な声に、俺の胸の奥は一気に熱くなった。
「別にいいだろ。人数が増えた方が佐伯の言う『青春っぽさ』ってやつも増すだろうしな。佐伯たちにも俺から言っとくよ」
俺がそう言った瞬間、リナの端正な顔立ちがふにゃりと柔らかく緩んだ。
「……ありがとう。日曜日、すごく楽しみにしてるね」
いつものクールなモデル風美少女のオーラを完全に融かすようなその笑顔は、反則以外の何物でもないほどに柔らかくて可愛らしかった。
二人で並んで教室を出て廊下へ進むと、帰ろうとしていた佐伯が俺たちに気づき、パッと手を挙げる。
「じゃ、日曜。ロータリー十時な」
「おう」
佐伯の隣にいた三浦も、リナの姿を見て軽く会釈をして、そのまま帰っていった。
佐伯たちが角を曲がって見えなくなったあと、リナは少しだけ遅れて歩幅を合わせるように歩き出し、萌え袖の手でバッグのストラップを押さえたまま、静かに俺の顔を見上げてきた。
「……蓮と一緒に日曜日のお出かけに行けるの、なんか……すごくうれしい」
お寺育ちらしいお淑やかさで、けれど心からの喜びを真っ直ぐに伝えてくるその声は、夕方の静かな廊下に甘く響き渡り、俺の心臓のライフを再びゼロにするのだった。
夕方の光が、リナの美しい横顔を薄く優しく照らしていた。
一軍女子としての圧倒的な美貌と、俺の前だけで咲く無防備な乙女の笑顔が夕暮れの中で完璧に融合していて、その光景が、間違いなく今日いちばん俺の心臓に悪かった
土曜日の昼。
窓から差し込む外の光が柔らかくて、休日特有ののんびりとした空気が部屋に少しだけゆるく漂う。
机の上に置いていたスマホが、ブブッと短く震えた。
画面を見ると、佐伯からのメッセージだった。
〈明日10時、ロータリーな〉
相変わらず用件だけの雑な連絡だ。
でも、男同士のやり取りなんてこれくらい短文のほうが気を遣わなくて気楽でいい。
了解のスタンプだけを送って既読をつけ、そのままベッドに仰向けに倒れこむ。
白い天井をぼんやり見つめていると、意識がスライドして明日のことを考える。
──明日は、リナも来る。
その事実が頭をよぎるだけで、俺の胸の奥はさっきから不規則に少しだけざわついていた。
別に特別意識してるわけじゃない。……たぶん、きっと。
何気なくスマホをもう一度手に取って、メッセージアプリを起動し、リナとのトーク画面を開く。
画面に並ぶ文字は、昨日「楽しみにしてるね」と彼女から送られてきた状態のまま止まっていた。
明日について、何か俺からも送るべきだろうか。
そう迷って指先を画面の上で彷徨わせたが、結局、何も打ち込んでいないアプリを閉じた。
今更こちらから送っても何を話すんだって感じだし、妙に気合が入っていると思われるのも癪だ。
ふと窓の外へと視線を向けると、白い雲が青空をゆっくりと流れていた。
ただそれだけの静かな景色なのに、見ていてなんとなく心が落ち着く。
いつまでもベッドの上で悶々としているのも馬鹿らしくなり、勢いよく起き上がると、暇つぶしがてら適当に散らかった部屋の片付けを始める。
明日着ていく私服を何時間も悩むほど気合が入っているわけじゃない。
それなのに、クローゼットを開けた俺の手は、なんとなくいつもより少しだけマシに見えるお気に入りの一着を、無意識に選んでしまっていた。
第7話をお読みいただき、ありがとうございました!
みんなの前でお淑やかな仮面をかぶりつつも、蓮が他の女子もいるグループお出かけに誘われたことで、密かにざわざわして健気に同行をおねだりするリナ……!
185.4cmの体を少しでも小さく見せるように縮こまらせて、完璧な上目遣いで覗き込んできた姿は、まさに極上の大和撫子ギャップでしたね。
土曜日の部屋で、無意識にお気に入りの私服を選んでしまう蓮のやれやれ感も含めて、裏方(作者)もニヤニヤしながら筆を走らせております。
次回からはいよいよ、二人の新しい日々の大きな一歩となる「日曜日のお出かけ編」が始まります。5月〜6月の運動会編に向けて、二人の距離感はここからさらに加速していきます!
【作者からのお願い】
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次回の第8話もどうぞお楽しみに!




